02 魔法のツバメ
「……ここ、は」
気が付くと私は、ベッドの上で横になっていました。
たしか私は王宮の廊下でフラつき、挙句に意識を失ってしまったように思いますが……。
それを誰かが運んでくれたようです。
流石は王宮。
倒れて意識を失った令嬢が目覚める場所がキチンとした室内のベッドの上とは。
これが治安の悪い場所だったらと思うと、王宮で倒れておいて良かった、なんて思います。
『キュイキュイ、キュー』
……と、鳥の鳴き声が枕元でしました。
首を傾けると、そこには。
「あら。ツバメ……? 部屋の中、なのに」
枕元に立ったツバメは、人懐っこく私の頬に頬擦りをしてきました。
可愛らしいですね。なんだか元気を貰えるようです。
けれど、こんなに人懐っこい鳥なんて?
あら? でも、このツバメは、もしかして魔法で編まれている……?
こんな事が出来るのは、もしかして。
「──少しは良くなったかな、レティシア」
「……!?」
ビックリしました。
部屋の中には私だけだと思っていたのです。
ベッドから少し離れた所に立っていたのは、先程、頭に思い浮かべた男性。
「──メルウィック様」
メルウィック・スワロウ様。
侯爵家の次男ですが、今はそれよりも『王宮魔術師』の身分の方が、彼を表すのに適切でしょう。
銀色の髪と青いサファイアのような色の瞳を持つメルウィック様は、若くして王宮魔術師団に入団した天才。
既に成人されている年齢で、私よりも4つ程は歳上ですが、今では筆頭魔術師とも、魔術師団のエースとも呼ばれている天才魔術師様です。
『万能の魔法使い』とまで彼を呼ぶ者が居るほど。
王宮魔術師団には、第一から第三までの管轄がありまして、メルウィック様は、第二師団の団長まで務めています。
私の正式な所属は、この第二師団となりまして、つまりはメルウィック様は私の上司に当たる方。
彼は私と、それからラカン殿下とも付き合いがある方です。
私の【黄金魔法】の調査、研究などを担当・補助していただいたのは何を隠そう、このメルウィック・スワロウ様でした。
貧乏落ちぶれ令嬢な私と言えども伯爵令嬢。
下手な魔術師に預けて非人道的な研究材料に……なんて事はないよう、陛下に推薦されたのが彼。
まぁ、そこには王家の思惑とか、派閥争いとか裏側にあったりなかったりですが。
王宮や社交界での交流、政治などからは遠ざかっているカーン伯爵家ですので、あまり気にせず。
メルウィック様との交流が始まったのが、私が王宮に来た3年ほど前。
ですのでラカン殿下とほぼ同じぐらいの交流期間ですね。
「まだ安静にしていてね、レティシア。キミ、王宮の廊下で倒れたんだよ。
ちゃんと医者に診て貰って。もう女医を呼んでいるからね」
「はい……」
医者に診て貰っても変わりない、とは思う。
だって倒れたのはきっと。
「…………【黄金魔法】を、また使ったの? レティシア」
「うっ」
メルウィック様の表情が心配げなものから、少し呆れたものへ変わりました。
「代償の重さは何よりキミがよく分かっている筈だし。
俺も何度か、キミやラカン殿下に控えるよう止めたんだけどね?」
「うぅ……。それは、」
そうです。
【黄金魔法】については共同研究者のメルウィック様。
ですので相談だってしていました。
そもそも私の魔法の代償を最初に突き止めたのはメルウィック様です。
曰く、社会的価値観がなくとも黄金とは価値あるモノ。
その価値故に代償を伴うそうですが……。
「……はぁ。またラカン殿下のお願いかい?」
やれやれ仕方ないと困った風にメルウィック様は、ため息をつかれました。
「……はい。やんわりとお断りしたい雰囲気は出したんですけどね」
「断り切れなかった?」
「貧しい民を救う為と言われては、……私も貧乏貴族の端くれですので、つい」
私なりに尽くして尽くして、身を粉にしてきたつもりです。
幸福を手にした民も居て、救われた者もいて、成果はある……。あるのですから。
「……献身の心は美しい。否定されるべきじゃない。
でも、他人を助けるのは、やっぱり自分に余力がある時だと思う。
それでも、自分を犠牲にしてでも助けたい、とそう思う時はあるだろうけれど。
……それはレティシア。
