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LIVE×3~第3幕~ハナコトバ  作者: YNmusicworks
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Mov.5 アイリスの手紙(後)

「いいですか?ここの~ingの形は公立入試では毎年必ず出題されているのでしっかりと押さえておくこと!」

そのころ、ひなは塾の特別講習に参加していた。真希と違ってひなは公立高校を一般受験するのだ。しかし、あまり集中はできていない。というのも、今日真希が部活に参加してあることを実行に移そうとしているからだ。

(もう、合奏終わったかな・・・)

時計は4時を回っていた。講義ももうすぐ終わる。学校まではそんなに離れていないので、急げば自転車で10分もかからず着けるはず。

(もう・・・真希があんなこと言わなかったら。こんなに苦労しないのに)

2日前、真希とひなは中央公園にいた。そこで真希が驚くべき発言をしたのだ。

「私、バレンタインデーに修先生に告白する!!!」

件の事件から、ひなは男性にあまりよい印象を持っていなかった。クラスの男子に告白されても一向に受け付けないばかりか、逆にその男子に対して恐怖感を覚えてしまうほどだった。そんな折、同じように男性不信に陥っていると思っていた真希は全く違う思考回路を持っていたのだ。

もちろん、ひなも修仁には恐怖感など抱いていない。それどころか、真希と同じく好きな部類に入る。しかし、告白するなど考えてはいなかった。

だが、この真希の発言から少し様子が変わった。真希に対して、何とも言えない不快感・嫉妬を持つようになった。

天真爛漫で、人当たりがよく懐っこい真希。自分の持っていない部分が目についてしょうがないのだ。そして、何よりも修仁への気持ち。まさか自分までもが修仁に対して恋心を抱いていようとは。その想いを、真希の発言によって気づかされたことに更に困惑しているのだった。

「・・・はい、では今日の講義はここまでです。」

講義が終わると同時に、塾を飛び出すひな。慌てたために、所々にぶつかって体のいたるところを擦ってしまったがお構いなしに一目散に学校へと向かう。

(お願い!間に合って。)

祈るような気持ちで、学校へと向かった。


そんなことはつゆ知らず、修仁は準備室でパソコンと格闘していた。どうやら、誰かとメールをしているらしい。

(・・・やはり、国内では制限されてしまうな。となるとフォルツァの工房しかないんだが・・・)

ぱらぱらと分厚い資料と、パソコンのメール画面を交互に見合いうーんとうなり声をあげる。見慣れた光景だ。生徒たちはそんな修仁をよそ眼に、コーヒーを作ってデスクに持ってくる。

「先生コーヒーおいておきまーす」

「うーん、ありがとう・・・」

香ばしいコーヒーの香りに少し手を休め席を立つ。うーんと背伸びをし首をぽきぽき鳴らす。時計はそろそろ5時を回ろうとしている。

「よーし!じゃあ今日はここまでにしよう。みんなで手分けして教室の鍵閉めしてくれるかな?」

『はーい。』

修仁は自分のデスクの後ろにあるキーボックスを取り出し、生徒に手渡す。

「最後の確認は・・・」

「私がやっておきますから、先生はご自分の作業なさってください」

「じゃぁ、千代すまないがよろしく頼むよ。」

「わかりました。さぁ、じゃあみんな行こうか!」

準備室に残っていた部員を引き連れて、千代は特別棟に向かう。


「さて、と・・」

千代たちを見送り、またデスクに向かう。義父の残した膨大な資料から、必要な部分をピックアップし、それらと英語で書かれたメールを交互に見渡す。

「フォルツァに頼むにも、原型は必要だよな・・・俺の楽器のコンセプトをそのまま利用できれば・・・」

カタカタと素早くキーボードで文字を入力していく。

「・・・っ送信と」

修仁とフォルツァには12時間の時差がある。また明日には返事も来ているだろう。席を立ち、カバンの中にスコアやら指揮棒をしまう。先般言っていた通り今日は予報では雪が降る。その前には学校を出ていたい。コーヒーメーカーにはまだ少しコーヒーが残っている。

