王太子は筋肉モリモリマッチョマンの公爵令嬢との婚約を破棄したい
悪役令嬢はアメリカで生まれました。日本の発明品じゃありません。我が国のオリジナルです。しばし遅れを取りましたが、今や巻き返しの時です。
婚約破棄がお好き? 結構、ではますます好きになりますよ。さあさどうぞ。
「メイ・シェーファー! 今日こそはお前との婚約を破棄してやる!!」
紳士淑女たちがドンパチ騒ぐにぎやかなパーティー会場で、大きな叫びが上がる。
声の主はベネディクト・カービー。一見口ばかり達者なトーシロのようだが、カービー王国の第一王子で王太子だ。
一方、婚約破棄を宣言されたのはメイ・シェーファー。
雄度100%中の100%な屈強極まる肉体と低音ボイスがチャームポイントな、身長は190cm、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの公爵令嬢だ。
メイは丸太を担いで闊歩していたが足を止め、厳かに口を開く。
「今なんと?」
しかし、ベネディクト王子の後ろに小娘がいることに気付くと丸太を置き、散弾魔法長杖を取り出す。
「落ち着いてください。そんなものを突き付けられてはおちおち話もできません」
小娘は姿を見せ、両手を上げる。
メイは無言で圧をかけて説明を求める。
「紹介しよう。カリーナ、男爵令嬢で新たな婚約者だ」
「優秀ですか?」
「優秀だとも、婚約者としては」
ベネディクト王子は与圧にも負けず答える。
「どこが?」
「シェーファー様の疑問はごもっともですわ。どう見たって、私は身分が低ければルックスも冴えません……ですがモテモテです、殿下含めて」
カリーナが得意げに答える。
メイは質問先をカリーナに変える。
「君は相当達者なんだね。コツを教えてくれよ」
「そこは企業秘密ですわ! ……まずですね、考えてみてください。殿方が何を求めているか。たとえば王子ならば、散々見飽きた鉄火場に嫌気がさし、息抜きをしたいとウズウズしています。なので、家庭的な女子にからきし弱い! それを提供してあげるわけです」
「つまり相手を騙すということだな? 私にはできない」
「あなた聖職者ですか? そうじゃないんです。芝居の役と思えばいいんですよ。それで殿方の要求を満たし、血と硝煙にまみれた婚約生活から解放してあげるわけです」
「婚約者の立場はどうなる?」
「役立たずさ」
今度はベネディクト王子が即答する。
「お前は間違っている! 婚約者を拉致してテロとの戦いやゲリラ基地の制圧、独裁政権の打倒、魔物狩り、証人保護プログラムの執行、マフィアへの潜入捜査、金属人形の始末、複製体を作る悪徳商人の野望阻止に巻き込む令嬢がどこにいる!?」
「目の前に」
「フザケるな! 今どんな状況かわかっているのか!? 婚約が破棄されるかの瀬戸際だぞ!? 今までの所業を悔いたらどうだ!?」
「なぜですか?」
「なぜですかぁ!? ホルモン剤の飲みすぎて耳も頭もイカれたのか!? 少しは胸に手を当てて考えろ! ついでに女性ホルモンも摂取しろ!」
筋肉時間20秒、現実時間換算で0.2秒にも及ぶ熟考の末、答えを出す。
「わかりません。恥じることも悔いることもないのですから」
「今度余計なことを言ったら口を縫い合わすぞ!!」
筋肉的確信を持って答えたメイが気に食わずベネディクト王子はわめくが、疲れたのか黙り込む。
息が整ったところで、ベネディクト王子が再び口を開く。
「だか俺も鬼じゃない。お前はまだ婚約者だ、今のところはな。しかしこの先どうなるかはお前次第だ。婚約破棄されたくなければ……態度を改めろ、OK?」
「OK!」
メイは魔法長杖を向け、間髪入れずに魔法散弾を放つ。
轟音とともにベネディクト王子は吹っ飛ばされ、紳士淑女たちが騒然となる。
倒れたベネディクト王子はピクリとも動かない。
だが間もなく息を吹き返して手足をバタつかせる。
