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独りよがりな

作者: 夏風

6500字弱のお話です。

 それは独りよがりな正義だった。


――だから誰も耳を傾けなかった。

――だから誰も見向きしなくなった。

――だから誰からの信用も失った。


 それは『お前のため』と言いつつも、結局は独りよがりな考えだった。


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「だからそうじゃないって言ってるだろ!」


 俺は声を荒らげた。何度指導しても改善しない後輩に向けての叱咤だった。



 騎士団の中で小隊長を任され、初めて自分に部下ができた。

 隊長になる前も後輩はいたが、年功序列はあれど、肩書を持たないのであれば同じ立場だ。ともに汗を流して切磋琢磨し、自分の経験に基づく助言などをしてきた。

 同僚だった頃は声を荒げることなんてなかった。厳しい言葉を使えば、話を聞いてもらいにくくなると思ったし、関係が悪くなるかもとも考えた部分もあったが、そもそもそんな必要がなかった。


 だが、立場が変わればそうも言っていられない。


 自分たちの隊の動き次第で作戦が失敗してしまうこともある。結果、仲間が負傷するだけでなく、下手をすれば命を落としてしまうかもしれない。もちろん本人も。

 隊長の立場になって、かつての俺を指導してくれた先輩が厳しかった理由が今ならわかる。お友達感覚で命のかかった現場に向かわせるための指導などできないからだ。命に関わることだからこそ妥協を許さず、とことん本人がものにできるまで付き合うし、厳しくもする。


「なんか先輩、()になってから変わっちゃいましたね」


 隊長になって半年ほどが過ぎた頃、以前から可愛がっていた後輩で現部下に男に言われた。

 そんなことは自分でもわかっていた。わかってはいるが、声が荒くなってしまう。指導したことが思った以上に身に付かない。つい三日前に教えたことができないのだ。

 以前なら『向いてないんだな』と、同僚への指導は仕事の内じゃないから、教えるのをやめればいいだけだったが、今はそうでない。その上、指導内容は基礎中の基礎なのだ。それさえもできないだけでなく、改善が見られないのであれば、声も荒くなるというものだ。

 必要なことを理由も含めて指導しているのに身に付かない。しかも、進歩が見られない。


――どうすりゃいいんだ。


 それからは悪循環の毎日だった。

 いくら指導しても変わらない部下に苛立って声を荒げ、それによって部隊内の空気が悪くなり、部下は俺の言葉を受け入れなくなっていく。


「もうやってらんないです」


 俺の叱咤を受けた部下からの唐突な反発、それを皮切りに他の者たちも制止する声を無視して訓練場から立ち去ってしまった。

 それからは部隊の体などなすことはできず、俺は隊長の任から外された。

 それは隊長になってからたった一年後のことだった。


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 俺はこれから赴任する辺境の地へと向かっていた。

 部隊を統率できなかった俺に対する左遷であるから馬などは与えられず徒歩だ。

 軍に十年間、身を置き、訓練に励み、多くの過酷な環境の戦場を戦い抜いてきた俺にとって、徒歩での移動は特に苦にならない。赴任するまでの期日も決められていないので、ゆとりも随分とある。


――『お前に残された選択肢は、このまま軍を去るか。辺境に行ってやり直すか、だ』


 俺は適当な岩に腰掛け、辞令通達の際、上官から言われた言葉を思い出していた。十年間勤めた一人よりも多数を取るのは組織の選択として当然のことだが、やはりくるものがある。

 貴族の家の三男として生を受けた俺は、家を継ぐ長兄やその補佐にあたる次兄と違い、自分の力で糧を得ていかなければならなかった。幸い体格だけでなく魔力量と剣の才能にも恵まれていたらしく、すんなりと騎士になることでき、その後も順調とまではいかないが、無難に騎士の道を歩んできた。

 無難とは言ったが、上司からの厳しい言葉は当たり前、実技で立ち上がれなくなるまで扱かれたことも数え切れない。それでも俺は挫けなかった。なんせ自分の生活が懸かっているのだ。生きる糧を得るためにも負けるわけにはいかなかったのだ。

