Lesson40 『言葉遣いには細心の注意を払え、但し相手のそれを責める理由にしてはならない。』
本人の名誉の為に名を伏せて事情を語る。
A氏が冒険者の宿を訪れたのは軌道に載り始めた頃だった。
シルバータウンの大学を卒業した後、軍の経理部に勤めていたというから、かなりのエリートである。
身なりも立派で、おまけに雄弁な人物だった。
『失礼ですが、貴方の様に立派なキャリアをお持ちの方であれば、もっと良い条件の仕事があるのではないでしょうか?』
「いや!
ウォーカー殿が考案された【冒険者】は非常に将来性のあるビジネスモデルだと思う。
展開次第では全世界に支部を置く巨大組織に成長する事も可能だ。」
『なるほど。
現時点では拡大を考えておりませんが、世間様が必要として下さるなら、もう少し活動範囲を広げても良いかも知れませんね。』
「はっはっは。
何と志の低いことを仰る。
私に任せて頂ければ、すぐにも増収増益を約束出来るものを。」
面接時にそんな遣り取りがあり、A氏は運営役員としての参入+年俸として銀貨2万枚を希望して来たのだが、まずは冒険者依頼を受注して頂くようにお願いした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
A氏は1週間ほど黙々と依頼を請けていた。
自画自賛するだけあって仕事の出来るタイプだったのだろう。
全くの初心者ではあったが、簡単な駆除や薬草採取はすぐにマスターしていた。
「まあ、私は学生時代スポーツマンとして有名だったから。
後、経理部勤務とは言え軍人として一通りの訓練は受けているからな。
一般人とは出来が違うんだよ。」
『なるほどー。』
「今回の薬草採取だってそうだ。
私が一番多く集めた。
この程度の作業を覚えられない者は馬鹿さ。」
『なるほどー。』
言うだけあって、薬草採取一つやらせても手際は良い。
一度見た挿絵を一発で暗記し、他の草と間違えた事は一度も無かった。
ただ、提出カウンターに置かれた薬草の茎には自然に目が行った。
切り口が荒いのだ。
勿論、A氏以外にも仕事の荒い者は居る。
提出物を乱雑にカウンターに広げたり、持ち込む際に駆除モンスターの血をフロアに零してしまったり。
だが、そういう者は如何にも粗忽な見た目と経歴をしているのだ。
例えばレッドタウンからグリーンタウン城壁の補修工事の為に出張していた建設作業員グループ。
真面目ではあるのだが乱暴だった。
聞けばスラムに本社がある建設会社の社員とのこと。
彼らは悪気があって粗雑なのではなく、粗雑な環境しか知らずに生きて来たのだ。
その証拠に、俺が粘り強く説得したところ、最初こそは反発が強かったが最終的には合わせてくれた。
一方、A氏。
貴族ではないにせよ、そこそこ恵まれた生まれ。
何より高い教育を受け、正規のキャリアも積んだ。
そういうタイプの人間が、こんな乱雑な切り口の仕事をするとは思えないのだ。
では何故、彼の摘んだ薬草の切り口がスラムの建設作業員の提出したそれよりも乱雑なのか?
答えは簡単、負の感情が入っているからだ。
「どうしてこの私がこんな雑用を!
幹部にしてくれと希望したじゃないか!」
カウンターの前のA氏は仏頂面だったが切り口が雄弁にそう語っていた。
これが全てある。
A氏というのは、こういう人なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
半月くらい経って、ある若い新人から苦情が述べられた。
「ウォーカーさん。
Aさんってキツい人ですね。」
『え?
何かあったのですか?』
「いや、僕達が伐採の依頼をしていたら、突然やって来て。
《そんなやり方では駄目だ》
って、かなり厳しく怒られちゃったんです。
何でも仕事の作法が間違っていたみたいで。」
『さ、作法ですか!?』
急ぎ皆に聞き取り調査して判明したことだが、A氏は若い未経験者の仕事ぶりをチェックしては【指導】と称して説教をしたり命令をしたりしていたそうなのだ。
年齢が壮年であり世慣れた雰囲気のA氏を見て、新たにやって来た未経験者達は幹部か何かだと誤認して従ったらしい。
『いやぁ、驚きました。
そんな事をする人が居るなんて。』
口ではそう言ったが、実は驚いていない。
大きな飯場に行くと、最低1人はこういう嫌な先輩が居たからだ。
こういう人間が居るだけで職場の雰囲気は暗く殺伐としたものになる事を俺は体感で知っていた。
『Aさん。
お話したい事があります。』
「ん?
何だね、ウォーカー殿。」
『まず結論から。
もう、この宿には来ないで頂きたいのです。』
「おいおい!
急に何だね!?
私はこの宿の為に散々力を尽くしてやったのに、その言い草は何だね!」
『Aさん。
俺が貴方に発注したのは各作業であって、指導や教育ではありません。
迷惑しております。』
「ああ、そのことかww
いいかい、私は年長でキャリアも学歴も飛び抜けている。
若者を教導する責務を果たしてやったのだよ。
口の利き方とかね。
例えば、【俺】という一人称は無学な労務者が好んで使うものだww」
『お言葉ですが、俺は貴方に教導する権利を与えた覚えはありません。
例えそれが善意からの行動であったとしても、単なるハラスメント行為なのですよ。』
「ハ、、ハラスメントだと!!
