第3話 聖女、力を見せます
私は、自分の足元を一度見、そして、二度見、三度見、おまけで四度見した。
このカッチカチの地面は、まるで岩。
何か建物を建てるときの地盤としては、あまりにも頼りがいがありすぎる。
そして、この男は今、コレに向かって「田畑」と呼んだ。
……何を言っているのかしら。
「あの……子羊さん? 冗談は顔だけにしてくださる? ここにクワを入れても、クワの方がぽっきり折れるレベルなんだけど」
「冗談なんかじゃないですよ! ここはかつて『黄金の麦』が実る地でしたが、干ばつが度々起きるようになって、いつしか豊かな大地は岩石のように硬く固まってしまったのです」
「黄金の麦」くらいだったら私でも名付けられそうね。
じゃなくて……。
私は膝を折り曲げ、人差し指の関節部分で、地面を軽く叩いてみた。
重低音が鳴り、地面とぶつかった部分がヒリヒリと痛む。
やっぱり無理じゃないかしら?
この街の農家が束になっても、出来上がるのは麦畑じゃなくて、石切り場だと思うの。
それに、こんなところに聖水を出したところで、土に染み込むわけがないわ。
表面でチャプチャプ跳ねて、異臭をまき散らして終わる未来しか見えてこないんだけど。
「ああ、聖女ピュアリス様! あなた様がもたらす潤いこそが、唯一の希望なのです!」
この男、なんてキラキラした顔で私の方を見てくるのかしら。
人間には、まだこんなにも純粋な心が残っていたというの?
向こうからしたら、通りすがりの素性の知らない女が、勝手に聖女を名乗っているだけよね?
……いいえ、それほどまでに彼が、彼らが追い込まれている証拠なのかも。
私がここで取るべき行動は――。
「――それでは、ごきげんよう」
私は聖女としてふさわしい、優しく柔らかな笑みを男に向ける。
そして、流れるような動きで、身体を反転させると、早歩きでこの場を後にすることにした。
ここがどこかもわからないが、それしかないと思った。
うん、私には無理よ、こんな仕事。
「お待ちください、聖女様! もし……もし、この土地を潤してくださるなら、我が村の特産品である『伝説のヴィンテージワイン』と……」
「水が無いのに、ワインが特産品なの?」
「え、ええ……水は他から取り寄せているのですが、ブドウは有名でして――」
「ブドウも水が無いと育たないと思うのだけれど……」
男の右頬を一筋の汗が伝っていき、その汗は瞬時に拭われる。
ここは干からびているものの、決して暑くはない。
この男……!
「待ってください! ワインだけではありません! とっておきの『霜降り鴨肉』も……」
「水が無いのに、鴨は有名なの? というか、霜降りの鴨肉って何……?」
「そそっ……それはぁ……」
もう誤魔化しきれない量の汗が、ダラダラと垂れて、男の足元に落ちていく。
この汗だけで、ここの土地は潤うんじゃないかしら。
「お願いします! このままでは、この村が消滅してしまいます!」
「いやでも、私には――」
「確かに、ワインと鴨肉は他の街から取り寄せたものです!」
「ほら見なさい!」
「しかーし! 聖女様が水を一滴でも出していただければ、村総出で最高の寝床を用意し、三食昼寝付きはもちろんのこと、指一本動かさずとも食べ物が口に運ばれてくる、至高の自堕落生活を一生保証いたしましょう!」
…………ふーん。
崇高なる私は、こんな安っぽい釣りには引っかからないわ。
「し、仕方ないわね。その自堕落生活とやらに興味も関心もないけれど、困っている人を見かけたら助けるのが聖女の役目だから!」
「聖女様、表情筋を抑えきれていませんよ」
これは、慈愛の心が顔に現れただけですわっ!
眉がピクピクしちゃってるのも……生理現象よ。
――――――――
「聖女様、ご準備は大丈夫ですか?」
「い、いいけど……」
「いいけど……?」
私は顔を引きつらせながら、周囲に広がる光景を恐る恐る眺める。
そこには、この村の全人口が集まっているのではないか、というほどの人だかりが私を囲っていた。
老若男女、揃いもそろってボロ布のような服を身にまとい、ガリガリにやせ細った体で、縋るような目を私に向けてきている。
全員が息を吞み、一言すら発することなく、ただ私の指先から水が垂れ落ちるその瞬間を、文字通り瞬きもせずに待ち構えていた。
その視線は、信仰というよりも、もはや飢えた獣のそれに近い。
「ひ……」
「ひ……?」
「人が多すぎないかしら⁉」
まさか、こんな大観衆のなかでアレを出さなきゃいけないわけ?
私は見世物じゃ……いいえ、苦しみから解放される瞬間に立ち会いたい彼らの気持ちも分かる。
さぁ、覚悟を決めるのよ、ピュアリス・エルヘドロ!
「――大地の渇きを癒しましょう。神々の慈愛、その一滴を今ここに!」
私は決然と、両腕を天へと掲げた。
土で少し汚れた金髪が風に舞い、夕陽を浴びて神々しく輝く。
これだけ見れば、間違いなく歴史に残る「救済の聖女」の一枚絵だ。
そして、私は手のひらに集中した魔力を、全力で解き放った――。
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