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7話

颯爽と歩いている可偉を見かけたのは、そろそろ家に帰って夕飯の準備をしなくちゃいけないなと思い始めた夕方。


大学時代の友達の結婚が決まって、当時から仲がいい友達何人かとお祝いの品を買いに出かけたのはいいけれど、久しぶりに会ったせいか時間が経つのも忘れて話し込んでしまった。


結婚して家庭に入っている私と同じ立場の友達もいれば、仕事をばりばりとこなしている見るからにできるオンナという友達。


母親であり会社員でもあるという、頑張る主婦の友達もいて、各々の近況報告にはそれ相応の時間も必要で、日当たりのいいカフェでの時間は瞬く間に過ぎていった。


「そろそろお開きにしなきゃね。でも、せっかくこうして再会したんだから、近いうちにまた会おうよ」


「そうだね。みんな忙しいけど会いたいね」


席を立ち、カフェから出ようとしていた時、ふと目に入ったのは急ぎ足で歩いている可偉の横顔だった。


大通りを挟んだ距離は近いとは言えないけれど、その愛しい顔を見間違えるわけはない。


見た瞬間に跳ねた鼓動はあの横顔が可偉だと教えてくれる。


動きを止めてガラス窓の向こうにじっと視線を投げている私に、周りの友達は怪訝そうな声で。


「紫?どうしたの?誰か知り合いでもいたの?」


「あ、うん。可偉が……」


視線を可偉に向けたまま、呟く私の声に、周りは大きく反応して


「え?可偉さん?どこどこ?あの男前の顔、遠目からでも拝ませてよ」


「うわあ、まさにいい男だね。歩き方ひとつにも自信が満ちてるっていうか……どこか腹が立つくらいにいい男」


ざわざわとそんな声を耳にしながら、通りの角を曲がる可偉の後ろ姿を寂しく見送った。


今朝私が選んだネクタイの黄色が目立ち過ぎていたような気がしたけれど、可偉くらいに整っている見栄えだと、負けてないか、とほっと一息。


結婚してそれなりの時間がたったというのに、やっぱり可偉の姿を見るたびにときめいてどきどきしてしまう。


……少し、落ち着きたいんだけどな。


じゃなきゃ、自分自身が疲れてしまう。


ふうっと小さく吐息をこぼして、鞄から財布を出していると、


「紫、ほっぺが真っ赤だよ」


ふふふっと隣から笑い声が聞こえて、顔を上げると、大学時代から一番の親友である明日香ちゃんがにやにやと笑っていた。


ショートカットがよく似合う彼女は長身で細身の体型をそのまま生かしてモデルさんをしている。


「確かに暖房が効いていているからほっぺも赤くなるだろうけど、紫の場合、原因は可偉さんだね」


ふふっと笑う明日香ちゃんは、私の顔を覗き込むと


「彼の心を射止めたかわいいこの顔、私がしばらく借りるわけにはいかないかな」


訳が分からないことをつぶやいた。


「この顔?」


「そう。できれば、身元不詳のままでお借りしたい」


神妙な顔の明日香ちゃんの言葉が理解できなくて、どう答えればいいのかと、しばらく見つめ返していると。


ただでさえ色白の明日香ちゃんの肌が、更に透明感を増しているのに気付いた。


間近で見ても、ほとんど毛穴が見えないのは単純に化粧でごまかしているからではなくて、本当に滑らかで整っている肌だからだとわかる。


もともと綺麗な見た目ゆえにモデルを職業としている彼女だけど、最近の活躍ぶりに比例するかのようにどんどん美しさが増しているような気がする。


今日、みんなで話している間でさえ、周囲からの興味深々な視線を感じずにはいられなかったし。


そういえば、大手の化粧品会社のモデルに決まったって言ってたっけ。


本当、有名人になってしまったな。


「……明日香ちゃんが使ってる化粧品、教えてよ」


