救出へ
アレン殿下は新たな書類にサインし終えると、ペンを置き、机の上で手を組んで僕の方を見た。
エメを保護したらどのようにされるおつもりなのか――自分で聞いておきながら、殿下が何と仰るのか僕は身構えた。
「本当に兄上の娘であれば、王位継承権は私より上になる。私の皇太子の座も危うくなるなら、保護との名目で捕らえて、その存在を消しかねない、ということだね」
自分の中ですぐに否定したものの、チラッと頭によぎった最悪な懸念を見透かされたようで慌てた。アレン殿下がそんな人物ではないとわかっている。
「いえ、殿下がそのようなことをされるとは思っておりません」
「リュウ、最悪のケースは常に考えておくべきだ。考えていたとしても、何も咎めるつもりはないよ。だが、そのようにはっきりと信頼してくれる気持ちを言ってもらえて嬉しいものだな」
そう言って、殿下の表情が少し和らいだ。
「私は兄上を心から尊敬している。私が幼い時に兄上が亡くなったから、実際の記憶はほとんどないのだが、遺された日記や他の記録から、目指していたものは理解しているつもりだ。
もし、兄上の娘であるソフィアがその遺志を継いで王位に就く覚悟があるのなら、私は王をお支えする立場に喜んでなるだろう。
そうではなく、彼女が王位を望まぬのなら、彼女が平穏に暮らしていける環境を用意しよう。王族である以上、今までと同じ生活とはいかないだろうがな」
エメが一番望むであろう森で静かに暮らすことは、もう叶わないのかと思うと心が苦しくなった。でも、少なくとも、エメが自分で今後を選べるよう殿下は考えられていることに、少し安堵した。
そこへ執務室にへ入ってきた側近が殿下にメモを渡した。殿下はメモを読むと、眉をひそめた。
「リュウ、ダグラスは急な所用で城を離れているらしい。君が今朝見た近衛兵の一団と共にフィレイナードへ向かったのかもしれないな」
考えたくもない可能性が次々と現実になっていくようで、僕は言葉が見つからなかった。
殿下はそんな僕に特に言葉を掛けるでもなく、最後にサインした紙を僕に差し出した。僕は一礼してそれを受け取る。命令書だ。
「リュウ・シュライトン、エドウィン・サドラー、両名に命じる。
ティエナール王国王女ソフィア・エメライン・ベルクリードを、フィレイナード騎士団を率いて救出し、シュライトン邸にて保護すること」
「「はっ、かしこまりました」」
命令書を受け取り、僕は疑問を口にした。
「エメが…、ソフィア王女ではない、と言う可能性は考えられないのですか?」
疑問というよりも、僕の願望というべきだろうか。エメが王室とは関わりがなく、今後も穏やかに暮らしていくことができればいいのに、と。
「可能性はゼロではないが、その少女は元近衛兵と王宮医官と共に貴殿の領地に逃げてきたのではないのか?」
「詳しい身分までは聞いていませんが、おそらく間違っていないかと…」
殿下はそこまで把握されていたのか…。ただ行方がわからなかっただけで。
「そこまで合っているのなら、王女ではない可能性は低いんじゃないか?我々は、その少女が王女であるとして行動する」
殿下はキッパリと言い切って、さらに続けた。
「__それに、宰相に従う者達が動いている。たとえ他人だったとしても、貴殿らが驚くほど似ているのなら、その少女を王女に仕立てて利用するだろう」
確かに殿下のおっしゃる通りだ。エメに危機が迫っていることには変わりないのだ。
「かしこまりました。王女殿下の救出に向け、行動いたします。…ところで殿下、王女であることを確認する術はあるのでしょうか?」
「おそらくだが、王家の紋章が入ったネックレスを持っていると思われる」
「ネックレスですか?」
「ああ、ソフィアの母親クリスティーナ様の物だ」
王族は、王家とご自身の二つの紋章が入った物を生まれた時、またはご成婚などで王家に入られた時に作られ、亡くなった時には棺に入れられる。男性は短剣、女性はネックレスだ。
「なぜ、そう思われるのですか?」
