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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第7章 エメの救出
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エメの行方

森の中を逃げるエメを追うのは、思う以上に難しかった。


未だに濃い霧に囲まれて、進む先もよくわからないまま歩いている。獣道もない木々の間を、ただエメの気配だけを頼りに進んだ。その気配が右へ左へと動くから、エメが必死に逃げているのが伝わってきた。


エメがいる方向はわかるが、距離感がやはり掴めない。どんどんと離されて、いつかその気配も見失うのではないかと不安になった。


―――エメが僕が森にいることに気づいてくれたらいいのに…。


僕は感じたい気配を自分で選ぶことができるが、エメは、森に入った者の気配が一人ずつその光景として頭に飛び込んでくると話していた。


森に入ってきた侵入者達、それを追ってきた騎士団の兵達の気配が次々と押し寄せてきた恐怖はどれほどだろうか。今もまだ、その恐怖から逃れるために、一人で森の奥へと進んでいると思うと、早く追いついてあげたかった。




―――あ、止まったのか?


エメの気配が感じられる方向がぶれなくなった。隠れられる場所を見つけられたのだろうか。それとも、動けなくなってしまったのだろうか。


とりあえず、エメのいる方向に他の者の気配は一切感じられなかった。


「…エメが、足を止めたと思う」


久しぶりに出す僕の声はかすれていた。その頼りない声に、再び不安が襲ってきた。レオンの姿を自分に重ねてしまう。


いつの間にか僕の足も止まっていた。


―――エメに追いついても、助けられないんじゃないか。一緒に来てくれるエド達を危険に晒すだけじゃないだろうか…


後ろ向きの考えが次々と浮かんでこようとしたその時___



「わかった。急ごう」


返ってきたエドウィンの力強い声に、僕はハッと顔を上げた。


エドウィンは、真っ直ぐに僕を見ていた。


「この霧の中、お前が迷いなく進む方向を決めてくれるのは心強い。どんな道もついて行くから、安心して進め」


バシッと僕の背中を叩き、「さあ、行こうか」と皆に声を掛けた。


レオンの姿に動揺し、不安に押しつぶされそうになっているのを、エドウィンも察していると思う。だが、それには一切触れず、僕の横に並んでくれている。先の見えない道を一緒に進んでくれると言う。


振り返ると、他の兵達も真剣な眼差しで頷いてくれた。


不安は拭えないが、それに押しつぶされている場合ではない。エメを助けたい、その気持ちをもう一度奮い立たせた。


「皆、ありがとう。こっちだ」


僕は、エメの気配の方へと再び歩き始めた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


ますます鬱蒼(うっそう)とする森の中、登ったり下ったりはするが、歩いても歩いても同じような景色の中を進んでいた。霧の中から次々に現れる木を一本ずつ避けていく。


それが突然、行き止まりになった。エメの気配は確かに僕の前方にある。でも目の前は蔓草(つるくさ)が覆った崖が立ちはだかって進めない。


この崖の上をさらに進むのだろうか?


「あっ…!」


僕はまたエメの話を思い出して、崖の上からびっしりと垂れ下がっている蔓草を掴んで掻き分けた。


「いた!」


エメがいた。


崖は上の方がせり出していて、足元の方には、垂れ下がる蔓草と崖の間に一人座れるだけの奥行きがあった。そこに、エメが怯えた様子で座っていた。


―――ああ、よかった…


ほっとして力が抜けて、僕も彼女の前に座り込んだ。しかし、エメはさらに怯えて崖に張り付くように後退(あとずさ)った。


ハッと、僕は自分が兜をかぶっていることを思い出した。


「ごめん、エメ。僕、リュウだよ」


僕が兜を取ると、エメの体から力が抜けた。


「………ルゥ…?」


消え入りそうな弱々しい声で僕を呼んだ。


「ああ、ルゥだよ」


エメの青い瞳に、みるみる涙が溜まっていく。


「ルゥ…、かあさんがっ、私を逃がそうと…どうしよ…」


取り乱すエメをそっと抱きしめ、優しく話し掛けた。


「エメ、大丈夫だよ。ジュディさんは、騎士団が保護したから」


「本当?」と言って、ほっとした表情を見せた。エメが少し落ち着いたのを見て、僕は一度彼女から離れて、背後の様子を確認し、周囲の気配を探る。


今すぐにここへ向かってくる者はなく、僕は小さく安堵のため息を吐いた。


座り込んだままのエメは、パッと顔を上げて僕に聞いた。


「あの人達は何なの?私を探してるの?なぜ?皆が危険な目に遭ってるのは、私のせい?私が__」


「エメ、落ち着いて。奴らが悪いんであって、エメのせいじゃないよ」


「じゃあ、レオン様は?私が捕まりそうになった時、逃してくださったの。たくさんの兵達を相手して……。レオン様は___」


エメは僕の顔を見て息を飲み、その先の言葉が続かなかった。今、僕はどんな顔をしているだろうか。


「そんな…」


エメの口から悲しげな声が溢れた。


ここに辿り着くまで、エメはどれだけ怖い思いをしてきただろうか。安心させてあげたいのに、レオンのことはうまく説明できそうにない。言葉が見つからない代わりに、僕はエメの方に向き直って、その頬をそっと撫でた。


エメは、僕に(すが)るように両手を伸ばそうとした。が、さっと左手を引いた。


その不自然な動きに、僕は反射的に右手を伸ばし、その手首を掴んだ。エメは振り払おうとするが、僕は離さなかった。


エメは、隠すように手のてらを自分の方に向けて握りしめていた。何かを手の中に隠しているのだろうか?


そう思って彼女の手を覗き込んで、僕は背筋が寒くなった。彼女の手の中から血が一筋流れて、手首を掴んでいる僕の白い手袋に滲んでいた。


「エメ⁉︎怪我をしてるのか?」


僕は慌てて彼女の左手を開かせた。手のひらにはベッタリと血がついていた。


「どこを?エメ!」


手のひらが切れていないなら、どこから流れた血なんだ。


「痛っ…」


手首を掴んだ手に力を込めすぎて、エメの顔が歪んだ。


「ごめん、エメ」


僕が手の力を緩めると、エメが小さな声で話し始めた。


「ルゥ、ごめんなさい…。足…、怪我しちゃった…」


「足?」


僕がエメの背後に隠れた足元の方へ目をやると、スカートの裾が血で赤く染まっていた。

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