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【シリーズ】ちょと待ってよ、汐入

【7】贋作か?真作か? (2024年秋)

【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!


【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入

【1】猫と指輪 (2023年秋)

【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)

【3】エピソードゼロ (2011年春)

【4】アオハル (2011年初夏)

【5】アオハル2 (2011年秋)

【6】ゴーストバスターズ? (2024年夏)

【7】贋作か?真作か? (2024年秋)

            (続編 継続中)

僕、能見鷹士は、探偵業を営む汐入悠希の無茶振りにいつも巻き込まれてしまう。猫探しに付き合わされたり、夜の研究施設で心霊現象に遭遇したりと散々な目に遭った(【1】猫と指輪、【6】ゴーストバスターズ?)。まあ、汐入の無茶振りをしっかりと断らない僕も悪いのだけれど。

汐入とは高校生の時分からの付き合いで(【3】エピソードゼロ)、今は共に個人事業主ということもあり、たまに困り事を相談し合っている。

今日は珍しく美術館に誘われた。シャガールを鑑賞したのち汐入はスタッフオンリーの部屋にツカツカと入っていく。え?何?まさかまた何かに巻き込まれる!?

   贋作か?真作か? 第一章


芸術の秋、と言えば聞こえは良いが、まだまだ暑い。もう秋なんてほぼ無いよね。春夏夏冬といった感じで一年が巡る。足元には落ち葉もなく、木々は紅葉もしていない。僕の服装も長袖のワイシャツだ。少し歩くと汗ばんでくる。陽射しを浴びるとまだ足元には濃い影が落ちる。いや、太陽の高さは例年の秋と同じ筈だから、体感的に影が濃く感じるだけなのだろう。


今日は珍しく汐入が美術館に誘ってくれた。貴様もたまには芸術鑑賞をして感性を高めた方がいい、ちょうど2枚招待券がある、と誘い文句は素っ気なかったけど。


僕、能見鷹士は個人事業主としてコンサルタントを生業としている。元は大手シンクタンクで働いていたが、ブラックな企業風土に嫌気がさし、三十路が見え始めた28歳で退職。一念発起し、中小企業に特化した地域密着のビジネスコンサルタントとして起業した。B級グルメ、クラフトビール、映えスポットやパワースポットの開拓、アニメとのコラボや聖地巡礼のツアー、プロモ動画、SNSの活用など、商店街復興、地域活性化の為にあらゆる企画を地域の人と一緒に伴走するのがモットーだ。


そして待ち合わせの相手は汐入悠希。亡き父親の残した探偵事務所を継いでいる。たまに探偵の仕事が舞い込んできているようだ。実を言うと汐入とは中学時代の同級生なのだが、当時はあまり親しくはなかった。女子剣道部にいたかな、ぐらいのうっすらした記憶しかない。高校は別だったが通学の電車が同じだったので話すようになり、それから親しくなった。所謂、腐れ縁ってやつだ。



今日の目当ての美術館はさほど大きくはないが、シャガールがある。なんでもバブルの時期に地方にばら撒かれた1億円で購入したらしい。せっかく近くにあるのだから、汐入の言う通り、ゆっくり鑑賞して芸術的な感性を養うのも悪くないだろう。


待ち合わせは美術館前だ。少し早く着いてしまったようで、汐入はまだ来ていない。直射日光を避けて日陰で汐入を待とうと、日陰に視線を移す。と、なんだ、いるじゃないか。日陰にも関わらず日傘をさした汐入が立っている。声を掛けてくれればいいのに。

「よ、汐入。もう来てたのか?」

「おう。来たか。芸術の秋には程遠い残暑だな。緯度が10度ほど南下したような気候だ、或いは地軸の傾きが小さくなった様な気候だ、とでも喩えておこうか」

と独特な表現で感想を述べる。芸術の秋には程遠いのはそんな言葉で残暑を表現するその感性だろう、と心の中でツッコミを入れる。

「もう秋なんてほぼ無いよね。春夏夏冬だね」

と、無難に先ほど頭をよぎった感想を返す。

「そうだな。だがそれは秋がある、四季がある、という常識に縛られた区分けだ。ゼロベースで発想するなら春夏冬でいいんじゃないか?」


一体、僕たちは何を議論しているんだ?たわいもない会話だから、そうだね〜、暑いね〜、で良いんだけど。いちいちしっかりと言葉を受け止め過ぎるのが汐入の悪い癖だ。


僕が

「そうだね。暑いね」

と言って会話を終わらせる。すると汐入は

「さ、行くか!」

と言い、さっさと美術館の入り口向かって歩き出す。入場券は汐入が持っている。完全にペースを握られているので仕方なく僕はついて行く。



入館し、メインのシャガールの他、幾つかの展示を鑑賞する。いつ見てもシャガールは不思議だ。こんな風に心象風景を表現できるなんて、これぞまさに芸術なんだろうな。しばし心を奪われる。荻須高徳もある。落ち着いた雰囲気のパリの街並みが感じられて、じっくりと見入ってしまった。


