1-11 『初レイド戦-1』
翌朝からいっくん、カミーラ、ニャモ、桃太の四人を加えて『クリムゾンナイト』が借り受けているギルドルーム内で、スキルの習得練習を行った。
その部屋は床に土が敷き詰められており、広さはテニスコートほどもあった。同様の部屋が他に3つあるという事で、昴たちは『クリムゾンナイト』のメンバーとは別々に習得練習に励んだ。
「こんな隠しコマンドがあったとはなー」
「コマンドって言うのこれ?」
「さぁ、言わないんじゃないかしら」
「ま、まぁそこは重要な事でもないですし……」
アーディンからの説明が終わった頃、空行の四角いマスにチェックを入れる事に成功したメンバーは、いっくんを除き「隠しコマンドだ」と説明したアーディンに対して、ささやかな突っ込みを行った。
アーディン自身には耳に届いてないらしく、効率のいいスキル習得の仕方を教えてくれた。
「とりあえず、2日のうちにどこまで習得できるか……というよりは使い勝手の良いのを選んで、それを習得したらあとはスキルレベルをマックスにしておけ」
「え? スキルレベル?」
昴にとってそれは初耳な内容だった。アーディンは昴の驚いた表情で見て思いだした。スキルレベルを説明しそこねていた事を。
「あぁ、お前にはまだ説明してなかったな。ゲームの頃と同じでこっちでもスキルレベルが存在している。覚えたてはレベル1だ」
「そ、それでダメージが全然通らなかったのか」
「そういうことだ。レベルを上げるといっても実際のゲーム仕様では既にレベルマックス状態のはずだろ?」
「はい、『ライジングインパクト』以外は全部マックス5でした」
「んむ。スキル一覧を呼び出して確認してみよ。今だとスキル名の横に数字が表示されているはずだ」
昴や他のメンバーもスキル一覧を呼び出してスキル内容を確認する。他人のUIは見る事ができないが昴の視界に表示された内容は「スラッシュ:2/5」となっていた。
一方、スキル習得前段階のいっくんの視界には「バッシュ」とだけ表示されている。
数字の左側が現在のスキルレベル。右側が上昇可能なレベル範囲だ。
「レベルを上げるのはそんなに難しくはない。まぁひたすら敵を攻撃していれば上がるからな。格下相手でも大丈夫だ」
昴の「スラッシュ」が既に2/5になっているのは、雑魚モンスターを倒しまくっていたせいだろう。
「よっしゃぁ! んじゃモンスター呼び出すぜ!」
すぐにでもスキルを習得したいいっくんは、モンスター召喚様のスイッチを押す準備をした。
部屋は模擬戦闘専用のエリアになっており、レベル10毎に設定されたモンスターを呼び出し、戦闘を行う事が出来る仕組みになっている。ただし、呼び出されたモンスターをいくら倒しても経験値を得ることはできない。
いっくんがスイッチに触れると、7匹のモンスターが現れた。レベルは20。室内にいる人数と同じ数のモンスターが現れるようだ。
「僕はみなさんに回復魔法掛けるつもりでやればいいのかな?」
「それでもいいが、モンスター相手にもヒールは使えるぞ」
「あ、そういえばそんな事もできましたね」
各々がスキル習得に取り掛かった翌日には、昴は5つのスキルを習得し、それぞれスキルレベルも5まで上げ切った。他のメンバーらも3つか4つのスキルを習得しレベル5まで揚げる事に成功した。
その日の夜、『クリムゾンナイト』のギルドルームを間借りしていた昴らの下に、モンジから連絡が入ってきた。
「見つけたでござるよ。レイドボスを」
●
小高い丘と森に囲まれた場所。土煙の上がるそこに村があった。
良く見ると、村の中にある建物は大半が破壊されており、村人の姿はどこにも見えなかった。
小高い丘の上に現れたのは50名ほどのプレイヤーたち。ギルド『クリムゾンナイト』の兵らと昴たちだった。
彼らは4つのPTに別れており、ナイトである昴をPTリーダーにしたメンバーには、他前衛にバーサーカーのいっくんとアサシンのカミーラ、そしてシノビのモンジ。後衛職ではハンターのニャモとソーサラーの餡コロ。回復職にはアーディンと桃太のプリーストが。
そして『クリムゾンナイト』から助っ人でウィザードの宮城 楓が加わった。
1つのPTが村の正面から突入し、左右に1PTずつ、敵の伏兵を引き付ける役で配置。最後のPTがレイドボスへと直接向かうという単純な作戦が採用された。
昴のPTは村の入り口から見て右側を担当することになった。
村の内部は悲惨なものだった。村人は先に逃げ出したようで、昴らの目には生々しい遺体などは今のところ入ってきていない。しかし、逃げ延びた村人が再び村に戻ってきたとしても、原型を留めないほど破壊された家屋が多く復興は容易ではないことが誰の目から見ても解った。
「この先に敵でござるよ」
先行偵察に出ていたモンジが影の中から現れると、先頭を進んでいた昴へと注意を促した。
「前に見たやつだ」
「お前が倒せなかったヤツだな」
「……」
「ま、まぁ、あの時よりもスキルレベルも上がってるでござるから」
建物の角を曲がった先に居たのは、先日昴らが対峙したモンスターだ。レベルは45のボス属性だ。
他PTからもたらされた情報を、同行していた『クリムゾンナイト』のメンバーである楓が、昴らに伝える。