「ソフィアの葬儀の少し後に亡くなったクリスティーナ様の棺には、そのネックレスが紛失して入れられなかったらしい。流行病の最中で、混乱していたから仕方がないと処理されたらしいが、宰相は、娘を逃してその時に持たせたに違いないと内々に話しているという情報があってな」
「そんなことが…」
「以前、宰相が私に『正当な王位継承者ではないくせに』と口走ったことがあって、探ったことがあるんだ」
___コン、コン、コン
殿下がそう話される中、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします、殿下。馬のご用意ができました」
「ご苦労」
要件を伝えた兵が一礼してすぐに退室すると、殿下は席を立たれて僕とエドウィンの前まで来られた。
「エメ殿は、リュウにとって大切な者だろうから、私から改めて頼む必要もないかもしれないが…、ソフィアが生きているのなら、なんとしても助けてやってほしい。宰相の手に落ち、奴らの私腹を肥やすための道具とされる前に保護してやってくれ」
「はい、全力を尽くして彼女を守ります」
「すぐにこちらからも、保護をした後の王女の警護の兵と侍女らをシュライトン邸へ送るよう手配する」
「ありがとうございます」
「では、リュウ、エドウィン殿、頼んだ」
僕とエドウィンは、殿下に一礼して執務室を出た。
◇ ・ ◇ ・ ◇
エドウィンと二人、厩舎へと急いだ。
「リュウは、兵舎に寄らなくて大丈夫なのか?」
「ああ、祭りの警備の後、着替える間もなかったから、そのまま行けるよ。外套や携帯食は馬と一緒に用意されているはずだ。エドは?宿舎に寄るのか?」
「いや、荷物は落ち着いたら送ってくれるか?」
「それは構わないけど…。面倒なことに巻き込んで悪いな」
「リュウが謝ることじゃないよ。元はと言えば、俺の迂闊な言動でこうなったんだから…」
エドウィンは、また申し訳なさそうな顔をした。
「エド、もうそんな顔しないでくれ。一緒に来てくれることになって、本当に心強いよ。頼りにしてるから」
「ありがとう」そう言ってエドウィンは、表情を和らげて、言葉を続けた。
「リュウ、エメちゃんに手紙を送っただろう。その後、俺の方から手紙を書く間もなく、ここへ来ることになったんだけど…」
収穫祭の時にマリーに預けた手紙のことだ。エメに待っててほしいと僕の気持ちを伝えたが――その返事を、今、急に聞くのかと思うと、心の準備ができておらず、鼓動が早くなった。
「う、うん、…エメは何て?」
慌てる僕の様子を楽しそうに見てから、エドウィンは言った。
「待ってる、って」
「本当?」
「ああ。マリーが手紙を手渡したら、その場ですぐに読んで、嬉しいって目に涙をいっぱいに溜めてたって、マリーまで泣いてたんだ。だから、エメちゃんを助けないと、俺もマリーに叱られる」
肩をすくめてエドウィンは笑った。そして僕も、今聞いた言葉にあまり実感がわかないないまま笑った。
笑ってから、『待ってる』の言葉がじわじわ沁みてきた。
―――エメは、僕を待っていてくれている。なんとしても彼女をこの手で守りたい。
エメの立場が変われば、今後、僕らの関係も変わってしまうのかもしれないが、今、この瞬間、エメは僕のことを待っていてくれている。そうであれば、僕はどこへでも彼女の元へ駆けつけよう。
◇ ・ ◇ ・ ◇
僕は心臓がドキドキしているうちに厩舎へと着いた。でも、そんな思いに浸っている暇はなく、すぐに気を引き締めた。
僕らは待っていた兵から受け取った携帯食と水、応急処置用の布や薬などが入った小さな鞄を身につけ、地味なグレーの外套を羽織ると、用意された馬に跨り、フィレイナードヘ向けて城門を出た。
城壁の外は、祭りの暖かな蝋燭の光に包まれていた。人々の穏やかで幸せそうな様子を見て、エメにはこれとは真逆の危機が迫っていることを思い、恐ろしくなった。
―――今なら間に合う。
今朝、城を発った宰相の手先どもに追いつくのは難しいかもしれないが、休みなく走れば、それほど遅れずにフィレイナードヘ着けるはず。向こうはエメを探す時間が掛かるだろうから、エメを守るためにきっと間に合う。
そう信じて、柔らかな明かりが灯る街を駆け抜けると、月明かりだけが頼りの夜道をひたすらに馬を走らせた。




