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1-14 『異世界』

 異世界初の大規模レイド戦の後、参加メンバーらは疲れきった体を引きずるようにしてウエストルの都へと「聖堂帰還」によって帰ってきた。

 そのまま全員で『クリムゾンナイト』のギルド施設へと戻ると、会話もそこそこに切り上げて各自の部屋へと引篭もった。


 翌朝、まだ完全には眠りから覚めていない様子のカイザーが、けたたましい足音によって完全覚醒させられる事になる。


「カ、カイザーさん!? た、た、大変なんです!!」


 足音の主は昴だった。『クリムゾンナイト』のギルドルームの一室から慌てて来たのか、衣服は乱れたまま髪も寝癖が付いたままだ。


「っあー、うるせーな――ったく。なんだ昴?」


 カイザー専用の個室の手前にはギルドの執務室があり、あぐらをかいてソファに腰を下ろしていたカイザーは、寝起きの機嫌の悪さを露骨に表情にして出した。


「そ、それが……朝になってカバンの整理してたら……」


 昴の言葉にカイザーの表情が明るくなる。


「お? 何か良い物でも拾ってたか?」


「……拾ってました……『奥義書』を!」

「おぉー、それは良かっ――なにぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 カイザーは純粋にレアアイテムが出た事を祝おうとしたのだが、昴の報告を聞いて条件反射で喋りだしたが、少しの間のあと驚きの声を上げた。


「ど、どうしましょう!? 俺、こんなの貰えませんよ! カイザーさんに……」


 手にした巻物をカイザーに差し出そうとする昴だが、カイザーは呆れたような表情をすると、昴の手にした巻物を指差して説明した。


「バッカ、お前……『奥義書』は獲得した時点でアイテムロック掛かるんだぞ」

「え?」


 カイザーの言葉に昴は手にした巻物を床へと落とすと、そのまま硬直してしまった。




 執務室へと集まった面子は、昴と共に大規模レイド戦に参加したPTメンバーたち。彼らが固唾を呑む中、床に座り込んだ昴は手にした『奥義書』をじっと凝視している。


『奥義書』はゲーム内全キャラクターのうち、各職三名までしか習得する事が出来ない「奥義」を得るためのアイテムだ。レイドボスからのみドロップするこのアイテムは非常にドロップ率も低く、実際に「奥義」を習得しているキャラクター数は少ない。


「ねぇねぇ、ちょっとぉ。早く中開けなさいよぉ」

「ちょ、顔近い! 近すぎるから!」


 巻物をじっと見つめて動かない昴に痺れを切らしたカミーラが、昴の頬に自身の頬を摺り寄せて巻物を空けるよう催促する。


「俺だってレア装備ゲットしてたんだけどな……『奥義書』の前では霞んで見えるぜ……」


 いっくんもレイドボス産のレア装備を手に入れていた。

 重装備用の「黒麟のガントレット」という名の篭手だ。装備することで物理攻撃スキルのダメージ10%上昇し、与えたダメージの2%をMPとして吸収できる品だった。

 その他にも悪魔系モンスターからのダメージを抑える効果も加わっている。こちらも獲得と同時にアイテムロックが掛かるため、他人との取引に出す事が出来ない為、自然といっくんが装備する事となった。


「妬かない妬かない。装備貰えただけいいじゃない。私なんか、な〜んにもないんだから」

「ま、まぁ、そうだよな。うん。よし! 早く開けろよ昴!!」


 前日の大規模レイド戦ではレアらしいアイテムといえば昴の『奥義書』といっくんの「黒麟のガントレット」のふたつのみだった。それを考えればいっくんも十分幸運である。

 その事を理解したいっくんは機嫌を良くすると、急かすように昴を突いた。


「わ、わかってるって」


 巻物に結ばれた紐に手を掛けた昴は、緊張のあまり指先が震えて紐を解くだけの行動に時間を掛けてしまっている。昴野横では餡コロがじっと彼の手元を見つめ、昴野緊張を増幅させることに一躍買っていた。


「何か書かれてるんですか?」


 餡コロは緊張で手を震えさせている昴を見た後、視線をモンジへと移した。実際に「奥義」を習得しているモンジなら自分の疑問に答えてくれると思ったのだろう。


「うむ。『奥義書』には獲得したプレイヤーの職業クラスに合わせてスキルが決定するでござるよ。攻撃系と防御系スキルから選ぶ事ができて、それを選んだあとはランダムっぽいでござるな」