「そろそろ3時だな。行くか」

と唐突に汐入は独り言のように呟いて、ツカツカと奥に進んでいく。えっ?なに?訳もわからず僕は着いていく。


「あ、汐入、ここから先はスタッフオンリーって書いてあるよ」

「そうだな。だが良いんだ。今日はスタッフに呼ばれて来たのだからな」

あ、また?もうスタッフに会釈されている。今更、帰るとは言えない。またしても僕は逃げ遅れた。また何かに巻き込まれるようだ。



事務所の奥にある応接スペースに通される。

「わざわざお呼びだてしてすみません。館長の金沢文子と申します」

エアラインのフライトアテンダントの様な凛とした出立ちだ。

「探偵の汐入です。こっちは助手みたいなものです」

助手ではない。好意でサポートしてやっている。否、意図せず巻き込まれているだけだ。

「能見です。宜しくお願いします」

と大人の対応をする。


「館内はご覧になりましたか?」

「助手と堪能した。アートはわからないが落ち着いたリラックスしたひと時を過ごせた」

汐入め。助手みたいなもの、から完全な助手にされた。

「それは何よりです」

と金沢館長は微笑む。汐入のギリギリアウトの言葉遣いもにこやかに受け止めてくれる。


「早速なのですが、本日お呼びだてしたのはご相談したいことがありまして」

「もちろんだ。それを聞くのが今日の目的だ。お話しください」

たまに敬語が混ざる変な言葉遣いになっているぞ。だが金沢館長はそんなことを気にする様子もなく、大人のゆとりを振りまきながら話を始める。

「ええ。実は脅迫状を頂きまして・・・」



   贋作か?真作か? 第ニ章


金沢館長の話はおおよそこうだった。

二週間前、封書が届いた。内容は、美術館に展示されているシャガールは贋作だ、それを速やかに公表せよ、とのこと。


えっ?それだけ?

「何をしたいのかよく分からないな。根も葉もない話なら無視をしてもいいのでは?」

と汐入が言うと、実はそれが完全に事実無根と切り捨てられない事情があるという。


30年前、一度盗難に遭ったのだと。美術館ではレプリカもニ点所有していた。盗難に遭ったのはこれらを含めた三点。見つかったのは一点。見つかったと言うよりは返却されたと言うべきか。

ある朝、一点だけ美術館入り口に置いてあったとのこと。額縁は購入した真作のシャガールのものであった。有識者に鑑定して貰った結果、真作の可能性が極めて高い、との見解であったので真作として扱っている、という事情だ。


科学的な分析はしてないのか、と汐入が聞くと、当時の分析の費用は高額であったしバブル崩壊以降、予算がなかったため実施していないと言う。


「ふむ。事情はわかった。犯人の要求は、贋作と認めよ、ってことだな」

と汐入が言う。続けて

「ところで肝心なポイントだが、ワタシへの依頼はなんだろうか?」

確かに。それは僕も気になっていた。一体この事件の何を汐入に頼むと言うのだろうか?


「はい。それをお伝えしないといけませんね。汐入さんが先ほど仰ったように犯人の動機がよく分からないのです。事件自体は警察に相談してますし、真贋については改めて検討しようと思っています。犯人が捕まらないと思っているわけではないのですが、犯人の狙いが分からないままだと真贋がハッキリしても、一体なんだったんだろうな、と言う感情がクリアーにならないのです。なので汐入さんに犯人の狙いを推理して欲しいのです」


なるほど。犯人を探すのではなく、犯人の動機を探すのか。少し変わった依頼だな。でも身の丈と言えば身の丈なのかも知れない。汐入に犯人を見つけろって依頼しても多分無理だろうし。

「わかりました。犯人の狙いを考えてみる、みます。ただワタシは絵画については全く知識がないので、幾つかの基本的なことを教えて下さい。シャガールってどんな画家なんですか?」


