Mov.3 カスミソウ達の悲運(後)
それからの、修仁の働きは凄まじいものがあった。
教職員、保護者、地域への根回し、マスコミまでも巻き込み部活の再生に乗り出した。あくまでも生徒はみな被害者なのだ。これ以上子供たちを悲しませるようなまねはさせない。だからこそ、外へ外へ強く働き掛けていった。
もちろん、保護者の中にはこれ以上子供を吹奏楽になど関わらせたくないとして強制的にやめさせる家庭もあった。特に受験を控える3年生はそのような子たちがたくさんいた。しかし、ひなや真希の粘り強い説得で一度やめてしまったものの、また戻ってくる生徒もいるようだ。
「この学校は、みなさんの思っているほど悪い所じゃぁない。大丈夫。君たちと僕とならすごいものが出来上がるから。だから、一緒に頑張ろう。」
最終調整の部活動全体会議で、生徒たちの前で言った言葉がひなの心に素直に響いた。この人はきっと私達と一緒に歩いていってくれる。
結果として、3学年併せて41人という人数で新生「穂神中学校吹奏楽部」がスタートした。修仁の母校、穂神中学校。HI7が生まれてから10年の月日が流れていた。
「私たちは、みんな先生の事が大好きだった。私たちの、世界を一瞬にして変えてくれた人だから。」
ひなは立ち尽くしたまま、そうつぶやいた。
あれから6年。ひなも真希も大人になった。セーラー服に身を包んでいた少女も、今ではびしっとスーツを着こなし大人の女性へと進化を遂げた。
「あの年の事は、いまでも私の宝物だよ?」
結局、修仁が引き受けた年に穂神中学校吹奏楽部は憧れの聖地「普門館」へと駒を進めた。修仁の働きによって、外野からの雑音はなりを潜め子供たちは思う存分吹奏楽に打ち込めるようになった。
これだけ根回しをして、レッスンを行ってきた修仁だったが実は本番では一度も指揮をふることはなかった。千代は全国大会だけでも修仁に指揮を振ってもらいたいと考えていたがそれすらも修仁は首を縦に振ることはなかった。
「いいか、千代。俺はあくまでこの吹奏楽部の指導者としてしか携わることはない。公のステージには顧問として君が立つんだ。」
当初からその姿勢を一切崩すことのなかった修仁は全国大会の舞台裏で生徒たちにこう告げていた。
「いいかい?今日このステージに立てるのは君たちが諦めなかったからだ。逃げ出さなかったからだ。僕はそのお手伝いをしたにすぎない。胸を張っていい。君たちは本当によく頑張った。だから今日は誰の為でもない、自分自身の為に演奏してきてほしい。」
その時の演奏は、圧巻の一言に尽きた。部員たちは修仁の言葉通り自分たちの、自分たちの大好きな修仁の為にだけ演奏した。ひなの、朗々と響くトランペットの音色も、真希の存在感にあふれたシンバルの音も、聴衆を魅了するに十二分な演奏だった。結果は初出場にもかかわらず金賞を獲得。もうだれも事件の事など口にすることはなく、子供たちの顔にも本当の意味で笑顔が戻った。
その後、3年生は受験の為に一度部活から離れ、それに伴い修仁も千代に少しづつ指導をシフトさせていった。
本来であれば、修仁はいる(・・)はず(・・)の(・)ない(・・)人間なのだ。これ以上関わることで色々な事がバレてしまうのを防ぐためにもここが潮時だと感じていた。もちろんその理由は修仁と千代しかしらない。
ある日の夜、修仁はある男に電話をかけていた。
「はい、黒山です」
「よぉ、犯罪者」
「・・・誰だ?」
「忘れてもうたか?耄碌したのぉ。」
「まさか、、、澤村か?」
「ピンポーン!おぉ覚えとるやんか。」
「・・・何の用だ?」
「いやいや、執行猶予がついたらしいからお祝いの電話したらなあかんやろ思ってな」
「・・・」
「まぁでも?ようやく路子の弔いが出来たんや。うちはうれしくてしゃあないで!」
「き、貴様、、、」
電話の向こうで黒山が憤慨しているのが手に取るようにわかる。しかし、修仁は手を緩めない。
「ええか!俺らが生きてる間にこの業界に戻ってこれると思ったらあかんで?貴様には2度とこの業界に戻ってくる資格はない!自分の犯した罪を悔いて、悔いてそれで2度とひなや真希、お前が手を出してきた生徒たちの前に現れるな!話はそんだけや。ほなな」
あっけにとられる黒山をよそに修仁は電話を切ってしまう。
そう。ひなや真希にセクハラをはたらいていたのは、修仁の高校時代の師である黒山だったのだ。高校時代、修仁はこの黒山に師事していた。あの頃、黒山は今回と同じように東桜でも悪事を働いていた。その被害に会ったのが修仁の後輩である伊藤路子だった。ひょんなことからその事実を知った修仁は、必死に黒山と路子を切り離そうとしたが、逆に黒山にはめられてしまった。
「ふぅ・・・これで、終いやな。」
穂神に戻ってきたのも、ただ千代に呼ばれたからではない。
これ以上、黒山の被害で悲しむ生徒を見たくなかったのだ。だからこそ、いるはずの無い場所に存在したのだ。
「あとは、あいつには話をつけとこかな」
携帯電話のアドレス帳から、昔なじみの名前を検索しコールする。
昔から、電話に出るのは早い。
1コール、2コール、「もしもし?」
「よぉ、久しぶり・・」
あいかわらず早いな、と苦笑しながら懐かしい声に顔がほころぶ修仁だった。