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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第8章 王女とリュウ
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エメの選択肢

エメがずっと僕の肩で泣いていた。


僕もようやくエメの部屋に通してもらうことができ、アレン殿下が衛兵らに事情を確認する間、ここで二人で待つように言われた。


エメと並んでソファに腰を掛け、泣きじゃくる彼女の頭をそっと撫でながら落ち着くのを待っているのだが、まだもう少し時間が掛かりそうだった。


「ごめっ…さい…、わ、た…のせいっ…、で、ルゥが……」


嗚咽で言葉になっていないが、だいたい言いたいことは伝わってきた。


「エメのせいじゃないよ。心配かけてごめんね。衛兵に抵抗したら、ややこしくなると思って大人しくしてたけど、あんな風に押さえられるとは思わなかったんだよ」


僕はまだなんだか息苦しい胸元をさすった。


「だい…じょ、ぶ?き、きず…っは?」


エメは傷が痛くないように、触れるか触れないかの力でそっと右の脇腹をさすってくれた。あまりに優しい力加減で、そわそわした。


「ふっはははっ、エメ、くすぐったい!脇腹の傷は開いてなかったよ。それに傷があるのは左側だ」


「え?」


エメが顔を上げ、久しぶりに僕の方を見てくれた。


「大丈夫だから、泣き止んで。そんなに泣いたら、エメの目が溶けちゃうよ」


僕はエメの頬を両手で覆って、親指で涙を拭った。ぱっちりしているはずの目が、泣き腫らして半分くらいになっていた。


さっきの僕が取り押さえられたことだけではなく、これまで我慢して、一人で耐えてきたことも含めて、止まらない涙になっているんだろうと思った。


「ごめん…な、さい…」


「謝らなくていいよ。泣いてスッキリするのもいいと思うよ」


まだ瞳は涙でいっぱいだが、少し落ち着いてきたようだ。




扉の向こうから足音が聞こえ、扉が開くと、アレン殿下が入ってきた。


僕とエメはソファから立ち上がり、殿下を迎えた。


「座ってくれ」と言って殿下も向かいのソファに腰掛けて、すぐに話し始めた。


「兵らに話を聞いたが、あまりに融通が効いていなくて驚いた。急いで派遣したとはいえ、申し訳なかった」


「いえ、そんな…」


エメは遠慮がちに返事をしようとするが、僕は相手が皇太子殿下だからといって許せるような心境ではなかった。


「一人くらい、殿下のお考えを理解している方が来てくださってもよかったのではないでしょうか。せめて、彼女への謁見の権限を与えられる立場の人くらいはいていただきたかった。そもそも、これまで一緒に過ごしてきたのに、急に謁見の許可がないと会えないとはどういうことでしょう?私は、今後、アレン殿下にお会いするときは、毎回謁見の手続きを取った方がよろしいですか?」


「ルゥ…」


エメが心配そうに僕を見ていた。後ろには殿下の側近が立っているし、今度こそ不敬罪で取り押さえられるかもしれないと言う目をして、オロオロしている。


僕はエメの心配をよそに、語気を弱めることなく続けた。


「それから殿下、エメを保護し、今日まで守ってきたお二人が罪人のように捕らえられています。直ちに解放し、彼らの名誉を回復してください」


二人とは、当然のことながら、ジュディさんと師匠のことだ。あの衛兵達は、事情を知らないとはいえ、彼らを王女を王都から(さら)って隠してきた者として捕らえていた。屋敷にある地下牢に入れるというところを、父上が鍵が壊れたことを理由に、使われていなかった離れ屋を代わりに提供していた――地下牢の鍵を壊したのは父上だと、側の者が言っていたが…。


殿下に強い口調で問う僕に対して、側近達は特に動かなかった。僕もそんなことで罰する殿下ではないことを知っている。


「二人についてはすでに拘束は解くよう指示を出している。間もなくこちらに来るだろう。その後の名誉回復についても、私が責任を持って対処しよう。そして、それ以外についても、リュウの言うとおり私の準備不足だ。派遣する人選と意思疎通が不十分だった」


そこまで言うと、殿下はエメの方へ視線を向けた。


「貴女にも、随分、不安を与えてしまったようだ。申し訳なかった」


殿下はこれまでされてきたのと同じように、僕の言葉にも真摯に耳を傾け、殿下ご自身の気持ちがこもった言葉を返してくださった。


今回の宰相らが企んだような問題は二度と起こってほしくないが、何か別のことでも人を派遣する機会があれば活かしてもらえるだろう。



この件は無事収束ということになり、「さて、」と殿下はエメの方を向いた。


「貴女のこれまで過ごしてきた時間を思うと、エメ殿と呼ぶべきなのかもしれないが、ここからの話は、兄ダニエルの娘に対してとなる。敢えて、ソフィアと呼ぶがよろしいだろうか」


