1-10 『水に流す』
結局昴は、パール・ウェストで起きた件に関して洗いざらい話す事になった。言い終えた後、アーディンからどんな嫌味を言われるかと不安になりながら。
「っという事があったんです……」
大きな溜息と共に昴は話を締めくくった。
「そ、それは……辛かったでござるな昴殿」
モンジは心底同情したように言うと涙さへ浮かべていた。
「昴……マジごめんな。俺、ミルキィーがそんなヤツだとは思ってなかったからさ。ネカマだって知ってたのに内緒にしててゴメンな」
アーディンの肩へ始め、手を置いていたのがいっくん。長身でこげ茶の髪を短く切り揃えたヒューマンのバーサーカーだ。彼が座った椅子の横には愛用の巨大戦斧が置かれている。
「あのネカマ、私達には必死でwebマネー使ってガチャ回したって言ってたんだよね。まぁ素直に信じた私達も悪いんだけどさ」
四人の中で唯一女性のハンターのニャモは、怒ったように話す。モンジと同じ獣人だが、こちらは猫科がモデルになった外見だ。耳と肘から下と膝から下、そして尻尾が茶色く、他は白っぽい毛並みをしている。
モンジと決定的に違うのは、獣人といいつつも人間に近い容姿をしている事だった。それでも半獣人よりは獣寄りだ。
「そうねぇ、必死でって言ってた割にアバター衣装あんまり着替えてなかったし、不自然さはあったのよねぇ。でもネカマだったからそんなものかって思ったのよ」
おネエ口調のカミーラは、逞しい肉体を持ったアサシンだが、何かにつけて身をくねらせる仕草に、暗殺者として他人に恐怖感を与えるという点が欠落している。彼は「おネエキャラ」を演じているのか、それとも真の姿なのか、今の所は解らない。
「うぅ……ごめんなさい昴さん。僕もミルキィーさんがネカマだって知ってたんです」
柴犬がベースになっている獣人の桃太はアーディンと同じプリーストだ。レベルもこれまた同じ77である。四人のうち他三人は79と昴や餡コロと同じだった。
黒くて大きな丸いつぶらな瞳を潤ませた桃太は、犬好きには堪らない可愛さを持っている。
「いや……まぁ俺も頭に血が昇って冷静じゃなかったから、勢いでギルド抜けちまったけど……」
「そうそう俺らさ、結局ミルキィーとは顔合わせてないんだけどさ、クリフトからギルチャで事情聞いて全員一致でヤツを追放したんだけどさ」
追放という言葉に昴は、一瞬胸を突き刺されるような感覚に襲われる。以前、自分がアーディンにしたのもギルドからの追放だったからだ。
しかし、今回のミルキィーに関しては確固たる証拠があるため、彼がギルドを追放された事に関しては適切な判断だという事は理解している。むしろミルキィーが在籍したままであれば、今この場にいる元ギルドメンバーらとの付き合い方も、変えなければならなくなったであろう。
「クリフトったら凄いのよぉ」
「え?」
「ミルキィーをぶっ飛ばしたのよ。ミルキィーの最後の断末魔がギルチャで聞こえたわ」
「っぷ……ちょっとその場面見たかったな」
「でしょでしょ」
口では厳しい事を言っているクリフトだったが、自称冷静キャラを名乗っているだけあって、あまり感情を表に出さないよう勤めている。そんな彼がまさかミルキィーを殴り飛ばすとは想像できず、昴も思わず吹き出してしまった。
互いに笑いあう五人に対し、申し訳無さそうに餡コロが右手を上げて口を開いた。
「あ、あの~」
「ん? どうしたの餡コロさん」
「先ほどから言ってるネカマって……なんですか?」
言葉の意味を知らない餡コロにとっては、何に対して怒ったり笑ったりしているのかもさっぱり理解できなかったようだ。逆にその場に居た全員が餡コロに対し、「ネカマ」を知らない事の方に驚いた。
「え? し、知らないの?」
「はい」
テーブルには次々に注文した料理が運ばれてくる。周囲のテーブルはほぼ埋まっており、香ばしい香りの料理がいくつも並んでいた。
昴らの注文した料理を運んできた店員に、後から合流したいっくんらがメニューの注文を行う。
餡コロは運ばれてきた飲み物を口に含むと、今か今かと説明を待った。
「え、えーっと……アーディンさん?」
「おい、何故そこで私に振る」
「いや、えっと……初心者への講習はお手の物かと思って」
自分がネカマから被害を受けたのもあってか、昴は餡コロの質問に対してあまり口を開きたくは無かった。だからこそアーディンに振ったのだが、彼女は食事に忙しいとでも言うように面倒くさそうにモンジの方を見た。
