戯言と挑発
僕がエメをエドウィン達に託し、彼らが崖を離れて歩き出すと、ダグラスもそれに合わせて動き始めた。僕は常にダグラスの正面に入り、徐々にその距離を詰めた。
エメ達がここから十分に離れるまで、少しでも時間を稼ぎたい。僕は、剣を構えながらダグラスを牽制した。
ダグラス・ブルック___
宰相ブルック侯爵の子息で、国王陛下の護衛を担当する近衛兵団第一班の班長。病床に伏されている国王の側近というよりも、宰相の右腕だと上官が話していた。剣術については、近衛兵団長とも互角に戦える数少ない腕前の持ち主だと聞いた事はあるが、実際に剣を振る姿を見た事はなかった。それどころか、その姿も式典で数回見たことがあった程度だった。
これまで言葉を交わした事はもちろんなく、そして今後も交わしたいとも思わない。
この男は、レオンの仇だ。
「……ああ、お前は、五班の新人だな」
先に口を開いたのは、ダグラスの方だった。その低くまとわりつくような声に、鳥肌が立った。
「お前、ずいぶん噂になってるぞ。アレン王子殿下のお気に入りだそうじゃないか。縁故入団で、俺の相手なんか務まるのか?」
僕が腹を立てて調子が狂うのを狙っているのだろうか。馬鹿らしくて、返事をする気にもならなかった。
エメ達は、ここから家までのちょうど中間くらいの所まで歩いたところだろうか。僕の剣の腕がどこまで通用するのかわからないから、もう少しエメ達がここから遠ざかることができるよう、この男の戯言に付き合うことにした。
ダグラスとのだいぶ距離が近づき、お互いの表情もはっきり見えるようになった。
「どこかで見た顔だと思ったら、ああ…、ついさっきこの森で剣の相手をしてくれた奴か。よく似てるじゃないか。お前の兄貴か何かか?」
寒気すら感じていたこの男の言動に、一気に怒りが湧いて剣を握る手が震えるほど力が入った。
「ははっ、お前も感情があったんだな。あの男、まあまあ強かったな。俺が連れてきた兵達よりできる奴だったんじゃないか。もうちょっと遊んでやればよかったかな」
怒りに任せて切り掛かりたいくらいだが、ふと幼い頃の剣の稽古のことが頭をよぎった。
___師匠が言っていた『腹が立つならそれを力にしろ。でもその力は冷静にならないと使えないぞ』―――いつもレオンやマークに敵わなくて、揶揄われたのに腹を立てて力任せに向かっていって結局負けていた。そんな時、師匠に言われて、大きく息を吐いて心を落ち着けたら、彼らに勝てるようになったのだ。それから僕は剣を構える前には大きく息を吐くようになった___
僕は息を吐いて心を落ち着けると、レオンを侮辱したその男に静かに怒りをぶつけた。
「いい加減に、その口を閉じてくださいませんか。彼は、貴方のように私利私欲で動くような人ではない。貴方のような人の口から、彼の話を聞くのは不快極まりない」
「はははははっ、言うじゃないか。今から楽しみだ」
こんな奴の楽しみに付き合うつもりはない。
「なぜ、彼女を狙う。彼女は昔からこの森で静かに暮らしている。近衛兵なんかが、どうしてその平穏を壊そうとするんだ」
「それ、本気で聞いてるのか?なぜって、そんなことは調べ上げてるんじゃないのか?お前こそ、なぜここにいる?五班なら、祭りの警備があっただろう。新人が担当を振られていないわけがない。
なぁ、どうやってこんなに早くここに来た。
…王子の助けでも借りたか?」
その発言と同様に向けられた視線も、こちらを見下すような、受け止めるだけで気分が悪くなるものだった。そして、ニヤリと笑って、一段声を低くして言った。
「……それだけ彼女に価値があるってことだろう?」
―――本当に嫌悪しか感じられないことを次々と…
息を吐いても吐いても、怒りが爆発しそうだ。でも、その挑発になんか乗ってやるもんか。そう思って気を鎮めた。
エメ達は、ようやく木々の向こうに家が見える辺りまで行ったようだ。家にはマークの他に、師匠の気配も感じられた。
もし僕がこの男にすぐに倒されたとしても、二人がいれば、エメを守ってくれるだろう。
「そろそろ、愛しの彼女は仲間の元に着いた頃か?」
なにもかも見透かしているんだという、不快な笑みを浮かべて、さらに言葉を吐いた。
「待っててやったんだ。楽しませてくれよ」
ダグラスの目つきが変わった。だいぶ日が傾き、薄暗くなってきた森の中で、不気味に鋭く、獲物に狙いを定めた獣のように。
そして大袈裟な動作で剣を構えると、大股で一気にこちらに迫ってきた。
僕はもう一度大きく息を吐いて、心を鎮めた。怒りはそのままに、頭の芯は冷めて周りがよく見えた。
僕も剣を握り直し、迎え討つ構えをとった。




