God bless you.
更新遅くなりました。すみません(^^ゞ
「クリス~、早くしないと仕事に遅れるぜ?」
「分かってるよチャコ。だからもうちょっと寝かせてよ~」
「……やれやれ。この調子じゃいつまで経っても起きやしねえな」
チャコは呆れたように言った後、ふらりとどこかへ行ってしまった。
彼は僕の頼りになる友人である。いつの頃かはっきり覚えていないくらい昔から、チャコは僕の傍にいた。
どこからともなく現れては取り留めのない話をして帰っていく。チャコが普段どこにいるのか僕は知らないし、飼い猫なのか野良猫なのかですらも知らない。
そもそも、なぜ猫と喋れるのかって? なるほど、確かにそれは誰もが疑問に思うだろう。だが、それは至極簡単な理由だった。僕が猫の言葉を理解できるのではなく、チャコが人間の言葉を理解し喋れるからだ。
「―――って、しまった! 寝すごした!!」
今この状態が嵐の前の静けさ、ぬるま湯に浸かっているようなものだということは分かっているのだが、フローラが仲間になったことにより僕にとっての明瞭な『敵』という存在が無くなってしまったため、どうにも緊張感が生まれない。
丸くなったものだと思う。自ら『敵』を作っていた頃もあったと言うのに。
僕は壁に立てかけてある真っ白な大鎌を手に取った。これが無ければ執行人はできない。それから僕はあることに気付き、思わず苦笑した。
人を殺すのは嫌だと言っておきながら、その実平気で人を傷つける仕事を請け負っている―――。
「……さてと。これ以上遅れると、協会のお偉い様方に怒られてしまうな」
僕は十三階建てマンションの十二階―――そこにヒバリが住んでいる。今はどこかに出かけているのか、姿は見当たらないが――――にある開け放たれた窓から躊躇うことなく飛び降りた。それから例の白い鎌を取り出し、大きく振りかぶる。すると、空中に魔法陣が現れた。
クリスはふわりと魔法陣に着地する。
「チャコ、いる?」
猫の名を呼んだ。
魔法陣から出てきたチャコはクリスを見、「おっ、やっと仕事をする気になったか?」と欠伸をしながら尋ねる。そう、先程の猫―――チャコ―――はクリスの『使い魔』だったのだ。
「今度の獲物はどこにいる?」
チャコはにやりと笑う。楽しくて仕方がないといった様子だ。
「もうすぐ見えるよ」
クリスは空を移動できるように風を巻き起こし、マンションより高いところまで登って行った。
「ほら」
何かを見つけたかのように地上にある一点を凝視する。
「あそこにいるみたいだ」
一人と一匹は目的地へ行くと静かに着陸した。そこには不良と見えるガラの悪い三人組の青年が溜まっていた。
「こんにちは、お兄さんたち」
クリスは無邪気に笑いかけた。すると、ジャケットの背中部分で踊っている大きな龍がトレードマークとも言える男が厳つい顔をして彼に詰め寄る。
「お前、『執行人』だろ! 俺たちに何の用だよ!?」
「ヒヒッ。恐れ慄くどころか喧嘩を売るとは、馬鹿な奴だな」チャコは嘲るように笑った。
「何だと!? こんなの、ただのガキじゃねえか!!」
龍の男が馬鹿にされたことに怒った髪の長い男が立ち上がった。「信じられない馬鹿だ」というチャコの呟きを彼が知る由もなかった。なぜなら、すでにその男の首は胴体から切り離されていたからだ。
胴体だけとなった髪の長い男は血飛沫を上げてその場に倒れる。それを見た龍の男が短く悲鳴を上げた。逃げようとする。だが、チャコが龍の男の逃げ道を奪ってしまった。
「あ~あっ、つっまんねーの!」
虎縞の猫はそう言いながらも不敵な笑みを浮かべている。逃げ道はもうない。後ろから迫り来るのが何なのか、龍の男はもう気付いていた。
金髪青目の少年、得体が知れない。いや、彼が執行人だということは知っている。そういうことではないのだ。