ふと、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。


前後の脈絡を、何も考えていなかった私の言葉は、二人の間に漂って浮いてしまった。


「あ、突然ごめんね。あまりにも明日香ちゃんの肌が綺麗だから見惚れちゃって。ふふっ」


ごまかすように笑う私に、ぷっと小さく声をあげたかと思うと、その小さな顔を私の耳元に近づけて


「可偉さんがいる限り、紫には化粧品に頼るような事をする必要はないよ。

彼が注いでくれる愛情が最強の栄養分だよ」


「あ、明日香ちゃん……」


「ふふっ。ちなみに私の化粧品は、今度CMに出る事になったブランドのもの。

言えばいくらでももらえるから、今度あげるね」


「あ、本当?ありがとう」


「まあ、紫は結婚してどんどん綺麗になってるから、必要ないけどね」


からかうようにそう呟いた明日香ちゃんは、ふっと表情を真面目なものに戻すと。


「で、さっきも言ったけど、紫のこの綺麗な顔を、借りたいんだけど」


少し低くなった声からは、決して冗談で言ってるわけではないとわかるけれど、明日香ちゃんが言わんとする事がさっぱりわからない。


私の顔を借りたいって、どういうことだろう。


『顔を貸せ』なんて、まるで喧嘩を売っているようにも聞こえるんだけど、それって考えられないし。


「よくわからないんだけど……私の顔って一体……?」


首を傾げる私に、突然ごめんね、と肩を竦めた明日香ちゃんが何かを言おうとした時、カフェの入り口から私たちを呼ぶ声が聞こえた。


既に支払を終えて外に出ているみんなが私たちを待っている。


「あー、みんな待ってるね。とりあえず、出ようか」


「う、うん……」


私の前を歩く明日香ちゃんの背中を見ながら、やっぱり『顔を貸す』っていう事がよくわからなくて、このまま本当に喧嘩を売られたらどうしよう、勝てるわけないよ、なんてぐずぐず考えながら。


小さくため息を吐いた。





   *   *   * 




「本当に料理の腕が上がったねー。どれもこれもおいしい。ねえ、可偉さんと別れるなんてことになったら私のお嫁さんにならない?」


「ふふっ。誉めてもらって嬉しいけど、私が可偉と別れるなんて事、絶対にないから。お嫁さんなら他をあたって」


「……うーん。このお吸い物、出汁の香りが絶品だね。いいなあー、可偉さん毎日こんなにおいしいものを食べられてさ」


モデルらしからぬ大きな口を開けて、テーブルに並べた料理を次々と平らげていく明日香ちゃんは、手元のビールもぐいっと飲み干した。


テーブルに並べた夕食は、可偉の帰宅を待たず、『味見』と称して笑顔満開の明日香ちゃんによって食されていく。


「可偉さん、もうすぐ帰ってくるのよね。やばいなあ、全部食べてしまったら睨まれそう。

それに、今怒らせたら私のお願いを聞いてもらえなくなる」


一瞬気弱な声で可偉の機嫌を気にしたけれど、それでも明日香ちゃんが持つお箸の動きは止まらないまま。


たくさん作ったかき揚げを出汁にくぐらせて、じゅわっという音と共にその歯ごたえを楽しんでいる。


「んー。幸せ」


目を閉じてその味を堪能する明日香ちゃんは、心底満足そうな呟きと共に。


「紫みたいにお料理上手じゃなきゃ、やっぱり結婚しちゃだめだよね」


ほんの少しトーンが下がった声でぽつり、ため息に交じって聞こえたような気がした。


「……明日香ちゃん?」


今出来上がったばかりの茶わん蒸しをテーブルに並べながら、明日香ちゃんの小さくて整った顔をのぞきこんだ。


自前の長いまつ毛と透明感あふれる肌を間近で見ていると、それだけで目の保養になるけれど、今の明日香ちゃんの瞳には単なる綺麗なモデルさんというだけではない、不安に心を揺らす曖昧な心情も見え隠れ。


