戦いの後の安堵
はぁ…、はぁ…、はぁ………
整わない呼吸と心臓がバクバクと鳴る音が、やけに大きく響いていた。
両手は痺れ、膝も力が入らず、立っているのが不思議なくらいだった。
日はすっかり暮れ、満月の明かりでうっすらと照らされた地面には、意識のないダグラスが横たわっている。さっきは、僕は裁く立場にないと、咄嗟に剣の柄で殴って意識を失わせた。だが、この男がレオンにしたことを思うと、この手で剣を突き立てたくなる衝動に駆られては、必死で抑えていた。
「リュウ!!」
エドウィンの声にハッと我に返り、声のした方へ振り返った。ランプを手にしたエドウィンが、二人の兵を連れて戻ってきてくれた。
「リュウ!大丈夫か?怪我はっ?」
ここまで急いできてくれたのだろう。エドウィンも兵達も、息が切れていた。
「エド、戻ってきてくれてありがとう。着いた早々に悪いが、こいつを意識が戻る前に縛り上げてくれるか?」
「ああ、もちろん。そのために来たんだ」
エドウィンに指示された兵達は、手際よくダグラスの手足を縛り、猿ぐつわを噛ませた。
一方、エドウィンは、すぐに僕に駆け寄ってきた。
「リュウ、怪我を見せろ」
「ああ、かすり傷程度だ。大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあるか、馬鹿!上着を脱げ!」
エドウィンの剣幕に押され、上着を脱ごうとして「痛っ!」と初めて気がついた。左脇腹が切れ、上着まで血が滲みていた。上着を脱ぐと、シャツが赤く染まり、それを見て「うわぁ」と声を上げてしまった。
「もしかして、気づいてなかったのか?」
「ああ、今になって痛くなってきた…」
「ははは、しょうがない奴だな」
エドウィンは笑いながら持ってきた布を傷に当て、腰に包帯を巻いてくれた。
「はぁぁぁ……よかった。本当によかった。お前が倒れてるかもしれないと思うと、ここまで来るのがすごく怖かったんだ…」
少し震える声でそうエドウィンが言うのを聞いて、怖かったのは僕だけじゃなかったことに気づいた。自分の気持ちだけで精一杯だったが、エドウィンだって、騎士団でずっと一緒に過ごしてきたレオンのあの姿を見て、相当なショックを受けていただろう。そして、僕の身にも同じことが起きるかもと、心から心配してくれていたことが伝わってきた。
「エド、心配してくれてありがとう」
「ああ、お前が無事でよかったよ。さあ、できた」
他の傷にも包帯を巻き終えると、エドウィンは応急処置の道具を片付けて僕の顔を見て、ほっとした顔で笑った。
「エメちゃん、心配して待ってるぞ」
「ああ、早く会いたい」
僕はエドウィンの肩を借りて、エメ達が待つ家へと向かった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
エメの家の扉を開けると、それまで雑談していた部屋の中が、しんと静まり返った。
「ルゥ!!」
エメが弾かれるように椅子から立ち上がり、包帯が巻かれた左足を少し引きずりながら、僕の方へ走ってきた。
「エメ、傷が開く…」
心配する僕をよそに、エメは僕の胸に飛び込んできた。
「ルゥ!よかった…、ルゥ…、ルゥ……」
力一杯僕にしがみつき、何度も僕の名を呼んでくれる。脇腹は結構痛いが、それ以上に嬉しかった。
僕も抱きしめ返そうとしたその時、
「…あの……、エメちゃん、リュウ、脇腹を怪我してるんだ…」
エドウィンが余計なことを言うから、エメはパッと僕から離れてしまった。
「ルゥ、ごめんなさい!大丈夫⁉︎」
「ああ、エメの力くらいではどうってことないよ」
「本当?」
笑顔を作って頷く僕の背後からは、エドウィンの「そんなわけあるか、馬鹿」との呟きが聞こえた。
僕から離れてしまったエメを、今度は僕の方から抱き寄せた。そっと抱きしめ、僕はエメの肩に額を乗せた。
「エメ、無事でよかった…。本当に会いたかった」
エメの温かさと、背中に回した手のひらから伝わるトクン、トクン…というエメの規則正しい心臓の鼓動と、頬に触れる柔らかな髪と……、なによりこの腕の中にエメがいるという安心感で、体の力が抜けるのを感じた。
力が抜け……、あ…、これは…
だめだと思ったが、血の気が引き、足に力が入らなくなっていた。
昨日から一睡もしていないし、まともな食事も取らず、極度の緊張が続き、ついさっきまで傷だらけになるまで戦っていた。もうとっくに限界を超えていた。
「ルゥ?」
視界がぼやけ、景色が傾いていく。
だめだ!このままではエメを潰してしまう。だめだ…
「ルゥ!!」
「リュウ!」
「おいっ、大丈夫か!」
周りの騒がしい声を遠くに聞きながら、僕の意識はそこで途切れた。
この時ここで倒れたことを、数日後、僕は後悔することになる……。




