Jesus Christ
「蝋燭?」
「ええ。高価なものではなくて、市場に売っている普通の蝋燭です。私たちには、なぜ蝋燭が盗まれるのか分かりません」
僕らは『祈りの間』についた。大理石でできている床を歩くと、靴の音が反響する。
ふいにヴィネが声をかけてきた。
「ここがどうして『祈りの間』と呼ばれているか、分かりますか?」
アーティも彼女を見やる。
「ええ。……何となく分かります」
そこには十字架に張り付けられたイエス・キリストがいた。もちろん模型だ。彼は悲痛そうな表情を浮かべていた。上の方の脇腹辺りに刺し傷がある。肢体は釘で打ちつけられていた。あまりにも無残だ。信者でなくとも、祈りたくなるようなものだった。
その時、他の修道女たちが『祈りの間』にやってきた。
「あら、アレッシア。まだお祈りをしていなかったの?」
「ええ。ちょっと色々あってね」
色々、というのは蝋燭泥棒の件についてなのだろう。ルイージャは顔馴染みであるアーティに「そちらの方は?」と尋ねていた。そちらの方、つまり僕のことなのだろう。
「カズヤだよ! ボクの新しい友だち!」
「そう、よかったわね。これも神様のお導きに違いないわ」
そう言って、ルイージャは巨大な十字架を仰ぎ見た。
「そうだ、ヴィネ。イザベラ様がどこにいるか知っている?」
キアラはややきつい口調で言った。彼女は普段からそうなようで、ヴィネは気にしなかった。ヴィネがイザベラがいる場所を言うと、キアラは納得したようにその場を退出した。残されたルイージャは「ありがとうございます。では、ごゆっくり」とお辞儀をし、彼女の後について行った。
「アレッシア、君は行かなくていいの?」
すると、アレッシアは微笑んだ。
「ええ、ここにいます。皆様といる方が楽しいもの」
「だよねっ!」
アーティはつられてにっこりと笑う。するとその時、教会の鐘が鳴り響いた。同時に、門が閉まる音がする。
「何だ?」
アレッシアの顔色が蒼白になった。
「大変! ああ、どうしましょう……!」
彼女は泣き崩れるようにその場に座り込んでしまった。
「どうしたのですか?」
嫌な予感が過った。案の定、彼女はそれを口にした。
「今日は特別な日だったの。今日はもう礼拝堂の外に出られません……」
「ボクも?」
「はい。誰であろうと、『忌日』は日没後に外出してはいけないのです。もし外に出てしまえば、災いが一身に降り注ぎ、二度と神の元へ行くことができないでしょう」
ヴィネが言った。
夜。イザベラは戸締まりの点検をするために、ランプを片手に教会の廊下を歩く。懐中電灯ではなくランプを使用しているのは、経費節約のためだ。
イザベラが全ての点検を終えた時、前方から何かが落ちる音がした。
「……?」
イザベラは多少不安になった。
―――見周りをしたけど、誰もいなかったじゃない。大丈夫よ、大丈夫。
それでも不安はぬぐい切れなかった。彼女は身震いをし、急ぎ足でその場を去った。
翌日、彼女は皆の注目を集めることとなる。彼女はいくつもの蝋燭に囲まれて、死んでいた―――。