第3話 中尉 後編
微グロ注意。
「テストは3日後と言っている!わかったらさっさと寝ろ!」
白本は叫びすぎてガラガラになってきた声を、目の前の15人の男たちに向かって絞った。
「3日後なんて無茶です!第一、何ですか、アームド何とかという胡散臭い兵器は。訓練すらしたことない兵器を扱えるわけが無いでしょう」
「ちょっと派手になったパワーキャリアみたいなもんだと思え。大丈夫、すぐ慣れる」
「そんな無茶な…」
士官室を出て20分後、案の定のこと、招集した部隊は大騒ぎになってしまった。
米軍の新兵器のテストと言うまではよかった。むしろ喜んでいる者もいた。しかし、それが3日後に行われ、しかもあまり知られてない兵器ということが分かった瞬間、ブーイングの嵐である。
「サポートはしっかりしてるんだ。なあに、そうそうミスることは無いさ」
「でも、ミスったら全部俺たちの責任ですよね」
「ぐだぐだぬかすな!それならミスらない努力しろ!努力を!」
失敗したときは連帯責任、というだけあって、皆必死だ。
正直のところ、白本も放棄できるなら放棄したい。しかし、命令は命令だ。
「軍部省からの勅令だ。諦めろ」
白本は資料の紙束をパンパンとはたいた。いい加減この空気から逃げ出したい。
「しかし…」
「まぁ、そこまでにしとけ、若造。お上は絶対だ」
どこからか、しわがれた声が突然に部屋に響いた。部屋の中の視線が一斉に声のした方向に向けられる。
視線の先、そこにはさっきから一言も発していない初老の男が胡坐をかいて座っていた。
「小隊長が3日後にやるっていうのなら、3日後までには俺達にも出来るようになっているんだろう。違うか?」
白髪交じりのボサボサした髪を片手でかきながら、その男性は続けた。
「それともお前ら、ここで隊長命令に抗命する気か?だったら今すぐ除隊でもしたらどうだ?そんな甘ったれはこの隊にはいらん!」
男性の言葉に、さっきまでの騒々しさはすっかり去って、青ざめた隊員たちの顔だけが残った。
白本は舌を巻かざるをえなかった。やはりこの方にはかなわない。
とりあえず、白本は咳払いをして兵士たちの注目を集めた。
「…そういうことだ。わかったらさっさと兵舎に戻って就寝すること。いいな」
相変わらず沈黙したまま、兵士たちはうなずいた。そして、一人、二人と部屋を出ていく。
あとには、初老の男性と白本軍曹だけが取り残された。
しーん、という音が聞こえそうなほどの沈黙が部屋に満ちている。
おもむろに白本は男性の前に歩み寄り、頭を下げた。
「ありがとうございました、佐伯准尉」
佐伯准尉はその様子を見て無精髭に覆われた頬を緩ませた。
「困ったときはお互い様だ。気にすることは無い」
「しかし、准尉殿には小隊長から直々に連絡が来るはずですが。何故ここに?」
「小隊長命令、だ。多分こうなることを予想していたんだろうな。妙に気が利くから、なかなかに侮れんよ、あの娘っ子は」
すべてお見通しだったか。白本はただただ苦笑いしかできなかった。
「そんなことより、早く行かなくていいのか?軍曹が遅れては申し訳が立たんだろうに」
そう言って准尉は白本がさっきまで立っていたところを指差した。
「…はい?」
白本は振り向いた。指差された場所には、購買部の白いビニル袋が一つ。よく見ると、袋の口から、『例のモノ』が覗いている。
「す、すみません!失礼します」
あたふたと白本は袋を回収して、部屋を出ようとした。
「たまにはお嬢ちゃんに付き合ってやれよ!」
背中に准尉のひやかし気味の言葉がかけられる。
……やっぱりあの爺さんにはかなわない。
兵舎に併設された士官用の居住施設、その中でも特に奥まった場所に海浦中尉の個室はある。
若干息を切らしながら白本が部屋の前に着くと、すぐにドアが開いた。
「よく俺が来たとわかりましたね」
「軍用ブーツって、結構音が響くのよ」
海浦中尉は微笑んだ。
入りなさい、と促す中尉に従って白本は部屋に入った。
中尉の部屋の中は生活感を感じられないほどに綺麗に整頓されている。ベッドとテレビと机と椅子と本棚、それに多少の生活用品。それだけが調度品の全て。
中尉の個室に入るのは今回が初めてではないが、それでも白本はこのモデルルームのような部屋には毎回圧倒されずにはいられない。
とりあえず白本は部屋の真ん中あたりに胡坐をかいた。
「連絡は無事に終わった?」
中尉も白本の前の床に腰を降ろした。
「はい、准尉殿のおかげでほぼ滞りなく」
