Lesson7 『対価を率先して払え。』
俺が子供の頃よりモンスターが増えている。
昔は街道をスライムの群れが我が物で占めている光景などあり得なかった。
これは明らかに異常事態だ。
理由は明白。
貴族や資本家による大農園建設ラッシュに伴い、周辺の猟師達が囲い込まれてしまったからだ。
彼らは自分の農園のモンスター駆除には極めて神経質だったが、敷地の外には微塵の関心も持たなかった。
それどころか、雇用している猟師が敷地外で猟を行うと烈火の様に怒り狂うのだ。
「諸君らを雇用しているのは私だぞ!!
敷地外で猟を行うなど背信行為であろうが!!」
俺も酒場で噂を集めたが、猟師達が周辺駆除の重要性を説いても大農園主達はまるで理解を示さないそうだ。
彼らは頑として自分の費用対効果だけにしか興味を持たなかった。
それが農村にモンスターが溢れるようになった理由。
ミゲル村長達も領主に何度か嘆願した。
だが帰って来る返事はいつも同じ。
「害獣駆除は農家の自己責任。
故に獣害を理由にした年貢減免には応じない。」
昔は領主が農家の次男坊・三男坊を引き連れて巻き狩りを頻繁に行った。
だから農地の側にモンスターが出没する事態がそもそも無かったし、あれば領主の恥とされた。
領主の館には必ず害獣担当の騎士が済み込んでいて、領民の陳情に耳を傾け、モンスター情報も共有されたと聞く。
無論、現代では御伽噺である。
館に詰めているのは経済学部を卒業した騎士だけ。
彼らはリストラ遂行や徴税に忙しく、カネにもならない害獣駆除などには一顧だにしない。
これが、廃村や耕作放棄地がジワジワと増えている理由。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、そんな事情なので俺は独自にモンスターの生態を調べる事を決意した。
俺も頑張ってホーンラビットを退治しているのだが、巣が全然見つからない。
昔は半年に一度くらい訪れるマタギを雇ってレクチャーを受けていたらしいのだが…
これだけ大農場が跋扈している現在、フリーの猟師など見掛ける機会がない。
『あ、あの…
入場を申請しても構いませんか?』
声を発してから自分が緊張している事に気づいた。
ここは図書館。
俺なんかが敷居を跨いで良い場所ではない。
現に入り口の奥に居た連中が目を丸くして俺の貧しい身なりを凝視している。
「ええ、当館は全ての皆様に開かれております。」
受付に座っていたのは妙齢の婦人。
女なのに眼鏡を掛けていたので驚かされた。
『で、では入館を申請します。』
「申請ありがとうございます。
ただ、入館には料金が発生してしますが…」
図書館は万人に開かれている。
それの言葉に嘘はない。
問題は入館料が銀貨100枚であることだ。
『ええ、伺っております。
お確かめください。』
俺がカウンターに小銭袋を置くと、様子を盗み見ていた連中が感嘆の呻きを上げる。
貧民がこういうカネの使い方をするのはよほど珍しいらしい。
「ありがとうざいます。
計算機に投入しますね。」
受付は俺の銀貨を計算機に流し込んでいく。
足りなかったらどうしようと内心不安だったが、機械が100と表示したので2人で胸を撫で下ろした。
「どうぞ。
1日入館証です。
閉館まで当施設を利用可能です。」
『ありがとう。』
他の利用客は俺をチラチラ見ていたが、カネを払ったのを確認すると安心したように自分の本に目を落とした。
安心して欲しい。
俺は無学者だが、学問が大切であることは身をもって知っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ふむ。
この辺か…』
図書館には図鑑が揃っているとだけ聞いていた。
それだけを頼りに、今日銀貨100枚を支払った。
『少し勇み足だったかも知れないな。』
あまりの無謀さに1人でクスクス笑う。
何故なら俺は読み書きが出来ないからだ。
知っている文字は幾つかある。
商店の値札でよく使われる文字くらいは俺でも分かる。
自分の名前も何とか書ける。
『いや、ちゃんとヒントは仕入れて来たのだ。』
図鑑は図書館の書籍の中で一番大きいと聞いている。
だから、まずは書棚の最下段を眺めながらデカい書籍を片っ端から開く。
当たり前だが、文字ばかりの書籍が多い。
『これは知っている。
棒グラフって奴だ。』
どの書籍にも円グラフや棒グラフが整然と添付されていた。
文字さえ読めれば俺でも活用出来たのだろうか?