 異動の通達を受けた時、怒りと不満が込み上げ、騎士を辞そうかとも頭をよぎったが、他に自分に何ができるのかを考えても、すぐには何も思い浮かばなかったため、俺は不満を飲み込んでこの仕事にしがみつくことにした。


 眼前では焚火の炎が揺らめき、時折、薪の爆ぜる音が聞こえる。

 少し前に簡単な夕食を食べ終え、ぼんやりと焚火の炎を見つめた。


――思えば、最近はこんなにゆっくりとなにも考えずにいたことなんてなかったな……


 隊長になってからは、どうやって部下を指導するか、部隊としての練度を底上げするにはどうすればいいか、交代番の割り振りなど、頭を悩ます事柄が多かった。

 だけど、今はそれがない。胸の中にすっきりしないものは残っているが、ずっと背負っていた重荷から解放された気分だった。


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「やっと来たか。待ってたぞ」


 それから色々あり、更に半月ほど経って、俺はやっと赴任先に到着した。

 上官は意外にも左遷され、評判の良くないはずの俺を快く迎えてくれた。


「お前のことは同期から聞いてるぞ。『もう教えることはない』と言わせたそうじゃないか」


 上官はかつて俺が新人時代に世話になった先輩と同期だった。

 着任の挨拶の後、色々と話をする時間を設けて俺の話を一通り聞いてくれた上官は、最後に金言を授けてくれた。


「お前が色々と考えてやってきたのはわかった。ただ、誰にも当てはまるもんだと自分のやり方を押し付けたのは良くなかったな。相手や周りを思い、責任感から踏み込んだだろうが、相手には合わなかっただけだ。悪く言えば独りよがりだったとも言えるが、そんなお前に軽くなる言葉を授けようか――」


――「過程がどうで結果がどうであろうと、結局は他人事だ」


 俺は上官のその言葉を聞いて目の前が明るく開けるような感覚を覚えた。

 どんなに俺が指導しても、どんなに俺が心を砕いても、そこに俺がいてもいなくても、行った結果の責任を負うのは当人であって俺じゃない。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのか。隊長になる前はそうやって過ごしてきたはずなのに。


「ありがとうございます。おかげで胸のつかえが取れた気分です」

「そうか、それなら良かった。また、イチからとなるが、これから頼むぞ」

「はい!」


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 この地に赴任して五年の月日が流れた。

 赴任したての頃は、以前と同様に語気が強くなりそうになることもあったが、そのたびに上官の言葉を思い出し、一歩引いて同僚に接することができた。

 それでも葛藤が無かったわけではない。そんな中でも必要最低限のことはしっかり教えたし、これまで自分が経験してきたことについても伝えてきた。ただ、前とは違って踏み込むことはせず、ある程度で見切りをつけた。

 ちょっと冷たいかなとも思ったが、意外にも反感を買うことはほとんどなく、むしろ質問されることや技術指導を乞われることが増えたのだ。

 こうなってくると、自分も何だか楽しくなってきて気分が上向きになり、自然と相手を褒めたり、肯定したりする言葉が増える。そうすると、俺の周りにはもっと人が増えた。


()とは大違いだな」


 ふと、過去の出来事が頭をよぎった俺は独り言ちていた。

 そんな俺に周りは疑問の目を向けてくる。俺は「何でもない」と、頭を振ると自身の鍛錬に戻った。


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 俺は門を出て領都の外を歩いていた。非番や休みに時々、領都の周辺を個人的に見て回っている。自分では仕事のことを考えてやっているわけではないが、ちょっとした変化などを見つけては、仕事と結び付けてしまうのだから、もはや職業病みたいなものだろう。

 領都近郊とはいえ、外はそれなりに物騒だ。野盗に破落戸、魔獣だって出ることがあるので、もちろん帯剣している。過去に何度もそれらと出くわしているため、今回もあるものだと思っていたら――


「どなたかご助力ください!」


 ――早速問題事に出くわしたようだ。

 声がした方に顔を向ければ、大きな荷馬車に狼によく似た魔獣が群がっている。こいつらは単体であれば、若手の騎士でも十分に対処可能だが、群れを成していることが多いため、討伐に手を焼かされる。ただ、今回は幸いなことに六体だけのようだ。


