Mov.1 ローズマリーに口づけを
2010.3.30 AM5:00
「10年ぶりか・・・」
明け方の高速をひた走る。行先は愛知県芸術劇場大ホール。県内では最大規模のステージ。
澤村修仁は素早い手つきでシフトチェンジを繰り返し、愛車を目的地に向け走らせる。
「おい、いつまでむくれてる?」
「・・・」
助手席に座る宮内真希に声をかけるもぷぅとくちを膨らませたまま返事をしない。
「はぁ・・・真希、機嫌なおせよ。」
「ウソツキ」
「悪かったって」
「ウソツキ」
「しゃあないやろ?朝からリハやって、17時には本番やねんぞ?」
「約束覚えてる?」
「・・・覚えてますヨ。」
「今この場で言ってごらん。」
「バっ、そんなん言えるわけないやろ!!!」
「ハッ!よく言うよね、自分は散々あたしにイヤラシイ言葉言わせておいて!約束は「あたしが望んだ時に望んだ場所でSEXする」だったでしょ?それなのに今朝してくれなかったじゃない?そんなに今日の本番が大事?いつもと変わらないでしょ?何よバカみたいにはしゃいで、いつもマエストロぶって時間ギリギリにしか家を出ない人が!」
真希の捲し立てる言葉にも顔色一つ変えない修仁だったが、逆にその態度が真希を加速させていく。
「今日のリサイタルだって所詮地方のいち演奏会でしょ?地元に錦を飾る?あんたにそんな気持ちあるわけないわよね?あんたは、地元も仲間も捨て・・」
『キィィ』とゆうブレーキパッドの悲鳴と共に車が激しく止まる。
「・・・」
「・・・」
「・・・ごめん、言い過ぎた」
「・・・」
修仁は無言のまま、再び車を走らせる。
「おはようございまーす」
「おはよう。全員そろってる?」
ホールにつくと、マネージャーの樹ひな(イツキヒナ)があいさつと共に修仁のもとに駆け寄ってくる。
「まだですよぉ、シュウさん早すぎです!あたしなんか始発ですよ!し・は・つ!お化粧だってしてないんだから・・・」
「ぶつくさ言ってないで、早く荷物運んだら?」
真希がイライラをひなにぶつけながらシンバルと共に助手席から降りてくる。その姿を見るや否やひなの顔が一気に変わる。
「はぁ?なんであんたがシュウさんの車から降りてくるわけ?わけわかんない!」
「そんなこと言ってないでいいから早く自分の仕事しんさいな!」
はぁ、この同級生二人は。一体どうしたもんか。顔を合わせればすぐこれだと修仁は溜息しか出てこない。
「はい!ストップ。」
地下駐車場の為、響き渡る修仁の声。それにより、ようやく二人のやりとりが終わりを迎える。しかし、
「でも!」
「でも!」
二人同時に修仁に詰め寄る。
「おまえら二人しておんなじ動きすんなや。」
こいつと一緒?と言わんばかりに二人はお互いの顔を睨みつける。
「とにかく!ひな、部屋に案内してくれ。真希も自分の事に集中しろ。」
「・・・」「・・・」
「わかったら返事!!!」
「はい・・・」
劇場の中に入り、修仁はひなと共に楽屋入りする。荷物をおろし、背伸びをして深呼吸する。懐かしいにおいが修仁の鼻腔をくすぐる。
「ふぇあ、よぉやっと一人になれたわ。」
「・・・シュウさん?」
「ん?」
振り向くと、恨めしそうな顔をしたひなが修仁をにらんでいる。
「なんで?真希と一緒だったの?」
「どおでもええやん、そんなの。」
「よくない!」
カツっとヒールの音がこだまする。悔しそうに地面を睨みつけるひな。
ひなと真希は二人とも修仁の教え子。まだ二人が中学生の時からの付き合いなのだ。