10 領地の視察
私は自室にある等身大の鏡の前に立ちました。
そして、その姿を鏡に映し出します。
「髪の色がほとんど金色に戻ってきた……それに血色も良い、わ」
最悪な頃を知っていると、余計に。
前までの私は本当に見るからにやつれていたのね……。
たぶん私も、周囲の人達も徐々に変化していったし、髪色や瞳の色の変化の方に注意が向いて気付かなかったんだわ。
それとも気付いていたけれど、本人がやる気だったから口を出せなかったか、ね。
伯爵家へ帰ってきてから3週間ほど経ちました。
私の身体は快方に向かっていると言って良いでしょう。
思えば黒髪になった髪の毛は、実は色だけでなく、そもそも傷んでもいたようですね。
髪の色が元に戻るにつれ、どんどん艶も良くなっている気がしますから。
失ったのは生命力というのは……なるほど。
これ程に影響が大きいものだったんですね。
「それに」
瞳の色は、もうはっきりと緑色に変化し始めていました。
記憶にある私の瞳にもう少しで戻るでしょう。
綺麗に……なっていっている、とは自惚れでしょうか。
こうなってくると、色々と手を尽くしたくなるのが人情、いえ令嬢というもの。
「美容魔法とか……出来ないですかね」
【黄金魔法】が最上級クラスの魔法と言うのなら、それぐらい出来ても赦されるのでは……?
魔術師団に研究対象として登録して貰っても良いですかね。
開発できれば令嬢方に人気が出そう。
でも魔法でお手軽に綺麗になれると、外見を向上しようと頑張る勤勉な? 精神が損なわれてしまうかしら。
──コンコン。
と、そんなことを考えていると私の部屋の扉がノックされました。
そして扉の向こうから声を掛けられます。
「お嬢様。朝食の準備が出来ました。
旦那様達や、スワロウ師団長様も食堂にお越しです」
「ええ! 呼びに来てくれてありがとう、アーニャ」
我が家の数少ない使用人の一人、侍女のアーニャに返事をし、私は食堂に降りる準備をする。
人数が居ないのに無駄に広い屋敷の1階に食堂がある。
厨房もだ。
……食材の管理とか、大変でしょうね。
屋敷の中だけとはいえ、身だしなみに気は抜けません。
見せたい人が居ますからね。
令嬢らしからぬ、自身の手で整える形ですが、そこは慣れたもの。
雰囲気はお淑やかさを残しつつ、食堂へ赴きました。
「おはようございます。お父様、お母様、メルウィック様」
「おはよう、レティシア」
自然に挨拶を返してくださるメルウィック様。
とうとう3週間も我が家に滞在されましたね……?
その間、仲を進展できなかった私の意気地なし……むむぅ。
「メルウィック様。とても今更なのですが、王宮でのお仕事などは平気なのですか?」
「ん? ああ、勿論だよ」
本当ですかね。
いえ、王宮でも空き時間のあった私が言うのも何なのですが。
王宮魔術師団は。戦闘もこなしますが騎士団ともまた違う部署となります。
例えば騎士達が普段は訓練を重ねている時間。
それに該当する時間で魔術師団は魔法の研究をしたりするのです。
鍛錬ももちろんしますが、研究を重ねた方が魔法の向上が飛躍的になる場合があるそうなので。
私の【黄金魔法】もそうですが、メルウィック様が扱う様々な魔法も、研究・開発期間があってのもの。
王宮を守る結界魔法などもありますが、その防護性能は日々の整備が欠かせません。
どこかに穴が空いていた、とか。
新しい魔法を使えば簡単に解除されてしまう……などがあると大変ですから。
というワケなので、師団長であるメルウィック様は、正式な申請さえされているなら、独自の研究に対する行動をしていても許されます。
「それならば良いのですけど。あの。そろそろお父様の領地の視察に同行させていただけますか?」
ここ3週間は、しっかり現在のカーン領について勉強してきました。
もちろん、休みつつですよ。
なので、そろそろ実際に今の領地を見てみたいのです。
「私はもちろん構わないよ。レティシアがやる気になってくれるならね。
しかし体調は大丈夫かい?」
「はい。かなり調子が良くなっているんですよ。
メルウィック様。外出しても良いですよね?」
医者、ではありませんが、私の今の状態はメルウィック様が管理してくれているようなもの。
体感では、かなり動けるまで快復したと思っていますが……。
「うん。レティシアが自分でやれると思える程に回復したのなら、もちろん止めないよ。
ただ……」
「はい」
「うーん」
おや。メルウィック様が困った顔をされていますね。
口に出すのを迷っている、ような?
「……俺も同行しても良いかな?」
「メルウィック様が視察に、ですか?」
「そう。邪魔をする気はないけど」
「いえ、そんな。邪魔などという事はありませんけれど」
私はお父様に視線を送ります。
以前からカーン領については関わっていらっしゃるのですもの。
メルウィック様が同行しても良い面はあっても困る事はありませんでしょう。
「もちろん、私は構いませんよ。そう広くない領地です。ぐるりと一巡すれば良いとかんがえていますが、希望される場所などありましたら付き合いましょう」
こうして、お父様と共に、さらにメルウィック様と一緒にカーン領を見て回る事に決まりました。
◇◆◇
カーン領の視察をする間、メルウィック様は同行しつつも別の事をなさっている様子でした。
領地については当主であるお父様の意向に口を挟むつもりはないのでしょう。
私は、現地でお父様と領民のやり取りに関わっていきます。
領地が豊かになり始めたのは本当のようですね。
なんと言いますか活気を感じます。
「領主様。そちらの方は御令嬢、ですよね?」
「うん? ああ、そうだ。娘のレティシアだよ」
「おお。大きくなられましたな。随分とお淑やかに育たれて。領地を元気に走り回り、遊びまわっていた男勝りでお転婆な幼い頃が懐かしく思いますよ」
ん? んん?
「そ、そんなはしたない事してませんわ!」
もう! メルウィック様が傍に居るのに!
「おや。……ああ、内緒なのですかな? 幼い頃の話は」
「な、内緒も何も、そんな頃は私にはありませんから……!」
「はっはっは! そうですな。はい。レティシア様の仰せの通りに秘密にしておきますよ」
ですから秘密も何も、私は幼い頃から淑女でした!
領地を走り回って遊んだ思い出なんてありませんし!
「はは。レティシア……、カーン嬢にそのような頃があったなんて。興味深いね?」
「メルウィック様! ありません、そんな頃なんてありませんから!」
もー! 今、私は貴族令嬢として見栄を張ろうと頑張ってるところなんですからね!
……こんな風に領地の視察をメルウィック様と一緒に、家族で行ったのでした。