「メェェェェイ!! なんだこれは!? この俺をこんな安物の鳥撃ち用散弾で撃ちやがって!」
無傷のベネディクト王子は立ち上がって罵倒し、カリーナに水を向ける。
「君からも言ってやってくれ。あなたは女らしくないと」
「……ホルモン剤を飲まないと。それと女性ホルモンの摂取も」
しかしカリーナはメイの筋肉に満ちた堂々たる態度に感じ入ったのか、その場を離れる。
ベネディクト王子は呆気にとられ、顔を両手で覆い天を仰ぐ。
そこにメイから声をかける。
「今一度お聞きします。なぜ婚約破棄などと?」
ベネディクト王子がゆっくりと顔を向け、メイを睨む。
「そんなに俺を怒らせたいか? クソッタレ。なら話してやる、お前がしてきたことを。まずはあのテロリスト、アハドだったか? ……の話だ」
「懐かしいですね。もう1年経つ」
「俺も鮮明に覚えているさ。バースデーパーティーの直前に拉致されて、ジュノ国に進駐していたハリウッド帝国の即時撤退と全面降伏を要求、聞き入れなければ帝国全土へ魔導核分裂爆弾による無差別攻撃をするという声明を聞かされた」
ベネディクト王子の声が、次第に震えてくる。
「それからは帝国を駆けずり回ってスパイの真似事だ。それだけならまだしも途中で俺だけ捕まって、拷問にかけられた! 自白剤まで打たれたんだぞ!」
「しかし救助は間に合いました」
「本当にギリギリのタイミングでな! それだけじゃない! 爆弾攻撃を阻止してアハドを追いつめたとき、お前が自信満々に操れると言っていた垂直離陸式機甲飛竜を、土壇場で出来ないと言い出して、俺に操縦させやがった! ド素人の俺にだ!!」
「それは申し訳なく思っています。筋肉がド忘れしてしまわなければよかったのですが。しかし見事に操縦されました」
「周囲に甚大な被害を出しながらな! しかも最後は空対地誘導弾に括り付けたアハドをブッ飛ばして仲間ごと爆発四散するさまを特等席で見物ときた! いまだに夢に見るんだよ! アハドが『ぶるああああああああ!!』って断末魔を上げて飛んでいく光景をな!!」
メイを指差しながら、ベネディクト王子の怒りのボルテージが上がっていく。
「しかも街に出た被害は折半で弁償だ!! おかげで金を稼ぐために傭兵としてバル・ベルデに向かわされた!」
「傭兵ではありません、救助隊です」
「暴政を敷く独裁者の本拠地に乗り込み、部下もろとも全滅させたのが救助だと!?」
「虐殺されるはずだった人々を『救助』しました。ゆえに救助隊です」
筋肉理論武装に基づいたメイからの回答に、ベネディクト王子は口をパクつかせるが、どうにか言葉を絞り出す。
「そこは譲ってやるとしよう、仕方なくな! 終わったらお前の戦友と合流してゲリラの制圧ときた! そして姿が見えない怪物との死闘だ!!」
「ヤツは強敵でした。しかし血が出るゆえに、殺せた」
「最終的にはな! だが別の怪物が出てきて、俺は捕まって危うくヤツのジュニアを産まされるところだった!」
「しかし今度もギリギリで間に合った」
「ケツに丸太みたいな生殖器が突っ込まれる寸前でな! オマケに怪物と共闘してクソモンスターを倒したかと思ったら、マスクを脱いだアイツと決闘を始めやがった!」
「純粋な筋力勝負で負けたのは、後にも先にもあのときだけでした」
「トラップを駆使してお前が逆転勝ちしたけどな! しかも勝ったあとに怪物の別個体が変な槍をお前に渡して、大爆発で全部吹き飛ばしやがった!」
ベネディクト王子は再び黙り、荒くなった息を整える。
ある程度呼吸が穏やかになったところで、今度はメイから話しかける。
「ですが殿下にも迂闊な部分はあります。気軽にレストランに入ったせいでマフィアにさらわれかけた」
「仔牛の煮込みが食べたくなったんだよ! お前に拉致されて夢の世界に突入させられた挙句、向こうでは半年もまともな食事にありつけなかった! 現実ではたった半日の出来事だったがな!」
