15 問題は多く(ラカンside)
……少し愚痴をこぼさせて欲しい。
陳情書が多くなった。
2つの支援地区からの言ってしまえば、苦情のようなモノが沢山届くようになってしまったのだ。
前に分けたように言えば、元の支援地区であるA街からは、支援計画を止められてしまうのではないかという強い不安の声が。
新規に手を出し始めていたB街からは、気が滅入るような苦情の声だ。
B街からのモノは分かる。
支援されると思った矢先の遅延、さらに支援の打ち切りの匂わせだ。
『期待させておいて……』と怒りたくもなるのだろう。
相手が王族である僕だから、致命的な事件には発展していないが、せっかく築き上げていた評価は落としてしまっただろうな……。
「……おそらくカーン嬢が姿を見せなくなった影響かと思います。あの方は、こうして思えば象徴のような方だったのでしょう。
彼女が頑張る姿を見れば自分達も……と」
「レティシアの影響、か……」
とどのつまり。
どちらの貧民地区からの陳情も、原因はレティシアの不在じゃないか。
A街は直接的な活動の影響。
B街は……潤沢な支援資源があれば、このような不満を持たせなかった筈。
「……ヴァリス。レティシアを呼び戻すよ」
「また手紙を送るのですか?」
「いや。それも送るが……今回は、少し強引に行こう」
「……強引に? とは」
「近衛をカーン伯爵家に派遣する。
手紙を持たせ、レティシアにすぐ王宮に戻るように、と。
……少し強めに声を掛けるよ」
「……あまりオススメしませんが。何故、そこまでするのですか?」
「何故だって?」
ヴァリスは何を言っているんだ。
「この状況を確認すれば分かるだろう? すべてレティシアがここに居れば解決した事ばかりじゃないか。
彼女が居れば、僕がここまで奔走する事もなかっただろう」
「……民の為に奔走するのが、おイヤなのですか? ラカン殿下は」
「そんな事は言っていない。
ただレティシアが居れば解決する問題だと言っているんだ」
「……旧支援地区からの訴えはそうですね。
ただ、彼女一人で彼らの生活すべてを支えていたワケではありません。
彼女が孤児の子供達と手を取り合う姿。
時に自分達に手を差し伸べる姿。
……そのような光景や繋がりが、彼らの心の支えになっていました。
でも、直接的に必要な事ではない筈ですよ?
特に健気に頑張る、美しい令嬢が……そこに居なければやる気が出ない、と言うのは、やはり何か違うだろうと」
それは。
気持ちは分からなくはない、けどな。
「新地区に関しては彼女の責任などないかと思いますが。
……殿下。またカーン嬢に黄金を求めるつもりですか?」
「苦しんでいる民の為だ。何かおかしいか?」
「……身を削っているのはカーン嬢ですよ」
「それはそうかもしれないが……」
「ラカン殿下は、スワロウ師団長の報告書には目を通されていますよね?」
「……ああ」
レティシアの【黄金魔法】は生命力を対価にして行使される。
使い続ければ彼女は、と。
「だが療養期間は1ヶ月も取ったのだろう? ならば、そろそろ問題はない筈だ」
「…………ラカン殿下」
むぅ。ヴァリスが冷めた目で、椅子に座る僕を見下ろした。
「はぁ……。とにかく。命令なのですね? 少し厳しくカーン嬢を呼ぶ、と」
「そ、そうだ」
「少しだけ厳しく、で良いですね」
むぅ。
少し、まぁ、少しだ。
多少、強引……やり過ぎない程度に。
令嬢に対する敬意はもちろん払う程度に。
そうすればレティシアは王宮に帰ってくると考えた。
なのに。
「何? カーン伯爵領を既に出た……?」
「そのようです」
後日、また多くの陳情を受けつつも、カーン家に向かわせた使いからの報告を受け取る。
すると予想外の答えがまだ帰ってきた。
レティシアは……スワロウ侯爵家へ向かったと。
しかも『万能』のメルウィックと2人で。
「なん……だと……」
メルウィック・スワロウ。
王宮魔術師のエース、第二師団長、万能の魔法使いのメルウィック。
たしかにレティシアと彼が交流をする機会はあった。
だが、その程度の関係……だった、筈なのに。
「む、無理矢理に誘われたんじゃあないのか?」
「……第二師団長は、そんな事をしないと思いますが。報告ではカーン伯爵夫妻とも良好な関係を築いている様子で。
善良な伯爵ですし、カーン嬢本人の意思でスワロウ師団長と共に侯爵家に向かったのでしょう」
僕は、頭が真っ白になった。
思い描いていた未来が、ガラガラと音を立てて崩れていくような、そんな感覚。
どうして。
どうして……こうなったんだ?