17 夜会への誘い
スワロウ侯爵家は、カーン伯爵家とは違い、間違いなく名門貴族です。
領地運営も滞りなく行われ、領民が不満を抱えている事も……おそらくないでしょう。
まぁ、メルウィック様がカーン領に協力してくださるぐらいです。
そのカーン領は領地運営が彼の協力で上向きに。
もしも自領が困っているのなら、そもそもそちらに手を尽くしますよね。
スワロウ家において、何故かとても手厚く歓迎されている私は、メルウィック様の母親である、イゼッタ・スワロウ侯爵夫人の着せ替え人形? と化していました。
本当に何故なのかしら……?
「レティシアさん。今、貴方の髪の毛は魔法治療の最中なのですって?」
「はい。イゼッタ夫人。その、私の魔法によって負っていた代償を、メルウィック様のお陰で緩和している最中なんです」
鏡の前に静かに立ち、されるがままの私。
今は、かなり元の髪や瞳の色に近付いていますね。
ここまでくれば気にならないような、でも、あと一声は欲しいような。
メルウィック様は……元の私の姿を好んでくださるでしょうか。
「そう。あの子の事ですから任せても大丈夫なのでしょうね。
でも、魔法ではないケアをしても良いでしょう?」
魔法ではないケア。
普通のお手入れ、という事ですよね。
「は、はい。平気、です」
私の髪や瞳の色を変えてしまったのは生命力の消費です。
単に痩せるのとは違う、失ってはならない活力の消費でした。
でも、ここまで目に見える形での消費は、きっとそうは起きないんじゃないでしょうか?
それに、キチンと管理さえしていればある程度は、その消費も魔法を使う際の視野に入れられるのかも……?
メルウィック様はどうお考えかしら?
「ふふふ」
イゼッタ夫人が私を見て微笑みます。
周りには侯爵家の侍女さん達。
そしてイゼッタ夫人。
特にカーン家から付き添ってくれた侍女などは、おりません。
……つまり味方は居ない状況ですね?
あれ。
今更ですが、これはよろしくないのでは?
ちょっとメルウィック様との馬車の旅と、個人授業に舞い上がっていました。
婚約者でもない貴族令息の実家を相手に、実は、かなり図々しい態度ではありませんか、私……?
「レティシアさん、貴方」
「は、はい!」
イゼッタ夫人が穏やかに微笑み、鏡越しに目が合います。
「……あの子の事、好きなのかしら?」
「えっ!?」
ドキリ。
と。気持ちを言い当てられて困りました。
好きな人の母親を相手になんとお答えすれば?
「ふふ。良いのよ。今の反応だけでも察したわ。
そもそも、その気がないなら、幾らなんでも侯爵家にまで来たりはしないわよね」
「そ、それは……! そう、ですよね……」
気軽過ぎました。
相手は侯爵家。家格も上の方達です。
これでは、まるで平民の? 男女関係のような交流の求め方かも……。
私は、平民の価値観をそれ程に知っているとは言えないかもしれません。
貧民地区で暮らしている人達と交流する機会には恵まれましたが、貧乏な伯爵令嬢という、どちらにもつけない微妙な立ち位置。
相手の居住地に誘われ、同行し、過ごす。
気を許している、近しい間柄でのその交流手段は……貴族令嬢らしからぬ、と言われてしまうと、ぐうの音も出ませんよね。
しかも下心がなかったかと言えば、いえ、全くのウソなワケでして。
出来れば、あの方と近しい存在になりたいと私は願っていたのですから。
「カーン家でどう教わったかは分からないけれど。
ただ、ね。貴方自身にその気があって良かったと思うわ」
「え、そうでしょうか」
「全くそのつもりがない伯爵令嬢を家に連れ込んだ、と噂されては外聞が悪いでしょう」
まぁ、それは……そうですよね。
はい。悪いのは私ですね……。
「少なくとも貴方は機会を求めてきたのよね? しばらく我が家に居る言い訳は用意しているのでしょう?
なら手にした機会を活かすことね」
「そ、その。良い……のですか? スワロウ家としては、メルウィック様は、引く手数多の男性でしょうし」
「そうね。でもメルウィックは次男よ。王宮魔術師団の師団長なんて名誉を賜ったけれど。
スワロウ侯爵家は継がないの。
……だから、あの子に求められる縁談は婿入りなのよね。
我が家と繋がりたい家、それも当主となる予定の令嬢。
……意外に多くはないのよ?
