Mov.0 Overture
『朝やで!朝やで!』
某お笑い芸人の声で鳴く目覚まし時計。相も変わらず悪趣味なものを集めるのが好きな女だと苦笑いを浮かべる。
「真希、真希、時間やぞ。今日は遅刻したらあかん。」
「・・・んう、、、もう一回しよぉ。。。」
真希と呼ばれる女の子が男の首に腕を回し唇を奪う。
「むぅっ、ふぁ、、、あほう。本番の日にそんなに何度もやれるかい!」
男は真希の誘惑を振り払い、ベッドを出る。机の上には修正の入ったスコアと美しいローズウッドのタクト。その脇にあったピースを一本口にくわえるとこなれた手つきで火をつける。
深く吸い込み、肺の中をふくよかな香りで満たし、その味に酔いしれる。
男はその時間が何より好きだった。
「ほらぁ、さっさと起きんかい!」
「ひゃあ!」
男がおもむろに布団をめくりあげると、滑らかな裸体を露わにする真希が驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっとぉ恥ずかしいよ。。。」
「ええからはよ起きぃ、支度せえへんと間に合わんようなるで」
「・・・シュウジノバカ」
「裸のままリハするんと、ちゃっちゃと準備するん。どっちがええか選ばせたるわ」
「・・・すぐ着替えマス」
「素直なええ娘や。」
まだ暗い街の中。この後、日本人として最高の舞台に立つ名指揮者と決して明かす事の出来ない関係を持つ打楽器奏者の最後の朝。
この後に待ち受けるウンメイを、まだ、だれも知る由はない。