はじめましてあたらしい世界本当の自分
毎日電車に揺られて学校に行って電車に揺られて家に帰る。
繰り返しの日常がこれから死ぬまで続くのかと考えるとうんざりだった。
高校3年生、夏休みの昼下がり進路の決まっていない自世蓮人は学校に向かう電車の中で静かにうなだれていた。
ポケットからスマホを取り出し画面に目をむけるも将来に対する不安で押し潰されそうになる。
そもそもやりたい事なんてない。
宇宙飛行士、パイロット、漫画家、映画監督、俳優、科学者、プログラマー、料理人、花屋、ケーキ屋、医者、ボクサー、登山家、神様、王様やってみたい事はある。
しかしそれを本気で目指そうとするだけの情熱はないしどうせできないと理性が否定する。
やりたくない理由、できない理由ばかり浮かんでは消えていく。
そもそも心の底からやりたいなんて思ったことはない。
みんないつか死ぬのになんで頑張れるのか。
くだらない、分かってるこんな考えは幼稚で間違っていると言っても仕方ないことだとでも本気でそう思っている自分がいるのもまた事実だ。
暗い思考をしながらスマホの画面から目を離し車窓の景色に目を向ける。
「あれ」
電車の中にいた人が誰もいなくなっていた。
気がつかない間にみんな降りたようだ。
電車の中にたった1人、非日常そんな不思議な感覚で少し気分が良くなった。
窓にはいつもと変わらない景色が流れていた、だがなかなか駅につかない。
おかしいと思った次の瞬間に一気に窓が黒くなった。
学校の最寄り駅までにトンネルはない。
窓が光で真っ白になったと思ったらブレーキ音と共に電車が止まりあまりの異常事態にどうしたらいいか分からず立ち尽くす。
プシューと音を立ててドアが開いた。
蓮人は迷った末、戸惑いながらも開いたドアに向かって歩き始める。
緊張からかカツカツと靴が地面に当たる音が不思議とよく聴こえる。
しかし外を見てあまりの予想外の光景に全ての不安が吹き飛んだ。
「うぉ」
高い丘の上に吹いた暖かい風が蓮人の体を包み込む。
目の前には、風に揺れる真緑の草原がどこまでも続き、真っ青で雲一つない空が広がる。
ギンギンと光る白い太陽、それをバックにはるか上空に浮いている馬鹿でかい城、周りには小さな島がいくつも浮いている。
天空を突くようにどこまでも伸びる大木。
大木に負けずとそびえ立つ山々。
そして地上に広がる町。
ゴゴゴゴッバサァーゴゴゴゴォーーー
すごい音がして上を見上げると青い空を優雅に切り裂く赤い翼。
そう大きい翼、ゴツゴツとして硬そうで深い赤色の皮膚、ドラゴンだ。
ドラゴンが真上を滑空して通り過ぎっていった。
目の前に広がる景色、どこからとなく聴こえる鐘の音とサラサラとざわめく草の擦れた音、宙に浮いている島、あまりにも気持ちのいい暖かい風。
全てがここは異世界だとこの体にうったえかけてくる。
それなのに、なぜだろう突然異世界に来たというのに戸惑うどころか俺は……
心の底から込み上げてくるこの気持ちは抑えても抑えてもどれだけ自分に言い聞かせても自分自身を溶かしそうな程に熱く溢れようとしてくる。
今までの不安もこの突然の出来事も何もかも全てをかき消す。
そうだそうなんだ全身全霊魂の底の底の底から
「この世界を旅したい」
そう感じたんだ。
蓮人は嬉しさの余り、気がついたらいつの間にか電車から降りて走っていた。
草原にダイブして仰向けになり、大の字で寝てそして改めて自分自身に問いかけた。
ここで旅をするのかしたいのかと、答えの分かりきった問いで自分についていた鎖が全て外れた気分だった。
生まれて初めて心の底と自分の全てが合致したような気分だった。
ふと電車の方が気になったので見に行くとそこにはボロボロになり大量の草や木が侵食したもうほとんど原型のとどめていない電車の姿がそこにあった。
何がなんだか訳がわからないままたが、とりあえず定番のアレを呟いた。
「ステータス」
あれ?
