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北尾という男

「新選組三番隊の北尾です。よろしくお願いいたします。」

どちらかというと清々しい雰囲気を持った青年が、私にそう挨拶をした。


「見廻組の坂下です。こちらこそ、よろしく。」


私も名乗った。


「ご一緒にお仕事をさせていただけて光栄です。こちらは田舎侍なもので、知らないことも多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。」


自分から「田舎侍」だというこの青年に、私は苦笑を禁じえなかった。


確かに、我ら見廻組は本当の武士の集まりだが、新選組は武士でなくても入隊できるため、にわか武士が多いと聞いていた。そもそも、新選組局長の近藤という人も、本当は武士ではないと聞いている。見廻組の幹部は「にせ武士の集まり」と呼んでいた。

そんな彼らが会津藩お預かりになれたのは「池田屋事変」の功労を讃えられてのことであったと聞く。

しかし「にせ武士」は「にせ武士」だ。我らとは天と地の差がある。


そんな我らと、新選組が組まなければならない理由があった。

「池田屋事変」と同じくらいの規模の陰謀が、長州浪人たちの中で密かに練られているという情報を得たからである。

元々は、新選組の山崎何某という人が得た情報だというが(池田屋事変も彼の功労であるらしいが、報酬は得られなかったらしいことから、これも怪しいものである。)我々の諜報網には全くひっかかっていない。

そのため、眉唾物だと我ら幹部は、最初は相手にしなかったのだが、万一、本当だった場合を考えて、見廻組と新選組とで詳しく調査するように…との上からのお達しが下ったのだ。どちらかというと反目しあっている見廻組と新選組が何故組まなければならないのかはよくは知らないが、池田屋事変で新選組がすべて手柄を得てしまったため、今度は同等に…というお上の情けだったようだ。(よけいなことだとは思うが・・・)


そこで選ばれたのが、何故か私だった。正直この計画にはあまり気が進まない。

それも組む相手は、新選組の中でも平隊士だ。

伍長役の私がどうして、平隊士の「北尾」と組まなければならないのか。

どうしても納得がいかなかったが、この調査がうまくいけば、助勤格へあげてくれると言われ、つい受けてしまった。

しかし今は、助勤になれなくても構わない。とにかくこの調査を早く終わらせたい。

それが、本音なのである。


…ただ一つだけ…新選組に興味のある人がいる。

新選組の鬼と言われた沖田総司だ。

近藤や土方は農家の出らしいが、沖田総司は武士の出で、剣の腕も相当立つとの話を聞いていた。

私は、北尾にその疑問をぶつけてみた。

すると答えは、意外なものだった。


「沖田さんですか?…私は三番隊なのでよく知りませんが、確かに剣の腕は立つそうですよ。でも、私にいわせれば、斎藤さんの方がずっと上だと思いますがね。…あ、斎藤さんというのは、三番隊で一番偉い人です。…そうそう、組長と呼んでいます。一番隊の人にも聞いたことがあるのですが、沖田さんというのは、いつもへらへら笑っていて、真面目な時がないそうですよ。巡察の間でも「ここの菓子屋がうまい」とかそんな話ばかりをしているそうですし。私は、大した人とは思えませんね。」