「そうですね。シャガールについて簡単に説明しますね。ロシア出身のユダヤ系の血筋でフランス国籍を取得しています。1910年代から1970年代まで比較的長く活動し油絵やリトグラフを残しています。その作風から愛の画家、色彩の魔術師などと呼ばれてますね。よく世の中に知られているファンタジックなイメージは1930年代以降の作風ではないでしょうか。当館の作品もその頃の一枚です。レゾネ、所謂、カタログのことですが、そこにも載っています」


「ふむ。科学的に年代測定をした場合どのぐらいの精度でわかるんだ?」

「2万年前程度の品だと数十年の誤差、百年程度前のものは1913年頃の作品か1959年以降の作品かを判別した事例があるようです」


なんか今ひとつ精度がハッキリしないなぁ。なんでだろ?

「あのう、僕も質問して良いですか?100年前程度のものだと精度の表現の仕方が回りくどいような・・・。何故なのでしょうか?」

「年代測定は放射性炭素年代測定で行うようです。私も詳しい原理はわからないのですが、比較的新しいモノはむしろ推定が難しいようです」

汐入が続く。

「放射性炭素年代測定と言う名称から察するに、恐らく炭素の同位体、つまり放射性炭素の半減期から経過年数を推定しているのだろう。簡単に言えば一定の割合で減る元素の減り具合から、減り始めてどのぐらい経過したのかを見積もるってことだ。数百年、数千年単位はそれなりにわかるが、新しいモノだと同位体の減る量が少ないから判別が困難ってことだと思う。加えて言うなれば核実験の影響で環境中の放射性炭素の存在割合は変化するらしい」

解説をしてくれたつもりらしいが、専門用語だらけでほとんど何を言っているのか分からなかった。だがある程度時間が経ったものでないとわかり難い、ということは分かった。

金沢館長が言葉を引き取る。

「お詳しいですわ。流石探偵さん。色々とご存知なんですね。ただ当館から盗まれたレプリカはごく最近のものですから、シャガールの真作かレプリカかは判別できると思います」


「今日のところはひとまずわかった。また疑問が出てきたらお聞きします。それから科学的な鑑定については適宜進捗を連絡して欲しいです」

と中途半端な丁寧語で汐入が言う。

「承知いたしました。それでは玄関までお見送りします」



   贋作か?真作か? 第三章


「なぁ能見、犯人は何をしたいんだろうな?」

僕は大森珈琲のカウンターでコーヒーを味わっている。話し相手になって欲しい、暇な時に来てくれ、と汐入から連絡があったから、ご要望にお応えし立ち寄った。

「僕に聞かないでよ。それを考えるのが今回の汐入の仕事だよ」

「まあ、そう言うな。話し相手になる為に来てくれたんだろ?」

確かに。そーゆーとこはいつも上手く布石を打ってきている。気がつくといつも汐入のペースに嵌まっている。


「率直な感想を言えばなんかしっくりこない。口止め料を支払え、とかなら分かり易いのに」

と感想を述べる。

「そうだな。なんかチグハグだな。正義感に駆られて真実を白日の元に晒そうとしているかと思いきや、例えばそれをSNSで暴露するぞとかは書いてない。なんでだ?」

もう突っぱねることはできないから、一緒に考える。


「なんでだろうね?理屈で考えれば、何か犯人は得をするってことなんだろうね」

「うむ。どんな恩恵に預かれるのだろう。真の狙いなんだろうな。美術館が贋作と公表して得られる利益が何なのか、それが分からない」

シャガールが贋作だと判れば、何が起こるのか・・・。なんか閃きそうだけど、閃かない。

「汐入、コーヒーおかわり」

「お、なかなか交渉術を覚えたな。このタイミングで言えばワタシは貴様に一杯ご馳走してやらざる得ないな。淹れてやるから考えてくれ」

いや、そんな意図は無かったけど。これでますます僕は逃げられなくなった。むしろ汐入の方が仕掛けてきたのではないか?汐入を見ると、ニヤリと笑っている。やりやがったな。僕を逃げられなくするトラップだ。


「今は真贋明らかになってないけど、美術館の作品が贋作と仮定して考えてみたらどうだろう。贋作だとすると何が起こるか?或いは世間はどう動くか?」

「なるほど。なかなか良い問題設定だ。よし、その問題を解いてみよう」

褒められた?のか?