――群れから追われた個体か……いずれにせよ、駆除せねばなるまい。


 俺は剣を鞘から引き抜くと、魔獣に向かって斬りかかった。

 敵の一角を俺が切り崩したことで、勢いを得た荷馬車の護衛と協力し、素早く魔獣を制圧した後、門内まで同行してから挨拶もそこそこに彼らと別れた。


▶▷▶▶▷▶▶▷▶

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 更に五年が過ぎ、俺がこの地に赴任して十年が経った。気付けば、王都の軍で過ごした年月と同じだけの時間が流れたことになる。

 過ぎた年月を振り返ると、不思議と短く感じるものだ。


「汝、彼の者を妻として生涯をともにすることを誓いますか?」

「誓います」


 そんな俺は今、礼拝堂で夫婦の契りを交わしている。

 過ぎた年月は振り返れば早いなんて言ったばかりだが、この結婚までは話が来てから今日に至るまで、まさにあっという間の出来事だった。

 ただ、それはあくまで俺のことであって、彼女、今まさに俺の妻になる女性(ひと)にとっては、長い年月だったようだ。


「汝、彼の者を夫として生涯をともにすることを誓いますか?」

「はい。誓います」


 彼女の透き通るような静かな声が耳に届く。

 それを聞いた司祭が一本の羽ペンを渡してきた。俺たちの前には一枚の婚姻証書がある。これに一本の羽ペンで二人がそれぞれ署名する。同じ羽ペンを使うのは、これから苦楽をともにする夫婦としての最初の儀式なんだとか。


 自分の署名を終え、羽ペンを彼女に渡す。

 羽ペンを取った彼女の手がビクッと跳ねた。羽ペンを取る際に俺の手に触れたからだろう。

 ベールがあって彼女の表情は見えないが、緊張していることははっきりとわかる。俺自身、軍に身を置いていたこともあってか、お世辞にも愛想が良いとは言えないし、顔も結構強面だという自覚がある。


――こういう時は、微笑むのが良いのだろうが……


 ……顔面にどう力を入れればいいのかわからない。

 そんな風に俺が悶々としている間に、いつの間にか彼女も署名を終えていた。


「署名を確認しました。それでは誓いの口づけを」


 お互いに向き合い、俺は彼女のベールを上げた。

 露わになった彼女の顔は幾分幼さを残している。それも当然だろう。彼女は俺よりも二十も年下で、成人を迎えたばかりなのだから。

 はたから見れば、親子と言っても疑問に思われない。むしろ、夫婦という方が疑われるであろう歳の差がある俺たちが結婚することになった経緯は、彼女からの求めだった。


 最初の出会いは十年前。もう記憶も朧げだが、この地に向かう途中で俺は野盗に追われる親子を助けた。

 その時、父親に抱かれていた少女が、彼女だった。

 その後も、魔獣に襲われていたところを助けたり、街中で絡まれていたところを助けたりと、何かと縁があったのは事実だが、俺としては仕事の一環なので、さして気に留めることはなかった。