そんな儚い様子ですら魅力的で、同性でありながらどきりとする。


雑誌やテレビで見る『モデル』の明日香ちゃんはもちろん魅力的だけど、こうして素顔でおいしいものをお腹いっぱいに頬張ってくれる彼女は、更に魅力的だ。


その魅力が、モデル業界で通用するかは別にして、私にとっての明日香ちゃんは、単なる明日香ちゃんだから。


いくら売れっ子モデルで輝いているとはいっても、大学時代に出会った時からずっと、彼女は私の大切な親友。


「あ、私ね、来週からパリに撮影に行くんだ。だから、何か買ってきて欲しいものがあれば言ってね」


表情をすっと明るいものに変えて、明日香ちゃんはにっこりと笑った。


どこか沈んでいるように思えた彼女は、私の見間違いなんだろうか。


「パリかあ。いいなあ、私行った事がないからなあ。特に何も買ってきて欲しいものもないけど、センスがいい明日香ちゃんの目にかなったものがあれば、何か記念に。

あ、荷物にならない小さなものでいいよ」


呟く私に、くすりと笑ってくれた。


「いつも紫はそうだからな。せっかくなんだからブランドのカバンとか化粧品とか言ってくれれば買ってくるのに。

そんなものより絵葉書とか民芸品を喜んじゃうんだもんな。

そんなに物欲がなかったら、可偉さんだって物足りないんじゃない?」


「物足りない……のかな。可偉はいろいろ買ってくれるから、いつもありがたく受け取ってるけど。

あ、今明日香ちゃんが座っている椅子も、可偉が知り合いのデザイナーさんから買ってきたんだ。

私の好みだろうと思ったらしくて、工房から直接買い付けて車に積んで持って帰ってきたからびっくりした」


「そ、そうなんだ……本当、可偉さんって、見た目との違いにびっくりするよね」


「そうかな?可偉は初めて会った時からずっと変わらないけど。……強引だけど、優しいし」


「可偉さんのずっと変わらない優しさは、紫に対してだけだよ。

きっと会社では口うるさい上司に違いない。

それでいて本人はまったくミスしなくて、言う事全てが正しくて、男性からは憧れられて、女性にも恋心を抱かれて。

いわゆるオフィスラブにはもってこいの上司だね」


「オ、オフィスラブ……嘘っ」


明日香ちゃんが真面目に呟いた言葉に、思わず敏感に反応してしまう。


可偉が会社でどんな立場でいるとか会社の人たちとどんな関係で仕事をすすめているのかよくわからないせいで。


不安な気持ちが溢れそうになるけれど、それでも、最後の最後で『可偉はそんなことしない』という気持ちがじんわりと。


根拠のない、それでいてゆるがない強い感情が生まれてくる。


「可偉は、きっと会社でも重要な人材だろうし、周囲の人から慕われていると思うけど。

私を裏切るような事はしないし、オ、オ、オフィスラブなんて、ないない」


目の前で手を横に振って、明日香ちゃんに笑って見せた。


確かに女の人にもてる要素いっぱいの可偉だから、その気になればオフィスラブの一つや二つ。


もしかしたら、私と出会うまでに既に経験しているのかもしれない。


一つや二つでは収まらないかもしれないけれど、今の可偉が、私を大切にしてくれるその強さを考えれば、可偉がいわゆる『オフィスラブ』に気持ちを揺らす事は考えらえないし、私をこれだけ一生懸命愛してくれている事からは、他の女性に気持ちを向ける余裕はなさそうな気もする。


だから、


「可偉は、私を愛する事に気持ちの全てを向けてくれてるから、オフィスラブも、それ以外の恋愛も、ありえない」


決して大きな声ではないけれど、素直な声でそう呟いた。


可偉と出会って、すぐに愛し合うようになって、そして私の弱気で自信のない性格は徐々に変えられていった。


これまで通り、のんびりとした、人生に大きな目標を持っていない柔らかすぎる日々を享受することに疑問を持ったわけではなく、だらだらと毎日を過ごす中に、可偉がいてくれればそれでいいという人生観は変わらないけれど。


可偉に愛されている時間の長さに比例して、その愛情が本物で、変わる事なんてないと、心から信じられるようになった。


そして、たとえ可偉が仕事で出張三昧、家に帰ってきてものんびりと私との時間を過ごせなくても何の不安も感じなくなったし、離れていても愛されていると実感できるようになった。


『紫だけを愛してるよ』


可偉の胸に抱きしめられながら何度もそう呟かれているうちに、可偉は私以外の女性は見向きもしない、とでもいうような自分に都合のいい感覚を身に着けたのかもしれない。


直接そう言えない出張の時の夜でさえ、メールで同じセリフを送り、電話で呟き。


私を愛しているという可偉の事を、信じる事が当然だと思える私に変えられていった。


そんな変化を、強くなったというのなら、確かに私は強くなったと思うし、楽に生きられるようになった。


変わらない想いが必ずあるんだな、と実感し、満足することが人生を豊かにすると、知った私は無敵かもしれない。


「可偉が私を愛してくれることは、不変の感情だと思うから、会社の女の子に恋心を抱かれても大丈夫。

私しか愛さないって言ってくれる言葉は嘘じゃないから、平気だよ」


心からの言葉。


もしかしたら、明日香ちゃんは私が強がっているだけだと思って、可偉の気持ちを信用していないのかもしれないけれど。


「明日香ちゃんにだって、何の損得も関係なく、明日香ちゃん一人を愛し続けてくれる恋人、いるでしょ?

同じだよ。自分をひたすら愛してくれる気持ちを信じると、不安も何もなくなる」


へへっと、肩を竦めて笑いながら、ここまで自分が自信を持って可偉の奥さんをしているんだと、改めて実感した。


私、かなり強くなったし成長したな。


自分自身を勝手に誉めながら、明日香ちゃんの呆れた顔ににっこりと笑顔で応えていると。


小さくため息を吐いた彼女は、なぜか私の後ろに視線を向けながら苦笑していた。


「かなり、紫を洗脳しましたね。こんなに明るく自信を持っている紫を見るのは初めてかも。

大学時代からずっと、穏やかでのんびり、と言えば聞こえはいいけど、単なる臆病者だった彼女なのにここまで一人前に演説まがいの芸当ができるなんて本当、あっぱれとしか言えませんよ」


