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01 プロローグ 〜黄金の令嬢〜

幸福な令嬢とツバメの魔法使いの物語。

「レティシア。貧しい者達を救う為に、またお願いするね」

「…………はい。ラカン殿下」


 私の魔法の行使には代償が伴う(・・・・・)のだと知っている筈のラカン殿下は、当たり前の事のように私に次の魔法を使う事を(うなが)した。


 内心で溜息を吐きながらも、それが常態化していた私は渋々とその指示に従ってしまう……。



 私の名前はレティシア。

 レティシア・カーン。


 カーン伯爵家の長女です。


 目の前に居るのはラカン・パシヴェル様。

 王国の名を持っている彼は、第三王子殿下ですね。



 なぜ一介の伯爵令嬢にすぎない私が第三王子の傍に居るのか?


 話せば長くなりますが、大きな理由としては私の生まれ持った魔法の才能が理由となるでしょう。



 ──黄金の魔法(・・・・・)


 それがこのパシヴェル王国で、或いは世界で唯一、私だけが使う事のできる特有の(ユニーク)魔法でした。


 私は祈るような仕草で手を組み、目を閉じます。

 そして意識を集中し、詠唱を唱えました。



『──清廉(せいれん)なる意志。天上に我が祈りを捧げます。

 今宵(こよい)、ここに結実(けつじつ)し、与えられた祝福に感謝を……』


 長く鍛えてきて、そしてもう随分と慣れてしまった魔法の詠唱を行う。


 私の魔力は徐々に形になっていきました。

 そして生み出されるのは……黄金のインゴット。


 文字通り私の魔法は、自らの魔力を黄金へと変える魔法。


 かつてはゴロゴロとした鉱石に過ぎなかった黄金は、今では初めから整えられたかのように綺麗な形に。

 刻印のされていない黄金のインゴットとして生み出されます。


 鍛錬の成果とは思いつつも、なぜか最近はその事に虚しさを感じ始めました。


 ……私は、この黄金の魔法の為に、王宮で働く事になったのです。



◇◆◇



 生家(せいか)であるカーン伯爵家は、王国の歴史の古くからある名門貴族です。


 鉱山を有していた伯爵家は、裕福で領民に苦労させる事もそうはありませんでした。


 名門である事と裕福さ、そして王家への忠誠心なども評価されて、過去には王女様が降嫁(こうか)してきた事もあるそうです。


 その影響か、私も王家と同じ美しい金色の髪を持って生まれました。


 家系図もしっかりしていますし、私の瞳の色もお父様と同じエメラルドグリーンの瞳ですから、両親と違う髪の色で生まれた私も、ちゃんと実の娘として愛されて育ったのです。


 王家の血が入り、金髪に生まれつこうとも、流石に遠縁ですので私に王位継承権などはありませんけれど。



 家門の問題の始まりは二代前の当主の時代。

 カーン領の鉱山が……ついに枯れてしまったのです。


 鉱山が枯れ、閉山(へいざん)してからは徐々に伯爵領は廃れていきました。


 両親や祖父母も苦労はされたのですが、(いま)だ鉱山に代わる領地の運用手段は確保しかねているのが現状です。


 そうして閉山に(ともな)って多くの領民(りょうみん)達がカーン領を離れていき……。


 やがて、領地の収入が全体的に落ち込んだ我が家は貧乏伯爵家になってしまいました。



 実は爵位の返上も視野に入れていたという話です。

 残念ながら鉱山に関わる収入に頼り切っていたのが、それまでのカーン領の実態(じったい)だったという事でしょう。



 そんな(おり)、カーン伯爵家に生まれてきたのが私、レティシア・カーンでした。


 王国貴族には魔法の才能を持つ者が多く生まれます。

 平民の(かた)にも魔法を使える方は居ますが、数はおそらく貴族出身の者の方が多いですね。


 私もそんな魔法を使える貴族の一員でしたが……生まれ持った魔法の才能が問題でした。



 ──魔力を黄金に変える、黄金の魔法。


 黄金(おうごん)です。

 文字通り、黄金ですよ?

