早とちり
エメの伴侶の候補が、すでに王家によって選ばれていると聞かされて、僕は目の前が真っ暗になっていた。
エメが王女である以上、僕と彼女との関係は変わってしまうだろうとは思っていたが、こんなに早いとは思っていなかった。
まだ心の準備が全くできていなかった。
でも…、エメはこの決断を彼女自身で下したのだ。その彼女を、僕は快く応援してあげなければ。
どのような関係になろうとも、僕は彼女のためにできることをすると約束したばかりなのだから……。
「ルゥ、勝手に決めてごめんなさい。でも、こういうことは王家の方で決めるものだとアレン様が仰るので…」
「いや、エメは謝る必要はないよ。これから大変なのはエメなんだから、僕はその選択を心から応援するよ」
心からなんて、本心なのか。エメの相手というのが誰かもわからず落ち込んでいるのにと、心の中では自嘲したが、表向きは笑顔を繕った。
「本当?嬉しい。ルゥが一番近くで応援してくれたら、私、頑張れる気がするわ」
―――ん?
「ルゥに嫌だと言われたら、アレン様に別の候補を選んでいただくことになっていたけど、私、ルゥ以外に考えられなかったから、すごく嬉しい」
―――んん?
「えっ、ちょっと待って。エメの伴侶の候補って、僕?」
「えっ?今、その話をしているんじゃないの?」
「くくくくっ、ダメだ、可笑しい、ふっ、ははははは…」
混乱する僕と、困惑するエメの向かいで、アレン殿下は大笑いし始めた。
「えっと……」
「はははは、リュウ、伴侶の候補が決まっていると言った途端に青ざめるから、これは勘違いしたな、と思ったんだが」
「わかってて様子を見てたんですか⁉︎」
「ああ、すまない。リュウがいつ、自分がその候補だと気づくのか見てみたくなってしまったんだ」
「……お楽しみいただけましたか?」
僕は殿下を大袈裟に睨んでみせた。
「君にとっては一大事なのに、すまなかった」
「すまないだなんて思っていないでしょう…」
殿下は目に涙まで浮かべて笑っている。僕も自分の早とちりに笑えてきた。
ハッとエメを見ると、心配そうな顔で僕を見ていた。そして何を心配してくれているのがわかった。
「エメ、僕はエメが王女の立場になって、その伴侶に僕が選ばれることはないと思ったんだ。だから、別の誰かが選ばれたんだと勘違いをしただけで……」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。早とちりだとわかって、今、すごくホッとしてるんだ…」
「本当?」
「ああ、本当だよ。僕がこれからもずっと君の一番側にいてもいいだろうか」
「ええ、もちろん。私は、ルゥに側にいてほしいの」
エメは僕の手を両手で握りしめて、そう言ってくれた。しかし、すぐに顔を曇らせて「でも…、」と続けた。
「ルゥがシュライトン家を継がないといけないのは…」
「そうだね…、それは父上とマークに謝るよ」
「マーク様?」
「僕が家を継げなくなったら、マークが…継いでくれることになっているんだ。近衛兵に選ばれた時点で、王都から離れられなくなる可能性は考えていたからね。本当に、アレン殿下にはここ数年、振り回されっぱなしだよ」
「ははは、すまない。でも、この件については、リュウも別の誰かに譲るつもりはないだろう?」
「そうですが…」
「当然だが、ソフィアの婚約については、王家から正式に申し入れをする。この後、シュライトン伯にも私から話をするつもりだ」
エメとの婚約……
エメと僕の婚約………本当に?
こちらについても、僕は全く心の準備ができていなかった。
頬を赤らめて僕の隣に座るエメを見て、僕は急に緊張してきた。きっとエメ以上に赤面していると思う。それを殿下は、なんだか楽しそうに見ていた。
王都に戻ったら、ウィリアム達と一緒に揶揄われるんだろうか。
そんなことを思っていたら、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします。ジェフリー・ローダン侯爵とシンシア・ラベル様をお連れいたしました」
僕は立ち上がって扉の方を振り返ってから、すぐにエメの顔を見た。
エメも僕に続いてゆっくりと立ち上がったが、僕の陰になって扉の方が見えないようだ。名前にも聞き覚えがないだろうから、きょとんとした顔をしていた。
僕がエメの背中を促すようにトントンと叩くと、エメは、ハッとしたようにソファを離れて、扉の方へ走り出した。
「かあさん⁈」
部屋に入ってきたジュディさんことシンシア・ラベルという名の女性に、エメは飛びつくように駆け寄った。やはり以前、ニコラの仕事を手伝った時の書類に記された王宮医官の名前の中にジュディさんの名もあったのだ。
「かあさん、ごめんなさい!私のせいで…」
「エメ、貴女は悪くないよ。私の方こそ、ちゃんと守ってやれなくて、申し訳なかった。それから、ちゃんと説明をしないまま、今回のようなことになって不安だっただろう。悪いことをしたと思っている」
ジュディさんがエメを抱きしめると、僕の師匠でもあり森でずっとエメのことを守ってきたディックことジェフリー・ローダン侯爵もエメの背中に手を添えて話し掛けた。
「私も、貴女のことをお守りできず、申し訳なかった。どのような罰でも受けるつもりだ」
「かあさんもディックも、私のためにそれまでの生活も地位も全て捨てて、自分のことは顧みずに、ずっと私のことを守ってきてくれたのでしょう。そんなことは言わないで…」
エメはジュディさんの胸で子供のように泣いていた。その横で、師匠も優しく見守っていた。
アレン殿下が三人の方へ歩いていった。
「ローダン侯爵、しばらくソフィアのことを頼めるだろうか。私はリュウと話がしたい」
「はっ、かしこまりました」
師匠は胸に手を当て、殿下に敬礼した。ジュディさんも、エメの背中をさすりながら、殿下を見て微笑んでいた。
「リュウ、今回のことを改めて聞きたい。場所を変えて話せるだろうか」
「はい、ご案内いたします」
僕はすぐに使える別の客間へと殿下を案内した。