長女が女性でも、弟が生まれればそちらに爵位を継がせる貴族が多数派だからね」
パシヴェル王国では女でも爵位を継げます。
そしてメルウィック様のような次男でも継げまして、長男だけがという制限はありません。
ですが、私達の時代ですと王族に生まれた子が皆、男性の王子でしたからね。
同じ年代に生まれた貴族令嬢は、当主を継ぐ教育を受けるよりも、嫁入りを優先した教育を受けてきた方が多いのです。
結果、家門の爵位は弟などが継ぐように教育されます。
そうした各家の状況により、婿入りの政略結婚を望む家は少ない……ようですね。
という事は、意外と爵位を継がないメルウィック様を求める女性は……少ない?
あくまで感情ではなく、政略的な見方ですけれど。
でもメルウィック様は素敵な方で地位もありますから、やっぱり人気なのかも。
「侯爵夫人としては、レティシアさんを否定しないわ。もちろん、私の夫、スワロウ侯爵もね。
家の事は別にお考えなさい。
……レティシアさんの、そしてメルウィックの気持ちを優先して構わないわ。
カーン家としては、あの子に不満もないのでしょう?」
「ふ、不満などと。でも」
メルウィック様との仲を応援してくださっている、で良いのですよね?
「あ、ありがとうございます……。頑張らせて、頂きます……」
「ふふふ。レティシアさんみたいな可愛い女の子が娘になってくれたら、私も嬉しいわ」
「は、はい……」
……鏡に映る私の顔は、真っ赤に染まっていたのでした。
◇◆◇
「レティシア」
「メルウィック様」
私は、侯爵家の屋敷の中に客室を用意されました。
つまり泊まり、ですね。
自分の家に意中の相手が居るのとは違う緊張感。
手持ちの荷物を超えて、様々な用意が手厚くされていました。
そんな客室にメルウィック様は訪ねてこられたのです。
「少し庭を散歩しないかい?」
「散歩、ですか」
「天気も良いからね」
「はい。メルウィック様。お付き合い致します」
スワロウ邸の庭は大きいです。
それに手入れが行き届いていますね。
カーン家も庭の手入れはされていますが、やはり人手不足で手が回っていません。
娘の私も長く離れていましたしね……。
王宮で働く事が親孝行でもありましたが、もっと身近で両親を支えて生きたいものです。
「レティシア。キミの体調は、かなり良くなってきていると思うけど。キミ自身はどう感じる?」
「そう、ですね。かなり体力も戻った気がしますし、その。見た目も……。本日はイゼッタ夫人のお陰も大きくありますが」
「母上は娘が欲しかったんだよ。一緒にお洒落を楽しみたかったらしい。
楽な気持ちで付き合ってくれると嬉しいな」
「そうなのですね。もちろん、私で良ければ喜んで」
……と。あら?
今のは、かなり……攻められた要求になりませんか?
メルウィック様の母親が、娘扱いをしてくるのを受け入れる。
つまり……、なのでは?
ど、どうなのでしょう?
貴族特有の遠回しなアプローチですか?
それとも、ただの世間話で他意はない?
私はメルウィック様をお慕いしていますが、彼の気持ちは……?
散歩をしながら、チラチラと彼の表情を窺います。
いけませんね、分かりません。
私の願望ありきで好意が見えるのか。
客観的に見ても、私に好意を持ってくださっているのか。
「レティシア」
「は、はい!」
とにかく先に惚れてしまったのは私なのです。
ど、どうにかアプローチをしたく思いますが……。
「前からラカン殿下に誘われていた、ダンスパーティーをする夜会があるだろう?」
「へ」
どうにか話題にされている事柄に思考を引き戻します。
「は、はい。ありますね」
「あの夜会は諸侯……いくつかの侯爵家と、一部の伯爵家が出資して開かれるんだけど。
スワロウ家も実は開催側に噛んでいてね」
「そ、そうだったのですね?」
それは驚きました。
中々、大規模な参加人数の夜会と聞いています。
参加すれば、多くの高位貴族達の目に留まるでしょうね。
「その夜会になんだけど」
「はい」
「──レティシア、キミと一緒に行きたいんだ」
え。
……メルウィック様が、まっすぐに私を見つめてきます。
夜会に、メルウィック様と? 私が?
「もちろん。ドレスは贈らせて貰うよ。ダンスが苦手なら無理をして踊らなくてもいい。
けど。
俺のパートナーとして一緒に夜会に参加して欲しい、レティシア」
「────」
私は口元を手で抑えて、驚きと……色々な感情が溢れるのを我慢しました。
「キミの黄金の髪と、エメラルドの瞳に似合うドレスを贈らせて欲しい。
……どう、かな?」
いつもは自信に溢れたメルウィック様。
ですが、このお誘いの時ばかりは、彼も頬を染めて恥ずかしがっていました。
……メルウィック様も、私を想ってくださっている。
そんな風に気付けた瞬間です。
当然、私の答えは──
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