「美術館の作品が贋作だとすると、今まで見てたのは贋作だったのかってショックを受けたりするかな。金沢館長の名声が落ちるとか」

「そうだな。でも犯人には贋作だと暴露して美術館を貶めようって意図は少ない気がする。個人的な恨みがあればそれでスカッとするかもしれないけど、それであれば、さもなくばSNSで暴露すると付けたくなる」

「そうだね。あとは、真作はどこにあるんだろうって考えるかな」

「うむ。きっとそっちだろうな。真作が所在不明になることに何らかのメリットがあるのだろうな」


真作が所在不明になることによるメリット。確かにそれがあれば犯人の要求は筋が通る。少しずつ何かに迫っている気がするが、まだ具体的なストーリーにはなっていない。もし美術館の作品が贋作だったら、もし犯人が真作を持っていたなら・・・。

汐入は目を閉じて指を動かしながら頷いたり首を傾げたりしている。頭の中で何やら検証している様だ。

「メリットって、例えばどんなことかな?」

「能見、そーゆーとこだぞ。すぐそこまで来ているのに何故最後の一押しができない?詰めが甘いんだ、貴様は」

むぅ!なんだと!

でも反論したとて、次に汐入からこーゆーことだろ!って突き付けられると、きっと仰る通り、と僕は納得して凹まされてしまうんだ。黙って汐入の言葉を待つ。だが

「よしよし、だいぶ考えが深まったぞ。流石、ワトソンくんだ!話し相手には最適だな!」

と僕を完全に助手扱いして一人で満足そうに頷いて、話しを終えてしまった。何かが汐入の中で形を作りつつあるみたいだ。



   贋作か?真作か? 第四章


美術館の方で動きがあった。犯人からサンプル片と手紙が送られてきたようだ。僕と汐入は早速、金沢館長に話を聞きに行った。


「ご足労下さりありがとうございます」

「お気になさらず。それより、早速だけど、話しを聞かせてください」

前のめり気味に汐入がグイグイいく。


「ええ。この手紙とサンプル片が送られてきました。サンプル片は見たところ絵画から絵の具を削り取ったものだと思いますが・・・」

と言って金沢館長はチャック付きビニル袋に入った何かのカケラをテーブルに置き、手紙を汐入に差し出す。


「手紙は触っていいのか?」

「あ、大丈夫です。これはコピーです。オリジナルはこちらのクリアファイルに保管しています。後ほど警察にお渡しするつもりです」

「では」

と汐入は手紙を手に取る。僕は汐入の手元を覗き込む。


  鑑定を考えている頃だと思って送った

  このサンプル片も一緒に分析すると良い

  分析結果が出たら

  事実を公表する決心がつくだろう


「ふむ。催促だな」

「そのようですわ」

「勝算は?分析して美術館のシャガールの方が真作と判定できる見込みはあるのか?」

金沢館長は視線を落とし深く息を吐いた。

「私も当然それが気になって、改めてこの作品について今に至る経緯を洗い直してみました。以前盗難に遭ったのはお話ししましたよね」

「ああ、聞いたな。購入した真作のシャガールとレプリカ二点の合わせて三点が盗まれた。そして後日、一点だけが美術館の入り口に返されていた」

「はい。仰る通り。シャガールは購入が1989年、盗難騒ぎは94年でした。返ってきたシャガールは鑑定士により真作と判定されたわけですが、その根拠をお話ししておきますわ」

「うむ。聞かせてくれ」


「今でこそ放射性炭素年代測定が普及していますが1990年代はまだ研究レベルの測定法でした。幾つかの大学にしか装置がない状態でした。なので、そのような測定は行いませんでした。鑑定機関による鑑定を正式な見解として採用しました。作風、筆使い、サイン、画材などによる総合的な判断です。とは言え、作風は真作を模倣しているわけですから、そこは同じです。なので微妙なサインの違い、筆使いの違い、キャンバス、額縁などの画材による判断がこの真贋のポイントとなりました。鑑定機関はシャガールの真作と鑑定し当時の美術館館長はその見解を採用したという訳です」

「なるほどな。当時としては真っ当な判断だった訳だな」

はい、と金沢館長は小さく頷く。


「だが現代の測定法で覆る可能性は否定できない?」

「ええ」

「状況はわかった。年代測定をする、しない、結果を公表するかしないかはワタシが口を挟むことではない。だからそれについては何も言わない。ただもし測定をしたなら結果は教えて欲しい。犯人の握っている情報がどのようなものなのかを知ることも動機を探る手掛かりになる。もちろん守秘義務は負います」