「あ、明日香ちゃん……?どうしたの?」


私に視線を合わせるわけでもなく、どこか違うところを見ながらくすくすと笑う明日香ちゃんに首を傾げながら、戸惑っていると。


「よく言った」


耳元に落とされた、聞き慣れた愛しい声に包まれた。


首筋に熱い吐息を感じて、背後から回された腕は、私のお腹の前で組まれて。


あっという間に羽交い絞めにされた。


「も、もしかして、可偉?」


「くくっ。そうだ。紫以外を愛することはない、オフィスラブには無縁の男、いや、夫だな」


くすくすと笑いながら私を抱きしめる可偉の体温に包まれて、一気に私の顔は熱くなる。


「もしかして、聞いて……いた?」


恐る恐る可偉に視線を向けて聞いてみると、心からの笑顔で目を細めている可偉。


振り向いた瞬間、私の唇に落とされたキスに、はっとして


「か、可偉っあ、明日香ちゃんがいるのに」


あわわと慌てて可偉から離れようとしても、可偉の力が緩むことはないし、それどころか私の肩に頭を載せて、


「洗脳って、いい言葉だな。本格的に紫を俺だけのものにする洗脳の方法でも探ってみるか」


冗談とも本気ともわからない口調で明日香ちゃんにそう言った。


「か、可偉、洗脳なんかしなくても、とっくに私は可偉だけのものだけど……」


条件反射、とでもいうべき反応で、思わず私もそんな言葉をささやいて、更に明日香ちゃんは呆れ顔。


「ま、いいけど……とにかく紫が幸せそうで良かった。

洗脳でもなんでも、可偉さんが紫の為にならないことはしないってわかるし、せいぜいその愛情に溺れて、溺愛夫婦を続けてちょうだい」


あーあ。あてられたな、とぶつぶつ言いながら、茶わん蒸しに手を伸ばした明日香ちゃんに、ほっとしたような表情を向けられて、私もほっとした。


学生時代の私は、決して不幸ではなかったけれど、一人で生活しながら寂しさを隠していた私の事を、周囲の友達が気にかけていたのはわかっていた。


大丈夫だと言って、笑顔を浮かべてもそんな取り繕った笑顔は続けられなくて、友達からの心配は卒業しても尚続いていたから。


こうして明日香ちゃんが私の事を安心して見つめてくれるって事が、本当に嬉しいし、これまで心を砕いてくれていた友達みんなにも感謝の気持ちでいっぱいになる。


「明日香ちゃんが困った時とか大変な時には、私の事、頼ってね。

できる事なら何でもするから」


私を背後から抱きしめてくる可偉に、ねっ、と無言の言葉を向けると、可偉も面白そうに笑ってくれた。


「まあ、紫がこうして俺と幸せになったのも、それまでちゃんと紫を守ってくれたみんなのおかげだからな、何かあったら言ってくれ」


「そうだよ、明日香ちゃんに困った事があったら、いつでも言って」


私と可偉の言葉に、なぜかはっとしたような明日香ちゃんは。


その瞬間、何かを決心したような表情で。


「じゃ、紫にお願いがあります」


「え?さっそく?」


「うん。紫のその顔を貸して欲しいの」


真面目に、私に、というか、可偉に向かって呟く明日香ちゃんは、何かを思いつめているようで、どこか苦しげだった。


「え、と。さっきもそんなこと言ってたけど、それって一体……」


どういうこと?


顔を貸すって、なんだろう?


全く分からない流れに、首を傾げながら可偉を見上げると、私と違い何かを察したような、落ち着いた様子で明日香ちゃんを見ていた。


「中崎時雨。彼に頼まれたか?」


「え?し、しぐれ?」


低い声は、全てを理解しているような余裕が感じられて、明日香ちゃんに向けられた言葉にはどこか刃のような鋭さすら交じっている。


「最近、俺に直接オファーがきた。紫と……俺をモデルにして写真を撮りたいと。そして、彼が新しく出す写真集の表紙にしたいとな」


「あ……」


可偉の言葉に、明日香ちゃんの瞳は悲しげに揺れ、そして涙を我慢するように口元をきゅっと引き締めると俯いた。


いつも明るく、強気な明日香ちゃんのこんな不安定な様子は初めて見るもので、長い付き合いの私でさえどうしていいのかわからない。


「明日香ちゃん……?」


椅子から立ち上がり、そっと明日香ちゃんの傍らに寄り添うと、


「彼、次の写真集に賭けているの。今までの写真集が売れていないわけではないんだけど、だからと言って特別に売れたわけではなくて」


「だからって……どうして私?」


写真家の中崎時雨なら、私もよく知っている。


光の温かさが写真全体に漂う、ほっとする作品を多く手掛けている若手写真家。


私の両親が写真家だった事で、その世界には興味があるせいか何度も彼の作品を目にしたことがある。


どちらかと言えば好きな写真家だ。


それなりに売れているだろうし、生活に困っているとも思えない。


だから、次の写真集に賭けるなんて、大げさだなというのが率直な気持ち。


そんな私の戸惑いに気づいたのか、困ったように顔をしかめて


「ごめん……私、最低だね。紫の事、親友だって言いながら、守ってあげるなんて言いながら……。

結局は恋人との未来を選んでしまうなんて、本当、最低だ」


「明日香ちゃん……」


恋人って、カメラマンの中崎時雨さん?


