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迷いの森、光る石の道しるべ  作者: 千雪はな
第6章 冬の訪れ
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書類整理(後編)

ニコラから受け取ったリストは身分によって分けて綴られた冊子となっていて、その中身は職業などで分類された情報が並んでいた。


最初に手にしたのは、農民、商人などの平民の死亡者の冊子だ。


リストは名前ではなく、死亡時期の順に並んでいるので、まずは『平民/疑いなし①』とメモがついた調査書を死亡日の順番に並べ直すことにした。


数が多いので、機械的に手を動かす。調査書を並べ替えてはリストと突き合わせる。漏れや間違いがあればリストを修正して、後でニコラに確認してもらえるようにメモをつけた。


ニコラは隣で再調査が必要な調査書を一枚ずつ確認しては、僕のとは別の報告用のリストに記入していた。僕が手にした調査書と、ニコラの手元にあるものを見比べて疑問を口にした。


「これって、どうやって疑いなしって判断されたのかな?」


「ああ、それはね、国に認められた医師のサインが入った書類があるかどうかだよ」


「なるほど。それで調査書に医師の名前も記されてるんだね。何か気になることがあれば、その医師に確認したらいいんだ」


僕は記入項目に納得しながら調査書を眺めた。


「いや…、それが、当時の医師は結構亡くなってるんだ。どうしても感染してしまったんだと思う」


「そうなんだ…」


その医師に当時のことを聞けるのかと一瞬思ったが、そうではなかった。残念だ。


「ニコが確認してる方は、医師のサインがないってこと?リストにまとめて、その後ははどうするの?」


「当時の事情を知っていそうな人までは挙がってるから、面会して聞き取りをするんだ」


「ニコラが?」


仕方なさそうにニコラは笑って頷いた。


「僕一人じゃないけどね」


「それは…、大変だな」



平民の一つ目の束の確認が終われば、二つ目、三つ目と確認を進め、その後、貴族のリストへと移る。


手にした調査書は、街なかで商売や活動をする貴族達のもの。確認することは平民と大して変わらない。身分が高い分、医師の対応も丁寧だったようで、所見が細かく、綺麗な字で書かれていた。そのため、確認もスムーズに進んだ。



僕の前に置かれた疑いなしの調査書の束も残りわずかとなって、あとは王城に勤める者達だけだ。


調査書を見ると、王族方の近くに仕える執事や侍女達、庭師や調理人達などまで、病にかかった者は、兵舎の一部を隔離棟にして、王城内で治療を受けたようだ。王城の医師が治療から死亡診断までしていた。その数を見るに、どれだけ城内が混乱しただろうか、ということが想像できた。



次は、近衛兵……。ニコラが横にいるので、悟られないよう平静を装っているが、僕の鼓動は早くなっていた。


―――ジェフ…、いや、ジェフリーだ。ジェフリー、ジェフリー……


名前ばかりに気を取られて作業がうわの空になりそうなところを、なんとか集中して死亡日順になるよう手を動かしながら、父上の話の中で聞いた師匠の本当の名を探していた。


―――ジェフリー・……なんだっけ?ローレンス?ロー…、ロートン?……


苗字が思い出せない。調査書に書かれている名前、死亡日、死亡確認場所、担当医…、一枚ずつ内容をざっと見ながら近衛兵の調査書の順番を入れ替えていく。


この束になければ、もしかしたら疑いありということだろうか。詳しく調べられて、エメにも影響が及ぶかもしれない。


そう思うと、どうかこの中に師匠の名があってほしいと祈るような気持ちで探した。



―――『ジェフリー・ローダン』


「あっ…」っと声が出そうになるのをなんとか(こら)えた。手にした紙に記された名を見た途端、『ローダン侯爵家三男のジェフリー』そう父上が言ったことを鮮明に思い出した。それをひとまずは束の一番下に入れて、残りの調査書の順番を揃えた。


鼓動が早くなり、少し手が震えながら、揃えた調査書を一枚ずつめくってリストと見比べていった。ほとんど間違いもなく確認が進み、一番下の師匠の分の調査書をこれまでと同じようにリストと突き合わせているかのように、内容を確認した。


死亡時期は、流行病の一番ピークの頃、十一月の末。死亡診断をした医師は、ギルバート・ライト。この医師は、他の調査書にも多く名前が記されていた。病の治療の中心的な人物だったのだろう。存命だろうか…。


「リュウの方は、もうすぐ終わりそうだね」


ニコラの声にドキッとした。気づかれてはいないようだが、これ以上、一枚の調査書だけを見ているのは不自然だろう。


「ああ、あとは王城の医師達の分だけだ。ニコラは?」


「今後の調査予定なんかも調整しながら記入してるから、まだまだ掛かるかな。でも、疑いなしの分も僕が確認する予定だったから、思ってたよりはだいぶ早く終わるよ。手伝ってくれて本当に助かったよ」


「それはよかった」


そう言って最後の薄い束を手にした。『王城医師、助手』とメモ書きが付いている。対象者は八名。医師が三名と、助手が五名。どれもリストの記入内容に誤りはなかった。


そして、『ギルバート・ライト』――師匠の死亡診断をした医師は亡くなっていた。十二月の始め、師匠の死亡診断をしたすぐ後だ。病に冒されながらも診察を続けていたのだろうか。それとも誰かが彼の名を使って診断書を……。


今となっては、ライト医師には聞くことはできないが。



残りの調査書のうち、女性は二名だ。医師の『シンシア・ラベル』と、助手の『アナ・メイソン』。ジュディさんの可能性を思って書類を見たが、彼女の本名を知らないので、さっぱりわからなかった。


そういえば…、


「ニコラ、街の医師達のリストがなかったんだけど?」


「ああ、全部、再調査(こっち)の方にあるよ」


ニコラが、机の真ん中あたりに置いていた書類の束を僕に渡してくれた。


「街の診療所の医師が病に罹っても、それぞれ自分の地域の患者で手一杯で、他の医師に診てもらうことができなかったんだろうね。どの医師も、死亡診断書がなくて、家族や地域の人の証言が頼りなんだよ」



その束を受け取ると、パラパラとめくりながらジュディさんらしき人物はいないだろうかと書かれている内容をざっと見たが、やはりよくわからなかった。


「ありがとう。これ、ここに置いておくね」


僕はその束を元あった場所に戻した。


「ん、ああ、ありがとう。………、あっ、もうこんな時間。リュウ、昼食を食べに行こう。広場の横の店でもいいかな?」


「ああ、近いところでいいよ」


ニコラが席を立って廊下へと歩き出し、僕もそれに続いた。部屋を施錠し、城を出たすぐの所にある食堂へと向かった。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


昼食の後は、残りはニコラだけで作業できる言うので、彼とは別れて僕は一旦自室に戻ることにした。


一人で歩きながら、さっきの調査の目的を考えていた。納税逃れは口実だろう。師匠達のように、当時の混乱に乗じて王都を離れた者を洗い出したいのかと思うが…、宰相が探すとしたら、どんな人物なのだろうか?


師匠達は、その対象に含まれているのだろうか…?


調査書からジュディさんの情報は見つけられなかったが、それはつまり、この調査結果が彼女達へ結びつくことはなさそうだということになる。そして、師匠の死も疑いなしと処理をされている。


そう思うと、僕は少しだけ安堵した。

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