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Contrat

掲載日:2026/07/23

弟は、僕の事が好きだ

僕は弟が、そんなに好きではないが



とはいえ、弟が僕に向ける『好き』は、だいぶ気持ちが悪い


僕達は大きな聖堂の生まれなのだが、博愛の心を持ってしても厳しいものがあった


別にそれは『男が男を好きなこと』ががどうとか、そういう話では無い


あいつは他の子供達からも両親からも虐待を受けているから、唯一構ってくれる存在である僕を「好き」と言ってるだけで、その事が率直に嫌だった



むかし「もしかして」と思い、弟の顔を足の裏で、押すように蹴飛ばした事がある


弟は、めそめそと愚図っていたが

数日もするとそんな事も忘れて、また「お兄ちゃん大好き」と言うようになった

根本的には、僕は弟を軽蔑や侮蔑の印象で視続けているが、率直に言うなら「こいつ頭がおかしいんだな」と思う


そうした気持ち悪さもあって、今回のような事になったのかも知れなかった



自宅の僕の部屋

カーテンは総て閉じられていて、昼なのに真っ暗だ

今日は『悪いことをする』からだった


弟がおずおずと、黒衣を目深に被った、視知らぬ男性に自己紹介する

「☓☓☓☓です」


名乗らせているのは、僕の名前だ

端的に説明すると僕は今、『弟の名前を偽る事で、生命だけ弟のものを使って、自分の名義で悪魔と契約しようとしていた』


内容は詐称そのものだったが、失敗しても悪魔からの疑いは弟にかかるよう作戦もある

いざとなれば、大人達に頼って悪魔祓いも視野に入れての行動だった



弟と悪魔の間で、問答が繰り返される


おおよその内容は事前の情報通りだった

弟は総て、僕が殴りながら教えたその通りに応答し、つつがなく交渉は進んだ


要約すると、「弟は数日後に心臓を食い破られて絶命するが、『代わりに☓☓☓☓は、悪魔と同等の能力を有するようになる』」という内容の契約だ


極力、弟と『☓☓☓☓』が同一人物と思わせるように、長い時間を掛けてあらすじを僕が考えた


書面なら、絶対に名前を用いる

『契約書を作らせる』という過程を挟む事で、こうした詐称が可能になる、という計画である


悪魔が、契約の開始を告げる

弟の心臓の位置に赤黒い契約の証が浮かび上がり、そのまま躰にめり込んでいった


弟がその場に屈み、躰をびくびくと震わせている

痛みが相当なものだったらしく

僕や親からの暴力で弱っていた弟は、真横に、どた、と倒れるとそのまま動かなくなった


死んでしまったらしかった



「……………」


「……………」


僕と悪魔は

何を言えばよいか解らず、顔を視合わせた



「なんか今、雰囲気でわかったけど………」

悪魔が口を開く


「お前、私を騙してないか?」



悪魔の表情は、フードで隠れていて視えない

背筋じゅうから血の気が一斉に引いていった


「たすけて」

そう叫びたかったが、今それを言ったが為に、騙したという事実に確信を持たれたくない



「でもさ」


悪魔が僕の肩に、乱暴に手を乗せる

それが死のように冷たく、動かしがたいもののように感じて、僕はついに悲鳴を上げてしまった


「もし騙してたなら、なかなかやるじゃん」


黒衣の穴という穴から、蠅が溢れ始める

僕が泣きながら頭を抱えていると、蠅は総て弟の躰に溶けるように消えていき、やがていなくなった



死んだはずの弟が立ち上がる


「気に入ったよ」



「一緒に暮らそう、『お兄ちゃん』………」


「いや」



「───『☓☓☓☓くん』」


悪魔の声で弟が、そう言った

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