まあいい。
人生に「たられば」は存在しない。
俺には今しかないのだ。
『あ、この文字は分かるぞ。
【パン】だ。』
おいおい、馬鹿にしないでくれよ。
【パン】くらい俺だって読めるさ。
『お!
この書籍にはパンの挿絵ばかりが載っているぞ!
ひょっとしてこれはパン図鑑か?』
思わぬ発見に喜び勇み、隣の書籍を開いてみる。
今度は武具ばかりが描かれている書籍だった。
その隣は船舶。
間違いない、この並びは図鑑の並びだ。
逸る気持ちを押し殺しながら、どんどん次の書籍を開いていく。
家具、違う。
城塞、違う。
神々、違う。
魔法、違う。
職業、違う。
そして何気なく開いた次の書籍。
目に飛び込んで来たのは、誇張して凶暴に描かれたゴブリン。
『あ!』
慌ててページをめくる。
ドラゴン、グリフォン、キマイラ、そして恐らくこの挿絵はワイバーン…
『よし。』
思わず拳を握り締めた。
きっとこれがモンスター図鑑だ。
1ページ目に戻り、ゆっくりとめくって行く。
スライム、リザード、キャタピラー。
あ、これはロングスネークだ!
昔、仕事仲間が噛まれて死んだ。
俺達が嘆願しても雇い主は薬を分けてくれなかった…
これは多分ジャンピングコング。
そして次のページは亀?
いや人間とのサイズ比較のような添絵があるから、きっとこれはジャイアントタートルなのだ。
他にも俺が知っているのはワーム、ゴーレム…
そして想像すらも付かない未知の生物たち。
パラパラ捲って行くと…
お、サンドシャークだ!!
『おお…』
思わず溜息が漏れる。
つい先日、ブルータウンで討伐したサンドシャークの雄姿が描かれている。
うんうん、こんな雰囲気だった。
そして更に数ページ捲ると…
『ッ!?』
ホーンラビットだ!
それも2ページを費やして様々な絵が計6つも載っている。
俺は直感する。
ホーンラビットは生活に実害のあるモンスターだから、他のものよりやや力を入れて説明されているのではないだろうか、と。
ドラゴンやグリフォンなんて、どこか想像で美化して描いたっぽかったものな。
多分絵師が実物を見た事が無いのだろう。
だが、ホーンラビットやスライムのような身近なモンスターは違う。
明らかに実物を見て描いた雰囲気だ。
何より。
この穴の絵は間違いなく巣穴。
そして、その横にびっちりと記されているのが注意書きなのだ…
『…くッ。』
思わず膝を叩く。
恐らく発見方法や駆除方法が記されているに違いないのだ。
その証拠に【死】とか【肉】とかの文字が混じっている。
…くそっ、読み書きさえ読み書きさえ出来れば。
モンスター駆除の知識が手に入るのに。
やはり俺如きが図書館に入るなんて身の程知らずだったか…
入館さえすれば何とか糸口が掴めると考えたのは、あまりにも甘すぎた。
己の愚かさを自嘲しながら、本棚の前で立ち尽くす。
「あの。」
不意に背後から声を掛けられる。
先程の受付か。
『す、すみません。
邪魔でしたか?』
「いえ!
そんな事はありません。
お困りのようでしたので。」
聞けば、この女は単なる受付ではなく【司書】という専門職であり、利用者のサポートも職務の範疇らしかった。
「何かお力になれる事はありませんか?」
『あ、いや。
実は、友人の農地が害獣被害に遭っておりまして。
対策を調べに来たのです。』
「まあ、ご立派なお考えですわ。」
『いえ、それがお恥ずかしいことに勝手が分からず。
立派どころか、自分の無力さ加減に呆れ果てておりました。』
「是非お手伝いさせて下さい
司書の務めです。」
『ありがとう。
助かります。』
「先程、獣害と仰っておられましたが、何という動物にお困りですか?