 しかし、彼女はそうではなかったようで、特に暴漢から助けた時は、何やら運命を感じたとのこと。

 これは式を挙げる一週間前に聞いた。というより、聞かされた。

 俺としても、花も盛りの若い娘が、こんな俺みたいなおっさんに嫁ぐなんてわけがわからなかったので、理由が聞けたのは良かった。


――そんな一時の衝動で相手を決めちまっていいんかねぇ。


 そうは思っても、証書に署名をしてしまった以上、俺たちは夫婦だ。

 俺は頭によぎった疑念を押し退け、妻になった女性(ひと)の唇に軽く触れるだけのキスをした。


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 月日が流れ、私と妻の間には三人の子どもがいる。

 結婚当初は歳の離れた妻を抱けるのか不安に思うこともあったが、魅力的な彼女を前にしてそんなのは杞憂だった。男とは実に単純な生き物だと身をもって痛感した。


「隊長、お久しぶりです」

「久しぶりだな。それと私はもう君たちの隊長じゃないから、その呼び方はやめてくれ」

「では、先輩とお呼びします」


 私はかつて自分の部下だった騎士と領都にある酒場で向かい合っていた。


 事の始まりは彼から届いた手紙だった。

 私が王都で隊長をしていた頃に副官として補佐をしてくれていた人物だが、私に処分が下る少し前から関係は悪化しており、最後の方は事務的な会話以外していなかった。

 そんな彼から『会いたいので時間を作ってほしい』という主旨の手紙を受け取った時、正直言えば複雑な心境だった。


「あの時は本当にすみませんでした!」


 注文していた料理と酒がテーブルに並べられ終わるまで、私たちはお互い無言のまま向かい合っていたが、店員が離れたところで彼は突然、テーブルに激突するのではないかという勢いで頭を下げ、私に謝罪してきた。


「……なんのことだ?」


 私が問うと、彼は言葉に詰まりながらも謝罪の理由を話してくれた。

 周りは厳しい指導や勤務班編成等に不満があり、下からの相談が全部自分に集まっていたこと。相談に乗っているうちにこれらを利用すれば、自分が隊長の座に就くこともできるのではないかと至り、周りを扇動したこと。

 そこまで話して彼はもう一度、頭を下げた。


「話はわかったけど、それだけ相談が来たってことは慕われてたってことだろ?」

「いえ、ただ単に彼らは厳しい先輩に物申す勇気がなかっただけで、私に持ってきただけです。というか怒らないんですか?」

「何に?」

「相談が来ていたことを報告しなかったことについて」


 確かに当時の私は余裕もなく、常に気を張り詰めていた覚えがある。それもあって近寄り難い空気が漂っていたのだろう。そんな人間の元に誰が相談にくるというのか。


「全て自分で蒔いた種だ。むしろ、下の話を親身に聞いてくれて感謝してるよ」


 私の返答に彼は複雑な表情を浮かべるだけだった。

 空気が重くなるのを嫌った私が声の調子を上げて酒を勧めれば、彼もそれに乗り、注がれていた酒を一気に呷る。


「先輩、変わりましたね。刺々しさとか荒々しさが無くなったような」

「そうか? だとしたら、上官と妻たち家族のおかげだな」

「家族……いいですね……私もそんな女性(ひと)と巡り合いたいです」

「きっと、その時が来るさ。さて、湿っぽい話はこれぐらいにして、今のそっちはどうか聞かせてくれよ。こっちのことも聞かせてやるからさ」


 それから私たちは色々な話に花を咲かせたのだった。


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 厳かな鐘の音が三度鳴り響く。

 教会の周辺には喪服に身を包んだ人々が集まっていた。

 教会の鐘が三度鳴らされる時、それは特別な人が亡くなったことを意味する。

 最近では、前領主、彼の上官、そして今日の鐘は彼自身のために。

 葬儀は滞りなく進み、彼は墓石の下に眠っている。

 参列者が一人、また一人と去る中、妻は墓石の前に佇んでいた。


「ホント、あなたらしいわ」


 そして、誇らしさと悲しみの入り混じった微笑みを浮かべて墓石に向かって話し始めた。今もそこに夫がいるかのように。


「あなたは人が良すぎて絶対に苦労するって思ってたわ。『好きでやってる。独りよがりだから気にするな』って言ってたっけ」


 彼女は屈むと、夫の墓石に手を触れる。


「でも、他の誰よりも私たち家族のことを一番に考えてくれてたわね。あなたのことだから、きっと『独りよがりだから気にするな』って言うのかしら? ……ありがとう。あなたと一緒に過ごした日々、とても幸せだったわ」


 彼の墓石の上にいくつもの雫が落ちるのだった。



 未来はわからない。それでも選択しなければならない。

 それなら、せめて後悔の無い選択を。

 例えそれが独りよがりだったとしても、自分が信じた選択(こたえ)なら……

固有名詞を使っていないため、わかりにくい部分もあったかと思います。

派生も考えていたのですが、ひとまずは短編で終わりにします。

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