「グレーターデーモン。レベル45ボス属性。鋭い爪での攻撃には低確率だけど麻痺効果が乗るそうです。弱点は聖属性」
聖属性と聞いて、アーディンが物理攻撃職の武器に「ホーリー・ウェポン」のスキルを掛ける。これで3分間は武器に聖属性の効果が付与される。
アーディンが「ホーリー・ウェポン」を付与して周る間に、桃太が基本支援スキルを使って戦闘態勢を整えた。
全ての準備が整うと、属性付与効果の時間を有効活用する為、昴はすぐさまグレーターデーモンへと突撃した。
昴が「挑発」で敵対値を取ると、続けざまに「シールド・スタン」を使用。こちらもヘイト上昇スキルだ。僅かにダメージも与えられる。最も、このスキルの一番の利点である「敵を一定時間麻痺させる」という効果は、相手がボス属性である為効果は現れない。
攻撃職の出番が来ると、各々習得したばかりのスキルを思う存分発揮させた。
残念ながら、習得できた全てのスキルを試す前にグレーターデーモンは黒い霧となって四散した。
「呆気ない……スキルレベルの違いでこんなに戦いが楽になるなんて」
「ゲームでは強い事に馴れてしまってたからな。実際にスキルレベルが低いと高レベルだって苦戦することはあるってことだ」
以前戦った時には、昴の攻撃はまったくと言っていいほどダメージを与える事が出来なかったが、今回の戦闘中一度だけ放った「スラッシュ」は明らかにダメージを出せていた。
同じ装備、同じレベル、違うのはスキルのレベルだけ。スキルレベルの偉大さを昴はひしひしと実感した。
グレーターデーモンを倒した一行は、そのまま村の右側を探索しようと歩き始めたが、楓の声がそれを制した。
「待って、ギルマスのPTがレイドボスと戦闘に入ったって」
ギルドチャットを受けて楓が全員に状況説明を行った。カイザー率いるPTともうひとつ、中央を進んで雑魚を引き付ける役割だったPTの計ふたつが、遂にレイドボスと遭遇し戦闘態勢に入った。
レイドボスには統一してある種の行動パターンがあった。戦闘態勢に入ると常に一定数の取り巻きを召喚するのである。しかも、この一定数というのがクセもので、レイドボス周辺にいるプレイヤー数に応じて変動するのだ。
概ねプレイヤー数の1.5倍のモンスターが召喚されている。取り巻きの数が半減すると再び召喚が開始されるので、常に大軍と戦うイメージだ。
「取り巻きの召喚がはじまるよね? 急ごう」
昴が仲間達を振り返って声を掛けたとき、後衛陣から悲鳴が上がった。
「い、いやあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「どうした!?」
悲鳴はニャモからだった。餡コロと楓、桃太の三人は声も上げられない様子で、顔面蒼白で全身が震えている。
唯一人、険しい表情で四人の視線の先に向かって歩き出す者がいた。
「……とりあえずお前らは向こうにいってろ」
四人を見ることなく声を掛けたアーディンは、四人を遠ざけるようにとモンジに一声掛けてある物へと近づいた。
「どうしたんですか? アーディンさん」
昴は僅かでも早くカイザーらのもとへと向かいたかった。だか、アーディンの行動がそれを阻んでいる。急かすように彼女へと近づいた昴だったが、振り向いたアーディンが手を突き出してこちらにくるなと合図を送った。
「見たくないならお前も来るな。逃げ遅れた村人が……な」
しかし、アーディンの忠告も虚しく、昴は既にある物が視界に入る所までやってきていた。
そこにあったのは肉塊。周囲には真っ赤に染まった「人」の衣服が散乱していた。周囲の土と異なる色をしたその場所は、既に大量の血液が染みこんだ証拠になっていた。
「!? そんな! ぅ……ぐっ」
「だから言っただろ、見たくないなら来るなって」
壊れた家屋の横から、おそらく洗濯して干されていただろうシーツを拾い上げると、泥まみれの肉塊にそれをそっと被せた。
肉塊を間近で見たアーディンの視線には、何かで滅多打ちにされ原型を留めない形となった肉塊の一部に、まだ「人」であった部分が映った。
掌だったそれは、白く細い指をしていた。女性だったのだろう、この肉塊は。
「アーディン殿は……」
四人をカミーラといっくんに託したモンジが、アーディンを心配して戻ってきた。
「私は……もう……見慣れてしまったよ」
祈るように胸元で手を合わせたアーディンは、すっと立ち上がると踵を返して昴らの下へとやってきた。
(見慣れた? 俺とこの世界で会う前の短期間で、そんなに……死体……見たのか?)
「ほら、行くぞ」
呆然と立ち尽くす昴へ、アーディンは肩を叩いて促した。
「これ以上犠牲者を出したくなければここで確実に食い止めるしかないんだ」
昴の前を歩くアーディンは、彼を振り向くことなく前進を続けた。昴はもう一度、掛けられたシーツへと視線を送った。その下には誰かの遺体が眠っている。
(これが現実……異世界での現実なんだ……っくそ!)
唇を噛み締め、決意して目を開くと、先を歩くアーディンを追いかけた。
「……わかってます。絶対……絶対に倒す!」
悲鳴を上げたニャモも、動けないままだった餡コロも楓も、そして桃太や他メンバーらも想いは一緒だった。




