13 ガレス嬢再び(ラカンside)
「ガレス嬢からの手紙か……」
諸侯主催の夜会。
ダンスパーティーの開催も、もうあと1ヶ月に迫っている。
普通は既にパートナーを決めていて、着ていく衣装も整えておかなければならない。
特に令嬢のドレスの準備には時間が掛かるものだ。
それにダンスパーティーなのだから、ダンスの合わせもしておかなければ会場で恥をかいてしまう。
……今すぐ、ここにレティシアが現れでもしない限りは、予定的に厳しいものがある。
「ガレス嬢は、自身のパートナーを決めずに僕からの誘いを待っていた様子だな……」
「それはまた、賭けですね。殿下が別の相手を誘うつもりなのは聞いていたでしょうに」
先の事情なので、パートナーを中々決めないというのは不都合が生じる。
自身が選ばれると信じていた自信家と言うべきか。
それほど僕と夜会に参加したくて待ってくれていて、健気だと思うべきか。
高位貴族であればダンスの練習など普段からこなして身に付けているだろうが……。
「ラカン殿下。流石に残り1ヶ月。カーン嬢が戻っても体調が思うように戻っているとも限りません。
夜会に参加するのを止める気がないなら、ここまで待ってくれたガレス嬢にパートナーを申し込むべきかと」
「……そう、だな」
僕は黒髪の彼女を頭に思い浮かべる。
未練がましく、だ。
こんな事ならば、もっと早くに婚約を申し込んでおくべきだった。
そういう関係であればレティシアだって勝手はしなかっただろうし、僕も正式に彼女を咎められたのに。
「ガレス嬢が一度会いたいと言ってきている。
応えるとしよう。ヴァリス、準備を頼めるかな?」
「かしこまりました。ラカン殿下」
そうして僕は、王宮にマール・ガレス侯爵令嬢を招き、会う事にした。
「ラカン殿下。お久しぶりでございます。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
高位貴族らしく整ったカーテシーを見せ、ガレス嬢が僕に挨拶をする。
「うん。サロン以来だね、ガレス嬢。
それで単刀直入に話をするのだけど。
ガレス嬢は、夜会のパートナーは決まったかな?」
「……いいえ。私は、ある方と踊れるのをずっとお待ちしていましたの。
その方は生憎と別の女性を誘う予定と聞きましたが……。
一縷の望みをかけて、その方から誘われるまで待っていましたわ」
「そうか。その、待っていた相手というのが……僕であれば、と思うのだが。
どうだろうか? マール・ガレス嬢。
君さえ良ければ……僕と夜会に参加してくれないか?」
僕がそう言うと、華やいだ雰囲気でガレス嬢が笑みを浮かべた。
「はい! ラカン殿下、喜んで殿下のパートナーを、このマール・ガレスが務めさせていただきますわ!
……あ、ですが、その」
「うん? どうしたんだい?」
「……大変、失礼ながら。殿下は以前、カーン嬢をお誘いになると聞きました。
その。カーン嬢は……」
「ああ。実はレティシアは以前から体調を崩していてね。
彼女は、しばらく王宮にも帰っていないんだ。
だから、彼女は夜会には参加できないそうだ」
「そうなのですね? では、私。カーン嬢に遠慮などしなくて良いのかしら……」
「ああ。僕の手を取ってくれると、ありがたい。ガレス嬢」
「ふふ。分かりました。それではそうします」
アメジストのような紫の瞳を細めて微笑んでくれるガレス嬢。
僕に好意があるのだと分かる。
……思えばレティシアとは仕事の話ばかりで、こんな風な視線を向けられた事がないな。
僕は……どうだろう?
勝手に気持ちが伝わると思っていたワケではない。
ただ、これからも傍に居るだろうと、そう思っていた。
「殿下。それではダンスの練習など如何でしょう? 早い内に互いの技術を確認していた方が良いかと存じます」
「そうだな。今日、時間があるのなら、このまま僕の私室に案内させて貰うよ」
「まぁ! もちろんですわ。今日はラカン殿下の為に時間を取ってあります」
「そうか」
今、ガレス嬢の応対をしていた場所は応接室だ。
ダンスのパートナーとはいえ、令嬢に良からぬ噂は立てられない。
私室に招きはするが、キチンと人の目があるように手配しておいた。
「…………」
僕はガレス嬢を案内する。そして王宮内を歩くガレス嬢の様子を窺った。
視線は動いているものの、落ち着いた様子だな。
それほど王宮に上がる機会もないだろうが、雰囲気には慣れている様子だ。
その辺り、流石は侯爵令嬢。
高位貴族としての教育をキチンと受けていることが分かる。
……レティシアは何年経っても王宮には不慣れな様子を見せていたな。
伯爵家と言えば高位貴族にはなるものの、カーン家は社交界からも離れている。
場慣れなどはしていない。
王宮の空気から少し距離を置いた雰囲気がレティシアの魅力だった。
平凡さ、とは違うな。
僕が表現するのも違うけれど、庶民的と言うべきか。
扱う魔法とは裏腹にレティシアはそんな人だった。
「あら」
「ん? あっ、」
(……しまった)
ガレス嬢付きの侍女らも一緒に、彼女を私室に招き入れたところ。
……そこには既に仕立ててあったレティシア用のドレスが飾られていた。
レティシアの黒髪に似合うよう仕立てたものだ。
「素敵ですわ! ラカン殿下、こちらはもしかして私の為に用意してくださったドレスですか?」
「が、ガレス嬢。それは、その」
「はい。殿下」
ニコニコと。微笑んでくれるガレス嬢。
……ただでさえ別の女性を誘うと言っていたのだ。
せっかく夜会に共に参加してくれると決めた、その次の瞬間に『別の女性の為のドレスを用意していた』とは……とても言えない。
ダンスのパートナーをわざわざ不機嫌にさせる意味はまるでない。
「その。改めて本人に合わせて仕立て直す必要があるが……。このようなドレスも似合うか、と」
もちろん王子の品格維持費を使って仕立てたドレスだ。
生地や装飾は高級な物を使っている。
「素敵です! ラカン殿下、私、このドレスが気に入りましたわ! ぜひ、夜会へはこのドレスを着てラカン殿下と参加したいと思います!」
「そ、そうか……。そうだな。うん。色々と、ああ。手順を……整えてから、ドレスは」
「はい! 寸法の計り直しなどされるのでしたら、もちろん喜んでお受けしますわ!」
うぅ。気まずい。
しかし、ドレスが本当は誰の為のモノだったかとは言い出せない雰囲気だった。
「で、ではまた後で。よろしく頼むよ。ガレス嬢」
「ええ、殿下。本当にありがとうございます。……ああ、良ければ。夜会を共に乗り越えるのです。
私のことは、マールとお呼びください」
「わ、分かった。キミが望むならそうしよう、マール」
「ふふ。はい、殿下」
僕は内心の焦りを誤魔化すように足早に歩き、ガレス嬢……マールの前へ出た。
「…………」
背中側に立つマールの表情など、僕は気にすることはしなかった。
その後だ。
僕は改めてレティシアを誘った手紙に返信が来ていた事を知る。
返事は、やはりお断りの手紙だ。
文章は丁寧で、不敬な所などない。
貴族令嬢として過不足ない断りの返答。
……いいさ。
用意したドレスもマールに贈る。
せっかくの機会を不意にしたのはレティシアの方。
また会った時に……後悔、でもしてくれれば良いと思った。