12 不穏な影
「領地の状況が上向きになっている、というのは本当でしたね!」
「そうだろう、そうだろう。伯爵領の面子も保てるというものだ」
「まぁ。ふふふ」
お父様もお母様も上機嫌です。
それと収穫と言えば、カーン伯爵家は領民の皆様に好意的に受け入れられている様子だという事ですね。
ちょっと私がお転婆だったとかいう変なウソを吹聴するのは頂けませんけれど。
「良い土地ですね。領主と民も信頼し合っている」
「スワロウ師団長からもそう見えますか!」
「ええ。伯爵夫妻の人柄のお陰もありますね」
メルウィック様が穏やかに微笑んでいます。
私は自然と前髪に手を伸ばしました。
艶まで戻り始めた金色の髪。
まだまだ黒髪も混じっていますが……。
私自身も元気になってきています。
『キュイキュイ、キュー』
「あ」
「また戻ってきたねぇ」
魔法のツバメがメルウィック様の元へ飛んできました。
黄金のカケラを咥えて。
メルウィック様の指先で黄金は、光のフワフワに変わって私の元へ。
『キュイキュイ、キュー』
可愛らしいツバメさん。
どれだけ居るのでしょう?
「魔法のツバメを何羽も何羽も生み出して王国中に飛ばして。
その魔法も何気なくしていますが、凄いですよね?」
「ん?」
「こう。集めるのが『私の作った黄金』との事ですが、もっと誰からも捨てられた資源など集めたりも……?」
「うーん。レティシアの魔力残滓があってこその黄金の追跡だからね。
もちろん他に用途も考えているけれど」
「興味がありますな。若くして師団長を務める方の魔法とは。実に多彩な魔法を使われるとの事ですが」
「そうですね。人に見せる為の魔法というのも使えますよ。
例えばですが、こんな風なのは如何でしょう?」
メルウィック様が右手を広げまして、いくつかの光の玉を生み出しました。
光の玉のそれぞれの色が違いますね?
どれも重さはなさそうで、フワフワと浮かんでいます。
「基本となるのは、やはり自然属性の魔法というものです。
これはイメージし易い為、扱いやすい。
かつ貴族ならば、その血に受け継がれている為、基本魔術とも言われています。
火系魔術が得意な一族、などがあるように。
貴族に魔法使いが生まれるのは、そうして親から子へ、孫へと受け継がれていく素養があるからです」
そうなのですね。
カーン家も代々の魔術師の素養が……。
いえ、一度は王家の血が入りましたからね。
当然、王家は魔法を使える一族ですよ。
「もちろん、中には受け継ぐだけではなく、新たな才能に恵まれる方も」
ふわりと光の玉の一つが私の元へ飛んできました。
メルウィック様の事……いえ、スワロウ侯爵家は十分に名門ですよね。
私? 私はそちらに該当するのでしょうか。
します……かね?
ふわふわと近付いてきた2つの光の玉に、私は両手を伸ばしました。
「まぁ! こっちは温かい。でも、こっちは冷たいわ」
赤の玉が温かく、青の玉が冷たいです。
「自然属性は、火や水、風に土、などとあります。
そして細分化すれば『熱』の魔法も。
もっと細かく、温める方向か、冷ます方向かなどにも魔法は進む道を選べる」
熱魔法と、冷却魔法、ですかね?
では黄色い光の玉はなんでしょう?
私は手を伸ばします。すると、
──パチリ、と。
「きゃっ!」
黄色い光の玉に触れると、何かが小さく弾けました? 一瞬、青白く光ったようにも。
「それは『雷』の属性。出力を最小、最低に、と、どんどん落としていって『人が触れても害がない』形にまとめたものだよ」
「か、雷!」
え、雷ってアレですよね?
直撃すれば大樹すらも焼き尽くしてしまう。
天から降り注ぐアレ。
もはや、それは神域を至る程の魔法技術なのでは……?
「取り扱いには気を付けなきゃいけないけど。やっている事としては『火を出す』『風を起こす』と大差がないんだよ」
「そ、そうなのですか?」
「うん」
さらっと言っていますが、王宮魔術師団に仮にも所属する私が、他の誰も使ったのを見た事がない魔法なのですが?
「ほ、他の光の玉は何でしょう?」
温かい玉、冷えた玉、雷の玉。
「緑の光は……匂い」
「匂い??」
「植物系の魔法ってあるだろう? それの『花』に拘った魔法だよ」
フワフワと緑色の玉が私達の元へ浮かんできます。
触れても何も起こりません。
手の代わりに顔を近付けますと。
「あ、いい匂いです。たしかに花の香り……」
控え目に香る、そんな花の匂いです。
香水すらも用いず、魔法だけで匂いを?
私でも知っている自然属性魔法は、それこそ火を起こしたり、風を吹かせたり、水をだしたりです。
岩の塊を発生させる魔法辺りは、私の【黄金魔法】の元々の系譜っぽいですよね。
植物に関する魔法もあるのは聞いていました。
意外とレアな魔法だと思います。
こうして熱や匂いに特化させたり、果ては雷まで操る。
流石は『万能の魔法使い』様です。
ここまで一人で使いこなせる方など、そうは居ない筈。
「では、こちらは?」
と、最後の白い光の玉に触れようとしますと、ポヨンと柔らかい抵抗がありました。
「割れないシャボン玉……かな? 結界魔法の膜を柔らかくしているんだ」
「結界なのに柔らかく?」
まぁ。ポヨンと弾かれても壊れず、またフワフワと戻ってきます。
ちょっと面白いですね。ふふ。
「いや、これは驚きました。私も深く魔法を知っている方ではありませんが……本当に、実に多彩な魔法を使う方だ」
「ええ、本当に。スワロウ師団長は、とても豊かな才能をお持ちなのね」
「ありがとうございます。カーン夫妻に褒めていただけるのは、とても嬉しい。
レティシアも楽しんでくれたかな?」
「はい! とっても!」
「それは良かった」
まぁ。私に微笑み返されました。
カァっと頬が熱くなるのが分かります。
やっぱり、こう距離が近いですよね?
