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ころがり岩のぼうけん

作者: 柚子故障
掲載日:2025/01/11

あるところに、山の斜面にしっかり根を下ろした大きな岩がありました。名前はなく、長い時間をそこだけで過ごしてきた岩でした。


ある日、岩に止まった鳥たちが、海の話をし始めました。

海の青さや、波の音。魚たちが泳ぐ様子。

岩にとって、それはぜんぜん知らない世界のことでした。


「ねえ、海ってそんなにすてきなの?」

「いいところだよ。でも、この山も好きだけどね」


そう言いながら、休けいを終わらせた鳥たちは飛び去って行きました。

さっきの鳥たちのおしゃべりを思い出すと、すごく海に行きたくなってたまりません。

「このままじっとしていたら、一生海なんか見られない。動けるうちに行かないと後悔するぞ」

そう心を決めると、ぐらりと体を傾けました。


最初はほんのわずかな傾きでしたが、何度かくりかえしているうちに岩の重みで一気に勢いがついて、どすんどすんと地面を揺らしながら転がり始めました。


ごとごとと激しい音を立てながら、岩は山の斜面を下っていきます。

緑の野原を横切り、水辺へとたどり着きました。

そこには一匹のカエルがいて、まどろみの最中でしたが、突然の大きな音に驚いて飛び上がります。


「うわっ、なんだい、びっくりさせないでよ」

「ごめんね。ぼくは山の岩なんだけど、海を見たくて転がってきたんだ」


カエルは目をパチパチさせながら、 「海? そんなに遠いところまで行くなんて、大変じゃないの?」 と不思議そうに首をかしげました。


岩は少し削れた表面を見ながら、 「確かに、転がるたびに体のかけらが取れていくみたい。でも一度は青い海を見たいんだ」 と答えました。


カエルはうらやましそうにため息をつきながら、 「そうか。ぼくはここしか知らないから、海ってどんなところか想像もつかないよ。気をつけて行くんだよ」 と岩を見送ってくれました。


再び転がり始めると、岩の表面はカリカリと音を立て、さらに小さな破片が砕けて飛び散っていきます。丸くなると、スピードも速くなっていきます。岩はそれを喜びながら、なくなる前に間に合うかなと不安になります。でも、「まだ動けるぞ」と自分を励まして前へ進みつづけました。


次に岩が通りかかったのは、山のすそ野にある深い森です。こもれ日の射すこみちをゴロゴロと転がっていると、すっと姿を現したのはタヌキでした。タヌキはまんまるの目を見開いて、 「へえ、こんな岩が転がってくるなんて珍しい。何をそんなに急いでいるのさ」 と問いかけました。


岩はごとりと動きを止め、少し休むように息をつきながら答えました。 「ぼく、海を見たいんだ。ずっと山の中だけで生きてきたから、広い海を見たことがなくてね」


タヌキはしっぽをぽんぽんと叩きながら、 「どうしてそこまで海にこだわるんだい? ここから海までは結構な距離があるよ。それに、転がるたびにどんどん砕けているじゃないか」 と心配そうに言います。


けれど岩は真剣な調子で、 「それでも行かなきゃ後悔すると思うんだ。自分の目で見たいから」 と答えます。タヌキはその言葉に目を丸くしながら、 「そうかい、そこまで言うなら止めるわけにもいかないな。せめてケガなんかしないようにな。がんばれよ」 と声をかけ、森の奥へと消えていきました。


タヌキと別れてからも、岩はごろごろと転がり続けました。


乾いた道をぶつかるたびに少しずつ表面が削れ、最初は車と同じくらい大きかった体が、今ではなんとか抱えられるくらいに小さくなってきました。それでも「海を見たい」という思いが、岩を前へ押し出し続けます。


やがて視界が開けて、遠くに真っ青な水平線が見え始めました。ぐんぐん近づくにつれ、岩の胸は熱くなります。「あれが海なんだ」ごくりとつぶやいた瞬間、がけから飛び出して、ついに砂浜へどすんと飛び込むように転がり着きました。


やわらかい砂に半ば埋まって、さすがの岩も力を失って動けなくなります。バラバラと崩れかけた自分の体を見やりながら、 「ここまで来られただけでも、夢みたいだ」 と海の音に耳を澄ませました。


すると、寄せては返す波の中から、ぴちぴちとはねる一匹の魚が顔を出します。 「こんにちは。こんな岩が砂浜に落ちてるなんて珍しいね。どうやってここまで来たんだい?」


岩は力なく笑うように返事をしました。

「山からごろごろと転がってきたんだ。長い道のりだったよ。ずっと海を見たいと思ってね」

「へえ、山からか。よく無事にたどり着いたね」

魚は目を丸くして感心しました。


そこへ、砂浜で遊んでいた子供が岩に気づきました。小さくなった岩を手のひらに乗せると、「ちょうどいい石だ。これで水切りしてみよう」 と笑顔で海へ投げたのです。


岩は大きく宙を舞い、海面にぴょん、ぴょん、と跳ねたあと、ばしゃんと深く沈んでいきました。

水中はすずやかで透き通っていて、光の帯がゆらゆらと踊っています。

やわらかな波に抱かれた岩は、「ここが海の中なんだ。こんなに広い世界があるなんて」と、削れきった小さな体で、大きな感動を味わいました。


山の中で動かずにいたら、決して見ることのできなかった景色。

砕けて失ったものもあったけれど、それ以上の喜びが胸いっぱいに広がります。


「勇気を出して、転がってきてよかったな」


深い海の青色に包まれて、岩の旅は終わりを迎えました。

岩だった石は、それからも魚たちと会話をしながらしあわせに過ごしたそうです。

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― 新着の感想 ―
岩が削れていく様子とそれを見送る動物たち。どこか川を転がって小さくなっていく石の生涯?のようにも思えました。 最後、魚に出会った時、自分を頑張ったと言えた岩に訪れた奇跡が自然な感じで良いなぁと思いまし…
絶対に無理、って思って何もしなかったらけっして見えなかった世界ですね。
2025/01/22 08:08 退会済み
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