 私個人が『金鉱山(きんこうざん)』になったようなモノです。


 魔法が使える程の年齢になっていた私は、自らの魔法をとても嬉しく思いました。


 これでカーン伯爵家を、両親を助けてあげられると思ったからです。

 文字通り、(きん)を生み出す女ですから。



 ……ですが、生み出した黄金を資産に変える間もなく、両親の話し合いの結果、私は王宮に上がる事になりました。


 目的は私の【黄金魔法】の研究を王宮で行う事。


 そして悪戯に国に黄金をばら撒くような真似をさせない為、ですね。


 ……はい。

 勉強が進めば分かるんですが、際限なく黄金を生み出して、世にばら撒くなんて真似をしたら国の経済的によろしくありません。


 世の中って上手く出来てますよね……。

 いえ、私には上手く出来てないんでしょうか。


 ですが、私はこの【黄金魔法】の研究者、そして研究対象として王宮で勤める事になり、正式な収入を得る事が出来るようになりました。



 今では分かりますが、私自身の警護も兼ねての王宮勤めだったのだと思います。

 悪人からの目を付けられ易さは多分、王国の令嬢で一番かもしれませんし。


 もちろん、そんなの嬉しくありませんけれど。



 そして私の研究担当の王宮魔術師、メルウィック・スワロウ様(いわ)く。



『私が生み出した黄金は、消失しないように、この世に残す事が出来る』


『ただし、この世に残るように黄金を生成した場合、魔力だけでなく著しく体力も失う』


『【この世に残る黄金】の生成は、私の生命力を代償(・・・・・・)にして行われる』



 ……らしいです。

 事実として私は、この残留タイプの黄金生成を行うと体調を崩してしまいます。


 本当に世の中は上手くいきません。


 一過性(いっかせい)の黄金であれば生成に問題ありませんが、キチンと資産価値を持つ黄金の生成には代償が伴うんですね。


 体調を一時的に崩すだけならば、私も休み休み魔法を使えば良いのですが……。


 王宮魔術師様が言うには、生命力を失うというのは、もっと重い代償のようです。


 最近になって、それは私の目に見える形になって現れました。



 ……大好きで、自慢だった、私の金色の髪。

 それが徐々に真っ黒(・・・)に染まり始めたのです。


 さながら金のメッキが剥がれていくように。

 初めは茶色に、今では真っ黒な髪の色へ。



 髪の色だけならば、まだ納得もします。

 ですが異変は髪の色に収まりませんでした。


 お父様と同じエメラルドグリーンの瞳も、その緑の色合いを失い、黒い瞳へと変わっていったのです。


 取り返しのつかない身体の変化。

 なかなか回復しなくなった私の体調。

 生命力を失っていく、私。



 ……私は【黄金魔法】の代償がイヤで、そして怖くなりました。

 それなのに、今日も私は王宮で黄金を作ります。

 ラカン殿下が望まれるままに。




「うん。ありがとう。レティシア。これで貧しい者達を幸福にしてあげられるよ」

「……そう、ですね……」


 ラカン殿下がこう言うのは、彼が手掛ける慈善事業のことです。


 第三王子として任された貧民地区の支援。



 貧乏伯爵家の私が言うのもなんですが、貧富の差というものが王国にはあります。


 貧民地区の有様は、王宮で生まれ育ったラカン殿下には衝撃だったのでしょうね。



 彼は、目に付いた貧民地区の、市井の者達を救う為に様々な取り組みを行ってきました。


 陛下や、ラカン殿下の兄君……王太子殿下や第二王子殿下達もラカン殿下のそういった気持ちや活動は知っておられます。



 それ(ゆえ)、国からも改めて予算を組まれ、ラカン殿下の慈善事業は進められました。


 ですが、最近では納得のいく成果がなかなか上がらない様子で、場当たり的な、同情によって、その場を凌ぐような行為が目立ってきたように感じます。


 いわゆる『施し』に該当する、同情の救済……と言いますか。


 ……それで救われる民も居ますので、腐っても貴族な私は、とやかく言い難い面はあります。



 そうしてラカン殿下が目を付けたのが私。


 予算を越えた資金の捻出(ねんしゅつ)の為に、私の【黄金魔法】を使う事でした。


 言い方は悪いですが、ばら撒き資金ですね。

 直接的に金銭として民に与えるケースは、そうはありませんけれど。

 言ってしまえばそういう行為です。


『生活の為に給付したお金だから使っていいよ』と民に配るような行為……と表現すれば伝わりますかね?



