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1話




恋人から夫になっても、可偉は全く変わらなかった。

何をするにしても自分の気持ちが第一で、周囲の混乱などどこ吹く風。

とにかく邁進とことん突撃。

会社でもこんなに強気だとしたら、結構敵が多いんじゃないかと心配になる。


「明日の朝は湯豆腐が食べたい」

「は?朝から湯豆腐?」

「そう、白菜とネギと豚肉入りで、よろしく」


そろそろ寝ようと、ふたりしてベッドに入った途端そんな事を言い出す可偉。


「朝っぱらから湯豆腐食べるの?それに、具だって結構入れるんならお鍋じゃないの?」

「ま、そうだな。細かい事はあまり悩むな」


悩むなって言っても……。

ふふん、と軽く笑うと、可偉は私を抱き寄せて


「紫は料理上手だし、なんでも作れるよな」


甘い声で耳元に囁くと、その手を私の胸元に。

さわさわと撫でながら、優しく熱を与えてくれる。

そっとパジャマのボタンを外しながら、唇を重ねてくると。

それが合図みたいに私は可偉の首筋に腕を回してぎゅっとしがみつく。

お互いの口から洩れる吐息に幸せを感じながら、敏感な夜が始まるんだ。

結婚して、夫となった可偉は相変わらず私の事を全力で愛してくれて大切にしてくれる。


『俺が愛する俺の奥さん』


会社の人に偶然会った時にもそんな面倒くさい言葉で私を紹介してた。

本当に私の事が大好きなんだと。

そのことを私がほんの少しでも疑わないように一生懸命努力してくれてる。


「……っ可偉……」


可偉が私の素肌をどんどん露わにしていく。

体中に散らばる赤い華が今日も増えてく。

その華を散らすかのようなちくっとした痛みに幸せを感じながら、可偉と二人の熱い時間を堪能した。


とはいえ。

朝から鍋の用意をしている私って、珍しい主婦ではないだろうか?

カセットコンロの上に土鍋を置いて、野菜やお肉、メインのお豆腐をコトコト煮ながら不思議な気分。

ご飯とお味噌汁がいいという可偉に合わせて朝食は和食が多いんだけど、なぜに鍋?

