深い霧の中
僕達が森に入った直後、足元から霧に包まれ始め、あっという間に辺りは真っ白になった。
近くの兵達は動揺し始めた。
「大丈夫だ。僕はこの森を知っている。必ずエメを…、王女殿下を見つけ出し、貴殿達と共にこの森を出る」
彼らを安心させようと言葉を掛けた。ただ、こんなに深い霧は初めてで、多少、虚勢を張ったが…。
___『どうしても見つかりたくなくて森に隠してってお願いしたら、霧が出て隠してくれたのよ』
この霧の中、エメの話を思い出していた。きっとこの霧は、森がエメを隠してくれている。僕は、そう確信していた。
―――エメは今、必死に侵入者達から逃げているはずだ。僕は、なんとしても奴らよりも先にエメを見つけてあげなければ。
ただ困ったことに、この霧は僕の感覚を鈍らせた。首から下げている石の光も弱くなっていた。
霧が出る前はエメの場所まで感じ取れたのに、今はぼんやりとその方向しかわからない。
宰相側の動きも、近ければはっきり感じて鉢合わせないよう避けることはできるが、遠くなると同じように曖昧になってしまう。
視界も悪くなり、遠くは見通せなくなってしまったが、何度も通った道だ。近くに見える木の幹の傷、大きな岩、地面を這う特徴的な木の根の形は、進むべき方向を教えてくれた。
―――とりあえずは、敵に見つからないようにエメの家へ向かおう。彼女が逃げた先の手掛かりがあるかもしれない。
エド達を連れて、僕は慎重に、そしてできるだけ早足で霧の中を進んだ。
◇ ・ ◇ ・ ◇
男達の騒ぐ声が聞こえ、小屋が近いことがわかった。その者達が発する気配は、刺々しく僕の方へと飛んでくるように感じた。
小屋の中を漁っているのだろう。ガラガラと木の床に物が転がされる音が響いていた。
小屋の前は相手に気づかれないよう、木々に隠れるように通った。そこから見えたのは、エメが大切に手入れをしていたハーブの畑に無数に付けられた足跡と、開いた扉の向こうで乱暴に棚の籠の中身を床にひっくり返す近衛兵の姿だった。
あの穏やかな小屋の風景の変わり果てように、僕は思わず、その兵達を斬り捨てに飛び出ていきそうになった。
でもここにはエメの、そしてジュディさんの気配はない。僕は、グッと拳を握って堪え、足を森の奥へと進めた。
すぐ後ろを歩いていたエドウィンも、僕の気持ちを察したようで、気遣わしげに僕の肩を叩いてきた。僕も、大丈夫だと彼の方を向いて頷いた。
その先の道も、侵入者の歩いた跡があちこちの方向へと付いていた。
周りの気配を探りながら歩いていると、北に向かっている僕らの左手に、微かに師匠の気配があるのに気づいた。その方向には多くの敵の気配もある。師匠も、エメの家の方に敵が近づかないよう、奴らの侵入を防ごうとしていると思うと心強かった。
ようやくエメの家が見えた。扉は開け放たれ、中は荒らされているようだが、小屋とは違って静かだった。エメに気配はここにはない。
エメは家から逃げ、ここを荒らした者達も彼女を追って立ち去った後のようだ。すぐにエメの方へ向いたいが、念の為、中の気配を探る――
「…待って、エド」
「どうした、リュウ」
「中にジュディさんがいる…」
「エメちゃんが、かあさんって呼んでいる人か?」
「ああ。家の中も周りも敵の兵達はいないが、ジュディさんだけ…」
僕は急いで家に入ると、ジュディさんを探した。椅子が蹴り倒されたダイニングテーブルには、エメとジュディさんのティーカップが紅茶が入ったまま置かれていた。火がついたままの大きな暖炉の周りも、近くの棚が荒らされ、床に物が散乱している。
彼女達がくつろいでいた時間を、奴らがメチャクチャにしたと思うと、また怒りが込み上げてきた。
ただ、この部屋にジュディさんんはいない。それなら、とキッチンに向かうと、血を流してうつ伏せに床に倒れている彼女を見つけた。
「ジュディさん!」
呼び掛けに返事がなく、僕は背筋が寒くなった。彼女をそっと抱き起こすと、息はしていて心からホッとした。
次に、出血している箇所を確認すると、左腕が斬られているが、それほど深くはないようだ。カバンに入っていた布で腕を縛る。
気を失っているのは左側頭部を殴られたようだ。コブができていた。
エメを探しに行きたいが、意識のないジュディさんを置いてはいけない。五人しかいないこの戦力を分けるのも少し不安だ…。
そう考えていた時、慣れた気配を感じた。
「エド、この扉から出た先に、マークがいると思う!呼んできてくれ」
「マーク殿が⁈…わ、わかった」
驚いた様子でエドウィンはキッチンの勝手口から裏庭へと出ていった。
そしてすぐにマークと共に戻ってきた。
「リュウ、どうしたんだ⁈王都から奴らを追ってきたのか?」
マークが僕の顔を見るなり聞いてきた。
「ああ、気付くのが半日以上遅れて、ここへ着くのが遅くなって…。でも、マーク達が先に森に駆けつけてくれたって聞いて。ありがとう」
「いや、彼女は見つけられていないんだ。それに、レオンともまだ会えていない。近衛兵団が探しに来るって、一体どうなってるんだ?」
僕は事情をできるだけ簡潔に説明した。
「なるほどな。宰相とその手先どもの利益のためね。それなら、奴らは遠慮なく捕縛していいんだな」
「ああ、そのように皇太子殿下の命を受けている」
「わかった。リュウは彼女を助けに行ってやれ。この人は俺たちで保護するから」
「ありがとう、マーク。お願いします」
「改まって礼を言ってないで、早く行け!」
マークに背中をバシッと叩かれて、僕は、エドウィン達と共に家を出て、エメの気配を追った。