「ステータスオープン」
何も起きない。
恐らく剣と魔法の世界と予測したのだが違うのだろうか。
少し恥ずかしくなったが切り替えて丘の上から見える一番近い村を目指すことにした。
丘から降りて草原を少し歩くと舗装された土の道を3人の子供が歩いていた。
「おーい」
小走りで子供達の方に向かい話しかける。
しかし子供達は聞いたことのない言語で話しておりますますここが異世界である事を感じさせる。
蓮人は言葉が通じない事にとてつもなく不安になった。
「村に行きたいんだけどついて行ってもいいかな?」
蓮人がなんとか身振り手振りを添えて伝えようしていたら男の子が村の方を指差して歩いて行った。
言語の違う相手に対して6歳程度の子供達が戸惑いや困惑の表情を見せず3人で楽しそうに会話を続けているのを見て驚いた。
「ここに来てから驚きっぱなしだ」
村に着くと子供達は何か呟くと浮遊して柵を越えて村の奥に行ってしまった。
蓮人は子供達が浮いているのを見て魔法があるんだと思わず心を躍らせた。
柵の前には真っ赤なスカーフを頭に巻き腰に剣を差した男が立っていた。
男は紐のついたキーホルダーのようなもを持っている。
形はカタツムリみたいに渦を巻いた球体である。
男はゆっくり歩いて蓮人に近づきそれを手に直接渡し首からぶら下げるようにジェスチャーした。首からキーホルダをかけると男の声が日本語で聞こえてきた。
「どうも初めまして!!」
元気な声が聞こえてきて驚くも余りの笑顔に緊張がほどける。
「初めまして。」
「君!名前は?」
「自世蓮人です。」
「ジヨ・レントか」
「僕はシュワ・サールだ。よろしくレント」
シュワと名乗る男は随分気さくに軽く話しているがレント魔法について知りたいがソワソワしながら聞いた。
「あのここはどこですか」
「やっぱりはぐれ人かすごい初めて見た。」
「え?」
シュワの話によるここはトソサン王国のはずれにある村らしい。
はぐれ人と言うのは突如別の世界からやってきた人間を指すそうで、この世界では歴史的に見たら珍しい事ではないそう。
先ほど貰ったキーホルダーのような物は魔道具と言って魔力を通せば誰でも使える魔法のこもった道具だと言う。
こもっている魔法は全ての言語を翻訳する魔法らいし。
シュワは子供達に魔法の力でレントの存在を伝られて魔道具の予備を持ってここで待ってくれていた。
「あの魔法ついて教えていただけませんか?」
「そんなかしこまらなくていいよ。」
シュワは笑って村を案内しながら魔法の説明をしてくれた。
魔法とは魔力を使って自身のイメージを具現化する物であり、魔力とは生命や炎や海や空や大地などが抱えきれず溢れて出たエネルギーのこと。
大昔から溜まったエネルギーは至る所に存在しており魔力を器、つまり自分の体に流し込むことで使えるようになりこの世界に来て間もないレントでも魔力を体に流し込みさえすれば使えるようになるとのこと。
だが魔法を使おうにも器に流し込む魔力の種類によって使える魔法が変わってくるらしい。
炎から溢れたエネルギーなら火の魔法が海から溢れたエネルギーなら水の魔法など。
この魔道具もシュワが生命の魔力を流してくれているだけでシュワから離れると機能しなくなる。
村では辺りでいろんな人間が魔法らしきものを使っているのが確認できた。畑を耕しているのは人ではなく土クレの人形であり、売買されている物は空中に浮かして受け取りをしている。
また訓練場のような開けた場所で火を纏ったり水の球体を動かしたりしていた。
「いい村でしょ」
そう言うシュワはとても愛おしそうに村を見ていた。
案内された場所はいかにも魔女が住んでそうな家だった。
「ここには魔力の扱いに長けたおばあちゃんが住んでるんだよね」
「魔法、使いたいんでしょ?」
「使いたい!!」
「リンドリさーん!!リンドリさーん!!」
シュワはそう言いながら扉を叩く。
「なんだいなんだい」
出て来たおばあちゃんは、おばあちゃんと言うにはいっさい歳を感じさせないピンとした背筋に力強い歩き方をしていた。
「この子の魔力の適性を見て魔力を流してあげてくんない?」
「全くこの子は説明をしっかりしてほしいってもんだよ」
説明を完全に省いて要件を伝えるシュワに困った顔をしながらもリンドリはレントの体に触れる。
体に手を当てながら器がいきなり流れる魔力に傷つかないように優しく魔力を流して循環させる。
「シュワさんなんかフワフワするんだけど」
「へー初めて魔力を流した時のことなんて忘れちゃったけど、リンドリさんに任せとけば大丈夫!!」
リンドリは魔力を流さず生きているレントががこの世界の人間でない事に気がつき驚いていた。
長生きはするもんだねぇと呟いている。
リンドリさんの年齢は一体いくつなのだろうか。
「ん、終わったよ」
「もう終わったんですか?これで魔法が使えますか?!」
興奮を隠しきれないレントをなだめながらリンドリは答える。
「今すぐにでもね。」
「ただあんたに馴染む魔力なんだけど、いくつか馴染まないものがあってね。」
「まず一番馴染んでる魔力は生命、次に大地だね。」
「あとは全部駄目。」
「え?」
生命の魔力とは一番一般的で形あるものに魔力を流すことで使用するもので代表的な魔法は自然治癒力を上げる魔法。
大地の魔力はゴーレムを作ったり家を補強したり防具や武器を作るなど自由な発想を形にできるものらしい。
「炎を撃ったり浮いたりは…」
「まぁ無理だね」
「でも魔法は想像と才能でなんだって出来る。」
レントはまず魔道具に魔力を流すところから始めてイメージの具現化のやり方を教えてもらった。
リンドリとシュワに魔法の練習に付き合ってもらい何度も試した結果、最初に成功した魔法は基礎の基礎ツチクレの魔法だった。
「できました!!」
「動かしてみよう」
シュワに言われなんとも不恰好だが形になった人型のツチクレを動かそうとするもそのまま倒れてしまった。
レントの作ったゴーレムは関節の可動域がなく、ひと固まりになっていて魔力を流しても意味がない状態だった。
ひとまず魔法を教えてもらったレントはリンドリに礼を言いその後シュワの家に案内された。
「シュワさん俺は少し魔法を練習したいから。」
「ほどほどに頑張って!!」
「明日は仕事を一緒に探そうね。」
レントはシュワの家の前で次の日の朝までゴーレムを眠らずに作り続けた。
「これが俺が旅をする為の唯一の希望なんだ」
そう言いながら一晩で試作したゴーレムは200体にも及んだ。