モデルを職業としてるから、写真家と恋に落ちても不思議じゃないけれど、これまでその存在を匂わせるだけで、はっきりと教えてくれなかった相手。


その人を助けたくて、こうして肩を震わせて、泣いて……ないけど。


涙をこらえて、それでも必死で強気な気持ちを瞳に宿らせて私と可偉見ている。


「お願いします」


突然、明日香ちゃんは立ち上がると、深々と頭を下げた。


「時雨に、チャンスをあげたいの。紫の見た目の美しさが……時雨の心を惹きつけたの。

どうしても、紫をモデルに写真を撮りたいって言ってきかないから」


「美しさ?って、それっておかしいよ。私なんかよりも、明日香ちゃんの方が綺麗だってことは周知の事実でしょ?

なんといっても人気モデルさんだし、私を気に入るなんて、おかしいよ」


おろおろと呟きながら、助けを求めるように可偉に視線を向けると、彼は私をちらりと見て、安心させるような笑みを浮かべたかと思うと、すぐにその視線を明日香ちゃんへと移した。


そのわずかな時間の中で、可偉の表情は消えて、何かを抑えているような硬いものに変わった。


「紫の顔を貸して欲しいっていうのは、その言葉通り、紫の顔を中崎さんのカメラに写して欲しいって事なんだな?」


低くて抑揚のない声に、明日香ちゃんは顔を上げて、小さく頷いた。


悲しげなその顔は、今まで見た事のない明日香ちゃん。


私をいつも守ってくれていた、温かくおおらかな彼女のそれではなくて、別人のようにも見える。


「紫を大切にしている可偉さんが気を悪くするのもわかりますけど、お願いします。

紫を、時雨のモデルにお願いできないでしょうか?彼も、今もがいていて、私にはどうしてあげればいいのかわからなくて」


必死に可偉に頼み込む明日香ちゃんの様子には、切羽詰った何かが見えて、私は何も言えなかった。


私を包み込む温かさと大きさは、今の明日香ちゃんからは感じられなくて、鬼気迫るものすら見えるけれど、それでも『綺麗だな』と見惚れそうになるほど彼女は艶やかだ。

モデルをしているだけあって見た目の美しさを言葉にするのは難しいほど。


もともと美しい容姿をしていた彼女だけど、モデルの仕事を始めてからは、一層その美しさに磨きがかかり、モデルとしての露出度も増えた。


モデルとしての充実度ゆえに綺麗になっていくのか、綺麗になっていくから仕事が増えるのか。


どっちだろうな、なんて。


他人事のように可偉と明日香ちゃんの会話を聞いていると、不意に可偉が私に視線を向けた。


「で?紫はどうしたい?」


「え?わ、私?」


「そうだ。紫の写真を撮りたいって、中崎時雨は言ってるらしいけど、紫はどうしたいんだ?」


可偉自身の感情が感じられない淡々とした口調に、少し不安になる。


可偉は私にどうして欲しいんだろうかと、瞳で問うけれど、それに対する答えをくれる様子もなく、じっと私を見つめているだけ。


そして、そっと視線をずらすと、明日香ちゃんからの懇願されるような瞳に気づいてどきりと震えた。


昔からずっと、私を見守り、精神的に不安定になる日も多かった私を支えてくれた明日香ちゃんは、自分がしっかりしなきゃと思い込んでいるのかいつも余裕に満ちた態度で私の側にいてくれた。

モデルの仕事を始めてからも、私への気遣いや優しさは変わることなく、彼女自身悩みも多いだろうけれど、それを口にすることもなく、ましてや弱った姿なんて見せた事はなかった。


そんな彼女が今、私と可偉に対して必死の想いでお願いをしている。


私を支え、人間は簡単に寂しさや苦しさを忘れられるわけはないんだから、と言っては私が両親を亡くして以来抱えている心の闇を否定することもなく笑ってくれた。


本当に、愛しい親友だ。


そんな彼女が今、ようやく弱い部分をさらけ出し、私を頼ってくれた。


私が可偉と出会い、結婚し、こうして幸せに暮らせる人生へと導いてくれたのは、明日香ちゃんの力によるところも多い。間違いなく。


だから。


「明日香ちゃんのお願い、聞いてあげたい。私が役にたつのかどうか、わからないけれど」


迷うことなく、笑ってそう言い切った。


その言葉に明日香ちゃんは目に涙を浮かべて、『ありがとう、紫、ごめんね、ありがとう』と何度も頭を下げた。


そんなこと、しなくてもいいのに。


「そうか。まあ、紫ならそう答えると思っていたけど。……じゃあ、紫を一人で世間に出すつもりはないから、俺も、一緒にって。そう中崎時雨に言っておいてくれ」


ため息を吐きながらも、その声は優しくて。


可偉は私と一緒に明日香ちゃんの恋人である中崎さんの依頼を受けてくれた。


「あ、ありがとうございます……。私、私……。私が時雨の役に立てればいいのに、私じゃ、時雨の役には立てなくて」


立ちあがって、私と可偉にお礼を言いながら、明日香ちゃんは悲しそうに涙をこぼした。


モデルとして売れっ子の明日香ちゃんが、中崎さんの被写体となって写真集におさまってもいいのに、と思っていたけれど、今の明日香ちゃんの言葉からは、それは無理なようで。