「冷めちゃったな」

呟きながら、残りのコーヒーをカップに注ぎそのまま胃の中に流し込む。中学生の頃は、こんな苦いものを自分が飲むようになるとは思ってもいなかった。口の中いっぱいにふくよかな香りが充満する。

パソコンも電源を落とし、スピーカーやその他の電源を確認し千代たちの帰りを待つのだが、今日は何故かみんなの戻りが遅い。

どうしたものかと考えていたらガラッとドアが開く音がした。修仁は確認もせずに

「千代、遅かったなもうみんな帰ったか?」

と声をかけるが、そこに立っていたのは息を切らした予想外の人物だった。

「先生っ!!!!」

振り返り、瞳に映るのはひなだった。しかし、目に映るひなの姿を見てドクンっと心臓が跳ね上がる

伝線してぼろぼろになったタイツ、乱れて肩からずり下がるカーディガン。まさか・・・

「ひなっ!!!」

思わず駆け寄りひなを抱きしめる修仁。思わぬ展開に驚くひな

「???せ、せんせ?」

「大丈夫か?誰にやられた?まさかまた黒山か?」

「え、ちょ、何言ってるんですか先生?」

修仁の体を突き離し、真っ赤になった顔を冷たく悴んだ手で必死に冷ましている。

「いや、だって服が、ボロボロに・・・」

そう言われて、ひなは自分の体を見なおす。なるほど確かに服装がボロボロに乱れている。

「ちょ、違うよ先生!これは急いで学校まで来たからだよ」

そう言いながら、カーディガンの乱れをなおしスカートについた埃をぱんぱんと手で払った。

「そ、そっかー」

大きなため息をついてその場にへたり込む。その顔には安どの表情がうかがえる。

「なに、先生、そんなにあたしの事心配してくれてたんですか?」

「当り前だろう!」

差し出されたひなの手を取り立ち上がると、同じくズボンを手で払う。

「それよりも、そんなに慌ててどうしたんだ?」

その言葉で、自分がここに来た理由を思い出し途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。

(そうだった!うわぁ、、、どうしよう)

「どうせ、忘れ物でもしたんだろう」

ニヤニヤと笑いかける修仁に、「うん、そうそう」と取り繕う事しか出来ないひなだった。

(どうしよう、、、もう告白されたのかな・・・)

気になって仕方がないが、修仁は部屋を閉める準備をしている。廊下の向こうからは千代たちの声が聞こえる。

(ううう、もう時間無いよぅ・・・あたしのバカ!イクジナシ!)

そんな、ひなを見てちょこんと首をかしげる修仁。

「せんせい、お待たせしてすいませーん!」

千代たちが戻ってきたのを見て、ひなはがっくり肩を落とす。

(あぁ、なんだかなぁ・・・急いで戻ってきたのに)

しかし、戻ってきたメンバーの中に真希はいなかった。

「あれ、千代先生。真希は?」

「宮内さん?急いで帰っていったわよ?今日はバレンタインデーだから誰かにチョコでも渡しに行ったんじゃないかしら」

「あ・・・そうなんだ。」

「よし、雪が降る前に帰ろうか。」

『はーい』

準備室の電気を消して、ぞろぞろと校舎を後にする。空は曇天、今にも雪が降ってきそうだ。

「じゃあ、みんな気を付けて帰れよ。千代、校門の閉じまりよろしくな」

そう千代に告げて、そそくさと車に乗り込んで学校を後にした。

「じゃあみんなも帰ろうか。特に、樹さんは受験前なんだから。」

「はぁい・・・」

「先生!大丈夫ですよ。わたしがちゃーんと責任もって家まで送りますから。」

ひょっこりと顔を出す真希に「じゃあよろしくね」と言って千代も駐車場へと歩いて行った。

「帰ろ?ひな」

「う、うん。。。」

本音を言えば、今日は真希と帰りたくなかった。どうしてもいらない事を考えてしまうからだ。

帰り道、残っていた部員と2人は家の方向が全く逆の為、校門を出たところで別れた。「寒いねー」「そうだねー」とありきたりな言葉しか出ない。当然会話も長続きすることはない。