そんなことをさらりといいのける、この北尾という男に私は少なからず幻滅した。

その話は本当なのかもしれないが、普通なら自分の隊の人間のことは持ち上げるべきである。平気でよくそんな悪口をたたけるものだと、私は思った。


「それよりも、今回の調査のことを詳しく聞かれていますか?」


北尾は、話をかえた。


「いや。君と組め…と言われただけでね。」


私は、そっけなく答えた。


「そうですか。私もよく知らないんです。」


北尾はにこにことして、そう答えた。緊張感も何もないその様子に、私はもはや、あきれ果てていた。


しかし、その後すぐにこの北尾という男の剣の腕に私は感服することとなる。

調査のために、二人で町中を歩いている時だった。


突然、浪人風の男がすれ違いざまに、すっと刀を抜いたのが目に入った。

しかし抜いたといっても、まだ刀の先は鞘に入ったままの状態で、その場にばったりと倒れてしまったのだ。

驚いて思わず立ち止まると、隣の北尾の左手元で「ぱちり」と音がした。

北尾は相手が抜きかけた時点で、刀を抜いて斬ったのだ。…斬ったといっても、峰打ちだが。

その動きを私はすべて、この目で見ていた。あまりの素早さに、一瞬、動けなかったほどである。


「…お見事。」


思わずつぶやいた私に、北尾は


「恐れ入ります。」


と、ぺこりと頭を下げて見せた。


「…それは、君のところの組長から伝授したのかね?」

「ええ、まぁ。」


北尾は、照れくさそうに額を指で掻きながら答えた。


「斎藤という人はすごいんだな。会える時がくるだろうか。」


そう言うと北尾は、


「気難しいお人ですが、酒が入ると案外気安くなります。また、酒の席にでもお誘いしましょう。」


と、言ってくれた。

私はその時、その「斎藤」という男に、本心から会いたいと思っていた。

そして、沖田総司への興味はもはやなかった。


……


調査は案外、とんとん拍子に進んだ。


浪人たちが計画したと思われるものは本当であり、少しでも早くそれを潰さないととんでもないことになる。池田屋事変の失敗から、向こうもかなり慎重にことを薦めているようだったが、やはりどこかから漏れるものである。


「北尾君。どうする?お互いもう面が割れてしまっているようだが。」


そう私が聞くと、北尾は、


「どうするもこうするもないですよ。攻撃するまでです。新選組では相手に背中を向ければそれで切腹ですからね。どっちにしても逃げることはできません。」


と言った。

その局中法度といわれるものは、私も聞いたことがある。しかし、本当だとは思わなかった。


「じゃぁ、すぐにお上に許しをもらって、討ち入るか。」

「そうしましょう。」


北尾はにやりと笑って、その場を立ち去っていった。


……


しかし、討ち入ることはとうとうなかった。

こちらが、計画のことを察知していることを敵が知り、早々に解散してしまったためである。

そのため、その後は北尾に会うこともなく、月日が流れていった。


……


見廻組と新選組の巡察区域は別に決められてあり、お互いすれ違うこともない。

そのため、私は北尾のことを忘れかけていた。


が、ある日、たまたま町中で北尾に、ばったりと出くわしたのである。

北尾は出世していたのか、後ろに大男を二人引き連れて歩いていた。

私はしばし躊躇したが、懐かしさに負けて、彼に走りよっていた。


「北尾君!私だよ!覚えているかい?坂下だ!」


そう走り寄った時、後ろにいた大男が突然、北尾の前に立ちふさがるようにして、刀に手をかけた。


「二人とも、待って!…私の知り合いだよ。」


そう北尾が言い、二人を下がらせた。


「坂下さん。お元気そうですね!…本当にお久しぶりです!」


北尾は、にこにこと微笑んで、私に言った。

私も、嬉しさに顔が自然とほころんでいるのがわかる。


「北尾君こそ、お元気そうでなにより。」


そう私が言うと、さっきの大男たちが怪訝そうな表情をして、顔を見合わせた。

北尾はそれに気づいたのか、少し気まずそうな表情をして、私の耳元で囁いた。


「…私は「北尾」という名前ではないんですよ。」

「え?」

「新選組から本名を名乗るなと言われていたので、最後まで名乗れなかったんですが…実は…」


彼のその後の言葉に、私は声が出なかった。


「坂下さん、ごめんなさい。どうしても言えなくて…。」

「…だって…だって…あの時あなたは…」

「本当に申し訳ない。…でも、褒めてもらったりして、照れくさかったんですよ。」


そう言って私に手を合わせる北尾に、私は苦笑せざるを得なかった。


「沖田先生…もうお時間が…」


大男の一人が、そう北尾に話し掛けてきた。


「すまない。…じゃぁ、坂下さん。きっとまた会いましょう。…ああ、そうだ。あの時の約束。きっと果たしますよ。」

「約束?」

「ええ。斎藤さんと飲みに行くと言う約束です。」

「!!」

「では。」


北尾…いや、沖田総司はそうにこやかに手を振ると、大男たちの元へと走っていった。

私は、まだ衝撃から立ち直っていなかった。


「…沖田総司…あれが…新選組の鬼と言われた…沖田総司だったのか…」


そう呟いて、ただぼんやりと、その後姿を見送っていた。


しかし、彼との約束は果たされることはなかった。噂によると、その後の沖田総司は労咳に冒され、巡察はおろか、ほとんど外を歩くことがなかったという。

私自身も仕事に追われ、自分から沖田に会いに行くことはできなかった。

私はもう70歳。

…彼とのことは、いい思い出である。


-終-

……


お読みいただき、ありがとうございます!

えー…見切り発進でございます(^^;)「一番隊日記」とは違い1話ずつ完結を目指しております。また、次のお話をアップするのに、間も空くと思いますが、時々覗いてやってくださいまし(m__m)

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