彼の冷酷無比な瞳は年齢に伴っていない。
白く輝く刀身―――。
「いいのか?」
「何が」
クリスは鎌に付着した血液を拭き取りながら振り返った。彼は冷めた目をしていた。
「あいつら、死んじまったぜ。協会の意思に反するんじゃないのか?」
「死んではいないよ」
クリスは、一番奥にいた男を見やる。「獲物が一人残っていれば、協会のルールは守られていることになるんだ」
すると、冷静に成り行きを見守っていたその男は、彼らのやり取りを見て初めて口を開いた。
「強い子供だな」
「アハッ! 聞いたチャコ?」
クリフトは嬉しそうに笑う。「一般市民に褒められたのはこれが初めてだよね!」
「皮肉かもしれないぞ?」
「だってさぁ~、他の人たちって皮肉すら言ってくれなかったでしょう?」
男はじろりとクリスを睨む。クリスはアハハっ! と両手を挙げた。どこか楽しげな様子だ。
「お兄さんには何にもしないよ? だって割に合わないもん」
「お前は一体何者だ?」
「何だよ、分かってるくせに。僕は『執行人』だってば。お兄さんの友達が死んじゃったの、見てなかったの?」
そうじゃない、と男は言った。
「なぜ『何も知らない純粋無垢な子供』のフリをするんだと訊いている」
「? してないよ?」
「お前の目的は何だ」
男の鋭い眼光がクリスを捉える。
「何それ~、意味分かんないし~」
クリスはうんざりしていた。それから彼は己の額をぴしゃりと叩く。降参、と言うようかのように。
「……君は僕の正体を知っているのか?」
「さあな、知らねえよ。ただ、お前がただのガキじゃねえってことだけは分かる」
「……そこまで頭が回るのに、そんなところで燻っているなんてもったいないね。どうだい、『LEC』に来ないか? 僕が紹介してやるよ」
「悪いが遠慮する。平気で人殺しをする連中の仲間になるつもりはないからな」
「ふうん。―――連行される覚悟はできているかい?」
「覚悟ならいくらでもある。それがヤクザだ。……ただ、連行されるつもりは毛頭ないぜ」
「そう。すごく残念だ」
クリスは十字を切った。
「神の御加護を」
「お前の演技は心底怖い……」
チャコは若干引いていた。だがそこは長年の付き合い、何とかなるものだ。すぐに何とでもなかったかのようになって、「じゃ、またな」とクリフトが描いた魔法陣の中へ消えて行く。
サクラの探偵事務所はすぐそこだ。恐らく上司はそこにいるだろう。罪人の刑を執行する執行人は、上司である魔女に任務報告をしなければならないのだ。彼はそのまま事務所に向かった。
黒い制服を着ていたので、飛んだ血はさほど目立たなかったが、臭いはすごいだろうなということに気付いた。制服は本部にしか予備がない。だが、彼は本部がどこにあるのか覚えていなかった。先にも申し上げた通り、クリスは今まで自分が何をしていたのか覚えていないのだ。どちらにしろ、フローラの元に行かなければならないのだった。
そうこう考えている間に事務所の目前まで来てしまった。ノックをする。返事はなかった。ノブに手をかけてみると、扉はすんなり開いた。中から口論の声が聞こえる。すばるとフローラだ。
―――ちょっとマズい雰囲気かな。
そう思った時、はっきりとした言葉が耳に入った。それはフローラが発したものだった。
「『神の国』に行くのじゃよ。そうすれば、憎き神を倒しに行けるじゃろう」
神を倒せるだって? 生まれ変わりの連鎖を終わらせることができるというのか?
僕はそれ以上何も考えられなくなった。
「……それは、どうやって行けばいいんだ?」
「クリスくん?」
「クリスか。またタイミング良くやって来たものじゃの」
説明してやる、とフローラはその場にいる全員を集めた―――。




