Mov.2 カスミソウ達の悲運(前)
2004年の4月、初めてレッスンに行った日、ひなは部長、真希は副部長だった。二人に出迎えられていった先には、名門という名にそぐわない光景が広がっていた。返事もやる気もない合奏、泣きそうになりながら練習を進める顧問。唖然とする修仁、不意にジャケットの袖を引っ張られた。
「先生は・・・」
「ん?」
「先生は、私たちを見捨てたりしないですよね?」
ひなが泣きそうになるのを我慢し、小さな肩を震わせながらそうつぶやいた。
修仁は我慢できずひなを抱きしめた。そして「辛かったね」そう一言だけ呟いた。
ある程度の話は聞いていた。とある(・・・)顧問がコンクールを目前に学校から姿を消した。正確には学校から追い出された。3年前、ひなや真希が1年生の時に赴任してきたその顧問は吹奏楽の指導のスペシャリストとして学校に採用されたのだ。元々支部大会まではすすんでいた吹奏楽部なのだが顧問の先生が高齢の為交代することになった。顧問交代1年目から支部大会にて金賞、惜しくも全国大会には進めなかったものの、それまで行っていなかったマーチングを初め、それは初年度で全国大会に駒を進めた。周りからは称賛の嵐、当然その年の3年生はレギュラー以外も含めて全員志望校に進学している。
「・・・私たちも、それまではすごい先生に来ていただけたと喜んでいたのです。」
音楽準備室で、うつむきながら語るのは現在の顧問菅生千代だ。合奏練習を切り上げ、千代と修仁、それからひなと真希の4人でこの部活で起きた一連の話を修仁に包み隠さず話をしている。
「樹さんと宮内さんが2年生になったころから、少しづつ部内におかしなうわさが流れていったんです。。。」
千代の話では、ひな、真希が1年生の終わりに行った定期演奏会以後、それまでカップルだった部員が突然別れたり、それまで大人し目の雰囲気だった子が突然おしゃれをしてくるようになったという。それと同時に、今までソロなど縁遠かった女子部員にソロが回ってきたり、マーチングでの指導法にも違いが出てきていたという。
修仁は、それに反応することなくしかし、視線は千代から離れることなく黙って話を聞いていた。
「決定的だったのが、あたしたちが2年生の夏の合宿です。」
思い出したくないのか、ひなも真希も顔色がよくない。
「合宿の夜に、大会のレギュラーを決めるからといって数人の部員が部屋に呼ばれていったんです。」
「わたしも、ひなも呼ばれて・・・それで・・・」
「・・・」「・・・」
二人は言葉に詰まってしまった。千代は堪えきれずに涙を流している。
「ヒック・・私達、、、みんな、せんせぇに・・・」
「もういい!!!」
狭い音楽準備室に、修仁の叫びがこだまする。
「もう、、、いいから。」
立ち上がり、二人の前で膝を着きそっと、頭に手をやる。
「辛かったね。よく我慢したね。」
修仁は知っていたのだ。この中学校で行われていた悪魔の所業を。自分の良く知る人物の悪行を。そう、前顧問は指導と称し生徒たちにセクハラ行為をはたらいていた。
行為は「特練」と呼ばれ毎日のように行われていたという。中には当然抵抗する生徒もいたが、「特練」を受けない部員はどんどんレギュラーから外され部内でも最低な扱いをされたという。
そして、今年の年明け、ついに恐れていた事態が起きる。部員の一人がすべてを親に打ち明けたのだ。そこからは、堰を切ったかのように多くの被害が表ざたになった。「名門吹奏楽部での悪夢」としてメディアにも取り上げられ、顧問は逮捕。そして学校から追い出されるようにくびになった。
しかし、問題はそこでは終わらない。好奇の目で見られる部員、マスコミに追われる日々。かつての名門のバンドも今は、学校側のお荷物でしかなく、このままいけば遅かれ早かれ廃部となってしまう。
「あだじたぢはぁ、こんだおわりかだいやなんでず・・・」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらひなが修仁に訴える。隣では真希も自分もですと大きくうなずいている。その顔は同じく涙でぬれている。
「せんせぇ、、、あたしたちをたずけてぇ。。。」
心底の叫びだった。この叫びが修仁に届かぬはずがない。
「千代」
「・・・はい、先生。」
「おまえ何があっても俺を信じてついてこれるか?」
「えっ?」
「ひなちゃん、真希ちゃん」
「・・・あい」
「君たちは、これから先もずっとオンガクを、吹奏楽を続けていきたいかな?」
『もちろんです!!!』
強い眼差し。大丈夫、この子たちならきっと乗り越えていける。修仁は、そう確信した。
「すぐに手配しろ。このバンドは俺が何とかする。」
「それじゃぁ、、、」
「今日からは、俺が君たちの先生だ。」
その言葉を聞き、またも涙でほほを濡らすひなと真希だった。