 王宮に勤めているとはいえ、同じ施しならば、出来ればカーン伯爵領の民にしたいところです。

 私はカーン伯爵家の令嬢ですから。


 幸い、領地の方は私の王宮務めの給金からの仕送りと、両親の努力によって何とかしているそうです。



 残留黄金のばら撒きをする場合は、陛下や王太子殿下が経済的な面も加味して許可を出されています。


 なので、今の所はその方面の問題は起きておらず、ラカン殿下の民の支持は上がっている様子ですね。


 貧し過ぎて生活の維持、立て直しが困難な民への施し。

 それで救われる民が居るのならば、と私も今まではラカン殿下に協力してきました。


 私なりに、貧民救済の活動にやりがいだって感じていたんです。


 それで笑う人々が居るのならば、とも思っていました。



「けど、今回はこれだけかい?」

「……これだけ(・・・・)、とは」


 目の前のラカン殿下に、私の意識は戻りました。



「貧しい者は目を向ければ、どれだけでも居るんだ。

 彼らを救う為なら、あらゆる手を尽くさないと。

 僕は彼らの生活を知った時、本当に苦しく思った。


 ……僕は今まで幸福な王子(・・・・・)だったんだ。

 恵まれていたと思う。

 だから、知ってしまった彼らの生活を救いたいと考えている」



「……そのお考えは、私もご立派だと思います」


「うん。レティシアなら分かってくれると思っていたよ。

 だから休んだらまた(・・)お願いするね」


「……え」


 また、とは。


「どうしたんだい? レティシア」


 当然の事のような態度と、そして言葉でした。

 私はラカン殿下の言葉に唖然としてしまいます。


「……ラカン殿下。単純な(ほどこ)しだけでは、真に貧しい民を救う事には(つな)がりません。

 たしかに酷い困窮(こんきゅう)見舞(みま)われた民には急ぎ、支援が必要となるでしょう。

 ですが長期的な支援にも、きちんと目を向けていますか?」



「もちろん、それは理解しているさ。

 だが……幼子を抱えながら仕事に明け暮れ、寝てしまう母親を見るのは辛いだろう?