「はい、承知いたしました」


エメが緊張した様子で答えた。


「リュウ、この先は、今後のことについてソフィアと二人で話がしたい。彼女に選択を強要することはしないし、話した内容を君にも伝えることを約束する」


「わかりました。私は席を外します」


僕はエメを見つめて頷くと、エメも少し不安そうにしながらも頷いた。そして僕は立ち上がって扉へ向かって歩き出した。


「ありがとう。終わったらすぐに呼ぶから、近くで待っていてくれ」


僕は扉の前で「かしこまりました」と殿下に一礼すると部屋を退出した。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


アレン殿下とエメ、二人の話の話を待つために、僕は近くの客間へと移ったが、思った以上に早く呼び戻された。


「もう…、終わったのですか?」


僕が驚きを隠さずに戻ると、殿下も笑った。


「ああ、ソフィアの気持ちは、聞く前から決まっていたようだ。もう少し迷ったり、説明をする必要があるかと思っていたんだが」


「エメは、大丈夫?」


今後のエメの生き方に関わる選択だ。想像しただけでもすごく精神的に疲れそうだと思っていたけれど…


「ええ、大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう」


エメは思いのほかスッキリした顔をしていた。


「それで、話はどうなったのですか?私も聞かせていただけると仰っていましたが」


「ああ、ソフィアはすぐには王位を継ぐ立場につくことは希望しない。そのため、彼女が成人を迎える三年後までは、私が暫定的に皇太子を務め、その間に王位継承の必要があれば、私が仮の立場で継ぐことになった。


ソフィアには三年後に、王位を継ぐか、拒否するかを選択してもらう」


「暫定的とは?エメは王位は希望しないというのに」


「ああ、成人するまでは、王位継承権を放棄したり、王位継承を拒否できないんだ。放棄や拒否をする場合も、成人後に本人が国民の前で宣言する必要がある」


「成人するまで……ですか?」


「王家の法律でそのようになっている。もし成人前にそれができるのであれば、私はとっくの昔に宰相側の誰かに放棄させられていただろうな」


もしそうなっていたら、我が国は宰相の好きなように治められていたかと思うとゾッとした。


「ところで、王位継承の拒否は、継承権の放棄とは違うのですか?」


「ああ、違う。王家のこの法律は学校では扱われないから、例外的なことは知らないかもしれないな。


王位継承の拒否は、継承権は保持したまま、王位を継がずに次の継承順位のものが王位を継ぐことになるんだ。


過去には、第一王子が病弱で、第二王子が王位を継承するためにこの制度が使われた。


継承権を放棄すると、下の順位が繰り上がるだろう。そうすると、王位への野望を膨らます者が出てくるから、継承順位を変えないための制度なんだ」


「では、継承権を保持するということは、何事かあれば、また王位継承を迫られることがあるということですか?」


「そうだな、ただ、私が現在に立場にいる限りは、簡単に排除されるつもりはない。また、私に子ができれば、継承順位はそちらの方が第一位となり、ソフィアの順位は下がるよ」


「そうなのですね」


僕はそれを聞いてほっとした。殿下はその様子を見て笑った。


「ソフィアが望まないのに王位を継がせるつもりは全くないが、継承順位第一位である以上は、成人するまでの三年間は王位を継ぐために必要な教育は受けてもらう。その上で王位を継ぐかどうかを自分の意思で選んでもらえばいい」


「私は、王位を継ぐつもりはありません。アレン様がその立場に相応しい方だと思っています」


エメがキッパリと言い切ると、殿下は明るく笑った。


「そのつもりのままでもいいし、三年後に気が変わっていてもいいよ。今、話しただけだが、君が王位に就いたとしても、きっとこの国と国民を大切に思える人間だと思うからね。そして、伴侶の候補も決まっているから安心だしな」


―――えっ、伴侶⁈もう決まっている…?


王家でその候補がすでに選ばれているなんて…。僕はそれを早めに聞かされるために、今、ここに呼ばれたというわけか。


エメの側にいられるのも、もうおしまいだということだ。


急に目の前が真っ暗になった。

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