キミが特別に愛する相手にだけ捧げるべきものなんだよ」
「……メルウィック様」
「民を救えた事は素晴らしい。
でもね。それはキミ一人で成し遂げる事じゃあないんだ。
責務を負うのはキミだけじゃない。
ラカン殿下だけでもない。
貧民の救済は国が成すべき義務だろう。
王族の責務ではある。
その臣下の僕達、貴族の責務でも。
……でも、けっしてキミだけが犠牲になる必要はないんだよ、レティシア」
「メルウィック様……」
じわりと涙が滲みました。
はい。分かってます。
分かっていたんですが……。流されて、こうなるまで来てしまったのですよね、私。
ラカン殿下を恨んではいません。
断りきれなかった私と、耐え切れなかった私の責任なのですから。
「ラカン殿下は、私にしか出来ないからと。私にしか救えない民が居るからと」
「……状況や、キミの魔法が異なれば、納得もするけどね。
違うだろう? ラカン殿下の言う、キミにしか救えないとやらは、ラカン殿下が努力して予算を獲得してからすべき事だ。
真に貧民に責任を持つ立場ならね。
……レティシア。
キミという黄金が傍に居るから、彼は安易にキミを頼るのさ。
キミが居なければ、そして真に貧民の救済を渇望しているのなら。
王宮の何かを、或いは自身の何かを切り詰め、犠牲にして黄金の代わりを捻出した筈だ。
……そうして初めて真に理解するんだと思う。
予算、資源というのは有限だということを。
だからこそ悩みに悩んで、誰に優先的に手を差し伸べ、どこから救い、どこまで手を貸すのか。
……そういったことに真剣に悩むようになれるんだ。
少なくともキミの両親や、陛下、王太子殿下達はそうしているよ」
「…………そう、ですね」
私が居るからラカン殿下は、あんなにも軽々しく私に代償を求めてしまう。
そもそも潤沢な資金が王家にあるなら、陛下や王太子殿下がとっくに貧民の救済を行っていた筈です。
陛下も王子達も非人間ではありません。
それが出来ない、しないというのであれば、ラカン殿下は、まずそこから突き詰め、理解していくべきで……。
「それでも、私は所詮は黄金を生み出すしか出来ない女なんです……」
その役割を放棄したら、私はどうなるでしょう。
カーン伯爵家への支援も出来なくなります。
黄金の魔法は、長く私と共にありました。
黄金を生み出さない私は……。
「レティシア。キミに面白い話をしてあげよう」
「……はい?」
メルウィック様は、少し調子を崩して優しい笑顔を浮かべました。
思わずドキリと胸が高鳴ります。
体調が悪くても、心臓はその事を知らず。
私の短い令嬢人生において、歳の近い異性というのはラカン殿下と、このメルウィック様ぐらいしか付き合いがないワケで。
メルウィック様は、なんというか、こう、私好み……ではなく、普遍的、客観的には女性に好かれるべき容姿、体型をしていらっしゃるので。
ええ、はい、第三者から見れば確実に魅力的と感じるに違いない男性なのです。
けして私が特別なワケではなく、あくまで客観的な評価として!
「キミは自分の魔法の才能をどう思っている?」
「え? その、黄金を生み出す魔法だと」
経済的に大問題なユニーク魔法です。
『万能の魔法使い』のメルウィック様とは大違い。
「そう。でも、あえてこう言おう。キミの魔法はね。究極の魔法のひとつだ」
「え? は……?」
きゅ、究極……?
私は首を傾げました。
「……キミも察している通り。レティシアの【黄金魔法】を王家は出来れば、他の者でも再現したいと考えていた」
「まぁ、はい。金鉱山みたいなものですからね、私……」
その気持ちは分かります。はい。
「だから俺もこの件には積極的に関わるように命令を受けてる」
「そう、ですよね。メルウィック様が私とお話するのは王宮魔術師としての仕事だから……」
ジクリ、と胸の奥が痛みます。
あくまで仕事で。
「うん。そのお陰でレティシアとたくさん話せるようになれたんだ。
これも役得というヤツだね」
「えっ」
「うん?」
私はマジマジとメルウィック様の青いサファイアの瞳を見つめました。
首を傾げるメルウィック様。
気のせいでしょうか? 今の発言は意味合い的に……?