貴様、言うに事欠いて!!!」
『無論、本日働いて下さった報酬は支払います。
成果に対して感謝もしております。
ですが、Aさんとこの先信頼関係を続ける自信がありません。
厳しいようですが、貴方は出禁とさせて頂きます。』
「…わ、私はッ!!!」
一瞬、胸倉を掴むような素振りを見せたので俺も緊張する。
刃傷沙汰に発展してもおかしくはない状況なのだ。
「おいウォーカー。
貴様、後悔するぞ!!
貴様が思いついた商売なんて誰だって出来るんだからなぁ!!!」
『反論はしません。
自分でも常々そう感じております。』
「いいか、私は初日で貴様の冒険屋のビジネスモデルを見抜いた!!
面接の時にその話はしたよな?」
『ええ、御慧眼をお持ちだと思います。』
「その気になれば、同じ商売をグリーンタウンで開業することも可能だったんだ!!
私にはギルドのコネもあるからな!!
だが、それをしなかった。
何故か?
私が信義に富んだ紳士だからだ!!」
『…。』
「いいか、貴様から信義を裏切ったんだぞ!!!
なら私が同じビジネスモデルで開業しても文句はないよなぁ?」
『ええ、それは皆様おひとりおひとりのご自由だと思います。』
「おい諸君!!
今のウォーカーの発言を聞いたな?
私が同業を開業しても問題はないそうだ!!
言質をとったからな!!」
『…。』
「それにしても愚かな男だw
私のコンサルティングに従えば幾らでも金持ちになれたものをw
おい諸君!
私は近くグリーンタウンで、この男と同様のビジネスを立ち上げる!!
この私がリーダーとして取り仕切ればッ!
全世界に広がるビッグビジネスに成長するだろう!!
ウォーカーみたいな言葉遣いも知らん無学者は捨てて、私の下へ集え!!
諸君だっていつまでも安宿やテントで暮らしたくはないだろう!!
断言してやる!!
親玉が馬車の荷台で寝泊まりするような組織に先はなぁい!!!」
俺が感心したのは、その演説能力である。
よくもまあ、こんなに言いたい事を朗々と述べれるものだ。
しかもアウェイでである。
「おいウォーカー貴様!!」
『はい?』
「何か反論してみろ!!
それとも無学者は僅かな持論すら持ち合わせていないのか!!
貴様、事もあろうに読み書きすら出来ないそうじゃないか!!
知恵を証明したければ、言い返してみろ!!」
『いやー。
男にはこういう胆力も必要だなー、と思って感心して聞いておりました。』
俺は本当に感心したのだ
なので思わずそう答えてしまった。
「貴様、愚弄するかーーッ!!!!」
今、思えばまるで皮肉の効いた煽り台詞のようだ。
少なくともA氏はそう解釈したのだろう。
拳で棚を殴ってから、俺を強く睨み付けると去って行った。
親の仇でも見るような目だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当たり前だが、俺は皆から感謝された。
そりゃあね、嫌な奴を出禁にしてくれる職場ってあんまりないからね。
特にA氏を嫌っていた10代の新人グループがまるで当てつけのように俺に対して好意的に振舞うようになってくれた。
もしかすると俺は…
彼に出逢った時からこの未来を予想していたのかも知れない。
「テッドさん。
私にも責任があるかも知れません。」
『え?
クラークさんは何も悪くありませんよ。』
夜、宿にモップを掛けていると不意にクラーク女史が打ち明けて来たのだ。
どうやらA氏に軽く絡まれていたらしい。
シルバー大学経済学部を卒業したA氏は日頃からそれを鼻に掛けており、受付嬢にもその学歴を誇示していたそうだ。
問題はクラーク・レオナール両女史が王都大学の卒業者である点である。
言うまでも無く王都大学は本来王族が学ぶ為の大学であり、歴代王はみな王都大学を卒業している。
なので格式からしてシルバー大学などとは比べ物にならない。
両女史はA氏を不用意に刺激しない為に自分たちの学歴を伏せていた。
だが、ある日何かが切っ掛けで両女史の素性を知ってしまったらしい。
それまでは田舎娘と小馬鹿にしていた小娘が、実は自分などより遥かに立派な家柄と学歴の持ち主だったのである。
そして俺もこの件で初めて知ったのだが、レオナール女史の亡父は常勝将軍と讃えられたレフ・レオナール将軍だったのだ。
将軍は合衆国戦線で無念の戦死を遂げたが、それでも築き上げた武勲は比肩するものなく、俺ですら知っている程の英雄である。
つまり軍経理にチョロッと勤務していた程度のA氏とはそもそも格が違うのだ。
どうやらA氏の攻撃性が増したのは、これが原因であるとクラーク女史は推測する。
俺がわざと両女史の経歴を内緒にして、A氏に恥をかかせようと企んだように解釈されたのではないか、と。
『ははは、考え過ぎですよ。』
一応、口ではそう言っておいたが、当然それが大きな理由だったのだろう。
気位の高い彼にとっては耐えられなかったのだ。
馬車で寝泊まりするような農奴の俺が周囲からリーダーと持ち上げられ、才媛まで従えていることが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、グリーンタウンに【討伐屋】なるビジネスが誕生した。
オフィス街の西通り沿いに事務所を構えたのだから大したものである。
代表は勿論A氏。
どうやら商業ギルドから莫大な融資を獲得する事に成功したらしい。
流石の手腕である。
「師匠!!