「しかし次は命がありませんよ? あんなのは一度きりだ」
珍しく非筋肉的な意味での正論を言われたためか、ベネディクト王子が押し黙る。
だが、再び怒りを燃え上がらせる。
「そのあとすぐにEM杖の密売の証人保護プログラムに参加させられた! そして忘れもしない……密売組織の建物へ潜入するとき、お前の発案でピザ屋に変装させられたことを! 仮にも王子だぞ!? なにが悲しく『ペパロニのピッツァだ! 激ウマだでぇ!』とか、『アツアツのうちに届かない場合は代金をこの俺が払わなきゃなんねえんだ!』とゴネなきゃならないんだ!!」
「しかし堂に入った演技でした。心臓の持病のフリも含めて」
「おかげで2回も電撃魔法を心臓に食らったがな! しかも密売現場の港へ港湾労働者組合と一緒に突入させられた! それだけじゃなく賓客用魔導車の運転手もさせられ、主謀者たちを踏切のド真ん中に放置して消去する手伝いまでやらされた!」
「そんなこともありましたね。ですがすべていい思い出だ。違いますか?」
「違うから言っているんだ!!」
ベネディクト王子は即座に否定する。
しかし、何かを思い出して意地の悪い笑みを浮かべる。
「それに全てがお前にとってもいい思い出ではあるまい。あのコウモリ野郎とコマドリ坊やとの戦いは……」
「その話はやめましょう、殿下。誰のためにもならない」
珍しく、メイからストップがかかる。
「いいや、やめんさ。あの時はミス・フリーズと……」
「やめろ。木苺ジャムみたいになりたくなければな」
常人なら一瞬で圧壊する圧がメイから放たれ、ベネディクト王子も沈黙を余儀なくされる。
しばらく沈黙が続くが、メイが先に破る。
「言いたいことはわかりました。ですが確認したいことがあります」
「なんだ?」
「国王陛下はご存知なのですか?」
「父上にはまだ話していない。しかし息子を定期的に拉致して危険な目に遭わせる婚約者など……」
「認めんぞ、婚約破棄など」
ベネディクト王子の言葉を別の声が遮る。
全員が声のした方を見ると、白髪姿の男性が兵士を従えて歩いてくる。
そこで全員が跪く。
「ご機嫌麗しゅう存じます、国王陛下」
男性はセオドア・カービー。ベネディクト王子の父、すなわち国王である。
挨拶を済ませたところで、ベネディクト王子が話を切り出す。
「それはさておき、婚約破棄は……」
「認めない、と言ったのだ」
セオドア王から改めて婚約破棄の不許可を告げられると、ベネディクト王子が目を白黒させる。
「待ってください父上、メイ・シェーファーは今まで散々……」
「全て知っている。逐一行動を把握していたからな」
「そんな!? ではまさか!」
「拉致は国王公認だ」
衝撃の真実に、ベネディクト王子が反発する。
「なぜですか!? 息子が何度も危ない橋を渡っているんですよ!?」
「危ない橋を渡るたびに、世界の危機は救われた。世界が火の海になること避けられ、理外の怪物が滅され、2000年に1度世界を滅ぼさんとする魔神の陰謀を退けた。これほどの英雄は他におるまい」
「しかし……!」
「それにシェーファー公爵家は我が国最大の貴族であり、メイは優秀な貴族令嬢でコマンドーだ。機嫌を損ねるわけにもいかん。お前の心労は、いわゆる公共の福祉というものにすぎない」
父が口にした権力者と筋力者の論理に、ベネディクト王子は愕然とする。
「ところで、そなたはなぜベネディクトに執心する?」
「恐れながら」
一方、セオドア王はメイに語りかける。
「私たちは同じ年の同じ日に生まれ、早くに知り合いました。当時は訛りが酷くて避けられていた私を、王子は偏見もなく接してくれました」
「ベネディクトはあまり気にせんタチだからな」
「同年代との交友ができない私と王子は常に一緒でした。私が5歳の時はエンリケスまで一緒に行きました」
「……お前に騙されてな」
