生き写し
僕とエドウィンが城内の廊下で話しているところに、右手からアレン殿下、反対からディーンがにこやかに歩いてきた。
でも僕はそれどころではなかった。
「アレン殿下、こんにちは。ディーン、僕は警備の担当は終わったよ」
とりあえず掛けられた言葉に簡単に返事をすると、「ちょっと失礼」と二人に断って、エドウィンの肩をガシッと掴んで廊下の端へ引き寄せて小声で聞いた。
「エメが誰に似てるって?」
「えっ、殿下って、皇太子殿下⁈俺と話してていいのか?」
「大丈夫だから」
「ええ…、大丈夫じゃないだろう」
「いいから!それで誰って?」
エドウィンが言うように、殿下をぞんざいに扱うなんて大丈夫な筈はない。不敬で罰を受けるなら、後でいくらでも受けよう。それ以上に、エドウィンの話を確認することが、今僕にとっては何より大事だ。エドウィンに、その先を話すよう目でも訴えかけた。
「ああ…前の皇太子殿下のお妃様。今朝の会議が行われた広間に第一王子殿下御一家の肖像画が飾ってあってさ…」
「なに、コソコソ話してるんだ?」
「うわぁ」
ディーン達から離れて話してたつもりなのに、僕のすぐ背後から声を掛けられて驚いた。
「第一王子と聞こえましたが、兄がどうかしましたか?」
アレン殿下まで聞き耳を立てていらした…。
「あの……」
僕はどうしたらいいか、うまく考えがまとまらなかった。エメのことを話していいだろうか、話すべきだろうか。
焦って答えが出ないが、殿下もディーンも、僕が大切に思う人に酷いことはしないだろう…
「殿下、ディーン、後から説明させてください」
二人とも僕の緊迫感が伝わったのか、何も聞かずに頷いてくれた。
「それでエド、そのことは誰にも話してないよね?」
話していないとの答えだけを期待していたのに、エドウィンは困ったような顔をしていた。
「誰に……話した?」
僕の心臓はドクンドクンと跳ねるように鳴り始めた。
「あの…、肖像画を見て驚いて声を上げてしまったんだ。そしたら近くにいた近衛兵の方になぜ驚いたのか聞かれて、つい……」
「つい?」
「地元に住む知り合いに似てる、って…」
「エドが話した相手は誰だかわかるか?」
制服から近衛兵だと分かったのだろうが、それ以上に特定できるだろうか…。そう考えていると、エドウィンは少し記憶を辿ってから答えた。
「確か…、ダグラスと名乗っていたな」
「………!」
僕は言葉が出なかった。代わりに、殿下がその名を口にした。
「ダグラス・ブルック…」
宰相のブルック侯爵の子息で、近衛兵団第一班の班長でもある。考え得る中で一番聞きたくない名の一つだった。
僕は無言で歩き始めた。エドウィンがその絵を見たのは、このフロアの端にある大部屋、肖像の間だろう。僕は扉が開いている時に廊下から窺った程度で、部屋の中まで入ったことはないが。
逸る気持ちを表すように、僕は大股で今にも走り出しそうな勢いで歩いた。そのすぐ後ろからエドウィンだけではなく、殿下とディーンもついてきていることがわかった。
「リュウは、前皇太子妃殿下の肖像画は見たことなかったのか?生き写しってこのことかと思ったよ。あまりに似てて、驚かずにいられなかったんだ…」
すぐ後ろを歩くエドウィンが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「僕、妃殿下の肖像画は拝見したことはないんだ」
「えっ?」
僕の答えに、驚いた声を上げたのはディーンだった。
「何、ディーン?」
「見たことないって…お前、妃殿下のポートレート…、水色のドレスの。部屋に飾ってたよな?」
「え?あのポートレートは…」
―――水色のドレスを着たエメの絵だ。
「妃殿下と知らずに飾ってたのか?」
―――そんなに似ているのか?
ドクンドクンと鳴る心音が、やけに大きく聞こえた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
肖像の間の前に着いた。扉は開け放たれ、使用されていないことを示していた。だが、部屋への足が進まなかった。
エドウィンが先に部屋に入った。扉のすぐ横の壁を見つめている。扉に並んでその肖像画が飾られているのなら、廊下からは見えなかったわけだ。
大きく深呼吸をして、僕も部屋に入り、その肖像画の前に立った。
僕の背丈と同じくらい大きな額縁に納められたその肖像画を一目見て、僕はその場にへたり込んだ。
「大丈夫か、リュウ?」
ディーンが心配するように声を掛けてきた。
「………エメだ…」
「エメ、って?お前が前から好きだって言ってた子か?」
「………ああ」
なんとか肯定の言葉を絞り出し、肖像画を改めて見るために顔を上げた。
艶やかな栗色の緩く波打つ柔らかそうな髪、長いまつ毛、綺麗な瞳…、エメにそっくりな女性が、優雅な曲線の背もたれのあるカウチソファに座って幸せそうに微笑んでいた。ただその瞳の色だけが違った。エメラルドグリーンの双眸がこちらを見ていた。
その横に座るのは、ダニエル前皇太子殿下だ。そっと妃殿下の腰に手を回し、妃殿下に甘えるようにその膝に抱きつく小さな王子の背中に手を添えて、僕がこれまで拝見したことがあるどの肖像画よりも柔らかな表情をされていた。その瞳は――エメと同じ深い青色だ。
エメから聞いていた両親についての特徴が、次々と当てはまっていく。
足元に寝そべる毛足の長い大きな犬や、大きな窓から降り注ぐ暖かな陽の光、本当に幸せな瞬間を切り取ったような一枚だ。
そして、妃殿下の腕には、光沢のある白い生地にピンクの糸で花や小鳥が刺繍されたのベビードレスを着た赤ちゃんが抱かれていた。王女ということだ。母親を見上げるその瞳は、透き通るように綺麗な深い青色だった。
「エメが………、王女殿下……?」
僕の口から出た言葉だが、ずっと遠くから聞こえた。
「ソフィア・エメライン・ベルクリード」
「えっ?」
アレン殿下の呟きに聞き返した。
「ソフィア・エメライン、兄上の娘の名だよ」