「それはよかった。流石は佐伯さんね」
古株の准尉は、中尉が配属されてからずっと彼女をサポートしてきたせいか、この二人の間には一種の親子のような絆がある。階級の違いはあれど、信頼関係を築いているからこその今回の命令だったのだろう。
「今回は佐伯さんを回してくださったおかげで本当に助かりました。最近の新兵たちはどうも理屈抜きに命令に服従するのが苦手のようで」
「今回ばっかりは仕方ないわよ。3日後なんて、普通ありえないもの」
髪を掻き揚げながら中尉はため息をついた。
「とにかく話がついたならよかった。こっちはこっちで忙しいから。ところで、頼んでいたものの件だけど…」
中尉が言い終わる前に、白本は後ろ手に隠していたビニル袋をドン、と前に置いた。
袋が目に入るや否や、中尉の顔が若い娘のような明るい顔にパッと変わった。いや、今も十分若いのだが。
「ありがとう!士官室にカンヅメだとこれくらいしか楽しみがないのよ。ホントありがとう」
何回もありがとうを言いながら中尉は袋の中身を取り出した。
黒くデザインされた紙パック、『霧島焼酎』が袋の中からその姿を表す。
「ちゃんと『黒霧』ね。わかってるぅ!」
心なしか、言葉のテンションまで女子高生のようになっている。
「ちゃんと後でお代は払ってくださいよ」
「わかってる、わかってる。ところで、できればもう一つお願いがあるんだけれど」
「晩酌のお供ならさせてもらいますよ。先ほどは失礼しました」
「ほんと!?悪いわね~、おつまみ用意するからちょっと待ってて」
そう言って中尉は立ち上がり、冷蔵庫のほうへ歩いて行った。鼻唄まで歌っている。
相変わらずのお調子者だ。冷蔵庫から取り出した皿をレンジで温める隊長の背中を見つつ、白本は危うさを感じずにはいられなかった。しかし、不思議と悪い気はしない。
「…まぁ、こういうのもありかな」
ぽつん、と呟く白本に合わせるかのように、チンというレンジの音が部屋に鳴り響いた。
数分後、白本と中尉はポテトのチーズ乗せが盛り付けられた皿を挟んで、コップを片手に向かい合っていた。
「でね、佐伯さんがその時ペイント弾の上に座っちゃったのよ」
「うわー、きついですね」
酒で顔を真っ赤にした中尉は、心なしか嬉しそうだ。世間話をできる相手があまりいないのだろう。白本が相槌をうつたびに満面の笑みをうかべる。
「結局洗濯してもペイントが取れなくて、最後は燃やしちゃったんだけど…」
なんだかんだ言って、こういう会話をする時が自分にとっても幸せなのかもしれない。
しかし、用意されていたおつまみの量が明らかに2人分あるのは気になる。ひょっとして、准尉を寄越したのは自分に晩酌を勧めるためもあったのかもしれないな、と白本はふと思った。
その時、ベッドの枕元に置いてある写真立てが白本の目に留まった。病室のように無味乾燥な部屋の中で、ピンクのプラスチックでできた写真立ては一際目立っていた。
「すみません、小隊長。あの写真は?」
「え、あれ?あぁ、そうね」
急に話題が変わったせいか一瞬ぽかんとしたようだったが、中尉は白本の指差す先のものを見て、納得したかのように頷いた。
「私の従妹よ。かわいいでしょ?」
そう言って白本に写真を取って渡す。
見ると、二人の女性が桜の木の下でピースサインをしている写真だった。
片方は中尉だろうか。服装からして士官学校を卒業した頃だろう。もう一人は少々丈の余ったセーラー服を着ている少女だ。赤毛のポニーテールがよく似合っている。
二人とも本当に幸せそうに笑っているのが印象的だ。
「中学生になった記念に一緒に撮ったの。今は高校生かな?お姉ちゃんってよく慕ってくれてね」
「よく会われるのですか?」
「まぁ、ちょくちょくね。最近は忙しくてあまり会えないけれど」
ぼそっと呟くように言った中尉は、少し遠い目をしていた。
「…また会いたいな」
「今回の任務が完了すれば、しばらくは特別休暇が出ます。そのときに会いに行けばいいじゃないですか」
白本がそう言うと、中尉はひどく驚いた様子だった。
「あ、あぁ、それもそうね。今度里帰りしてみる」
そして、コップに半分ほど残っていた焼酎を一気に空けて、ぱしっと自分の膝を叩き、立ち上がる。
「思い出した。ちょっと見せたいものがあるんだけども、時間いいかな?」
「問題ありませんが…。映画ですか?」
「これよ、これ」
中尉はそう言って本棚から一枚のDVDを取り出した。 ラベルには2年前の日付が書いてある。
