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第1話 遅刻出勤

「・・・によって世界規模で行われることになった軍縮により、アメリカ、ソ連を始めとする各国は戦略兵器を廃絶することを決定、段階的に戦車や装甲車、航空機なども削減する方針も併せて発表しました。

次のニュースです。昨年岐阜県大和市で発生した薬品漏れ事故で・・・」


 どこかで無機質なニュースキャスターの声が響いている。少しうるさい。

 ぼんやりと薄目を開けると、目の前に空のビール缶が転がっていた。それも5つ。

 そして、その先に点けっぱなしのテレビが。

「・・・あぁ、そうか。」

 そうだ。昨日は一人で酒盛りしながらテレビを見ていたんだったな。確か軍事系のドキュメンタリー。

 まだアルコールが残っているらしく、けだるさがのしかかる体を無理やり起こして、白本 悠雅はよろよろと立ち上がった。少し動いただけなのに、背骨のあたりがミシミシと痛む。

 もうろうとしながらもなんとかテレビまで足を運び、電源を切った。

 そして、どっと畳敷きの床に大の字になって倒れこむ。

 真夏日の熱帯夜で汗だくになった頬に、畳のひんやりとした涼しさが心地よい。

 しばらくの間、白本はそのまま寝転んでいた。

 しかし、外が明るいのにふと気が付き、おもむろに腕時計を見る。


午前7時20分


 白本は二本の針で表されたその時刻を確認すると、へへっと薄気味悪い笑いを浮かべた。

 そして急にバッと起き上がり、電光石火の如き早業で寝巻を着替え、パンを二枚胃袋に流し込みつつ、玄関の脇に置いてある鞄と制帽を引っ掴み、ドアを蹴破るように開けて、猛然とダッシュする。


完全に遅刻だった。




 どうにかタクシーをつかまえて、職場である陸軍基地に着いた頃には、案の定課業が始まっていた。

 次々と装甲トラックがゲートをくぐっているのを見て、更に白本は焦りを覚える。

 タクシーの運転手に料金を払い終わるや否や、白本はゲートまで走り、守衛にさっと隊員章を見せて基地に駆け込んだ。

 一見すると巨大なカマボコにも見える車庫までたどり着くと、まさに兵士達がトラックから荷物を運び出しているところだった。

 白本はそんな中でクリップボードを片手に怒号を飛ばしている下士官に近づくと、ポンとその肩を叩いた。

「よう、交代の時間だ。お疲れ。」

 肩を叩かれた下士官は、突然のことに一瞬呆けたような顔をしたが、白本の顔を確認するとギロリと目を光らせた。

「白本か・・・貴様、遅刻しておいて・・・!」

「いやぁ、悪い、悪い。久々の休日っていうことでつい油断しちまった。」

「貴様のせいで俺は搬入作業の監督をするハメになったんだ、わかるか?」

 下士官の肩がワナワナと震えている。爆発寸前だ。

 ケホン、と白本は咳払いをした。

「・・・本当にすまんかった。すぐに代わろう。」

 下士官はまだ何かを言いたそうな素振りをしたが、肩を落として溜め息をついた。

「ああ、そうしてくれ。こっちは休憩室のコーヒーが恋しくて堪らないんだ。」

 そう言って下士官はクリップボードを差し出した。

「搬入はどこまで終わっている?」

「D-32までだ。Cの後ろ半分はまだ着いてない。」

 クリップボードに目を落とすと、物資の識別コードと種別がずらりと並んでいた。

「了解した。」

 白本がそう言うと、下士官は頷き、そして欠伸をした。

「全く、新兵(ルーキー)ばっかりだから効率が悪いってもんじゃない。」

「おいおい、ベテラン勢がいるだろう。」

「熟練兵は精密機器の運搬に回された。人手不足だからな。」

「おいおい、仮にも軍需物資だぜ?素人に任せられるものじゃないだろう。」

「仕方ない、仕方ない。文句は政治屋の皆さんに言ってくれ。」

「あ~あ、監督やりたくなくなってきた・・・。」

「おい、いい加減にしろ。小隊長に遅刻の件を報告するぞ。」

「冗談だよ。マジになるなって。」

「わかってるよ。」

 二人は顔を見合わせてハハッと笑った。

 しかし、心の中ではお互いに鬱々としていた。


 軍縮、軍縮、また軍縮。軍縮を口実に日本軍の予算は年々削り取られていく。

 防衛軍として、せっかく50年越しに正規軍が復活したというのに。これからというところで・・・


「失礼しますが、これはどちらへ運べばよろしいのでしょうか?」

 気弱そうな声が割り込んできたのはそんな時だった。

 二人が振り向くと、フレームが剥き出しになっているパワードスーツを身に着けた新兵が、自身よりも大きなコンテナを抱えて立っていた。

「ちょっと待て。A-17だな。それなら第3倉庫の122番のロッカーだ。」

 パラパラとクリップボードに挟まれた紙をめくって白本は答えた。

「ありがとうございます。失礼しました。」

 そう言って新兵は頭を下げようとした・・・が、コンテナがずり落ちそうになったので慌てて姿勢を直し、あたふたと去って行った。

「パワーキャリアまでド素人に任せているのか?」

 バランスを取ろうとよろけながら走っていく新兵の様子を目にして、白本はジロリと下士官を見た。

「・・・人員削減だ。仕方ない。」

 下士官は憮然としていた。

 作業用のパワードスーツ、パワーキャリアは取り回しが楽な分、暴走しやすい。一歩間違えれば大惨事にもなりかねないため、普通はある程度の熟練士官か工兵が装着する代物だ。もっとも、民間に払い下げられているデチューンモデルなら話は別だが。

「世も末だな・・・。」

「俺たちがぐだぐだ言っても変わらない。じゃあな、後は任せたぞ。」

 そう言って下士官はくたびれた笑いを残して本部棟へと歩いて行った。

「遅刻の件は言うなよ!」

 白本がその背中に叫ぶと、下士官は振り向かずに親指を立てた。

 にやりと笑って、白本はトラックの方に向き直った。

「よし、始めるぞ!」

 部下や新兵達に向かって、てきぱきと指示を出す。この瞬間が一番楽しい。

 別に人をパシらせたり、こき使うのは好きではないが、このささやかな集団を自分の指示ひとつで動かす快感は、この職業だからこそ得られるものだろう。

 気が付くと、あらかた荷物を運び終えていた。

「そろそろ休憩入れるぞ!ご苦労さん!」

 その一言を怒鳴って、白本自身もふぅ、と一息つく。

 それにしても、あの下士官は遅刻の件を秘密にしてくれただろうか?

 そんなことをぼーっと考える。


 その時、後頭部をいきなりパチンと叩かれた。

「痛たっ!」

 反射的に後ろを振り向く。

 小柄な女性が仁王立ちをしていた。

 やや赤みがかかったショートウェーブが、中尉の階級を示す肩章の上で揺れている。

「白本 悠雅軍曹、任務終了後に士官室へ出向するように。上官命令だ。」

 刺すような視線がつり上がった目から放たれる。


 どうやら今日はクソ長い一日になりそうだ。

えー、今のところ殆どSF要素がありません。

次回からちょっとずつ入れていく予定です。


小説の書き溜め分を入れていたUSBが物理的に粉砕したので、正直心が折れそうですが、頑張って一週間ペースで更新したいと思います。

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