表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2

金曜日の放課後ー



生物の教科係に任命されてからはや一週間。



今までこれといった仕事もなかったが、今日初めて生物の課題ノートを生物研究室に届ける、というミッションができた。



皆川とまた二人きり…

そう思うだけで気が重い。


一週間たった今でも、あの日のことを思い出して赤面するというのに…



誰もいないからっぽの教室


私は一人、無造作に山積みになった課題ノートをきれいに名簿順に並べかえ、崩れ落ちないようにそっと抱えこんだ。



一人で持ち運ぶには少し多過ぎるくらいの量だ。

これも皆川の嫌がらせか?


そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前方から自分の名が呼ばれた気がした。

課題ノートのせいで正面の視界が寸断されて、誰がいるのか分からない。



「瀬田さんっ」



もう一度名前を呼ばれると同時に、目の前の視界が急に開けた。



そこには笑顔の木部くんがいて、手には私の視界の妨げになっていた生物の課題ノートを持っている。



「重くない?手伝うよ。」


こんなことさりげなく言える男子高校生が世の中にどれくらいいるだろうか。



きっとそうはいないはずだ。



そして、ぶっきらぼうに「ありがとう」しか言えない私は、たぶん人よりコミュニケーション能力が劣っている人間なのだろう。



二人でたわいもないことをしゃべりながら歩いていたら、いつの間にか生物研究室に着いていた。




「失礼しまーす。」


部屋の中にはノートパソコンを見つめながら、コーヒーを飲む皆川がひとり。



「あぁ、ご苦労。あれ?木部はなんか用か?」



「いや、瀬田さんの運ぶのを手伝ってただけです。じゃあ、失礼しました。」



「…瀬田さん、行かないの?」


「ごめん、私ちょっと先生に用事が…」



「あ、そうなんだ。じゃあまたね。」



「うん、ありがとう。じゃあね。」



バタンッ



扉が閉まり、振り返ると皆川と目があった。



「ふーん。なんか楽しそうだね。」


は?何が?



「木部も変わってんなぁ。」


「なんの話ですか?」



「よし、補習始めるぞ。」


人の話聞けよ!



「じゃあ今日はこのプリント10枚。」



「は!?嘘でしょ?」



一目見ただけで、それを全部終わらすのに相当な時間がかかることが分かった。



「何も見ないで一通りやってね、俺が後で採点しとくから。」



そう言い、優しい笑みを見せる皆川。逆に怖い。



「先生、これ家でやっちゃダメですか?」



恐る恐る聞てみる。



出来れば家でもやりたくないけど、ここでやるより絶対マシ!



長時間この生物研究室に閉じ込められ生物の課題をやるなんて私には耐えられない!!



「なんで?今日なんか用事でもあんの?」





明らか不機嫌そうな声。



「ないですけど…先生が横にいると集中出来ないというか…」



言ったあとにしまったと思った。



「ふーん。」



皆川がいきなり椅子から立ち上がる。


嫌な予感…



そのままどんどん近づいて来て、私は気だけは負けないように、じっとしたまま彼のほうを見ていた。



皆川は不敵な笑みを浮かべている。



…マジで怖い…。


「そんなに俺のこと嫌い?」」


めちゃくちゃ至近距離でそんなこと聞いてくる。



「いや別に、嫌いとか好きとか、そういうんじゃなくって…」



ここで嫌いなんて言ったら、きっと絞め殺される。



ってか本気でなにされるか分からない。


「ハッキリしろよ、好きなの?嫌いなの?」



皆川は私を試している。嫌いなんて、自分が言わせなくしてるくせに。



「…嫌いじゃないです…。」


距離的に上目遣いぎみで、皆川のほうを見た。



「そんな曖昧な言い方じゃ分からないよ。もっとハッキリいいなさい。」



こんな時ばっか先生面すんな!



皆川はニヤついてる。



もうほんとに最悪だ。



「………好きです。」


うつむきながら小声で言った。



「誰が誰のことを?俺の目を見て言いなさい。」



はぃ?



ためらうそぶりをすると、皆川は冷淡な口調で「早くしなさい。」と急かした。


私は勇気を振り絞り皆川の目を見つめる…



「私は…皆川先生のことが好き、です…。」



生まれてから今日まで、これほど恥ずかしい思いをしたことはない。



「よく出来ました、さすが優等生。」



皆川そう言ってクスッと笑った。



すごくやるせない…。これじゃあなんか、私が皆川に負けっぱなしだ!!



「先生…私をからかって楽しいですか?」



冷たく、強気に言い放ったつもりだった。




が、皆川は全く動じない。



そしてなぜか急に私の背丈に合わせて屈み、頭をそっと撫でる。



この人はやることなすこと唐突過ぎて、いつも私は自分のペースを保てない。今度は何が始まる…?

もう全く予測不可能。



「だってお前の反応がかわいいから。」



また思いもよらぬ発言。

私は何も言葉が出ず、ただ体温だけが上昇していくのが分かった。




「からだは正直だね。耳真っ赤。」



冷たい皆川の指が耳に触れ、ほんとに自分の身体が熱くなっているのを実感する。



私ってこんなに見た目にでるほうだったっけ?



それとも皆川だから…?

いや、そんな恐ろしいこと考えたくない。



「もっと素直になれよ。」


「俺はそれを待ってるから。」意味深発言だ。


でもその言葉は真剣でかつ優しさを含んでいた。



そのあと皆川は何事もなかったように席に戻って仕事を始めた。




開けっ放しの窓から春風が流れて来る。




私は終わりそうにない生物のプリントに手をつけ始めた。



プリントには聞いたこともない単語が次々に出てくる。


いや、正確には聞いたことがあっても、記憶にないのかも知れないが…。




風が気持ちいい。



そのせいか大嫌いな生物をやらせられることに、あまり抵抗感を感じなかった。


皆川と同じ空間にいることにも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