ようやく正気に戻ったベネディクト王子が口を開く。
「幼年学校に入る頃はサリーまで行きました」
「お前が強引に連れ去ってな……!」
「はしかにかかった時もクックまで一緒に向かいました」
「お前に拉致されてな! そこからだ! 拉致が常態化したのは!!」
「ベネディクト殿下は、私の全てなんです。どんなことをしても手に入れたいし、守りたいし、ジュニアを作りたいほどかけがえのない存在だ」
メイからの情熱的で愛と筋肉量に満ちた告白に感動したのか、ベネディクト王子は顔を真っ赤にして卒倒する。
「ならば婚約は維持せねばならぬな」
「ありがたきお言葉」
「そういうわけだから起きよ、息子よ」
声をかけられたベネディクト王子が、ようやく立ち上がる。
「わかりました。テロとの戦いに駆り出されるのも、自白剤を打たれたのも、ジュニアを作らされそうになったのも、全部目的のための犠牲だというのですね……ならこれも目的のための犠牲だ!」
ベネディクト王子が近くにあったテーブルを蹴り倒し、グラスを踏み潰し始める。
「じゃあこれも目的のための犠牲だ! これも! これもそうだ! これも! 目的のための犠牲だ! おいそうだろ!」
「これも目的のための犠牲です」
荒れ狂うベネディクト王子だが、メイの右腕から放たれた重みのある筋肉式諫言を受けて大人しくなる。
フラフラになりながら立ち上がったベネディクト王子は哀願する。
「では……お願いです、愛人を作ることだけはお許しください。ちゃんと夫婦の義務は果たしますから……」
「ダメだ」
「ダメぇ!?」
父からの即答に、ベネディクト王子が悲鳴を上げる。
「お前は女運が悪い……いや最悪だ。自殺志願かと思えるぐらい危険な女ばかり選んでくる」
「そこまで言いますか! さっきのカリーナだって男爵令嬢ですが……!」
「男爵令嬢と言いましたね? あれは経歴詐称です」
ベネディクト王子必死の主張の最中、メイが割り込む。
「彼女は国際手配中の結婚詐欺師です」
「引っかかった男はいずれも変死し、財産の一切合財を奪われている」
「騙されて婚約破棄した挙げ句、手切れ金を持ち逃げされて変死した貴族や王子もいます」
「おい待て、カリーナがそんな危険人物ならなんで最初から!」
「ここには大勢の一般人がいます。ヤケを起こして魔法でも乱射したら大きな被害が出ていた。なので穏便に、自分から出ていくように仕向けました」
「それにヤツは鼻が利く。事前に危機を察知したら逃げ出し、新たな被害者を出していただろう。もちろん会場から出た直後に緊急逮捕した。近々手配元の国へ護送する予定だ」
「ついでに言いますと、童顔かつ若作りをしていますが、年齢は40になる頃合いです。見た目は誤魔化せても筋肉と関節と骨の老化具合と動きまでは誤魔化せません」
カリーナが危険な熟女と知らずに入れ揚げていたことを知らされ、ベネディクト王子は茫然自失となる。
「しかし、側近による身元の調査ではシロだと……」
「調べる側が籠絡されるなり買収されるなりしていたら無意味です。今回は丸投げした連中が悪徳業者で、おざなりな調査をしていたようです」
「ゆえに先ほど逮捕させた。悪徳業者の一斉摘発も開始している」
ついでに、ベネディクト王子が引っかかった原因も判明する。
「ですが思い出してください。娼館で買おうとした女で問題がなかったことは皆無。客から金品を奪う連続強盗犯はザラ、シリアル・キラーや娼婦に化けたテロリストなんてこともあった」
「惚れ込んでジュニアを作ろうとした相手はもっとタチが悪いな。結婚詐欺師がまともに見えるレベルだ」
「確かに悪い女を掴まされたことはありましたが、そこまで酷いものばかりではないでしょう!」
「お言葉ですが、コリーダであなたが惚れた未亡人がいたでしょう。覚えていますか?」
「忘れるものかよクソッタレ。ヘッタクソな農民のラップをエンドレスで聴かされ続けたんだ」