「中崎さんは、明日香ちゃんをモデルとして使いたくないの?」


そんな私の言葉に、苦しげな顔を作った明日香ちゃん。


「時雨は、私を撮りたいって、言ってくれるけれど、私じゃ力不足だから……」


「力不足?」


「そう。それなりに売れてるけど、時雨の写真集を大ヒットさせるほどの力はないから、私じゃ無理なの。

たぶん、素人で名前が知られていない、それでいて見た目が整っている紫と可偉さんなら、インパクトもあるし、ごめん。

ずるいよね、そんなことを考えて、お願いするなんて。

二人を私たちのわがままに巻き込んでしまって、私、紫の親友失格だよ……」


ぐっと唇をかみしめて自分を責めている明日香ちゃんは、その体が震えるほど思いつめていて、見ている私もつらくなる。


きっと、何度も何度も悩み、私と可偉に言い出す事を躊躇う気持ちもあったんだろう。


私の大切な明日香ちゃんが、何も悩まずにこんなことを言い出すはずがないと、よくわかるから。だから。


「親友失格になってでも、恋人の力になりたいんだよね?」


そっと明日香ちゃんの隣に行き、その手を握る。


見た目以上に震えているその手に、やっぱり、と思う。


明日香ちゃんは、とても悩んで、私の事も考えて、もしかしたら、私との友情やこれからの付き合いに大きな影響がある事も覚悟してこうして頼んでいるとわかるから。


「明日香ちゃんが恋人を愛している気持ちはよくわかる。私も可偉のためなら、なんでもしたいって思うから。

だから、大丈夫。明日香ちゃんのお願いもちゃんと聞くし、それに、これからも親友だよ」


そうだ。


愛している人のためになら、何でもしたいと思ってしまう気持ち。


誰でも持っているはずだし、その方法がどうであれ。


私がそれを受け入れれば、少なくとも明日香ちゃんは喜ぶわけで。


「同じだよ。この先私も、可偉の為に明日香ちゃんに無理を言う事があるかもしれないし、私、明日香ちゃんの力になれるように頑張るから安心して」


涙を流している明日香ちゃんの背中を優しく撫でながら、にっこりと笑って見せた。


ほっとしたような表情で、そして涙が止まらない明日香ちゃんは、


「紫……」


そう呟いたきり、言葉が出なかった。


「とりあえず、彼には直接会って話を聞きたいから、連絡しておいてくれ」


可偉も、私の気持ちがわかったのか、優しい声で明日香ちゃんにそう言ってくれた。


ふふっ。


やっぱり、私の旦那様はいい男だ。


私の気持ちも明日香ちゃんの切なさも、ちゃんと受け止めてくれた。


心がふんわり温かくなって、幸せな心で満たされていると。


突然玄関のチャイムが鳴った。


ん?


一体誰だろう?