 モンジの説明が済んだころ、ようやく昴は巻物の紐を解くのに成功した。カイザーが昴の正面に座り込み開かれようとしている巻物に注視する。


「さぁーて、お前はどっちの系統を選ぶんだ?」


 防御系か攻撃系か。カイザーはその事を聞いていた。


「えーっと……俺は、あ、あれ?」


 答えようとして昴の言葉が詰まった。紐を解いても何の反応も起こらない。視界のどこかに選択しが出ているのだろうかと思って、昴は視線をあちこちに向けている。


「どうした?」

「選択しなんて出てきませんが?」


 昴の様子に怪訝そうに尋ねたカイザーだったが、昴自身は何事も無かったかのように平然として答えた。それを昴の背後で立ったまま見つめていたアーディンが口を開いて説明する。


「だろうな……」

「え?」

「だって、真っ白だもん」


 アーディンの言葉にハッとなった昴は、慌てて視線を手元に戻したが、巻物の中身は真っ白なただの紙切れだった。


「…………」


 呆然と手元を見つめる昴。その昴を呆然と見つめる仲間達。


「何だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 執務室で数名が叫んだが、その声は執務室以外の部屋に届く事はない。完璧なまでの防音効果を施されたギルドルームの性能だった。




 その日の夜。

 昴は『奥義書』白紙事件で傷心した心を少しでも癒すべく、早々にベッドへと潜り込んだ。

 眠りの中、昴は数日前に見たただただ白い世界にぽつりと佇む少女の夢を見た。


----------------------------------------------------------------------


『みなさま、この世界に少しは馴れましたでしょうか?』


 少女の瞳は先日とは違い、どこか穏やかでもあった。


「女神……フローリア様」

『わたくしは女神フローリアでございます』


 昴の声は相手に届いていないのか、鸚鵡返しのように少女の口から自身の名が告げられる。金色の波打つ長い髪と、左右で色の違う特徴的な瞳をした女神だ。


『ついに戦いがはじまりました。巨大な魔物は闇の魔王の肉体から作られた強力なものたちです』


 先ほどまでの穏やかに笑う瞳は、真剣な眼差しに変わる。女神が言う巨大な魔物とはレイドボスのことだろう。


『かの者らを全て倒せば、闇の魔王の力も弱まります。みなさまが無事に闇の魔王を討ち取ってくださることを、わたくしと弟は祈っております』


 魔王を倒す為の方法とでも言うように、女神フローリア説明する。それ以外の具体的な話は一切されない。全てをプレイヤーに託したといえば聞こえはいいが、要は自分らでは何もできないのを告白しているようなものである。


「なんか、他力本願って感じだな……」


 昴は女神に対して良い印象を抱けなかった。承諾も成しに強制的に異世界へ連れて来られ、この世界の住人が戦えないから代わりに戦えというのであるからそれも仕方が無いのだろう。


『どうか、この世界をよろしくお願いいたします』


 女神フローリアは美しい瞳を閉じて頭を垂れた。


 昴の意識が薄れてゆく。今度は深い眠りへと落ちていった。


----------------------------------------------------------------------


 翌朝、ベッドの上で目が覚めた昴は、夢の内容を思い出そうと頭を振って体を起こした。横を振り向くと隣のベットで同じように起き上がったいっくんが居た。


「おはよぉー、やっぱこれ……夢じゃないんだよな?」


 寝ぼけた状態のいっくんが脈略の無い事を口にしたが、昴には言わんとすることが理解できた。まさに自分もそう思っていたからだ。


「あらぁ、みんな同じ夢を見たってことなのぉ?」

「みたいだな、おはようカミーラ」

「やだ! 寝起きの顔見ないでよ昴! やらしぃわね!」

「……なんでだよ」


 カミーラが慌ててベッドの脇に置いた手鏡で自身の顔をチェックする。カミーラといっくんに挟まれたベッドで眠っていた桃太がむくりと起き上がると、完全に寝ぼけた視線をいっくんへ向けて吼えた。


「もう……朝からうるさいなー。静かに寝てくださいよぉ…………」


 最後の方の言葉は聞き取れなかった。言いながら再びベッドへと倒れこむとそのまま眠ってしまったのだ。


「また寝ちゃったわよ桃太ったら」


 ピクピクと動く桃太の耳がなんとも愛らしい。いっくんが覗き込むようにして桃太を眺めていると、つい耳を突いて遊んでしまう。触られるたびにピクピクとよく動く耳。


「うぉぉぉぉ、柴犬可愛いぜー」

「うるさい!!」


 いっくんが叫んだその瞬間、再び上半身を起こした桃太がついにいっくんの腕に噛み付いた。



 この日はウエストルの都内、パール・ウェストや街道でも、同じ夢を見たプレイヤーたちが各々がやるべきことについて、深く考える日となった。


1章の終わりです。

*改稿はここまでで終了となります。

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