第5話 聖女、休みます
「ぬわぁ……」
ふかふかベッドの上で、両手両足を伸ばす。
確かに「最高の寝床を用意する」とは言っていたけれど、まさか本当にこんな豪奢な宿を提供されるとは思ってもいなかったわ。
だって、みんながみんなボロボロの服を着ているんだもの……。
そう考えると、明らかに場違いな建物が、一つだけポツンと建っているのは違和感があるわね。
元々あったとは考えにくいし……。
「……うん! まぁ、そんなことを考えたって仕方がないわよね!」
だって私は、この土地を、街を救った救世主なのよ!
臭くしちゃったのは、ごめんなさいだけれど……。
でも! 私だって出したくて、あんなくっさい聖水を出しているわけじゃないしね!
そもそも、ちょっと前までは私だって、透き通るような綺麗な聖水を出すことができていたのよ?
――――私はコルタナ王国の聖女、ピュアリス・エルヘドロ。
聖女として、迷える市民たちを正しい道へと導いていた。
清く正しい行いに夢中になっていた私は、背後から近づいてくる黒い影に気づかなかった。
私はスヤスヤと快眠し、目が覚めたら……下水しか出せなくなっていた!
「なんでよぉ! もおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ありえない! ありえなくない⁉
なんでこの私が、こんな仕打ちを受けなきゃいけないわけ?
悪いことなんて一度も……いや、一度くらいはしたことあるけど。
だけれど、協会の食堂のご飯を「味見」してみたり、道端に落ちていたお金を拾ってポケットに入れたり、大司教のハゲ頭に落書きをしたことくらいしかない。
なんて可哀そうな私……。
まさに「悲劇のヒロイン」という称号が、最も似合う女になってしまったわ。
はぁ、とりあえずお風呂にでも入ろうかしら……。
そこで私は思い出す。
「この後、村をあげて祝祭を行いますので、それまでゆっくりとお休みください」
そう、ある村人は私にそう言った(第4話参照)。
いくら嬉しかったとはいえ、拒否権も無しに、いきなり胴上げをしてくる村だ。
その祝祭とやらで何をされるかわからない以上、ここでお風呂に入るのは、意味がないのでは?
「でもでもっ、今日は疲れたし、祝祭までには少しでも身体を休ませたいのよね。……なんか身体がちょっとだけ匂う気もするし」
というわけで、お風呂に入るということが脳内閣議で決定された。
当然、着替えはないので、お風呂上りは同じ服を着ることになるのだが、この際、それは些末なこと。
重要なのは、お風呂に入り、臭みを消し、身体の疲れを癒す、ただそれだけだ。
「さぁ! どんなお風呂なのかしら!」
ジャーン、という効果音をイメージで流し、ドアを開けると、そこには何とも立派なお風呂があった。
シャワーと浴槽も完備されており、非の打ちどころがない。
それどころか、金の装飾がこまごまとされていて、プラスでポイントをあげちゃいたいくらい。
ニヤニヤを抑えきることができないままに、私は特技・高速脱衣を行い、お風呂場に突入。
鼻歌を歌う準備はバッチリな状態で、シャワーの蛇口を捻れば、あったかいお湯が!
お湯が……お湯が…………お湯が?
「出てこないんですけど⁉」
最大まで回してもお湯は出てこず、身体は冷える一方。
なぜお湯が出ない?
答えは簡単よ。
この村には水がほとんど存在しないから。
飲料として最低限の水は仕入れているでしょうけど、当然贅沢には使えない。
こんなこと、頭のどこかではわかっていたはずなのに、私はその予想から逃げてしまっていた。
「もしかしたら、シャワーぐらいは……」なんて甘い考えで。
「――と、いうことは……」
私は丸裸の状態で、目的の場所へと走る。
そこには真っ白の便器が配置されており、見ただけでは違和感を感じることはない。
だが、便器の蓋を開けてみれば、一目瞭然。
中は空っぽの乾燥状態だった。
――数分後、虚無感に支配された私は、ベッドに顔をうずめ、最大限の現実逃避を行っていた。
この私が、聖女として愛されていた私が、お風呂やトイレも満足にできない環境にまで堕とされてしまうとは。
当たり前のようにシャワーを浴び、浴槽で泳いでいたあの時期が懐かしい。
一刻も早く、本来の力を取り戻し、帰還しなければ……!
そんなことを考えていた時、部屋の扉が二回ノックされる。
「聖女様、よろしいでしょうか?」
「いいけど、ノックは四回しなさい。二回ノックはトイレよ?」
「失礼いたしました。……それより、祝祭の準備が整いましたので、外の広場へお越しください」
「それって、どうしても行かなきゃダメなやつかしら?」
「はい。聖女様が今回の祝祭の主役ですから」
どうやら、今回も私に拒否権は無いらしい。
ここで籠城してやってもいいのだけれど、ドアを突き破られる可能性もありえるので、大人しく行くことにした。
「……用意するから、少しだけ待っていてちょうだい」
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