リビングにあるモニターを見ると、そこには見知った顔があった。


「あれ?葵さん?と……誰だろう。男の人がいるけど」


玄関に立っているのは、お隣の葵さんと、見知らぬ男性だった。


「あ、時雨だ……」


「え?うそっ」


驚く私の横で、明日香ちゃんは呆然としながら。


「私が紫と可偉さんにお願いするから任せてって言ったのに……。結局自分で頭を下げに来たんだ」


傷ついた気持ちを隠す事なく、それだけを言葉にした。




   *   *   *




「買い物の帰りにね、紫ちゃんの家はどこかって、聞かれたのよ。焦ったような様子で、表情も切羽詰っていて、何かあったのかって慌てちゃって。

とにかくここまで案内したの」


「わざわざすみません。親友の大切な人で、きっと彼女に会いにうちまで来たんです」


「そうなの。紫ちゃんの事を可偉さんから奪おうとする、絶対不可能な事にチャレンジする男かなと思ってわくわくしたんだけど」


「そ、そんな人、いませんからっ」


「ふふっ。紫ちゃんも可偉さんしかいないもんね」


肩をすくめた葵さんは、子供さんが家で留守番しているから、と帰って言った。


そんな葵さんだって、旦那様以外いらないって、いつも挨拶代わりに言うくせに。


結婚して何年も経つ夫婦に見えない仲の良さは私の憧れ。


おいしそうだったからたくさん買ったのよ、と葵さんからいただいたシュークリームを明日香ちゃんたちと食べようと、リビングに戻ると。


ソファに並んで座っている明日香ちゃんと中崎さん。


その向かいには可偉。


「恋人にこんな悲しい思いさせてまで、売れたいわけ?」


リビングに入った途端に耳に入って来たのは可偉の冷たい言葉だった。


ソファに腰掛けて、膝の上に置いた両手に体重を預けるように前かがみで。


何だか睨みつけるような冷たい視線は、中崎さん一人に向けられていて、その中崎さんは、ひるむ事無くそれを受け止めていた。


「本当に、すみません。明日香が、俺のためを思って……勝手に、っていうのはいいわけですね。

俺を本当に愛してくれている明日香が、何もせずに待っているなんてあり得ないとわかっていたのに」


「し、時雨、私が勝手にしたことだから、時雨は悪くないの」


俯く中崎さんの腕をつかんで、必死で謝る明日香ちゃん、どこか鬼気迫っていて、かなりの迫力がある。


いつもの穏やかさとはかけ離れてその様子が、あまりにも綺麗で、私は思わず立ち尽くしてしまう。


モデルさんだなあと、こんな緊張感ばかりの中で、惚れぼれと見惚れてため息も出てしまう。


そんな明日香ちゃんの手をぎゅっと握った中崎さんは


「そう仕向けたのは、きっと俺だ」


「え?」


「明日香が、本気で俺に惚れていて、俺の為なら何でもしてくれるだろうって、心の中で思ってたんだ。

無意識にしろ、確信的にしろ、そう思っていた俺は、ずるいんだ。

どうしても可偉さんと紫さんを撮りたくて、その気持ちを明日香に伝えれば、親友である紫さんに頼んでくれるだろうと、どこかでわかってたんだ」


自嘲気味に笑う中崎さんは、明日香ちゃんの瞳をじっと見つめて。


「悪かったな、親友の紫さんとの仲をこじらせるような事をさせて。それに、大した男でもない俺の為に、大きな仕事をキャンセルまでさせて」


「え、それは違う」


中崎さんは、小さく首を横に振ると。


「明日香が断った化粧品会社のCMモデルの話、もしも俺が紫さんたちに断られた時に、代わりにモデルになろうしてスケジュールを空けておいてくれたんだろう?」


悲しげな声で、そう呟いた。


責めるわけでもなく、喜んでいる風でもない口調からは、それでも悲しみだけは感じられて、明日香ちゃんはぎゅっと唇をかみしめて俯いた。


「明日香が断ったって、マネージャーさんから聞いて、俺も目が覚めたんだ。

仕事にも中途半端だった俺は、惚れた女にも中途半端だったってな」


俯く明日香ちゃんの顔を覗きこんだ中崎さんは、そっと明日香ちゃんの顎の下に手を差し入れ、優しく自分へと顔を向けさせた。


涙が頬をつたう明日香ちゃんは、一瞬抵抗して顔をそらしたけれど、それを追った中崎さんには抗えない。


結局二人は見つめあった。


中崎さんは、明日香ちゃんの頬の涙を唇で拭い……え?唇っ。


私と可偉がこの場にいないかのように、自然に明日香ちゃんの顔に唇を這わせながら、抱き寄せた。


目元から頬をたどって、耳元に着いた中崎さんの唇、その唇からは


「CMの話、まだ生きてるから。俺がマネージャーさんに言って保留にしてもらってる。先方は、どうしても明日香をって言ってくれてるから、まだ大丈夫だ」


囁くような、甘い声。


明日香ちゃんは、中崎さんの声にはっと体を起こし、


「でも、私は、時雨の為に、体を空けておこうと思って……」


泣き声を隠そうともせず、大きな声をあげた。


その声にびくりとした私は、思わず可偉へと視線を向けると、優しそうに微笑んだ可偉が、こっちに来い、と手招いてくれた。


それにほっとした私は、いそいそと可偉の隣に座った。そして体ごと抱き寄せられて、気付けば可偉の胸に抱きしめられていた。


「……いい女だな、お前の親友」


耳元に届いた甘い声には、可偉には珍しい羨ましげな思いも感じられて、そっと見上げた。


「俺、紫以上のいい女なんていないって思ってたけど、明日香ちゃんは、紫といい勝負だな」


