engel fell from power.
投稿遅くなりました。
今回は、「クリスたちがいなくなった世界」を意識して書いてみました。
現在のクリスたちがいる世界とは別の世界の、ある一日の話です。
私は逃れられない檻の中で、ずっと考えていることがある。
私たちがいなくなった世界――― 一体どうなったのだろうか。あの場所から私たちがいなくなったというだけで、あの世界はまだ続いている。私たちがいなくなったことなどどうでもいいと言うかのように、存在している。時が経ち、何もかもがなかったことにされた世界。
私には、あの世界に未練があった。あそこには、娘がいる。彼女は元気なのだろうか。私たちがいなくなり、辛い思いをしていないだろうか。ここから出ることができれば、すぐにでも様子を見に行くことができるのに、それができないということが悔しい。そして、彼に会いに行くことができないということも。
私がいなくなってからの世界。
残された時間、彼らはそれでも生きていた。そう、それは他の誰でもないレイチェル、ゼロ、ニック、ベティのことである。
そして―――。
大きな交差点。行き交う人々は意思を持たない人形のようにふらふらと目的地へ向かう。
朝。いつもと同じ風景に、いつもと同じ行動をする人々。毎朝同じ顔を見ているはずだが、そこを歩く彼女もまた、彼らの顔を一つたりとも覚えていない。
栗色の髪、深いブルーの瞳。誰もが目を見張る容貌を持つ彼女は、さも退屈そうにいつもの道を歩いていた。
彼女―――ベティ―――は大学生だ。彼女の通う大学は街の中心部にある。政府が運営する大学に通う彼女は、政府関係者しか入ることのできない街に入る権利を持っている。通行証を検閲官に見せ、街の中に入る。傍にいた農民らしき人に恨めしそうな目で睨まれているのは分かっていたが、それはもうどうしようもない。
この世界は淘汰的だ。必要なものは目に入れても痛くないが、いらないものは迷わず捨てる。ここで生きていくためには自分が『必要なもの』にならなければいけない。
両親共にいない彼女にとって、それは大変な苦労だった。まだ幼い彼女を引き受けてくれたのは伯父だったが、彼もまたベティが物心つく前にいなくなってしまった。
彼女はいつも一人だった。
自分は周りを不幸にするとベティは思っていた。それは彼女を取り巻く者たちも同感だったらしく、次第に彼らはベティから離れて行った。
「よお」
彼女が過去に浸っていると、ふいに声をかけられた。顔を上げると、そこには見知った人物がいた。
「ナイン」
ベティは彼の名を呼んだ。
「今日は出席するの?」
ナインと呼ばれた彼は大げさに肩を竦めた。幼さの残るその顔に、呆れの色が浮かぶ。
「一日の始まりにその言葉はないだろう。もちろん、出席する予定だ」
ナインはベティより二歳年下で、今は高校生だったはずだ。
ベティの通う学校は入るのも出るのも難しいと言われているが、高等部からはエスカレーター式で進学できるため、無理をしてでも高等部に入ろうとする中学生が多い。そんな中、彼は何食わぬ顔で入学してきた。
両親が早くに他界したと言う彼にはもちろんコネなどない。同じ境遇ということで、彼女はナインに親近感を抱いたのだった。歳は違うが、大切な友人である。
「ベティ」
「何?」
ベティは彼に視線を合わせた。まだ、自分の方が背が高い。自分を見上げる目はいつもと同じく冷めていた。
「遅刻するぞ」
「えっ?!」
ベティは慌てて携帯を見た。確かに、この時間では講義に間に合わないだろう。
「君はいいの?」
ベティはナインに問うた。もちろん、自分が遅刻しているのだから彼は大遅刻だろう。成績はいいくせに、どこか抜けている。いや、成績がいいからこその余裕なのか。
案の定、ナインは首を縦に振った。
「どうせ、つまらないんだ」
それじゃ、と言ってナインはベティの大学とは反対方向に向かう。ベティはそれを見送った後、急いで大学に向かった―――。




