1-13 『初レイド戦-3』
昴は「ブレードラッシュ」から「ライジングソード」
そしてダメージは少ないが前2つのCTを待つ間に「シールドスタン」と「スラッシュ」を挟む。
再び「ブレードラッシュ」。そして「スラッシュ」「ライジングソード」と続ける。
防御は捨てた。強烈なスキル攻撃が来た時のみ「ブロック」で防ぐ。敵の通常攻撃はそのままダメージを食らい、仲間の回復を信じる。
消費したMPは餡コロが「ライフソウル」で補充してくれた。
いつのまにか、他PTのエクソシストが昴の武器に聖属性のエンチャントを施してあった。
昴の心は高揚していた。
(今……レイドボスと戦ってる! 皆の力がひとつになって戦っている! 皆が俺を支えてくれている!)
「ジャッジメント」の効果切れギリギリ。
「ライジングソード!!」
「ジャッジメント」の持つ物理攻撃力+10%、そして聖属性付与効果、更に餡コロが事前に掛けていた武器攻撃力増大によって、「ライジングソード」の威力は爆発的に飛躍した。
「あっはっは! 『万物の根源たるマナよ、イフリートの吐息よ! 地上に降り注ぎ、全てを焼き尽くせ!メテオストライク!!』」
クスクスと笑う命が、手にした杖を振りかざし「メテオストライク」を発動させる。詠唱時間のある「メテオストライク」に、回復職たちはタイミングを合わせて範囲回復魔法を展開。ダメージを負った瞬間に、回復をするという構図だった。
上空から小さな隕石郡が落下すると、激しい熱と爆風とで周囲は煙にまかれ、視界を曇らせる。
プリーストとエクソシストらは、視界を塞がれても、既に自分が使用する回復魔法の範囲を強い「意志」で決定していた為、構わず魔法を展開された。
「流石カンストレベルまでやってるだけはあるわね。上手い上手い♪」
賞賛の拍手を送る命。余裕の表情で全員を見下す。
「ギルマス! いや、命さん! なんでこんな事するんだよ!?」
昴は「サンクチュアリ」の光の中、視線も体もグランダム・ガウルへと向けたまま叫ぶ。「メテオストライク」のダメージは大きく、「サンクチュアリ」だけではHP全快までには至らない。
そこへグランダム・ガウルの攻撃が加わった。
「ブロック」スキルはダメージを完全遮断する代わりに、受けたダメージに比例してMPを消費する仕様になっている。今の攻撃だけで昴のMPは全体の半分も消し飛んだ。既に消費していた分もあり、MPは枯渇寸前までになっていた。
(あぶな! 連続で来たら防げないぞ……)
昴の思考を読み取ったかのようなグランダム・ガウルの次なる攻撃は……
「カウティック――」
「昴さん!! 『ライフソウル!』」
「ブレス」
寸での所で餡コロから付与されたMPによって、ギリギリ「ブロック」が発動。僅かにMPが足りなかった分は、ダメージとして食らうことに。
「さんきゅー! 餡コロさん! ギリで助かったよ……!?」
僅かに視線を逸らした先に、餡コロが倒れていた。「ライフソウル」は術者のHPをMPに変換させて対象へと付与する魔法。一発目のブレスで受けたダメージを回復しないまま、自分自身でHPを削り、そして二発目のブレスを直撃で受けたのだ。
ウィザードに比べれば、多少はHPも高いが、所詮は魔法職。今の攻撃で餡コロのHPは0になっていた。
「う……そだ……ろ? そんな!?」
「落ち着け昴! 死んだわけじゃない!! 戦闘不能で気絶しているだけだ!! 昴にMPを!!」
アーデインは叫ぶと、カイザーのPTにいたソーサラーに指示して「ライフソウル」で昴のMP回復を優先させた。ソーサラーの足元に「サンクチュアリ」の光が輝く。
「楽しいでしょ? こんな緊張感溢れる戦いは、始めてだもんね、昴くん」
昴の脳裏に倒れた餡コロの姿と、先ほど見た誰とも判らない肉塊とが重なる。
死んだわけではない。ただの戦闘不能だ。スキルで復活させることができる。
解っていても、激情した心は収まらなかった。
「楽しいわけ……ないだろおおぉぉぉぉ!!!」
「たとえ戦闘不能であっても、仲間が倒れて楽しいと思う輩などおりませぬでござるよ!『秘術! 口寄せ、大蝦蟇・次郎長』そのまま『大蝦蟇油、地獄炎舞!』」
巨大蝦蟇の口から放たれた油は、一直線にグランダム・ガウルの顔面へと噴きかかると、そこへモンジが火遁の術を放つ。
その名の通り、地獄のような炎が踊りだすと、グランダム・ガウルの上半身を包み込む。
炎の上から隕石が落下し、いかづちが舞い降り、無数の矢が降り注ぐ。それらがひと段落すると、巨大な斧を振りかざしたいっくんが、先陣を切って飛び込んでいく。
「うおおおぉぉぉぉ!! ぐるぐるバンバンだぜぇ!」