「そんなことない。私なんかより、明日香ちゃんの方が絶対にいい女なんだから」


そうだ、モデルもしているほどの整った容姿を持っていて、それでいて私をはじめ、周りに対しても優しい、そして強さも兼ね備えている極上の女が明日香ちゃん。


昔から憧れている女性である明日香ちゃんといい勝負だなんて、恐れ多い。


私のそんな気持ちも可偉はお見通しのようで、


「まあ、紫がどう思っていたとしても、俺には紫が一番の女だから、関係ないけどな」


さらっと一言で流されてしまった。


そして、私を抱きしめる腕に、さらに力が加わったかと思うと、あっという間に可偉の顔は目の前にあった。


何が起こるのかを察した私は、慌てて顔をよけようとしたけれど。


「あの二人と同じ事をするだけだ」


くすくすと笑いながら、私の後頭部をぐっと引き寄せて、唇を落としてきた。


その熱はいつもと変わらない愛しいもので、はっとした瞬間開いた唇に差し入れられた舌の動きに囚われてしまう。


「や、だめ、……っふ」


抵抗しようとしても、可偉の力にかなうわけもなく、そして、やっぱり私も可偉が好きだから。


抱き寄せられる動きに身を任せて、可偉のキスに応えてしまう。


それでもやっぱり気になる事には変わりがなくて、そっと視線を明日香ちゃんの方に向けると。


『あの二人と同じこと』


の意味がよくわかった。


明日香ちゃんと中崎さん、私たちよりもかなり濃厚なキスに夢中になっていた。


「明日香ちゃん……」


そう呟いた私の頬を撫でた可偉は、


「むこうより、こっちに集中しろ」


低い声でそう言うと、普段の負けず嫌いの本領発揮、明日香ちゃん達に対抗するかのような、息もできないほどの、キスを落とされた。


貪りつくすって、こういう事なのね……。


親友のキスを見ながら、私もキスをしているシチュエーション、想像もしていなかったけど。


お互い幸せなら、それでいいか……。



   *   *   *



そして二か月後。


中崎時雨が撮影した私と可偉が表紙の写真集が発売された。


偶然にも、出版社は私が以前勤務していた会社だった。


そのおかげで、私と可偉の正体は公にされず、謎のまま。


一般人だという事で正体は今後も極秘で処理されることになっている。


表紙を飾ったとは言っても、中崎さんの案で、私と可偉は後ろ姿しか写っていないから、顔もばれていない。


私と可偉が夕日がきれいな海辺を歩く後ろ姿は、愛し合う夫婦の象徴。


そんなテーマのもと、裸足の私たちが手を繋ぎながら歩いている後ろ姿が表紙に使われた。


きっと、中崎さんの配慮もあったんだろうけれど、最後まで『お二人の素性は公にしないので』と気をつかってくれていた。


私の両親が、生前名前の知られた写真家だったことで身元がばれて騒ぎになるかもしれないという事も考慮してくれたに違いない。


可偉は、『紫と一緒にいい経験ができたな』と言って、結構楽しんでいたようだけれど、その見た目ゆえに、これからもモデルをしないかと、何人かの人にスカウトされていた。


けれど、


『興味があるのは嫁さんだけで、モデルにはちっとも興味はないんで』


あっさりとそんな言葉で断っていた。


そして、その写真集は、かなりの売れ行きをみせた。


中崎さんのこれまでの写真集の中で断トツで一番の売り上げで、何度か増刷もかかっているらしい。


それを聞いて、私と可偉もほっとした。


そして、さらに嬉しい事に。


その写真集の中で一番の評判を呼んだのが、『愛情』というタイトルの写真。


ウェディングドレスに身を包んだ明日香ちゃんが、ただ一人、森の中に立って笑っている写真だ。


それまでの明日香ちゃんのイメージを破るような、顔をくしゃくしゃにして幸せな気持ちを前面に出したその写真からは、温かくてほっとする、そして、明るい未来が予想できた。


ほとんどすっぴんに近い顔からも、愛に満ちた想いが感じられて、かなりの話題になった。


そして、明日香ちゃんと中崎さんは写真集の発売日に入籍を済ませたという事も話題を呼び、写真集は売れに売れて。


明日香ちゃんが一度は断ったという化粧品会社のCMも、ちょうど同じころに流れ始めて、商品も売れ行き好調らしい。


そんな明日香ちゃんたちへのかなりの追い風に、私は驚いてしまったけれど、可偉はそうでもないらしく。


『愛情に勝る強みはない。明日香ちゃんと中崎さんのお互いを思う愛情が、全てをいい方向に向けてくれたんだ。

俺も、紫がいてくれる事が一番の強みだから、よくわかる』


そう言って、毎晩私を抱きしめ愛してくれる。


寝室のサイドテーブルに飾った写真集。


私と可偉の後ろ姿を見ながら、


「おじいちゃんとおばあちゃんになっても、こうして手を繋いで海を歩きたいね」


そう呟くと。


「海だけじゃなくて、山でもどこでも、もちろん二人は一生一緒だ」


素肌を重ねあいながらのその言葉は、甘い砂糖のように私の心に染み入る。


「生まれ変わったとしても、一緒にいるんだからな」


私を強く抱きしめて、いつものように私の首筋に赤い花を散らす可偉とはきっと、前世でも一緒だったんだろうな、と思って、その体にぎゅっと抱き着いた。


私にとっても、可偉がいてくれる事が一番の強みだと、実感しながら。




【第7話完】










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