 両親だけでなく子供まで働いてお金を稼ぐような姿など見ていられない。

 貧しい彼らには今すぐの支援が必要だと僕は思う」



「……であっても、どうかラカン殿下。

 限りある予算や人手の内から、しっかりとお考えになっての支援をなさって下さい」


「レティシア? どうしたんだ。今までは君も喜んで僕に協力してくれていたじゃないか」


 ……今まではそうでした。

 そうなのです。そこに不満があるワケではありません。

 この活動自体は評価されるべきとも思います。


 ですが。そう、なのですが。

 私は弱々(よわよわ)しく自らのスカートを(にぎ)()めました。




「……殿下は、私の今の髪の色について。瞳の色について、何も思われませんか?」


「うん? ……黒くなったね。もう真っ黒だな」


 ラカン殿下は、改めて私の髪と瞳に視線を向けました。



 そう。私の自慢だった金色の髪も、お父様(ゆず)りのエメラルドの瞳も、もう真っ黒に染まってしまったんです。


 私は、王家の金色の髪を持つ、目の前に居るラカン殿下の髪に目を向けました。


 金色の髪に、ルビーのような赤い瞳の殿下。

 出逢った頃から変わらない美しさのラカン王子……。


 反対に今の自分は。



「……私は、自分の金の髪やエメラルドの瞳が好きでした。それを……【黄金魔法】の使い過ぎで失ってしまったのです」


 (ねた)ましい、というのでしょうか。

 なぜ貴方の髪の毛の色は、金色そのままなの? とラカン殿下に言いたくなってしまいます。


 私に黄金を強請(ねだ)るなら、せめて貴方もその金の髪とルビーの瞳を失うべきではないか、なんて。


 ……心まで(まず)しくなったようでイヤな気分になりました。



「ああ。その色は魔法の代償だったね。でも、それはレティシアの勲章(くんしょう)のようなものだ。

 その黒い髪と黒い瞳を、君は誇りに思って良いと思うよ、レティシア」


「…………そう、ですか」


 ラカン殿下は何の悪意もなく、そう言ってのけました。

 そう、彼に悪意はないのです。


 貧しい民を救いたいと願い、行動しているのも本心から。

 生み出した黄金で私腹を()やしたりとか、そういう事をラカン殿下はしません。


 キチンと民の救済に還元はしているのです。



 それは付き合いの長くなった私にも分かりました。


 黄金頼りではない慈善活動だって笑顔でやってきたぐらい、私にだって価値のある事だったから、彼は『今の私』もそのままだと信じているのでしょう。


 ラカン殿下は、民を助けるその行いを始めた頃から何も変わらない。

 変わってしまったのは私だけ。


 それが余計に今の私を惨めな気持ちにさせました。



「……今日は、もう部屋に戻らせて頂きます」

「ああ。そうするといい。ゆっくり休んでくれ」


 魔法を使った代償でフラフラになった私はラカン殿下の執務室(しつむしつ)(あと)にしました。



 救われる民が居る。

 ……分かっている。


 幸福になる民が居る。

 ……知っている。


 だけど、民を幸福にした黄金の代わりに、私は金色の髪を失い、エメラルドの瞳を失いました。


 それを惜しむのは……いけない事でしょうか?



 幸福。幸福。

 幸せ。誰の。何の為の。誰の為の。


 誰に、よる?


 黒髪と黒い瞳になった私。

 金の髪のまま、ルビーの瞳をキラキラと輝かせるラカン殿下。


 黒。金。赤。緑。


 色、黄金。代償を払っているのは、いつも……。



「──シア、レティシア。──? 顔色が、──」


 ああ。

 フラつく身体と、朦朧(もうろう)とした意識(いしき)の中で、私を呼ぶ声が聞こえました。


 とても心配した声色(こわいろ)だとは分かるのですが、その内容を聞き取る事が出来ません。


 こんな風に、この王宮でレティシア・カーンという私個人を心配してくださるのは……。


 そんな事を考えながら、私は王宮の廊下で気を失い、とうとう倒れてしまいました。



『もう、こんな生活は限界──』


 言葉という形に出来なくとも、私の身体はそう悲鳴を上げていたのです。


読んで頂き、ありがとうございます。


この物語は、童話「幸福な王子」 (オスカー・ワイルド著)をモチーフにしています。

バージョン違いが多々ありますので、匂わせ程度の参考と思っていただければ。


【参考にする『幸福な王子』】

・貧しい人の為に身を削り、メッキが剥がれていく黄金の王子の像。

・王子の身に纏う黄金と宝石をせっせと運ぶツバメ。

・貧しい民達。


……ぐらいが元のお話の登場人物です。

これを、令嬢ナイズ (?)して


・黄金の見た目を失っていく献身の令嬢。

・黄金と宝石を運ぶツバメ……を操る魔法使い。

・善行の為と口にするだけで自分が動かない王子。


……といった感じにしようと考えています。

あとは味付け程度にキャラが増える感じ、です。


「面白そう!」

「続きが気になる!」

「レティシアは、これからどうなる……?」

と思っていただけた方、

良ければ、ブックマークや、☆★の評価ボタンで作品を応援して頂けると、とてもありがたいです。

また何かあれば感想・誤字脱字報告を受け入れる設定にしておきますので、よろしくお願いします。


書き溜めは全体な半分ぐらい。

だいたい30話分程度の構想です。

3月中には完結までさせる……つもり。

良ければ、最後までお付き合いくださいませ。。。

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