「告白したの?」「結果どうだったの?」

聞けばそれだけで済む話が、中々口から発することが出来ない。冷たい北風が二人の間を通り抜け、そこには大きな隔たりがある様にも感じさせる。

「・・・ねぇ」

突然真希がひなの前に立ち、彼女の歩を止める。その表情は怒っているようにも取れるし無機質な表情にもひなにはとれたため、少しだけひなは緊張してしまった。

「な、何?」

「どうして?」

少しづつ真希の語彙が強くなる。怪訝そうな表情を浮かべるひな。

「え?何が?」

「なんでかって聞いてるの!」

やはり、真希は何かに苛立っている。しかしひなには真希の苛立ちの理由も、質問の意図もよくわからなかった。

「とぼけないでよ!私の邪魔をしに来たんでしょ?」

真希の語彙が一層強くなる。

「私が!先生に告白するって話を聞いて、気が付いたんでしょ?自分の気持ちに!」

ドキッとした。自分でもようやく気が付いた気持ちを第三者である真希にぴたりと言い当てられたのだ。

「やっぱり・・・」と悲しそうな表情で真希が呟く。

「多分、気づいてないのひなと先生だけだよ。みんな噂してた。ひなは先生の事が好きだって。先生は、あの人は鈍感だから、気づいてないと思う。あたしが、いままでどれだけアプローチしても、気付・・いて・・さ・・えくれな・・い」

どんどん涙声になる真希。ひなはどう声をかけていいかすらわからず真希のもとへ駆け寄り肩に手をかける。しかし、そのひなの手を払いのけ、今まで見せたこともない顔で

「触らないで!」とひなに怒鳴りつける真希。

これには、ひなも驚いた。中学に入ってからすぐに友達関係になった二人。ふたりで吹奏楽部に入部し、辛いことも苦しいことも二人で乗り越えてきた。その自分の半身ともいえる真希が今自分を憎んでいる。その事実がひなには信じられないのだ。

「どうして?どうして私じゃないの?なんでひなばかり先生に愛されるの?」

「え?ちょっと何言ってるのよ?」

わからない。この子は一体何を言っているのだろう?私が先生に愛されてる?そんなわけあるはずがない!

「先生が好きなのはひななんでしょ!!!私見たんだから!!!」

「いい加減にしてよ!」

ひなもこれ以上は我慢の限界だった。一方的に自分の考えでひなを攻めたて、その行き着く先に修仁がいることがひなには我慢ならなかった。

「なんなの?さっきから!一体私が何したっていうのよ!先生の事にしたってそう。先生が私のこと好き?何を根拠にそんなこと言うのよ?」

「じゃあ!!!!なんでさっき準備室で抱き合ってたの?」

はっとするひな。あの瞬間を見ていたんだ。でも、この子は何か勘違いしている。そう考えたら、一気に自分の気持ちがおさまるのを感じた。反面、真希に対してやるせない気持ちがこみ上げてきた。

「・・・ばっかみたい」

「え?なに?聞こえない!」

「ばっかみたい!そんな勘違いで責められて、傷つけられて、挙句の果てに先生の事まで・・・よくそんなんで好きとか言えるよね!信じられない!!!」

「どーゆーこと?」

今度は、真希がひなの肩をつかみ言い寄る。

「私の格好見て」そう言われて真希はひなの肩を離し一歩下がってひなの姿を見る。しかし、真希はひなの姿を見ても何も気が付けない。

「なんなの?」

怪訝そうな真希に対して、ひなは冷静に話を進める。

「そうよね、普通は何も感じないよね。でもね、先生は私の姿を見てあいつに・・・黒山に襲われたんじゃないかって心配してくれたの。たった、たったそれだけの事なの」

悲しそうな顔を浮かべるひなに、今一つ信じる事の出来ない真希。

「確かに、私この前真希に先生に告白するって聞いて、すごくもやもやしてた。その時初めて自分も先生に恋愛感情持ってるんだって気が付いた。それは、真希の言った通り。否定しない。」