「ええ、わかりました」

話はここまでとして、その日は美術館を後にした。



数日後、大森珈琲にて。

僕は休憩がてらカウンター席でコーヒーを頼み、汐入と話している。

「なあ、汐入、どう思う?」

この間、金沢館長から聞いた、犯人からの年代測定の要求について聞く。

「犯人はシビレを切らしているんだろうね。美術館が贋作と認めた後に得られる利益を早々に手に入れたい」


「金沢館長は年代測定するかな?」

「せざる得ないだろうね。金沢館長も過去の結果に絶対的な自信があるわけではないようだしな。それで事態が好転するとは思えないが、誠実に対応するならその選択肢しかない。結果も真摯に受け止めなくてはな」

「年代測定はあまり良くない結果になるってこと?」

「犯人は年代測定に自信があるんだろう。だからこそ二つを測定し白黒ハッキリとケリをつけて、美術館に贋作でしたと公表することを要求している」

そうだね。自信がないとわざわざサンプルを送りつけたりしない。金沢館長にとっては良くない事態が迫っているようだ。せめて汐入に依頼した犯人の動機を知る事が美術館側の対処に役に立つことを願おう。


「犯人側の出方から自信があるのは読み取れるけど、じゃあ美術館にある作品は何なんだろう?美術館が持っていたレプリカとすり替わってる訳ではなさそうだし」

「ふふっ、なんだと思う?」

と言って汐入は意地悪にほくそ笑み視線を僕に向けてくる。

「汐入、何かわかったの!?」

「ワタシの中で散らばったピースが組み上がりつつある。近いうちに金沢館長から鑑定結果の報告を受ける機会があるだろう。ワタシの見立ては美術館のシャガールの方に疑義ありだ。ま、結果を聞く時に美術館でワタシの考えた犯人のストーリーを話してやる。楽しみに待っていろ」

おっ!唐突に謎解きの予告をされたぞ。年代測定の結果を聞くのが楽しみになった!



   贋作か?真作か? 第五章


金沢館長から年代測定の結果を報告したいと連絡があった。

いよいよだ!と言ってもその高揚感は汐入がそこで犯人側のストーリーを明らかにすると知っている僕だけなのだが。同時に金沢館長の心中を察すると気の毒な感情もある。


「何度も来て頂きすみません。年代測定の結果がでました」

「聞こう。報告をお願いします」

金沢館長が書類をテーブルに開き、説明を開始する。


「こちらが年代測定の報告書です。スペクトルの解析や計算方法の部分は割愛します。こちらの結果の部分をご覧下さい。試験片Aが当館のもの、Bが犯人のものです。これを見るとAは1940年から1960年、一方Bは

1920年から1940年のものと推定しています。残念ながらこの作品が作成されたとされる1930年から1940年と一致するのはBということになります。時代もBの方が古い。贋作よりオリジナルの方が古いのは当然の事ですのでこの結果を見ると当館のシャガールは贋作となるのでしょうね・・・」

金沢館長はガックリと肩を落としている。


「つまり、真作は犯人の手元にあるってことだな」

「そうなります。ことの経緯はキチンと公表します。私達は長年、贋作を展示していたというのが本当に申し訳ないです」

落ち込む金沢館長がいたたまれず僕は口を挟む。

「過去の盗難事件も今回の脅迫状も美術館としてはその時々にしっかりと正しい判断をしてきたと思います。盗難されたのは残念の極みですが美術館側の対応は何ら非難を受けるものではないですよ」

「助手の言う通りだ。犯人は警察に任せ、誠実に対応すれば美術館の信頼は落ちることはないと思う。今ここにある作品も年代が近く極めて見分け難いものであったことは年代測定の結果が物語っている」


「そうですね。誠実に対応してまいりますわ」

「ああ、それが大切だ。今日はワタシからも報告がある。おおよそ現状を矛盾なく説明できる犯人側のストーリーが構築できた。あくまでも仮説だがこれが依頼の答えということになる。お話してもいいだろうか?」

「はい。お聞かせ下さい」

では、と言って汐入は話し始める。金沢館長は真剣な眼差しで汐入を見つめる。

「その時々の犯人側の目論見も解説しながら時系列を追って話そう」




先ずは94年の盗難事件。この時、シャガールの真作とレプリカ二点が盗まれた。その後、一点のみを返却した。その時、犯が返却したのは非常に質の高い贋作だった。真作とその贋作をすり替え返却したんだ。

