who didn't forgive it.part 2
夜。
僕らは昨日のようにテントを張っていた。僕は寝たふりをしていた―――。
どれだけ経ったのか分からない。はっと気付いた時には、人の気配がしなかった。……寝ていたのか。気を配っていたつもりだったが……。そういえば、身体がだるい。―――しまった、睡眠薬か! コーヒーに入れられていたのだろう。僕はテントから飛び出した。暫くして、外の暗さに目が慣れてくる。辺りを見渡すと、他よりも暗い部分があった。人影だ。一つは立ち姿で。もう一つは、地面に横たわっていた。
「やっぱり君だったんだね」
僕は人影に話しかけた。
『コーヒーいる? インスタントだけど』
『森を舐めている奴は命を落とすんだぜ』
「君が彼らを殺した。―――そうだろう? カイル」
僕の言葉に反応するかのように、カイルはゆっくりとこちらを向く。手にはナイフが握られていた。血が滴り落ちる。
「どうして皆を殺したんだ」
カイルは、たった今殺したアンジェリカの死体に目を向けた。何の表情も浮かべていなかった。
「俺が、アンジェリカを好きになってしまったからだ」
鋭い刃物のような口調だった。
「何も殺すことはないだろう?」
「いいや、殺さなければならなかった。彼女が歳を重ね、老いていくなど俺には考えられない。彼女は美しいまま死ぬべきだった」
「けれど、殺せば死んでしまう」
「殺せば死んでしまう」彼は言葉を反芻した。それはまるで詩を口ずさむかのようで。
「そうだ、それは当たり前のことだ。だがそれでも良かった。彼女が死んでしまっても、記憶の中の彼女は永遠に美しい」
わけが分からない。彼の言っていることの全てが。
「……レインたちを殺す必要はなかったんじゃないか?」
僕は混乱していた。彼は、カイルは、目の前にあるものではなく記憶に残せるものを選んだのだ。
カイルはまたもや否定する。
「レインは彼女を愛してなどいなかった」
「え?」
「彼が本当に愛していたのはアリアだ」
アリア。
牢獄で、彼の手によって殺された探険家―――。
「こともあろうか、レインはアリアを好きになってしまった。アンジェリカはそのことに気付いていなかった。俺だって知らなかった。だが、俺はある日アリアに相談されたんだ。『レインが言い寄ってきた。私はレインが好きだった。けれど、彼にはアンジェリカがいる。カイル、私はどうすればいいの?』とな。アンジェリカにはレインが必要だった。彼女が悲しむのは目に見えていた。レインはアンジェリカを裏切り、アリアは俺を裏切った。だから殺した」
カイルはさらりと言いのけた。ゲーム好きの少年が、やり尽くしたゲームの雑魚キャラを倒した時のように。
ふと疑問に思った。彼がなぜこうも簡単に罪を認めるのか。
―――彼は僕を生かして帰さないつもりなのだ、この森から。
「お前を巻き込むつもりはなかった。だが、アンジェリカがお前を誘いたがった。真相を知ったお前を生かしておくわけにはいかない。悪いな、斉木」
カイルはナイフを振りかざす。月光は、銀色の刀身に付着した血をよりいっそう不気味にさせた。避けきれる距離ではなかった。僕は死ぬ覚悟をした。けれど、いつまで経っても死に伴う痛みが訪れない。僕は恐る恐る目を開けてみた。
「カイル!!」
彼は死んでいた。自らの喉を切り裂いて。
彼がどうして僕を殺さなかったのか。それは未だに分からない。それでも、惨劇は終わった。何とも言えない複雑な気持ちを僕に刻み込ませて―――。