何で師匠は怒らないんですか!!
ビジネスモデルを盗まれたんですよ!!!」
『ははは、それは大変だよねえ。』
実際問題、これは一大事なのだ。
俺の考えた【冒険者】なるビジネスモデルが、実は誰でも出来る事が満天下に知らしめられてしまった。
何より、A氏が商業ギルドから融資を取り付けたという事は、商業ギルドが俺を認識した事を意味する。
「同じ商売をやられたら、こっちが潰されちゃいますよ!!」
『ん?
トム君は本当にそう思う?』
「あ、いや。
Aさんがリーダーになるみたいなんで、誰も登録しないでしょうけど。」
『ははは、【誰も】は言い過ぎだよw
Aさんに失礼じゃないか。』
無論、トムは正しい。
A氏は冒険者の宿の常連を引き抜こうと頑張ったらしいが、そもそも彼は嫌われ者だった。
俺は常連たちにA氏の仕事を請けても構わない旨を伝えたが、全員が首を振った。
そりゃあね、嫌な奴がリーダーの会社なんて手伝いたくないよね。
しかもA氏の討伐屋は村々から案件を獲得することにすら失敗した。
彼の提示する討伐報酬は、俺より高い上にかつ前金支払いを要求したからである。
一度だけ遠目に討伐屋の事務所を見たが、中に客らしき者は居なかった。
美人な受付嬢が3人も並んでいたのには驚かされたが、彼女達の化粧やファッションが決まり過ぎてるのを見て、討伐屋が長くない事を確信した。
開業当初こそA氏の鼻息は荒く、名士面をして夜の街で豪遊していたそうだ。
「私の年俸は銀貨3万枚だぞ!」
そう豪語しながら酌婦達を口説いていたとのこと。
皆が遠慮がちに教えてくれたが、俺の悪口も言い触らしているようだった。
ただ、討伐実績の話はさっぱり聞こえてこなかったので、俺も少し気になり出した頃。
討伐屋の事務所が閉鎖された旨を知った。
結局、3か月も続かなかったようだ。
A氏がどうなったのかは誰も知らない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、A氏にはかき回されっぱなしだったが、俺は彼を恨んでない。
「嘘だあw
師匠が一番迷惑してた癖にw」
『いやいや、人格的には難があったが、学ぶべき事柄も多い人物だった。』
「え、あんなオッサンから学びたくないっすよ。
アイツ、いつも威張っててムカつく奴だったし!
事務所が閉まっててざまぁwって思いましたもんww」
『トム君。
Aさんから真摯に学ぼう。
乱暴な言葉遣いをしてはいけないよ。
また、相手の欠点や失敗を嘲笑してはいけない。』
「は、はい。」
『口うるさく聞こえるかも知れないが。
私はトム君が不用意に敵を作る場面を見たくないんだ。』
「すみませんでした。
…あの、師匠?」
『ん?』
「最近、師匠って喋り方変わりました?
前は自分の事を【俺】って呼んでたのに。」
『言っただろう。
Aさんから真摯に学ぼう、と。
少なくとも私は実践するつもりだ。
願わくば、キミもそう心掛けてくれると嬉しいかな。』
「…はいッ!!」
俺だって冒険者稼業に剽窃者が生まれる事を予測してたし、ちゃんと対策もしていた。
そもそも俺は徴収した1割マージンを全て宿の維持に回している。
寝泊まりは荷台、食事は自分で干した猪肉。
極限までコストを下げて、皆に還元している。
だから、俺の同業を開業する者はまずこの低コスト体質と戦わなくてはならない。
そして何より皆への態度。
俺は底辺労働者としてありとあらゆる嫌な目に遭ってきた。
(あまりに屈辱の連続だったので個々の事例を語るのはご容赦願いたい。)
そんな俺だからこそ。
労働者が取られて嫌な態度は全パターン知っているし、自分がそう振舞ってしまわないように細心の注意を払っている。
それだけの話だ。
今回の件でA氏から学んだ事はあまりに多い。
俺も我が事として戒めねば。
いや、私も戒めよう。
Lesson40 『言葉遣いには細心の注意を払え、但し相手のそれを責める理由にしてはならない。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
【スキル】
食材鑑定
高速学習
【資産】
銀貨191枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (弟子)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
このLesson(教訓)が有意義であったと感じていただけましたら、冒険の道標としてページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。
ご安全に。