真希は、じっとひなを見つめる。先ほどに比べれば表情は幾分落ち着いているようだが、いまだ手は固く握りしめられ、微かに震えている。一方ひなは服をただし、乱れた髪を整える。イライラするわけでも、怒りでもない。淡々と、その事実を真希に告げる。

「私は・・・さ、あの事件から男子が怖くなったっていうのは真希も知ってるよね?」

一応、こくりとうなづく真希だが、ひなはその様子を確認するわけでもなく話を進める。

「この1年間、男子と会話したり、二人きりになると正直体の震えが止まらなかった。もちろん全員が全員じゃないし、仲が良かった子に告白されたこともあったけど・・・でも、やっぱり付き合うってところまでは正直進めなかった。それどころか、そういう男子を自分から逆に遠ざける事さえあったわ。」

それは、真希だって知っている。真希もひなと同じく例の事件の被害者なのだから。

「でもね?先生だけは・・・修仁先生だけは私たちの事を守ってくれたじゃない。だから、修仁先生だけは私普通に会話することが出来たし、二人きりになっても怖くなかった。私にとって、修仁先生はかけがえのない大切な人なの。」

「そんなの、私だっ・・・」

「でも、そんな先生を独り占めしようとしている子がいた!!!」

真希はそこで、初めて気が付いた。ひなの手から夥しい血が流れているのを。

「ひ、ひな!その手・・・」

強く強く握りしめた手は、爪が食い込み真っ白な柔肌は赤く染め上げられていた。

「私は、別に先生が誰かとおつきあいしたって構わない!でもね、、、私にとってかけがえのない人だから。少しくらい、、、少しくらいそういう気持ちになるわよ。でもさ・・・」

冷めた目、熱の感じられない表情、先ほどまでの熱を帯びた少女とはまるで別人のひな。一時前まで激しく言い立てた真希も少女の変化に少しだけ怖さを感じている。

「真希の言う通りかもね。ごめんね邪魔して。私は私なりに先生と関わっていくわ。」

「ひな・・・」

「で?結局告白はしたの?」

ふるふると、力なく首を横に振る。

「出来なかった。今日チョコを渡した時に話そうと思ったけど・・・」

「なぁんだ・・・結局私たちは、なあんにも出来なかったんじゃん。」

そこには、先ほどとはうって変わって落ち着いたひなの姿があった。

「ねえ、約束しない?」といってひなは、小指を真希の前に突き出した。

「定期演奏会が終わるまで、私達先生に告白したりしないって。私たちの最後の演奏会だもん。これだけはちゃんとしたい!」

「そう・・だよね!その為に先生来てくれたんだから。」

「そうだよ。私たちとオンガクするために来てくれたんだから。ちゃんとしないと、逆に怒られちゃうよ。」

「うん!じゃあさ、こうしない?」

「何???」

「二人で、先生に手紙書こ?『私たちは先生が大好きです!』って!」

「それいい!!!」

「でしょ?」

まだまだ中学生の彼女たち。しかし、悩みもすれば恋愛だってする。一人の人間として感情を持っている。修仁の教えの中に「感情のコントロール」というのがある。どれだけ素晴らしい演奏をしたところで、その演奏に魂が、想いがこもっていなければその演奏には力がない。人を感動させうるのは唯一人の心だけという事を生徒たちに常に教え続けてきた。

だからこそ、ぶつかる際には真剣にぶつかる。支えあうときには真剣に支えあえる。音楽を通して、間違いなく少女たちは大人への階段を登り始めている。


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