「ではあの女の正体も覚えていますね? 過激派テロ組織の真のリーダーで、表向きのリーダーとは元夫婦。そして世界規模の無差別バイオテロを計画し、元夫すら難色を示せば即座に粛清した、冷酷非情なテロリストだと」
「それはあくまで最悪の事例だろう!」
「まだあります。女に化けてあなたを抹殺しようとした全身液体金属の暗殺人形。同じ目的で姿を見せ、体内の小型核融合魔導炉を爆発させてあなたを二重の意味でイかせようとした新型暗殺人形。世界を闇の住人が住まう場所へ作り変えようとした邪神の巫女。そして神の子に憑依されたあなたとの間にジュニアを作り、世界を消し飛ばそうとした女魔神。他の例も挙げますか?」
「もういい! やめろ! 思い出したくもない!」
ベネディクト王子は頭を振って更なる言及を拒否する。
「女魔神のときは、あなたにジュニアを産ませようとした男魔神との三つ巴にならなければタイムリミットまであなたを守りきれず、世界が終わっていたところでした」
「だからやめろ!!」
「いいえやめません。改めて自覚していただきたい。あなたはろくでもない女と、あなたにジュニアを産ませたいと邪な欲望を抱く、あるいは途中で目覚める男を引き寄せるのです」
「バカなことを言うな! 男同士でジュニアが作れるか!」
「男を男のまま妊娠出産させる違法薬物があるのです。生産数が極めて少なく、ブラックマーケットでも滅多に手に入りませんが」
メイの一言に、ベネディクトは押し黙る。
「とにかく、女遊びはやめておけ」
「しかしまだ決定的な破滅に至っていません!」
「それは周囲がある程度排除していることとメイの働き、なによりお前の異常な悪運あってのことだ」
セオドア王は呆れた様子も隠さずに答える。
「悪運ですか?」
「考えるがいい、常人なら何回死んでもおかしくない状況に立たされてきたのに五体満足だ。それだけではない。お前が乗った船が1年に5回沈んで、3回連続で飛空船が墜落したこともあったな? いずれも死人は出なかったが。お前の悪運は統計学的見地からも有意な異常性が弾き出されている」
「ただし、怪我はしますし、甚大な物的被害が発生します。この前だって女殺し屋のハニートラップに引っかかった結果、街一つ爆破する騒ぎに発展したでしょう」
「女遊びはろくでもないことしか起こさん。だから何度でも言うぞ……平和に暮らしたければ、女遊びはやめろ」
「お断りします!」
セオドア王からの忠告を、ベネディクト王子はコンマ1秒で拒否する。
セオドア王とメイは、顔を見合わせる。
「なにが統計だバカバカしい! そんなもの、数字を恣意的に使ったトリックだ! 俺は諦めませんよ! 世界は広いんだ! きっと身長は俺より低いけど乳と尻がデカくて、背中まで伸びたロングヘアーにおっとりとしているけど芯はしっかりしていて、俺を甘やかしてくれる少し歳下で鉄火場とは無縁でまだ相手もいなければ男性経験もない美女が存在する可能性はある! 俺はその娘と出会い、結ばれる運命を信じる!!」
「そうか息子よ、まずは座れ」
熱弁したベネディクト王子に、セオドア王が座るよう促し、メイが椅子を持ってくる。
首を捻りつつ座るベネディクト王子に、セオドア王が続ける。
「せっかくだ、王位継承者としての言動を採点してやろうか?」
「採点ですか?」
「ああ」
次の瞬間、ベネディクト王子はメイの右フックで殴り倒される。
「0点だよ」
床に倒れて呻くベネディクト王子を、セオドア王が冷たく見下ろして告げる。
「寝言は寝て言ってください。そんな都合のいい女性を他の男が見過ごすわけない」
ダメ押しとばかりにメイも追撃する。
「改めて言う。婚約破棄は認めない。破棄したいなら……」
「失礼します」
途中で大広間の扉が開き、誰かが入室してくる。
それは、メイに劣らぬ雄度を全身から発散させている男だった。