私の頬に熱が上がってきます。
「で、長くキミの魔法について研究してきたんだけど。
今日、陛下には答えを出してきたよ」
「答え、ですか?」
「うん。【黄金魔法】はレティシア・カーン、キミにしか使えない究極の魔法だ、と」
「……えと。その究極の魔法というのは?」
「うん。結論を言うと【黄金魔法】は、類稀な魔力量がなければ使えない。
量だけじゃなくて質も大事かな。
圧倒的な才能の上に、さらに『代償』という枷を付けてブーストさせる事で、ようやく本物の、この世に残り、資産価値のある黄金を生み出す事が出来るんだ。
解き明かせばシンプルな話だったよ。
キミ以外には無理。
俺でも無理な話なんですよ、と陛下には言っておいた」
「────」
えっと。ええと?
「つまり?」
「レティシア。キミは俺以上の才能を持つ魔術師なんだ。
自分で言うのもなんだけど『万能の魔法使い』である俺以上の天才なのさ」
「め、メルウィック様よりも、と言われても困るんですけど……」
貴方様の世間の評価をご存知ないのですか、と。
「キミに比べれば俺は、万能と言うよりも器用貧乏かな? 俺は色んな事が出来るけど……。出力という視点で見れば、キミには全く及ばない」
「ま、全くですか」
「うん。まったくね。……例えば、一般の魔術師が使う魔法を一律で初級魔法としよう。
そして俺は中級魔法を使っている事で皆から天才だなんだと褒められている。
では、キミはというと」
「上級魔法を……使っている?」
「いや」
メルウィック様は首を横に振りました。
あ、違うんですね。は、恥ずかしい……。
ちょっと調子にのりました、レティシア。
中級の少し上くらいですよね。
「キミだけ『上級魔法の上』の『超上級魔法の上』の『超最上級魔法』を使っている。
……みたいな事だよ。
あはは。そりゃ、圧倒的に格上なんだから俺の解析も中々進まないよねー」
「え、えぇえ……!?」
何ですか、その評価!
「うん。そりゃ黄金なんだから、それぐらいね?」
「そ、そんなもの、でしょうか? でも、私、他の魔法が上手く使えなくて」
「……出力が大き過ぎて、才能があり過ぎるんだよ、レティシアは。
キミに普通の魔法を使えって言うのは、大人に子供用の服を着て動き回れって言うようなもの。
上手く出来る筈がない」
「で、ですが……そんなに私に才能があるのでしたら、この代償は?
生命力を失う程の代償なんて」
「……レティシアだから、その程度で済んでいる。
そう言えば良いかな。
【黄金魔法】を使うには、類稀な資質、魔力量がなければ成立しない。
代償を支払う事で、ただの魔術師でも無理矢理に黄金を作れなくはないけど、生み出されるのは粗悪な黄金もどきだろうね」
「…………」
私は、ぼーっとメルウィック様の話を聞いていました。
そんなに凄い、才能? が私にはあった……?