実の所は滑るへの突っ込みを入れるタイミングを逃してしまい、不貞腐れているだけでもあった。
「モンジ先生、お願いします」
「っちょ!?」
いきなり振られたモンジは、手にした骨付き肉を愛おしそうに見つめてから餡コロへと視線を送った。
「先生! お願いします!」
無垢な眼差しでモンジを見つめる餡コロ。彼女を見たモンジはしぶしぶ骨付き肉をお皿に戻すと、咳払いを一回し言葉を選ぶようにして語りだす。
「し、仕方ないでござるな……こほん。ネカマとは、女キャラで女のふりをしてプレイする男の事を言うでござる。逆に男キャラで男のふりしてる女の人はネナベでござる。そこのイケメンがゲームの頃にやってたプレイスタイルでござるよ」
「ふっふっふ」
「え? このねーちゃん元ネナベなのか!?」
モンジの説明にいっくんが興味津々な様子でアーディンのほうを見た。ネナベと言われたアーディンは人差し指を立てて口元に持ってくると、指を左右に振って口を鳴らした。
「ちっちっち。私はイケメンだ」
「昴、また随分変わった人たちと知り合いになったのねぇ」
アーディンの様子を見たカミーラが、驚いたような呆れたような関心するような、複雑な心境を含ませた表情で昴を見る。
「それで、昴はこれからどうするの? その人たちも……ギルド未所属みたいだけど。新しいギルドでも作るとか?」
「え? いや、そういう訳じゃなく……こっちのアーディンさんとは昔同じギルドに所属してて、こっちのモンジさんはアーディンさんの知り合いで……彼女は道中で知り合ったんだ」
ニャモは昴の言葉に丸い瞳を輝かせ長い尻尾をくねらせると、餡コロを見ながら昴をからかう様ににんまりと笑う。
「へぇ~、彼女、なんだ?」
餡コロの名前だけ出さなかった事に対する突っ込みだったが、昴はそんな突っ込みの意味など理解出来るわけもなく、慌てて訂正しようと席から立ち上がった。
「ちが! 餡コロさんは……」
彼女ではない……という言葉がすぐには出てこない。そんな昴の横で、手をぽんっと叩く餡コロが昴の言葉を遮って言葉を掛けてきた。
「あ! 昴さん言うの忘れてましたね」
「え?」
一瞬戸惑う昴。その表情は何か期待する物があるようにも見える。
「お友達になりましょう~」
元気いっぱいに言う餡コロの言葉を聞いた昴は、一瞬にして「期待」を投げ捨てた。
「……あ、うん……」
「きゃ~! やったぁ~」
「昴ぅー、不憫だ。不憫だよぉー」
昴は複雑な表情をみせ、餡コロは喜び、いっくんは涙を拭うように拳で目をこする。
「そ、それで、昴はこの人たちと?」
「あ、えーっと……実は……」
絡むために昴に対して突っ込んだのだが、あまりにも餡コロが素っ気無い態度だったので、逆に昴が可哀想だと思ったニャモが慌てて話題を変えた。
合流したいっくんらに事情を説明してもいいものかと悩んだが、横目でみたアーディンやモンジが頷くのを確認すると、昴はこれまでの経緯を簡単に説明した。
「ええぇぇぇぇぇぇ!?」
「レ、レイド戦ですか! いいなー、ずるいなー」
耳をピンっと立てた桃太は、良く見ると椅子の隙間から伸びた尻尾も左右に振っている。子犬のような愛らしさで周囲にいた女性客からも注目されているのだが、本人はまったく気づいていない。
「私も参加したい~」
ニャモがすがる様に懇願した。その目は猫のように黒めが縦一文字になり、耳は真正面を向いている。
「ア、アーディンさん?」
「ん? 別にいいんじゃないか? レベル的にも問題ないし。というかあのボスのレベル低いからな。大規模戦体験なら丁度いいだろ」
「でござるな。見知った者とPT組むほうが精神的にも楽でござろう」
大規模戦の経験がある二人の許可が下りた。昴が元ギルドメンバー四人に頷くと、四人は互いに手を叩いて喜んだ。
丁度このとき、いっくんらが注文した料理が運ばれてきた。
「明日からお前らもスキル習得練習だぞ。朝早いからな」
食事を済ませたアーディンが、運ばれてきたいっくんのお皿から、本人に気づかれないよう鶏肉をつまんで自分の口へと入れた。それからアーディンは何事も無かったかのようにいっくんらに明日からの行動を指示する。
「おっしゃ。俺らもさっさと飯食おうぜ」
お皿の中の鶏肉がひとつ減っていることに気づかないいっくんは、真っ先にひとつ減った鶏肉を嬉しそうに口へ運んで味わった。