背丈こそメイより低いが筋骨隆々で、黒い半袖シャツと黒ズボンに黒いチョッキを着用し、黒いベレー帽と黒サングラスと黒一色のファッションだ。
そして葉巻をくゆらせている姿は不敵で、強者特有のオーラを纏っている。
男は周囲からの視線も気にせず、セオドア王に語りかける。
「ご無沙汰しています、ポーリー陛下」
「カービーだ、ジョン・バルボア。毎回余の名前を間違えるな」
「ヘイヘイ、ありゃあ隣国の王太子、ジョン王子だぜ」
「ヒューッ! 見ろよあの筋肉を。相変わらずハガネみてえだ」
一部の紳士淑女は乱入者の正体に気付き、感嘆の声を上げる。
「用件はなんだ?」
「恐れながら、ベネディクト殿下とシェーファー嬢をお借りしたく参上しました」
ジョン王子は葉巻を口から離し、携帯灰皿に入れる。
「理由を聞かせてくれ」
「では」
ジョン王子はサングラスを外し、空間投影式の魔導スクリーンを展開する。
「テロリストのアハドが刑務所から脱獄し、ハリウッド帝国へのテロを予告してきました。こちらが犯行声明です」
直後に映像が映し出され、顔に火傷の痕が残る禿頭の男が喋り始める。
『ハリウッド帝国とコバンザメ諸国! 我々は新ジハド同盟……傲慢な侵略者に天罰を下す聖戦士である! お前たちは我らの祖国を占領するのみならず、罪なき同志を虐殺した! 絶対なる死の回し蹴りによって!!』
「絶対なる死の回し蹴りだと!?」
「なんとむごい!」
男の言葉に紳士淑女たちが震え上がる。
絶対なる死。
それは全ての国で例外なく主な死因ベスト2以内に入る男。
噛みついて毒を流し込んだヒュドラが1週間休みなく悶え苦しみ抜いた末に絶命し、睨みつけたバシリスクの方が即死し、死神が息を引き取る時に姿を見せて回し蹴りで死神の首から上と命をまとめて刈り取る男。
ひとたび回し蹴りが放たれれば万物一切が消滅するため、存在そのものが大量破壊兵器とされる男。
一方、メイとセオドア王、ジョン王子は冷静だ。
「どういうことだ?」
「テロリストたちが村を襲って男を殺し、女を犯していたところに彼が通りかかって回し蹴りを放っただけです。本人から聞きました」
なお、回し蹴りによりテロリストたちは一瞬で死に絶えたが、殺された男たちは蘇った。
また、絶対なる死の回し蹴りでテロリストが死んだという結果以外は全てなかったこととなり、女たちは最初からレイプされず、そもそも村がテロリストに襲われた事実もなくなった。
因果律など、絶対なる死にとっては鼻紙にも劣る。
原因も結果も、絶対なる死が決めるのだ。
「それはそうと、なぜメイとベネディクトの力を借りたいと?」
「こちらを見ていただいた方が早いかと」
ジョン王子はリモコンを操作して男の演説を早送りし、途中で再生に戻す。
『だが今、迫害され続けた我らの手に、強力な武器が与えられた……これを見ろ!』
直後に映像が切り替わり、180度開脚した筋肉質の男のアップがまず映り、次第にカメラが引いて男が開脚しているのが並走する2台の魔導トラックの間であることが示され、さらに同じことをしている男が何人も映る。
『これぞ我々の切り札、欧式筋肉テロリスト! 欧式筋肉戦闘術を修めた強者どもだ! 良く聞け、侵略者よ。海外に駐留する全ての軍隊を撤退させろ! 即刻! そして永遠にな! さもなくば要求が通るまで主要都市に毎週、1人ずつ! 欧式筋肉テロリストを投入することを宣言する!!』
男が熱弁している最中、突然映像が切れて音声だけになる。
『ただし、1人目はこの無人島で暴れさせる。我々の力を世界に示すために、我らの人命尊重の意志の証として! しかしだ! 要求が入れられないときは、我らは迷うことなく、無差別欧式筋肉テロを開始するだろう! 週に1人ずつ……どうした?』
『バッテリーが切れそうです……』
『……さっさと入れ替えろマヌケ』
直後に音声が途切れ、スクリーンも消える。
周囲がざわつくなか、ジョン王子が口を開く。
