in a church
「イザベラ様っ!」
前方から一人の修道女が駆けて来た。
「何ですか、騒々しい。お客様の前ですよ」
イザベラ様は表情を曇らせて彼女をたしなめた。
「あっ……」
修道女ははっとしたように僕らを見る。
「失礼しました。どうぞ、ごゆっくり……」
すごすごと帰って行く修道女に、構わないよとアーティが言った。「だって、急いでいるんでしょう?」
「そうなのですか? ヴィネ」
彼女の名はヴィネというらしい。彼女は頷いた。
「はい、実は―――」
ヴィネはイザベラ様に歩み寄り、小さな声で何かを告げた。イザベラ様は難しい顔つきになり、唇を噛みしめる。
「分かりました、私が手を打っておきましょう。その代わりヴィネ、あなたは私の代わりにお客様をご案内して差し上げるのですよ。いいですね?」
「はい、イザベラ様」
「先程はどうされたのですか?」
僕は彼女に尋ねた。
「あ、いえ……。特にこれと言ったことはありません」
目が宙を泳いでいる。ヴィネは嘘をつくのが下手だった。アーティがそれを指摘すると、彼女は頬を赤らめて「お二人は、神様を信じていますか?」と訊いた。つまり、信者かそうでないかと言いたいのだろう。だが正直なところ、僕はそのどちらでもない。どう答えるべきか考えていると、アーティが困ったようにしているのが見えた。けれどアーティはそれをそのまま口にした。
「ボクは神様を信じているよ。でも、妄信的ではないな」
「そうですか。そちらの方は―――?」
「大丈夫だよ、ヴィネ。カズヤは日本人だ。日本人は無教徒だって聞いたことがあるよ」
僕が答える前に、アーティが言ってくれた。
「……そうですか。それなら話しても大丈夫ですね」
彼女は周囲を見渡し、近くに誰もいないのを確認すると声を潜めて言った。
「ここだけの話ですけど……。最近、物がよく盗まれるんです」
「泥棒か」
僕は思わず声に出してしまった。
「ドロボウ?」
アーティは不思議そうに―――気を使ったのか、小声で―――言葉を反芻する。発音は怪しかったが。
「泥棒のことだよ。日本語では『ドロボウ』と言うんだ」
「分かった! だからヴィネは言いたくなかったんだね? ボクやカズヤみたいな人ばかりがいるわけではないから」
すると、ヴィネは今にも溜息をつきそうな口調で言った。
「礼拝堂は神聖な場所です。ここで盗みが働かれているなど知られたら、穢れ多き疑心が生まれてしまいます。ですから、私たちは内密に対策を立てねばならないのです。イザベラ様はこのことにとてもお悩みになっておられて……」
「不躾な質問だけど、一体何を盗まれたの? 見たところ、盗まれそうなものは盗まれていないけれど」
アーティが言う。
―――確かに。僕も不思議に思った。
ヴィネはたった一言。
「蝋燭です」