22 後悔するラカン(ラカンside)
「…………」
結局、僕はレティシアに気持ちを伝える事が出来なかった。
メルウィックと踊る彼女の瞳に、僕に向けられるものとは全く違う色を見たんだ。
僕と同じ金色の髪になったレティシア。
……美しかった。
別人のように思える。
黒髪のレティシアと金髪のレティシア。
どちらも同じ人物だというのに、その距離は遠く、届かない。
「……ああ」
夜会で自分がどう過ごし、どう帰ってきたのか覚えていない。
パートナーだったマール・ガレス侯爵令嬢に恥をかかせていなかっただろうか。
「ヴァリス。僕は、どこで間違った?」
「殿下……」
惹かれていたんだ。彼女に。
好きだったんだ、彼女の事が。
手を伸ばせば届く距離に居た筈なのに。
「メルウィックは、いつからレティシアの事を好きだったんだ?
僕の方が、先に、彼女の事を……好きだったのに」
王宮で出会って。
そして。
「……あー」
「ん?」
「それは、その。違うかと思います」
「何?」
何がだ。
「メルウィック師団長は、ラカン殿下とカーン嬢が出逢う前から彼女の事を目に掛けていらっしゃいますよ」
「……何だと? どういうことだ」
僕より先に?
「カーン嬢の【黄金魔法】の分析は、それなりに優先度の高い案件でした。
故に王宮魔術師団に囲い込んだ後は……もう少し、酷な待遇になる可能性があったのです」
「……初耳だ」
「そうでしょうね」
「酷な、とは例えば……?」
「結果としては、ラカン殿下のしてきた事と同じかと思いますが……もう少し時期も早く、かつ適切なケアなど望めなかったでしょう。
彼女は、その体調悪化について研究される事もなく、ただ黄金の量産に特化した魔術師として鍛え上げられ、そして王家に使い潰される……可能性がありました」
王家に、だって?
いや、僕がしてきた事と同じ?
「カーン嬢は第二師団に所属しています。確かに魔法使いとして一級であるメルウィック様ですが……。
研究だけなら、第一師団の魔法使い達もそう負けはしないでしょう。
……カーン嬢に王宮が目を付けた当初から、率先して引き取り、そして保護したのは、他ならぬメルウィック・スワロウ師団長ですよ。
彼がカーン嬢の王宮での立場と、権利を守り、後ろ盾についていました。
……言ってはなんですが、彼の後ろ盾がないならば陛下や、王太子殿下も、もっと彼女を『金鉱山』として利用していたかと思います。
なにせ文字通りに黄金を生んでいたのですから」
「何を……。兄上や陛下が、そんなに悪辣な事をするかのように」
「悪辣、と言えるかは分かりません。ただ王家とて無限に財源があるワケではないのはご存知でしょう。
政策資金に使うつもりなら、どれだけあっても足りません。
それが令嬢一人を使い潰すだけで事足りるならば……。彼らが動かすのは国ですから」
「……それは」
そうかもしれない。
だが。
「僕には協力してくれていたぞ? メルウィックも黙っていたじゃないか。
後ろ盾と言うならば、口出しをしてきてもおかしくなかった」
「口出しはしてきていたでしょう? 彼女の【黄金魔法】を使う頻度は控えるように、と。
彼にも彼の本来の仕事がありますし、常に見張っていたとは……。
ただ、カーン嬢を庇護する代わりに陛下や王太子殿下からの仕事を引き受けてもいたようです。
あとは」
「あとは?」
「……少なくともラカン殿下の『やりたい事』は否定する気がなかったんじゃないでしょうか。
殿下は私腹を肥やす為にはカーン嬢を頼りませんでした。
そしてカーン嬢自身も、その活動に同意していて、参加もしていた。
……その辺りが師団長の、殿下に対する牽制の弱さに繋がっていたのかと。
たぶん、陛下や王太子殿下が相手なら、もう少し厳しく彼女を守っていたのでは?」
一国の王と、王太子に向かって強気な……とは思うが。
メルウィック・スワロウは稀代の天才魔術師だ。
彼の仕事で王家が助けられている事も多くあると聞く。
それに厳しく、とは言うけれど彼なりに王家に義理は果たしている、らしい。
「彼は……そこまでレティシアの事を? じゃあ、まさか王宮に上がる前から気にかけていたのか?」
「確信はありませんが……。おそらく」
「ハ……。ははは」
じゃあ。
レティシアを好きだったのでさえ、メルウィックの方が先なのか。
それにずっと彼女を守ってきた?
僕は……守っては……いないな。
「なんだ」
これでは何から何まで、レティシアの事について、僕はメルウィックに及ばないじゃあないか。
彼女に好きだと伝える事さえ。
夜会の様子では僕は及ばないのだろう。
「ああ。僕の手はレティシアには届かないんだな」
夜会ではキラキラと輝いていた。
アレはメルウィックのだけではなく、レティシアの魔法だろうか。
本人は気付いていた様子はないが、あの夜会の中心はレティシアだった。
誰もが彼女に見惚れていたんだ。
あの瞬間。
彼女の手を取り、隣に居なかった僕は……そんなその他大勢のレティシアに惹かれた男の一人に過ぎなかった。
「僕は……もっと。恋をする事について学ばないといけないようだ」
思い返せば、どうして彼女に手が届くと。
心が通じると思い込んでいたのか分からない。
僕の好きだという気持ちを、レティシアはきっと何も知らないままなんだ。
そして……伝えるべき瞬間は、もう訪れない。
たぶん、僕の気持ちが伝えられる時間は、ほんの僅かな間だった。
黒髪のレティシアが、僕の傍に居た頃。
それだけが僕に与えられたチャンスだったんだろう。
「殿下……」
「すまない。すこし一人にしてくれ」
側近のヴァリスを部屋から下がらせる。
目頭が熱くなった。
僕は一人で……静かに涙を流す。
僕の恋は、言葉にして彼女に伝わる事なく、終わりを迎えたんだ。