「ご覧の通り、無差別欧式筋肉テロを予告してきました。欧式筋肉テロリストの相手は並大抵の兵士では務まりません。そこで優秀なコマンドーである2人をお借りしたいのです。他国からは人手を借りることに成功しております」
「つまり国際救助部隊の再結成だな? 承知した。メイ、行けるか?」
「もちろんです。アハドとはケリをつけたいと思っていました。今度こそヤツの土手っ腹に風穴を空けて、毒気を抜いてやるつもりです」
ジョン王子からの要請をメイは快諾する。
「しかしベネディクトまで借りたいというのは解さんな」
「……そうです父上! 俺の出る幕はありませんよ!」
ようやく起き上がったベネディクト王子が、ジョン王子からの要請に異を唱える。
だが、ジョン王子とメイが立ち塞がる。
「ベネディクト殿下も優秀なコマンドーです。そうでなければ修羅場の数々を生き残ることはかないません」
「デタラメを言うな! 俺はお前たちと違ってまともなんだ!」
「肩を持つわけではないが、ベネディクトはどう見てもカタギだ。優秀なコマンドーとは到底思えない」
「おっしゃることはわかります。なので、実際に見てもらった方が早いでしょう」
そう言うなりメイはナイフを取り出して刃をベネディクトに見せる。
「殿下、これを見てください」
「いや結構」
「いいから見ろ!!」
目を閉じて拒否しようとしたベネディクト王子だが、メイとジョン王子からの圧を受けて目を開けてしまう。
すると怪しく輝くナイフに視線が釘付けとなり、メイがゆっくりと語りかける。
「ベネディクト殿下……いやベネット。思い出せ、アハドの所業を。ヤツらは子供たちを洗脳し、武器を持たせ、自殺同然のテロを強制した鬼畜だ。来いよ、ベネット! プライドなんて捨てて一緒に来い! 楽に殺しちゃつまらんだろう。ナイフを突き立て、テロリストが苦しみもがいて死んでいく様を見るのが望みだったんだろう? そうじゃないのか? ベネット」
「……ヤツらを殺してやる……!」
するとベネディクトの目がとろん、となると同時に鼻の下に髭が生えてガタイが良くなり始める。
「さぁ行くぞ、テロリスト狩りだ! 楽しみをフイにしたくはないだろう? 来いよベネット! 怖いのか?」
「ブッ殺してやる! ガキにテロも戦争も必要ねえ! イッヒッヒッヒ……貧困も飢餓も疫病もだ! ハジキだって必要ねえや、ハハハ……誰がテロリストなんか! テロリストなんざ怖かねえ!!」
やがて声まで野太くなり、最終的に服をその場で脱ぎ捨てて黒シャツの上にチェインメイルを身に着けた格好となる。
そして顔を歪ませ、絶叫する。
「野郎ブッ殺してやるぅァアアアアッ!!!」
全速力で走り出したところにメイがナイフをトスし、変貌したベネディクト王子はノールックでキャッチして会場から出ていく。
メイとジョン王子以外が啞然とするなか、セオドア王が口を開く。
「これはどういうことだ?」
「筋肉式暗示で殿下の潜在能力と深層心理を引き出したまでです。テロへの憎しみと子供への慈しみは本物です」
「ただ、暗示にかかっている間のことは忘れてしまい、自分は巻き込まれたカタギだと記憶が改竄されてしまうようです」
「ベネットというのは?」
「国際救助部隊でのあだ名です」
補足説明を終えたところで、メイがドレスを脱ぎ捨ててタンクトップの上にタクティカルベストを着用する。
「では私もここで」
「メイ、気を付けて行くがいい。幸運を」
セオドア王の見送りを受け、ジョン王子とともに会場を後にする。
かくして婚約破棄は阻止され、メイとベネディクト王子は仲良くテロリストたちを殲滅しましたとさ。
めでたし、めでたし。
◇
「ところで大佐、さっきジュニアを作りたいとか言ってたよな?」
「それが何か?」
「それって大佐が産む側ってことだよな?」
「……」
「まさか俺に産ませるとか言うんじゃないよな?」
「……筋則事項です」