それは美術館側に返却されたものは明らかにレプリカではないと判断させ、鑑定結果として真作であると言う見解を受け入れ易くする為。レプリカも同時に盗んだ意味もそこにある。


真作が返ってきたとなると、何が起こるか?警察は犯人を追う手を緩めてしまう。だって真作が返ってきたのだからな。これが犯人の狙いだ。追われることがなくなった犯人は真作を持ち続けて盗難罪の時効成立まで時を過ごす。犯人側のリスク低減対策だ。


時を経て犯人は再び動き出す。盗難品を金に換える為だ。闇のマーケットで売却するのだろうが当然真作でないと高い値がつかない。つまり美術館に真作があっては困ると言うことだ。


そこで美術館にゆすりをかける。贋作と公表せよと。そして、その要求を催促する為にサンプル片を送ったというわけだ。

サンプルの年代測定の結果は先ほど金沢館長が話してくれた通りだ。ここから先は犯人の目論見と思って聞いて欲しい。


金沢館長がシャガールは贋作だったと公表したとしよう。犯人側としてはこれにより自分たちの所有しているシャガールこそ真作だという信憑性を担保できる。

そうなれば裏マーケットで真作価格で売れる。

これは想像だが94年に盗んだレプリカは目利きではない買主に売りつけるんだろうな。無論、真作だと偽って。そうなれば取り分は倍々ゲームになる。

そしてこれぞと思う買主にはさらに高額をふっかけて真作を売るのだろう。もちろん買主には、盗品だから決して口外しない様、言いくるめておく。買主は皆、自分が真作を買ったと思う。


多分犯人は組織的なプロ集団だ。この一件だけでは悠長に二、三十年も気長に待てない。恐らくこの様な案件を幾つも抱え、頃合いを見ながら金に換えているのだろう。

仮説は以上だ。


この仮説をどう活用するかは金沢館長の自由だ。

あと、差し出がましい様だが、捜査のアイディアについても付け加えておく。

この仮説が正しい場合、犯人は30年前の事件と繋がっている。当時は真作が返ってきたと結論付けたから殆ど捜査は進んでいないだろう。だからそれを再捜査して犯人に繋がる痕跡を探すことから始めるのがいいと思う。

多少時間はかかるが大丈夫だ。犯人は美術館が贋作と公表しない限りは転売しない。そのまま真作を持ち続けるだろう。

ある程度犯人の目星が付く、或いは犯人の行動を押さえられそうになったら、美術館から贋作について公表する。その時は闇マーケットの動きを掴める様予め警察に捜査網を敷いておいてもらう。公表後、必ず犯人は動き出すだろう。だから闇マーケットでシャガールを売りに出す奴を徹底的に追うと良い。


と、汐入は話し終えた。

「ありがとうございます。捜査のご提案も併せ有力な仮説として活用いたしますわ。警察に何とか犯人を突き止めてもらいシャガールを取り戻したいです。盗難罪は時効かもしれませんが脅迫罪などでどこまでできるか弁護士とも相談します」

「お役に立てれば何よりだ」

「陰ながらシャガールが戻ってくることを祈ってます!」

と僕は金沢館長を本心から励ます。こんな時でも動揺せずしっかりと現実に向き合う。なんて大人な女性なんだ!尊敬の眼差しで金沢館長を見つめる。



美術館からの帰り。汐入が僕に話しかける。

「なぁ、能見。貴様はあーゆー女性がタイプなんだな」

「はっ?な、何を言ってるんだ、汐入!僕は決して・・」

「ふふっ。隠さなくてもいい。寄り添いたい感、満載だったぞ!」

見抜かれていた!恥ずかしい!そしてなんか気まずい。いや、別に汐入に義理立てする必要はないのだけれど。

「そーか、そーか。あーゆうね、大人の感じか。ふぅん、なるほどねー」

とニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んでくる。

「だから、何を言っているんだ!違うって!」

なんか否定すればするほど空回るな。

「そっか、そっか、オ・ト・ナ、な女性な。ふふふ」

と汐入はどんな意味なのかわからない笑みを浮かべ、足取り軽く僕の先を歩いていく。

気まずい僕はその距離を保ち黙って駅まで歩いた。


            (贋作か?真作か? 終わり)

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