怪我をしたエメを連れて
怪我の描写があります。苦手な方はご注意ください。
エメのスカートが血で染まっていた。
「エメ、ごめん。傷を見せて」
女性のスカートに手を掛けるなんて、と一瞬躊躇ったが、そんなことに構ってられなかった。僕はスカートの裾を膝まで捲った。
左の足首のすぐ上からふくらはぎの中程までざっくりと大きな傷があった。刃物でついた傷ではなく、木の枝か、尖った岩にひどく引っ掛かったような…。
ボトルの水で傷口に付いた土や草の屑を流すと、応急処置用にもう一枚残っていた布を少しきつめに巻いた。エメの顔が痛みで歪んだ。
「ごめん、痛いね」
「…っ大丈夫」
すぐに血が滲み、真っ赤になる。
「エド、王城で渡された鞄に布が入ってないかな」
「ああ、これでいい?」
崖の前に立って周りを警戒していてくれたエドウィンが、すぐに布を二枚手渡してくれた。
「怪我してるの?大丈夫か?」
エドウィンも心配そうに覗き込んできた。
「これ、坂道か何かで転んだの?」
僕が傷から想像できる状況を聞いてみると、エメは小さく頷いた。
「ごめんなさい。斜面を下りようとして、滑ってしまったの…」
「エメ、謝らなくていいよ。すごく痛かっただろうに、ここまで逃げてくれたから、僕はエメに会えたんだ。頑張ったね。傷も、しっかり押さえてたからだいぶ血は止まってきてる。大丈夫だよ」
エメに少しでも安心して欲しくて、僕は努めて穏やかに話しながら、エドウィンから受け取った布をさらに上から巻いた。少し沁みてくるが、出血は収まってきているようでほっとした。
時々確認するダグラスだと思われる相手の気配は、まだここから遠いところをウロウロしている。
今のうちに、エメを連れて森を出るよう動かなければ。彼女の足も、膿んだりしないように、早くきちんと治療を受ける必要がある。
そう思っているのに…
「ルゥ…、この先、私、邪魔になるでしょう?だから、私のことは置いていって」
「は?」
あまりに思いもよらないことを言われて、僕は騎士にあるまじき失礼な返事が口から飛び出した。
「私のせいで、ルゥを危ない目に合わせたくないの」
「なっ、何言ってるんだ。僕が何のためにここに来たと思ってる。エメを助けたいから、それだけのためにここにいるのに。他の何を犠牲にしても、エメ、君を助ける。だからそんなことは言わないでくれ!」
僕はここまでの道のりを思い出して、思わず声を荒げた。エメがそう言う気持ちもわからないわけではないが、彼女を置いていくなんて、そんなこと僕ができると思っているのだろうか。
「…ごめんなさい。でも……」
「大きな声を出してごめん。僕がエメを置いてはいけないんだ。来るのが遅くなって、怖い思いをさせてすまなかった」
エメは首を横に振った。
「ルゥ、来てくれてありがとう。ここにルゥが来てくれるなんて、思ってなかった」
そう言って色々な不安を押し込めて、少し強張った笑顔を作ってくれた。そのいじらしさに、僕はエメを抱きしめて額にキスをした。
「エメ、僕を危ない目に合わせたくなければ、エメが安全な所にいてくれ。そうすれば、僕は無駄に危ない所には行かないから」
「…わかったわ、ルゥ」
さあ、ここから無事に連れて帰らないと――そう思った時、腕の中のエメの体がこわばった。
「エメ…?」
「ルゥ、後ろ…!」
僕はハッと後ろを振り返った。木々の向こう、影の中に痛いほど刺立った気配がこちらに向かっていた。
いつの間にか霧が晴れていた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
僕は崖の下から飛び出して、森の奥を睨んだ。その姿は暗くてよく見えないが、はっきりと感じられるようになった気配は、間違いなくダグラス・ブルックだ。
「エド、エメを連れて今すぐマークのところまで戻ってくれ」
エドウィンも目を凝らして森の奥を見るが、影になってわからないだろう。
「ダグラスか?」
「ああ」
「それなら、エメちゃんは彼らに任せて、俺もここに残るよ」
「いや、エメに付いて、守ってやってほしい」
「お前一人で残せないよ。俺は残る」
「エド、僕も命が懸ってるから、はっきり言う。相手は相当に強い。エド達が残っても意味はない。エメを守ることに集中してくれないか」
「でも、盾ぐらいには…」
エドウィンが心配してくれるのがひしひしと伝わってきた。僕だって一人残るのは、正直心細い。
でも、エドウィンたちとはレベルが違いすぎる。そして何より、今すぐエメをここから逃したかった。
「盾なんていらないよ!レオンよりも強いなら残ってくれ。そうでないなら、早くエメを連れてここを離れてくれ!」
「わ…わかった」
エドウィンは納得していないが、エメを連れていくこと受け入れてくれたようだ。
「…ルゥ……」
エメがエドウィンの手を借りて立ち上がり、僕を見ていた。
「エメ、待ってて。必ず迎えにいくから」
そう言って抱き寄せて、もう一度、額にキスをした。エメも僕の背中に手を回して顔を僕の胸にぎゅっと埋めた。
「待ってる。絶対に迎えにきてね」
顔を上げると、エメの潤んだ瞳は真っ直ぐに僕を見ていた。そして、今にも泣き出しそうな笑顔で、僕の頬にキスをしてくれた。
エドウィンは、兵の一人にエメを背負わせ、来た道を歩き始めた。
「リュウ、エメちゃんを送り届けたらすぐに戻ってくるから。倒した奴を運ばないといけないだろう」
振り返ってそう言うエドウィンに、僕は笑顔で答えた。
「ああ、それは手伝ってくれ」




