Contrat
弟は、僕の事が好きだ
僕は弟が、そんなに好きではないが
とはいえ、弟が僕に向ける『好き』は、だいぶ気持ちが悪い
僕達は大きな聖堂の生まれなのだが、博愛の心を持ってしても厳しいものがあった
別にそれは『男が男を好きなこと』ががどうとか、そういう話では無い
あいつは他の子供達からも両親からも虐待を受けているから、唯一構ってくれる存在である僕を「好き」と言ってるだけで、その事が率直に嫌だった
むかし「もしかして」と思い、弟の顔を足の裏で、押すように蹴飛ばした事がある
弟は、めそめそと愚図っていたが
数日もするとそんな事も忘れて、また「お兄ちゃん大好き」と言うようになった
根本的には、僕は弟を軽蔑や侮蔑の印象で視続けているが、率直に言うなら「こいつ頭がおかしいんだな」と思う
そうした気持ち悪さもあって、今回のような事になったのかも知れなかった
自宅の僕の部屋
カーテンは総て閉じられていて、昼なのに真っ暗だ
今日は『悪いことをする』からだった
弟がおずおずと、黒衣を目深に被った、視知らぬ男性に自己紹介する
「☓☓☓☓です」
名乗らせているのは、僕の名前だ
端的に説明すると僕は今、『弟の名前を偽る事で、生命だけ弟のものを使って、自分の名義で悪魔と契約しようとしていた』
内容は詐称そのものだったが、失敗しても悪魔からの疑いは弟にかかるよう作戦もある
いざとなれば、大人達に頼って悪魔祓いも視野に入れての行動だった
弟と悪魔の間で、問答が繰り返される
おおよその内容は事前の情報通りだった
弟は総て、僕が殴りながら教えたその通りに応答し、つつがなく交渉は進んだ
要約すると、「弟は数日後に心臓を食い破られて絶命するが、『代わりに☓☓☓☓は、悪魔と同等の能力を有するようになる』」という内容の契約だ
極力、弟と『☓☓☓☓』が同一人物と思わせるように、長い時間を掛けてあらすじを僕が考えた
書面なら、絶対に名前を用いる
『契約書を作らせる』という過程を挟む事で、こうした詐称が可能になる、という計画である
悪魔が、契約の開始を告げる
弟の心臓の位置に赤黒い契約の証が浮かび上がり、そのまま躰にめり込んでいった
弟がその場に屈み、躰をびくびくと震わせている
痛みが相当なものだったらしく
僕や親からの暴力で弱っていた弟は、真横に、どた、と倒れるとそのまま動かなくなった
死んでしまったらしかった
「……………」
「……………」
僕と悪魔は
何を言えばよいか解らず、顔を視合わせた
「なんか今、雰囲気でわかったけど………」
悪魔が口を開く
「お前、私を騙してないか?」
悪魔の表情は、フードで隠れていて視えない
背筋じゅうから血の気が一斉に引いていった
「たすけて」
そう叫びたかったが、今それを言ったが為に、騙したという事実に確信を持たれたくない
「でもさ」
悪魔が僕の肩に、乱暴に手を乗せる
それが死のように冷たく、動かしがたいもののように感じて、僕はついに悲鳴を上げてしまった
「もし騙してたなら、なかなかやるじゃん」
黒衣の穴という穴から、蠅が溢れ始める
僕が泣きながら頭を抱えていると、蠅は総て弟の躰に溶けるように消えていき、やがていなくなった
死んだはずの弟が立ち上がる
「気に入ったよ」
「一緒に暮らそう、『お兄ちゃん』………」
「いや」
「───『☓☓☓☓くん』」
悪魔の声で弟が、そう言った




