why don't you have a doubt?
―――数時間前。
「これで終わり……か?」
戦いによる勝利を収めて逃げ出そうとした果敢な罪人にみねうちを食らわせて倒した後、ヒバリは溜息をついた。その声には疲労が滲んでいる。
単身、彼が通った道の後には人の山ができていた。刑執行が終わった罪人たちの山である。今回の任務はやけにターゲットが多かった。本社から得た情報によると、どうやら集団で罪を犯していた者たちだったようだ。
屍の山から動く人影が出てきた。だが、それに背を向けていたヒバリは気付かない。撤収しようと銃をしまいこんでさえいた。
「死ねぇっ!!」
白刃がヒバリ目掛けて振り下ろされる。ヒバリははっとして振り返ったが、もう遅い。今まさに、振り下ろされた刃はヒバリを貫こうとしていた。
その時、バケツをひっくり返したような―――いや、この表現は適切でない。滝が流れるような、というのが正しいだろう―――水が両者の間を分断した。生き延びた罪人が振りかざした刀は留まることのない水流に押され、罪人をよろめかせる。
「大丈夫か? ヒバリ」
銀色に見えなくもない黒髪と漆黒の瞳を持つ青年が突如として現れる。ヒバリは彼の姿を確認すると、快活に笑った。
「サクラ!! 助けてくれてサンキュな!!」
サクラは軽く頷き、冷ややかな目を罪人に向けた。「まだ生き残りがいたのか。フン、無様だな」
いつの間に構えていたのか、彼はためらうことなく銃の引き金を引いた。建物以外何もないこの場所で、銃声が反響した。罪人は断末魔を上げて倒れた。誰も喋らなかった。音のない世界。
「お前はいつまで忘れていることができる?」
沈黙を破ったのはサクラだった。
ヒバリは質問の意味が分からず眉を顰めた。サクラはどこか思い詰めた表情をしていた。
そして現在。
「ちょっ、止めろよクリス兄っ!」
「あんまり騒ぐと痛い目見るよ? 鈴」
「あッ……だからダメだって……!」
「大丈夫、ここなら絶対見つからないよ」
「や、そういうことじゃ―――」
「鈴? ―――痛っ!!」
突如、後頭部に強烈な痛みを感じたクリスは頭を押さえて呻いた。
「お主ら、そこで何をしておる?」
そこにはフローラの姿があった。振り上げられた拳が目に入る。彼女は怪訝な表情を浮かべていた。
「まさか、わしに言えぬようなことではなかろうな……?」
未だ痛みが引かないのか、クリスは渾身の力で殴られた後頭部をさすりながら立ち上がる。そして、無抵抗ということを証明するかのように両手を挙げた。
「あなたが何を誤解しているか知りませんけどね。僕らはただ、重役会議を盗み聞きしようとしていただけです。もしかしたら『神の国』の情報が手に入るかもしれませんし」
「む? そうなのか? どうもお主の言うことは信用ならんな」
「少しは信用してください。そうだよね、鈴?」
「ああ。そんなことしちゃ駄目だって、オレは反対してるんだけどな」
鈴は信じられないというかのようにクリスを睨みつけた。フローラは拍子抜けしたかのように「そうか……」と言った。
「なんじゃ、つまらん展開じゃのう……」
クリスは子供らしくない、張り付けたような笑みを浮かべながら「あなたが考えているような展開は、どれだけ待っても訪れませんよ」と言った。その隣で、鈴は不思議そうに首を傾げていた。傍から見ると何とも奇妙な構図である。
「そうは言っても、言い切ることはできぬじゃろう。むしろわしとしては、そうなってくれた方が面白くていいのじゃが」
フローラはにやりと不敵に笑う。
「ご期待に添えなくて申し訳ありませんね。僕は今でもメグリヤを愛していますよ、残念ながら」
「ふむ。その言葉、しかと胸に刻んでおこう。お主が心変わりした時、思う存分弄んでやるわ。クククッ、その時が楽しみじゃ」
「あははっ、僕もあなたが落胆する姿を是非見てみたいです。あなたほど泣かし甲斐のある方は中々いませんから」
フローラは思いもよらぬ言葉に一瞬怯んだが、すぐに自分のペースを取り戻して「ほう……言うようになったのぅ、クリス。従順なお主はどこに行ってしまったのやら」
するとクリスは―――わざとらしく―――驚いたように「あれ、気付いていなかったんですか? 僕は元々こういう性格なんですよ」と言った。もちろん笑顔のままで。
お互いにこにこ笑いながら話していて、遠目から見ると仲良さげな雰囲気を醸し出している。だが実際にはその笑顔は友好的なものではなく、腹の探り合いといったものである。それを見て、ああはなりたくない、絶対にならないと心に誓う鈴。
「それでお主ら、どうするんじゃ?」
フローラは唐突に話を変えた。彼女の瞳に皮肉の色が混じっていれば良かったのだが、生憎フローラは真面目な話をしようとしていた。
「『どうする』って、どういうこと?」鈴は先を促す。
フローラは説明するのももどかしいと言うかのように、やや苛立った口調でそれを告げた。
「重役会議を盗み聞きした理由はどうであれ、それが良いこととは言えぬぞ」
「待てって、何で『お主ら』なんだよ?! オレ元々反対してたし、止めようとしてたんだぜ!?」
鈴は一緒くたにされたのが許せないらしく激怒した。しかしフローラは非情にも「そこにいる時点で同罪じゃ」と切り捨てる。
「まったくわしが見つけたからいいものの、他の輩に見つかっていたら間違いなく独房行きじゃったろうな」
「なっ……!」
鈴の顔色はサーッと蒼ざめていった。そしてクリスに掴みかかると「そんなリスクの高いことにオレを巻き込むな!!」と怒鳴った。しかし当の本人はどこ吹く風、「あんまり煩くしていると見つかる―――独房行き―――って言ったのに。わざわざ事を荒立てたのは鈴じゃないか」と言ってのけた。
そんなことは聞いていない。もはや脱力するしかない。
「もういい……」
考えるより先に行動、短絡思考だとも言われる自分がクリスと張り合う、ましてや言い合いに勝つことなど、到底無理な話なのだ。早々にさじを投げてしまった方が時間浪費の削減になることは間違いなかった。
得体の知れない何かがいるんだ。