起きてシャワーを浴びている可偉を気にしながら疑問いっぱいだ。

シャワー浴びても、お鍋で汗をかいちゃうと思うんだけどな。

可偉が大好きなポン酢やねぎを用意して、はるさめや春菊もいるんだろうかと思いながら。

キッチンをうろうろしながら可偉を待っていた。


「あ、朝刊とってこなきゃ」


いつもと違う朝に混乱していて、玄関から朝刊を取ってくるのを、忘れていた。

可偉は毎朝新聞を念入りに読んでるし、取ってこよう。

ぱたぱたとリビングを抜けて玄関に行こうとした時、いつも片付いてるソファの上に置かれている雑誌が目に入った。


いつも可偉が読んでるビジネス誌。

私には難しくて何が書いてあるのかよくわからない。

普段なら手に取る事もないんだけど、なんだかその雑誌が不自然に膨らんでる気がして手に取った。


すると、それには可偉のハンカチが挟んであった。


「何?」


きっと可偉が読んでる途中で、敢えてこのハンカチを挟んでるんだろうと、そのまま雑誌を再び閉じようとした時に、ある記事が目に入った。

可偉がつけたんだろうけど、文章の横に赤い線までひいてあって、可偉がこの記事を読んだってわかる。


その記事は、


『生姜で体を温めよう』


というもの。


「……これか……」


生姜の効能を色々取り上げてるその記事は、可偉の興味を強くひいたようで、


『お鍋の時には生姜を』


というような文章には二重線。

この記事に感化されて、今朝は鍋をリクエストしたのかな。

一応『湯豆腐』と控えめに言いつつ、私に生姜を食べさせようって考えてたんだな、きっと。


そう思いついた途端、ある事を思い出した。





「あ、紫、言うの忘れてたけど、生姜あったよな。おろし生姜作ってよ、たっぷり……あれ?用意してくれたんだ」


シャワーを終えた可偉がキッチンに来て、慌ててそう言った。

トレーナーにジーンズを着た可偉は、テーブルの上にどんと置かれたおろし生姜の山に驚きながらも嬉しそうに笑った。

そして、いつものように私の前に立つと、


「おはよう、俺が愛する俺の奥さん」


そう言って唇を重ねた。

何度か軽いキスを交わして、そしてどんどん深くなるのは毎朝の事。

気付けば強く抱き合って、キッチンに響くのは二人の甘い吐息。

そしてぐつぐつといっているお鍋の音。


「あ、お鍋」


慌てて可偉の唇をよけると、いい具合のお鍋がおいしそうに湯気をたてていた。


「まだ、もうちょっと」


くいっと顔を戻されて、再び深い深いキス。

毎朝の事だけど、朝から本当、幸せだ。


「生姜、たっぷり食べろよ。体が温まるからな。紫も嫌いじゃないだろ?」

「うん。ちゃんと食べてるよ。すっごく温まるね。今日はいつもより寒いからちょうどいいね」

「そうだろ?朝から鍋もいいな」

「ふふふっ。だね」


してやったりというような顔で笑ってる可偉は、おいしそうにお肉や野菜を食べながら、時々私を見つめては頷いてる。

いつも、こうして一緒に食事をしながら私を気遣ってくれる可偉。

仕事に手を抜いてるわけじゃないだろうけど、仕事よりも私を一番に考えて優先してくれる愛すべき夫。

でも、単純な夫。


この間の、お医者さんでの攻防を思い出して笑ってしまう。


『注射なんて絶対に嫌っ』


そう言って断固拒否する私に困り果てていた可偉とお医者様。

インフルエンザの予防接種を受ける為に無理矢理連れてこられた私は、注射が嫌で散々ごねていた。

病気になってしまって、その治療のための注射なら我慢するけど、どうして元気なのに注射をしなきゃならないのかと、子供みたいな言い訳で逃げとおした予防接種。


そして、あきれ果てたお医者さんから


『手洗いうがい、栄養のある食事と十分な睡眠。体温を上げるのも免疫力アップにはいいですよ』


とアドバイスを受けた。

きっと、体温を上げるっていうお医者様の言葉に惹かれたんだろうな。

その日以来温かい飲み物を用意してくれたり、モコモコで温かい靴下を買ってきてくれたりと、予防接種を受けない私がインフルエンザにかからないように気を配ってくれている。

その延長線上が、あの雑誌の記事。

生姜を食べて体温を上げるってことなんだろうな。

単純すぎて笑っちゃう。

生姜の効能なんて、結構知られてるのに。

きっとすごい情報を仕入れたと思ってるんだろうし、今こうして二人でお鍋をつついてる事に大きな満足も得てるんだろうな。

……かわいい男だ。

でも、インフルエンザ予防の為に免疫力をアップさせるのなら、他にも大切な事があるのに。


『十分な睡眠』


毎晩私を抱いて、疲れ果てさせて、睡眠時間を減らしている自分をどう思ってるんだろう?

お医者さんに言われた時、それは気にならなかったんだろうかと、思わず笑いがこみ上げる。

夕べだって、かなり激しくて、体中赤いお花畑の私なのに。

……きっと今晩も……。


「変な顔してどうした?」


はっと気づくと、可偉が不思議そうな顔で私を見ていた。


「変な顔は余計だよ」


拗ねたように答えると、そんな私を愛しそうに見つめて、


「変な顔もかわいい」


さらっとそんな言葉。

なんて男だ。

とくとくと跳ねる私の鼓動をどうしてくれよう。

そんな私のどぎまぎにも動じることなく、可偉は美味しそうに豆腐を頬張る。

もちろんたっぷりの生姜と共に。


可偉を見ながら、私の気持ちも温かくなる。

生姜のせいだけじゃない。

可偉の愛情が私の体温を上げるんだ。

そして、免疫力もアップだ。

毎日の睡眠不足は、こうして可偉からの甘い言葉で補ってもらおう。

熱く甘くときめいて。


私の体温は、今日も上昇中だ。



【一話 完】



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