このグリーンタウン図書館は動物学の書籍が充実している事で有名ですのよ。」
『はい、実はですね。
ホーンラビットの駆除をしたいのです。
図書館にくればヒントが得られると思ったのですが…』
そこまで言って改めて肩を落とす。
…俺は無力だ。
「?
ええ、それでしたら丁度この棚は百科事典集です。
確かこの辺にモンスター図鑑が…
あら、もう見つけておられるじゃありませんか。
それにホーンラビットのページも開けておられて…
解決したのではありませんこと?」
『…いえ。』
「?」
『自分は読み書きが出来ないのです。』
「え?」
司書が目を見開いた。
『…。』
「…。」
そりゃあそうだよな。
字も読めない奴が図書館を利用する資格なんてある訳ないよな。
きっと彼女は俺を軽蔑するのだろう。
仕方ないさ、何事も分相応というものがある。
「…嘘。」
『ははは、嘘を吐いても仕方ありませんよ。
俺は農奴の子なんです。
だから読み書きは出来ません。』
「…。」
『…。』
司書は呆然と俺を見つめている。
気持は分かる。
きっと農奴如きが図書館に紛れ込んだ事に驚いているのだろう。
この様子だと通報されてしまうかも知れないな。
騒ぎになる前に去るとするか。
『ごめんね、仕事の邪魔をしちゃって。
迷惑みたいだし俺はもう帰ります。』
そう言って向けた背に声を掛けられた。
「でも、やっぱり信じられません。
文字の詠めない人がこれだけ膨大な本棚から目当てに辿り着くなんてあり得ませんよ。」
『たまたまですよ。
運が良かったのです。』
帰る為に上着を羽織り直しながら、ざっくりとしたアプローチを説明する。
奇妙な1日だった。
銀貨100枚は高い学費だったな。
「…ホーンラビット。」
不意に後ろで司書が呟いた。
「哺乳類ウサギ科一角目。」
『え?』
「第三王朝時代に南部香辛料諸島で発見され、愛玩用に大陸に導入された動物。
当初は王国や帝国の宮廷内のみで飼育されていたが、脱走した個体が異常繁殖し、従来種である無角兎を駆逐する形で大陸に定着した。
当初は食用への品種改良が試みられたが凶暴な性格の為に断念された。
現在、1種農耕害獣指定。」
『な、何を?』
「先程も申し上げた通り、利用者様を手助けするのが司書の仕事です。」
『…。』
「…。」
それからは利用客が減った事もあり、ほぼマンツーマンでのレクチャーを賜る幸運に恵まれた。
そもそも図書館の使い方を知らなかった俺に、利用方法から教えてくれる。
「皆さんはノートを持ち込まれるんです。」
『の、ノートって、商人が持っているアレですか?』
「それは恐らく帳簿の事を指しているものと推測しますが…
そうですね、私のノートを見て下さい。」
言うなり司書は文字がびっっしりと書かれた帳簿を見せて来た。
『その…
ここではみんな、本を書き写しているってこと?』
「ご明察です。」
参ったな。
それじゃあ読み書き両方出来なきゃ意味ないじゃん。
「殆どの利用者様が自分の知りたい知識をここに書き映しに来ておられます。
だから、私も最初驚いてしまったというか…」
『あ、俺が手ぶらだったからですね。』
「ええ。
私もこの仕事を始めて5年になりますが…
ノートを持たずに来られた方は初めてですので。
少し戸惑ってしまいました。」
そうか、それで皆が俺をジロジロ見てたのか。
身なりも貧しいし、本泥棒か何かと思われてたのかもな。
「ノートを持たずに入って来られるのは、首都の王侯貴族や大資本家くらいのものです。」
『え?