もう、家族ぐるみの付き合いじゃないですか?
て、適切な距離は保っているのですけどね?
……ふぅ。
帰りは馬車に乗って帰る事になります。
領地の視察の為に端から端まで。
そう広くないとはいえ、ただ見るだけでなく領民と交流もしました。
なので日程としては長引き、3日程。
町の宿がある場所はお父様が把握して居ますので、野営などせず、しっかりと宿で寝ての活動でした。
流石に帰るだけの工程ですので今日は泊まらずに伯爵邸まで帰る事になりますね。
馬車の中には私、レティシア。
お父様、お母様、そしてメルウィック様が乗っています。
幸いというか、物足りないところは、特に狭くはない馬車なところ。
まぁ、その。馬車は古びつつも、整備はキチンとした伯爵家の馬車ですので。
私の隣にはお母様。前の席にはお父様。
メルウィック様は斜め向かいの席ですから、たとえ狭くとも触れ合う余地などありませんけれど。
いえいえ、貴族令嬢のアピールとは馬車で足が触れた、手が触れた、とかではないのでは?
知的な話をしなければ。
領地については今、勉強中ですし、メルウィック様も関わっていらっしゃったので話が合いますね。
あと体調が良くなってきましたし、そろそろ魔法の訓練をしてくれるかもしれません。
チャンス。チャンスが沢山。
でも活かせない私……。こんなに臆病でしたか。
うぅ。
──ガゴン!
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」
馬車が急に停まりました!?
な、何事でしょうか!
そこまで速度が出ていなかったので、誰にも怪我はなさそうですが。
「な、何があったのでしょう?」
この馬車は、御者席側に小窓が付いているタイプです。
私が小窓を開こうとすると、メルウィック様がスッと先に立ち上がり、窓に手を掛けました。
「……馬車の前に立ち塞がった連中が居るようだ。
レティシア。カーン夫妻。3人は顔を出さないで」
え? それは、つまりその。
賊が私達一家を襲ってこようとしている、と?
このカーン領で、領主の家紋入りの馬車を?
そこまで困窮した民が……?
「め、メルウィック様……」
「大丈夫。キミも、キミの家族も傷一つ付けないよ」
不安がる私達を安心させるように微笑むと、銀色の髪をなびかせながら、素早く馬車の外へ出て、扉を閉めてしまいました。
その次の瞬間。
馬車の中には気持ちを落ち着かせるような微かな香りが。
それに窓の外には薄らと光の幕が見えました。
メルウィック様が馬車ごと私達を結界魔法で包んで守り、さらに中の私達には落ち着くようなケアまでしてくれた様子です。
「貴方……」
「大丈夫だ。いざとなれば、私も戦える。お前とレティシアの事は守ってみせる。
それに今日は師団長殿が付いているんだ。何も心配する事はない」
「そ、そうね」
「……メルウィック様」
顔を出さないように言われたので、窓から外を覗くのは控えます。
騒ぎややり取りが聞こえるかと思いましたが……あれ、やけに静かですね?
「……もしかして『音』の魔法、ですか? 防音魔術?」
中の私達を不安にさせないように??
結界魔法、花 (匂い)魔法、音魔法?
さ、流石は万能とまで呼ばれる方……!
窓の外から光がピカリと瞬きました。
ええっと。
静寂の中、私達家族は手を取り合って全神経を集中させます。
──コンコン。
と、馬車の扉がノックされました。
「……終わりましたよ、カーン夫妻。レティシア。顔を出しても大丈夫。
周囲に人の気配、増援もありません」
ええ?
早くないですかね。
2、3人の賊だったのでしょうか?
おそるおそる馬車の外へ出ます。
扉を開けるとメルウィック様が平然と立っていて、私の手を取ってくれました。
「怖くなかった? レティシア」
「は、はい。メルウィック様のお陰で……。怖がる暇もありませんでした」
「それは良かった」
メルウィック様、私を落ち着かせようとしてくれていますね。
本当に怖がる間すらなかったのですけど。
「賊の方は……」
「あそこ」
と、メルウィック様が指差す方向を見ます。
「……けっこう、人が居ますね?」
「15人だったね。報告用なのか、離れた所にも居たから、そいつも合わせて」
賊は顔を覆面で隠して、お揃いの鎧を着込んでいます。
ですが、折れた武器類がその場に転がり、彼ら自身はロープ……木の蔓? でしっかりと縛られていました。
ごく短時間の話ですので、手で縛ったのでは間に合いません。
となると、彼らの拘束すらも魔法ですか。
ロープ魔法? 拘束魔法?
「安心して」
「えっ、と」
「この手の輩は捕まえると服毒して自害するのが多いけど……ちゃんと猿轡に『解毒魔法』も掛けてるから、誰も死なせないよ。
聞かなきゃいけない事もあるからね」
「は、はい」
それは一体、どの点を安心すれば良いんでしょうか、私?
メルウィック様は、私が思っている以上にお強い方でした……!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただいた方、良ければブックマーク等、よろしくお願い致します。
だいたい、ここまでで3分の1ぐらいの内容。
現在、書き溜め分と、執筆中の分で自転車操業中。。。
完結まで毎日投稿できるように頑張ります。