「アームド・ドレスの名前はどこで知ったの?」
テレビの土台にセットしてあるDVDプレイヤーにディスクを入れながら中尉がきいてきた。
「昨日のバラエティ番組ですよ。失敗した兵器の特集をやっていましてね」
「…失敗兵器、ねえ。ある意味失敗はしてるけれど」
中尉がテレビのリモコンを操作すると、映像が流れ始めた。
コンサート会場のような場所で、何かをやっているようだ。
ステージの奥にあるスクリーンで何かの企業コマーシャルが上映されている。軍服姿の男が拳銃をニヤニヤ見つめるという何とも言えない内容だ。2分ほどしてそれが終わると、恰幅のよい中年の男性が壇上に上がって何かの演説を始めた。
「2年前に開かれた軍事ショーよ。ちょっと飛ばすわね」
画面の右下に×3と表示され、ビデオが早回しになる。壇上の男が出来の悪いマリオネットのような身振りを何度か繰り返し、一礼をしたかと思うと画面端へと吸い込まれるように消える。その後も極彩色で構成された映像がスクリーンで流れたが、少しするとステージ下から白い煙が立ち上った。
「あ、ここね」
中尉がリモコンを操作して、元の早さに戻す。
煙と同時にステージの照明がパッと消え、ディスコ風の曲が流れ始める。
程無くして、完全にステージが煙に覆われた。
BGMのテンポがだんだんと速くなり、会場内のテンションが高まっていく。
そして、最高潮に達した瞬間、煙の中に青い光が灯った。数は…5つ。少し高めの位置で密集している。
ぼんやりとしたその小さな光たちが、少しずつ明るさを増していく。
光がくっきりと輪郭までわかるほどの大きさになった。ふいにBGMが鳴りやむ。
パッ、とステージの後ろ側からサーチライトが点灯した。
煙の中に、人型をした何かの影が浮かび上がる。会場から、歓声が上がった。
人型のそれが煙から一歩踏み出すと、ステージがライトアップされた。
「ほう…」
思わず白本は唸った。
ステージの上に仁王立ちしている『それ』は、まさに甲冑としか形容のできないものだった。
平面で構成された脚部と胸部、剣道の胴垂れの様な独特の形状をしたスカートアーマー、そして蜘蛛のようにジグザグに並んだ、青く発光するカメラアイ…。
「これが、2年前に開発された初の戦闘用アームド・ドレス、『ADM-6』よ」
「ADM…アダム?」
「アームド・ドレス、モデル6が正式名称だけど、そうね。愛称はアダムよ」
「洒落たことをしますね。今回試験するのはこいつの後継機ですか」
「えぇ、そうよ」
中尉はビデオを止めた。画面いっぱいにADM-6がアップで映っている。
「XADM-7。量産を前提にしているらしいよ」
そう説明する中尉の視線は画面にくぎ付けになっている。
「量産…ですか」
白本もテレビに映る最先端の科学をぎっしりと詰め込んだ鎧を見つめた。
2人とも無言のまま、時間だけがゆったりと流れる。
「ねえ、そのバラエティー番組では、どういう風に失敗作って言ってたの?」
突然中尉が沈黙を破った。
「確か、駆動系に問題があり、テスト中に事故を起こしたと言っていたはずですが」
「事故については何と?」
「いや、事故を起こしたとしか」
白本の言葉に、海浦はひきつった笑みを浮かべた。
「米軍から提供された資料があるんだけど、見る?」
「…?あると言うのならば見ますが」
白本が言いきらないうちに、海浦がポイと一冊のファイルを投げてきた。
「27ページよ」
白本はペラペラと紙束をめくった。
お目当てのページが視界に飛び込んだ瞬間、白本はバン!とファイルを閉じた。
「な…なんですか、これは!」
「事故の写真よ」
「どこをどうしたら一体…」
「モデル6はちょっと調整角度が大きくてね。あとは静電気を電気信号と間違って拾っちゃったらしくて」
「それにしてもこれは…」
白本は中尉にファイルを手渡しながら呟く。
写っていた写真、それは胴体から真っ二つにされた男の写真だった。腕も奇妙な方向に捻じれ、辺りに飛び散った血痕も相俟って趣味の悪いオブジェのように見える。
「この写真は隊の連中には見せない方がいいかもしれませんね。テストで装着する奴を決める時に大騒ぎになりそうだ」
「あら、その心配は無いわよ」
海浦は相変わらずひきつった笑みを浮かべて、ややヒステリックに裏返った声で言った。
「テストでは私が装着するんだもの」
完全に不定期投稿ですね。ハイ。
まぁ、のんびりやって行こうと思います。
…次話くらいでは今度こそロボット動かしたいですね。