そうなの?』
「はい。
あの方達は、写本もチップを払って司書にやらせるんです。
だから、私達司書は全員が王都勤務を希望するんです。
だって1回で銀貨100枚貰えるんですよ。
基本給安い仕事だから、凄く羨ましい。
グリーンタウンみたいな田舎には、まだそういう習慣はありませんけど。」
俺のような無学者から見れば華やかな仕事に見えるのだが、司書は司書で苦労の多い業種らしい。
確かに産業・学術の中心地である王都なら、調べもの需要も山ほどあるだろうが…
グリーンタウンって所詮は百姓の街だからな。
大農園のオーナーは貴族・資本家だが、奴らがグリーンタウンに住んでいる訳がないしな。
多少の知識人・小金持ちも居るがチップを払って写本させるほどの酔狂は持ち合わせていないとのこと。
『司書さん。
一つ謝らなくてはならない。』
「え?」
『もう手持ちが20枚しかないんです。』
「え?え?」
『ホーンラビットの事を知りたい。
頼めますか?』
「…。」
『…。』
「お任せ下さい。」
文字通り無一文になった俺は街門から外に出て焚き火を見つめながら野宿をした。
ミゲル村長の奥さんから貰った干し芋をポリポリ齧って今日の出来事を何度も反芻した。
翌朝、顔見知りの運送屋に頼んで配達仕事を請けさせて貰った。
家具搬入手当もあり銀貨を25枚も貰えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ、図書館司書の退勤時間。
待ち合わせ場所には既に司書が立っていた。
『スミマセン、遅れてしまって。』
「いえ、今来たばかりです。
凄い汗ですけど…」
『さっきまでタンスを運んでおりました。
見苦しい姿を見せて申し訳ありません。』
「いえ…
配達屋さんなのですか?
でっきり農家の方かと…」
『…冒険者を営んでおります。』
「ぼ、冒険者… ですか?」
『そのままの意味ですよ。
アチコチをウロチョロしております。』
「それは、お仕事なのでしょうか?」
『どうでしょう。
遠い未来、図鑑に載っているかも知れませんね。』
司書は口元を押さえて上品に笑った。
そして鞄から大きな革のケースを取り出した。
「ホーンラビットの全てを書き写しました。」
そして俺を真っ直ぐに見つめて言う。
この女が【全て】と言ったのなら本当に全てなのだろうな。
「どうぞ。」
『入れ物ごと渡してくれるの?
こんな立派な革ケースの代金なんて払えませんよ。』
「サービスです。」
『いや、サービスって。
君の私物だろ?
悪いよ。』
「王都勤務の司書は全員持ってます。
上客に気に入って貰えるように。
私も王都中央大図書館を受験する時に一つだけ買ったんです。
でも女だしコネもないから、グリーンタウンにしか受かりませんでした。」
『そっか。』
「そのケースはポートフォリオと呼ばれるケースです。」
『ポ、ポートフォリオ?』
「元々は王侯貴族や資本家が証券や権利証を収納する為の長財布なんです。」
『なるほど。
そりゃあ権利証をしまうなら、これくらい大きな入れ物は必要でしょうね。』
「王都の上流階級では一般的ですよ。
学者は論文を芸術家は作品集を収めます。
今では整理された情報や記録を指す言葉になりつつあります。」
『…。』
「…。」
『俺に扱えるかな?』
「扱ってくれなきゃ、次に職業図鑑を作る人が困っちゃいます。」
司書の目はどこまでも真摯に俺を見つめていた。
何故、初対面の俺にそんな眼差しを向ける事が出来るのだろう。
『冒険を…』
「はい。」
『続けるよ。』
司書は頷いてくれたが、すっかり日が落ちていたのでその表情は分からずしまいだった。
俺はリュックにポートフォリオをしまうと、ミゲル村に向かって歩き出した。
Lesson7 『対価を率先して払え。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
【資産】
銀貨21枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
【生産可能品目】
山椒粉
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
このLesson(教訓)が有意義であったと感じていただけましたら、冒険の道標としてページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。




