ころがり岩のぼうけん
あるところに、山の斜面にしっかり根を下ろした大きな岩がありました。名前はなく、長い時間をそこだけで過ごしてきた岩でした。
ある日、岩に止まった鳥たちが、海の話をし始めました。
海の青さや、波の音。魚たちが泳ぐ様子。
岩にとって、それはぜんぜん知らない世界のことでした。
「ねえ、海ってそんなにすてきなの?」
「いいところだよ。でも、この山も好きだけどね」
そう言いながら、休けいを終わらせた鳥たちは飛び去って行きました。
さっきの鳥たちのおしゃべりを思い出すと、すごく海に行きたくなってたまりません。
「このままじっとしていたら、一生海なんか見られない。動けるうちに行かないと後悔するぞ」
そう心を決めると、ぐらりと体を傾けました。
最初はほんのわずかな傾きでしたが、何度かくりかえしているうちに岩の重みで一気に勢いがついて、どすんどすんと地面を揺らしながら転がり始めました。
ごとごとと激しい音を立てながら、岩は山の斜面を下っていきます。
緑の野原を横切り、水辺へとたどり着きました。
そこには一匹のカエルがいて、まどろみの最中でしたが、突然の大きな音に驚いて飛び上がります。
「うわっ、なんだい、びっくりさせないでよ」
「ごめんね。ぼくは山の岩なんだけど、海を見たくて転がってきたんだ」
カエルは目をパチパチさせながら、 「海? そんなに遠いところまで行くなんて、大変じゃないの?」 と不思議そうに首をかしげました。
岩は少し削れた表面を見ながら、 「確かに、転がるたびに体のかけらが取れていくみたい。でも一度は青い海を見たいんだ」 と答えました。
カエルはうらやましそうにため息をつきながら、 「そうか。ぼくはここしか知らないから、海ってどんなところか想像もつかないよ。気をつけて行くんだよ」 と岩を見送ってくれました。
再び転がり始めると、岩の表面はカリカリと音を立て、さらに小さな破片が砕けて飛び散っていきます。丸くなると、スピードも速くなっていきます。岩はそれを喜びながら、なくなる前に間に合うかなと不安になります。でも、「まだ動けるぞ」と自分を励まして前へ進みつづけました。
次に岩が通りかかったのは、山のすそ野にある深い森です。こもれ日の射すこみちをゴロゴロと転がっていると、すっと姿を現したのはタヌキでした。タヌキはまんまるの目を見開いて、 「へえ、こんな岩が転がってくるなんて珍しい。何をそんなに急いでいるのさ」 と問いかけました。
岩はごとりと動きを止め、少し休むように息をつきながら答えました。 「ぼく、海を見たいんだ。ずっと山の中だけで生きてきたから、広い海を見たことがなくてね」
タヌキはしっぽをぽんぽんと叩きながら、 「どうしてそこまで海にこだわるんだい? ここから海までは結構な距離があるよ。それに、転がるたびにどんどん砕けているじゃないか」 と心配そうに言います。
けれど岩は真剣な調子で、 「それでも行かなきゃ後悔すると思うんだ。自分の目で見たいから」 と答えます。タヌキはその言葉に目を丸くしながら、 「そうかい、そこまで言うなら止めるわけにもいかないな。せめてケガなんかしないようにな。がんばれよ」 と声をかけ、森の奥へと消えていきました。
タヌキと別れてからも、岩はごろごろと転がり続けました。
乾いた道をぶつかるたびに少しずつ表面が削れ、最初は車と同じくらい大きかった体が、今ではなんとか抱えられるくらいに小さくなってきました。それでも「海を見たい」という思いが、岩を前へ押し出し続けます。
やがて視界が開けて、遠くに真っ青な水平線が見え始めました。ぐんぐん近づくにつれ、岩の胸は熱くなります。「あれが海なんだ」ごくりとつぶやいた瞬間、がけから飛び出して、ついに砂浜へどすんと飛び込むように転がり着きました。
やわらかい砂に半ば埋まって、さすがの岩も力を失って動けなくなります。バラバラと崩れかけた自分の体を見やりながら、 「ここまで来られただけでも、夢みたいだ」 と海の音に耳を澄ませました。
すると、寄せては返す波の中から、ぴちぴちとはねる一匹の魚が顔を出します。 「こんにちは。こんな岩が砂浜に落ちてるなんて珍しいね。どうやってここまで来たんだい?」
岩は力なく笑うように返事をしました。
「山からごろごろと転がってきたんだ。長い道のりだったよ。ずっと海を見たいと思ってね」
「へえ、山からか。よく無事にたどり着いたね」
魚は目を丸くして感心しました。
そこへ、砂浜で遊んでいた子供が岩に気づきました。小さくなった岩を手のひらに乗せると、「ちょうどいい石だ。これで水切りしてみよう」 と笑顔で海へ投げたのです。
岩は大きく宙を舞い、海面にぴょん、ぴょん、と跳ねたあと、ばしゃんと深く沈んでいきました。
水中はすずやかで透き通っていて、光の帯がゆらゆらと踊っています。
やわらかな波に抱かれた岩は、「ここが海の中なんだ。こんなに広い世界があるなんて」と、削れきった小さな体で、大きな感動を味わいました。
山の中で動かずにいたら、決して見ることのできなかった景色。
砕けて失ったものもあったけれど、それ以上の喜びが胸いっぱいに広がります。
「勇気を出して、転がってきてよかったな」
深い海の青色に包まれて、岩の旅は終わりを迎えました。
岩だった石は、それからも魚たちと会話をしながらしあわせに過ごしたそうです。