「ですが、代償を支払ってまで黄金を生み出したい、なんて。私は思っていませんでした」
どうしてそんな魔法を使えてしまったのでしょう。
私は黄金魔法によって失われた髪の色や、瞳の色、崩れて治らない体調を考えて悲しくなりました。
「……幼い頃のキミは、もしかしたら望んだのかもしれないね。
カーン伯爵家の事は知っているよ。
キミは、両親や領民達を貧しさから救ってあげたかったんじゃないかな。
そして、そんなキミの想いに応えた、キミの才能が【黄金魔法】を作り上げてしまった。
たとえ、その身体に代償を伴うのだとしても。
伯爵夫妻やカーン家の者、民が幸福になるのならば……と。
……幼い者の創作魔法は、理論よりも感情が大きく影響するからね。
【黄金魔法】は、生来から献身的で他者への愛に溢れていたレティシアだからこそ、生まれてしまった美しい心の魔法だ」
「メル、ウィック……様……」
ああ。そうなのかしら。
そうだったらいいな。
幼い頃の想いは、そうだったのかもしれない。
領地を立て直そうと苦労する両親、祖父母。
屋敷に勤める者達、カーン領の民……。
彼らを救えるのなら、と今でも思うのだもの。
でも……。
大きくなり、成長した私は、女心を得てしまった私は……あの美しかった金の髪を捨てたくなかった。
エメラルドの瞳を失いたくなかった。
健康な身体だって。
──何故なら、だって。
黄金の髪があれば、メルウィック様の白銀の髪にも釣り合っていたでしょう。
彼と並んでいても恥ずかしくならなかった。
エメラルドの瞳があれば、メルウィック様のサファイアの瞳を見つめ返しても、私は自信を持って心から笑えました。
健康な身体があれば、彼の……必要な事をできる伴侶にだってなれたかもしれません。
ラカン殿下は、それらを失った黒髪と黒い瞳の私を誇りに思っていいと言うけれど。
私は元の私が良かったんです……。
民を救えた事に後悔なんてしたくないのに……私は……今もウジウジと悩んでしまって。
「ところで、レティシア」
「はい……」
私はどうしようもない気持ちを自覚した、好きな人の前で。
涙を堪えて感情を隠しながら私はメルウィック様の声に答えました。
「今の黒髪のキミも、もちろん素敵だとは思うんだけど。
ああ、健康な方が良いとも思うけど。
……キミが好きな、キミを取り戻しても罰は当たらないと思うよ」
「え……?」
メルウィック様は何をおっしゃってるのかしら?
首を傾げると同時に、そっと彼が窓を指差しました。
すると魔法の光が優しく煌めき、カチャリと音が鳴って、私達の居た部屋の窓が開かれます。
『キュイキュイ、キュー』
鳴き声を上げながら部屋に入ってきたのは……ツバメ?
「このツバメ、やっぱりメルウィック様の?」
「うん。俺の魔法で作った魔法のツバメ。
今は、あるモノを集めてくるように命じて、王国中に放っている。
この子は、その内の1羽だね。
今、帰ってきたみたいだよ」
「あるモノ……? あら、この子、何か咥えているわ。
これは……え、黄金の、カケラ……?」
ツバメが嘴に咥えていたのは黄金の欠片でした。
「──その黄金のカケラは、レティシアの支払った生命力だよ」
「えっ」
私の?
「黄金のインゴットをそのままの形で使い続けるのは中々に難しい。
削られたり、削った後の欠片を捨てられたり。
余す所なく使いたいのが人情だけれど、そうもいかない。
加工後の人に要らなくなった部分は生まれる。
キミの生み出した黄金の魔力残滓を追跡するように、ツバメをたくさん生み出して、王国中に放ったんだ。
……特に近頃のラカン殿下は、大口の資金化ではなく、数多くに行き渡るような分配を望んでいたからね。
人々の生活には不要になった、なくなっても誰も困らない部分の黄金。
それらから、キミの生んだ黄金のカケラを咥えて戻ってくるように魔法のツバメに命じてある」
「それは……何故?」
メルウィック様は、優しい笑顔のまま、私を見つめました。
「キミの黄金は、民を幸せにして。それからキミにまた戻ってくる。
生命力とは寿命とは違うもの。
ある程度を取り戻せば、キチンとキミ自身の体力で回復するようになるよ。
長くキミの魔法に付いて研究してきたからね。
これは確信を持って言える。
キミに、金色の髪と、エメラルドの瞳を返すまでツバメ達は飛び続ける。
……ごめんね、時間が掛かって。
キミの魔法への解析と理解が必要だった。
これなら誰に不満を持たれる事なく。
レティシアに負担を掛ける事なく、キミの生命力を取り戻せる。
この魔法のツバメは、レティシアの為に作った魔法だ。
もうキミが一人だけで身を削り続ける必要なんてないんだよ、レティシア」
ふわりと。メルウィック様の指先でツバメが咥えた黄金のカケラが光へと変わりました。
そして私の前髪に、その光が宿ります。
「あっ……」
1本。たった1本ですが私の目には、かつてと同じ金色の髪の毛が見えました。
「──今度は、人々の幸せを願ったキミ自身の幸福を、どうか手に取れますように。
レティシア」
メルウィック様は、優しい手付きで私の金色の髪の毛に手を添えて微笑みました。
……私はメルウィック様の前で、とうとう堪え切れずに涙を溢したのです。
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