遠心力を利用して、巨大な斧を回転させながら突っ込むと、深くえぐれた皮膚からはドス黒い体液が流れ出る。
全員が一致団結し、目の前の巨大なボスへと挑んでいく。
昴は「仲間達」に攻撃が飛ばないよう、スキルのCTを計算に入れて、どの順番で、どのタイミングで使うと効果的かを考えた。出した答えを的確に実行していく。
MPはアーディンのスキル効果によってじわじわ回復している。元々MP量の少ない戦闘職にとって、少量であろうと、持続的に回復する量としては十分だった。
遂にグランダム・ガウルが片膝を付いて肩を落とす。昴はこの隙を見逃さなかった。
「今だ!! 『ライジングソオォォォォド!!』」
渾身の力で剣を掲げると、雷が舞い降りて剣に宿る。
昴は自身もろとも、雷を宿した剣をグランダム・ガウルの喉元へと付き立てた。
「グァ……ウゴガアァアァァァァアァアァァァァァ……」
レイドボス、グランダム・ガウルの2度目の敗北。黒光りする巨体は黒い霧となって風に乗って四散した。
「あはは、負けちゃった〜。ま、こんなもんよね。あいつの役目なんて大規模戦が始まったっていう宣伝みたいなものだし」
途中から攻撃の手を止めていた命が、昴の元へと突然舞い降りてきた。白くしなやかな腕を昴の体へと絡ませる。
「ね? 昴くん、私と一緒に行こうよ。この世界で楽しむなら私達のほうに来たほうが絶対面白いって。ね?」
屈託のない笑み。しかし、昴の知る昔のそれとは違い、今の命の笑みには怪しい輝きが含まれていた。
艶やかな紅色の唇が、昴の頬をかすめる。昴の背筋には、「嫌悪感」と「羞恥心」とが入り乱れた感情が襲う。
「ダメです! ……昴さんは行かないって約束してくれたんですから!」
アーディンとニャモによって肩を支えられた餡コロが二人の会話に割ってはいる。
「よかった……生きていてくれて……」
「だから死亡ではないと言っただろう!」
餡コロを支えたアーディンが呆れたように昴へ言うと、表情を一変させると命へと鋭い視線を投げた。
「やだぁ、怖い目で見ないでよアーちん。エルフって怖い顔すると、目つきがすっごく悪くなるのよねぇ。せっかくこっちの世界に来て、強制的に女の子になったんだから、もっとお淑やかにしなくちゃ。ね? 昴くんもそう思うでしょ?」
「五月蝿い! 私はイケメンなのだよ! お淑やかなどというものは存在しない!!」
「あは! まだネナベプレイしてるつもりなんだぁ。うける〜」
命はキャッキャとはしゃぐと、自身の腕を昴の首に回し、まるで魅了するかのように擦り寄った。
「ねぇ、昴くん。そろそろ私戻らなきゃいけないから、お返事ほしぃなぁ?」
「…………」
「昴さんは行かないんです! 離れてください! ハレンチです!!」
「ハレンチだって。おっもしろぉ〜い。昴くんもすみにおけないねぇ。なんだったらその子も連れて行ってあげてもいいんだよ?」
「行きません! 私も昴さんも、貴方となんか行かないんです!」
昴を挟んで、二人の半獣人が言葉の応戦を繰り返す。
昴は小さく呼吸をすると、自分に絡みつく命の腕を振りほどき、一歩後ろへと後退した。訝しげに見つめる命の瞳を真っ直ぐに見つめて、彼女への答えを告げる。
「行きません。俺……皆と一緒にいるって決めたんです」
昴は一呼吸整えると、足りなかった部分を一気に話していった。
「今回の戦いで俺は……大勢の人たちと協力して戦う事が楽しいんだと気づきました。でもそれは、「悪い事」に繋がる戦いじゃ嫌なんですよ。このゲームの設定みたいに「英雄」になれるような戦いじゃないと」
全員が昴の言葉に耳を傾ける。頷く者もいれば、笑みを零す者、真剣な眼差しで見つめる者もいる。
唯一人、険しい面持ちで、唇を噛み締める者がいた。
命だ。
彼女は何事かブツブツと呟くと、ケロっとした表情で一同を見渡した。
「そう。昴くんは英雄の道を選ぶのね。仕方ない、諦めて帰るわ。いいの、私には「あの人」がいてくれるし、それに……」
踵を返してマントを広げると、手にした杖を振りかざし、短い呪文の詠唱に入る。詠唱が完了し最後に魔法の名前を発音するだけとなった。
「米粒程度だけど楽しかったわ。帰るわね、魔軍を率いる魔王様のところへ。そして「あの人」のところへ。『帰還』」
短く唱えられた魔法の言葉によって、命の体は透明化して消え去ろうとした。
「あの人とは誰なんですか!? 命さん!」
既に姿の無くなった命に、必死の声を昴は送った。きっとその人物が命を変えてしまったに違いない。そう思って。
「―― はじめに召喚された「英雄」になれなかった人よ。覚えてるでしょ? クスクス、じゃぁね。アハハハハハハ……」
それっきり命の言葉は返ってこなかった。




