森の奥へ
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
エメの気配は、家の北側、これまで僕が行ったことのない森の奥の方から感じた。以前、エメも道もないから入ることがないと言っていたのに…。
でも足元を見ると、複数の人間が入っていった跡がある。エメはこの方向に逃げ、それを追った者達がいるということだ。
僕はエドウィンと、そして一緒に進む兵達に言った。
「エメはこの先にいる。ただ、ここからは僕も入ったことがないんだ。まだ霧も濃いし、慎重に進む必要がある」
「わかった。それにしてもリュウ、お前、人の気配を感じたりできるのか?ジュディさんにしても、マーク殿の時も、彼らのことがまるで見えてるかのようだったじゃないか」
「…ああ、不思議なんだけど、この森に通うようになってから、森の中では人の気配を感じられるようになったんだ。でも、この霧が出てから、その感覚が鈍っているんだけど…」
―――そんな人間は気味悪がられるだろうか。
今は気味が悪かろうと、力を貸してもらえないと困るのだが…。僕が心配するのをよそに、エドウィンは目を丸くしていた。
「へぇ、すごいな。まあ、この森ならそんなこともあるんだろうな」
周りの兵達も、その言葉に頷いている。昔から人を道に迷わせるなどと言われてきた森でのことに、不思議な出来事も納得してしまうのだろうか…。僕は皆の反応に、心の中で感謝した。
「さあ、進もうか」
エドウィンの声を合図に、僕達は一段と深くなった下草を踏み分けて、森の奥へと足を進めた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
しばらく歩くと、敵の兵の気配を感じた。僕が大きな木の幹に身を隠すと、エドウィン達もそれに倣った。
気配は十人弱だろうか。嫌な感覚はあるが、森に入った時に感じた敵意による刺立った感じはしなかった。
不可解に思いながら少しずつ進んでいくと、地面に一人、倒れていた。近衛兵団の一人だ。息はあるようだが、気絶していた。
同じような者が、もう一人、また一人と倒れている。意識がないと、刺々しさは感じないようだ。この者達は、騎士団の兵達と戦ったのだろうか?
それにしては、なぜ気絶した者達を縛り上げていない。今近くで剣を交えている気配はないのに…
と、その時、嫌な予感がした。邪魔な兜を脱ぎ捨て走りだした。そして僕の視線の先には――
「レオン!!」
右膝をつき、剣を地面に突き立てて、なんとか体を支えるレオンの姿があった。
左肩は血で真っ赤に染まっていた。
近くへと歩み寄るうちに、自分が震えているのに気づいた。怒りだろうか、恐怖だろうか。
「…う……、嘘、だろ…、レオン…」
右脇腹から流れた血が膝をついている足を伝い、地面に黒い染みを作ってた。それがどんどん広がっていく。
僕がレオンの傍らに膝をつき、体を支えようと手を伸ばそうとした。
「触るなっ!」
レオンのかすれた、でも鋭い声に僕は手を引っ込めた。
「どうしたら…」
「リュウ、は、俺に構わ…ず、あの子を助…けに、行け。悪…いが、っひ、一人……、の、逃した」
絞り出すように苦しそうにレオンは、僕に彼を置いてエメを助けに行けと言う。
もちろん、すぐにエメを探しに向かいたい。
でも、なんとかマークがいるところまでレオンを連れて行けないだろうか。運んだところで、手の施しようもないのかもしれないが、それでも…。
「迷…うな。…行け!」
僕は、ごめんと言おうとしたのを飲み込んだ。置いていってごめん――そんな言葉は、レオンは期待していない。
「ありがとう、レオン。エメを助けにいってくる」
「……ああ」
レオンは僕に笑顔を向けた。小さな頃から兄と慕う大好きな彼に、僕も精一杯の笑顔を作って立ち上がった。
すぐにエメがいる方向を探り、歩き出す。数歩歩いたところで、背後からドサッと地面に倒れる音がして足が止まったが、唇をぎゅっと噛み締めて、振り返ることなく次の一歩を踏み出した。
◇ ・ ◇ ・ ◇
僕達は無言で霧の中を歩いていた。
エドウィンが拾ってくれた兜を再び被った。相手に顔を知られているからと着けていたが、今はエドウィン達から、自分の表情を隠すように被っていた。
少し前までは。緊迫感の中にも多少明るい雰囲気すらあったのが嘘のようだった。僕は、ただただエメを感じる方へと足を進め、他の皆は、僕についてきてくれていた。
レオンが逃したというその男の気配も感じていた。濃霧のおかげか、幸いにもエメが進んだ方向とは違う方角へと歩いたようで、エメとの距離は開いていた。
―――その男は何者なんだろうか。
三班は近衛兵といっても、身分で選ばれたと思われる者が多く、それほど剣術が強い者はいない。班長ですら、僕は勝てる自信がある。それなのに、あのレオンが、あんなに酷い怪我を負わされて敵わないなんて……。
レオンが逃したというのは、やはり宰相の息子ダグラス・ブルックだろうか。ダグラスは、国王陛下をお守りする一班の班長を務めるだけあって、近衛兵団の中でも剣の腕はトップクラスなのだ。
その男と剣を交えることになったら、僕の腕で対抗できるのだろうか。いつ、ダグラスが進む方向を変え、こちらに向かってくるかもわからない。
傷だらけのレオンの姿を思い出し、不安に飲み込まれそうになる。しかしその時、レオンの声で『迷うな』と聞こえた気がした。
レオンがここまで必死に繋いでくれたのだ。それを無駄にはできない。
僕は大きく息を吐いて、不安を振り払うように背筋を伸ばして前へと進んだ。




